腐った連邦軍高官の娘にTS転生して、ケネス大佐の首席補佐官をやる話 作:TSペルペト
ジアン・シーアにとって、地球は夢だった。
老朽化したコロニーの薄汚れた街並みの中で、腐りきった兵士やギャングに脅かされながら生きてきた彼の目には、漆黒の虚空に浮かぶ紺碧の惑星は、まるで夢の楽園のように映ったのだ。
しかし、楽園に至る道は常に険しい。
人類が増えすぎた人口のはけ口を宇宙に求めてより百余年。全人類の宇宙移民という理想を掲げて誕生した地球連邦は、言い訳を重ねながら作り上げた例外規定によって幾らかの地球居住者を容認してはいたものの、それはあくまで、特権階級の要求をベースにした特例措置に過ぎなかった。
つまるところ、芸も学もカネもコネもない一般平民が居住許可証を手に入れることは、ほとんど夢物語のようなものだった。
まずは、宇宙居住者の平均年収の約九割にも及ぶ高額な手数料。それを用意できても、限られた当選枠を巡る熾烈な抽選争い。仮に落選すれば、賄賂を手に腐敗した役人を頼らなければならず、当選したところで難癖をつけられて追加手数料を要求されることもある。
しかも、そこまでしても一回の当選で手に入れられる許可は最長三年であり、更新するにはまた別途、手数料が必要となるのだ。
薬物依存症の父親と路上娼婦の母親の間に生まれ、学校にもロクに通わせて貰えず、親戚どころか兄弟にすら何人も犯罪者がいるような底辺暮らしのジアンには、当然、そんな金などなかった。
それでも彼は十代から二十代を通じて懸命に働き、可能な限り生活を切り詰め、地道に努力を重ねて貯金を続けた。
そして迎えた三十歳の誕生日。これまで一度も数えたことのなかった貯金の額を、胸を高鳴らせながら計算し終えた時――お金がジアンに現実を教えてくれた。
三割にも満たなかったのだ。半ばスラム化したコロニーで若さを捧げ尽くした彼の二十年間は、平均的にとても裕福とは言えないスペースノイドの水準からしても、あまりにも貧しかった。
二十年で三割未満。
ならば、六十年で九割未満。
このまま頑張り通したところで、八十代に入ってようやく三年間だけ居住許可が手に入る――かも、しれない。
兄弟と共有の狭い部屋の片隅、両親がいつものように汚い言葉で怒鳴り合いをしている声を聞きながら、遠くで轟く今や聞き慣れた乾いた発砲音を聞きながら、ジアン・シーアは自分の心が急激に死んでいくことが分かった。
自分の人生の価値を、その限界を、二十年の積み重ねと手元の金は、残酷なまでに語っている。
地球に住むなんて過ぎた夢、お前には絶対に無理だ、と。
明くる日。彼は家族にも職場にも何も言わず荷物をまとめると、身の回りの物を全て売り払い、稚拙な夢の忘形見たる幾らかのカネを手にして、ギャングの溜まり場の門を叩いていた。
ガラの悪いタトゥー塗れの男たちは、ジアンが「地球に行きたい」と言うのを聞くなり、心得た様子でニヤリと笑った。そうして言われるがまま有り金全てを預けると、ジアンは何人かの男女とともに古びたコンテナに押し込まれ、翌日には地球向けの食料輸出用定期航宙貨物船のカーゴルームで揺られていたのだった。
ギャングたちの手際は明らかに慣れていた。典型的な不法移住者ブローカーのそれだ。
当然リスクもある、依頼料も法外だった。しかし、それでも正規の手段で地球居住許可証を得ようとするよりは余程安いし、路上に死体が転がっているのもさほど珍しくない環境で長年暮らしてきたジアンにとっては、ギャングとの取引も貨物船での密航も十分許容可能な程度の危険だった。
少なくとも、こんな終わった場所で一生を潰されるよりは遥かにマシだ、と。
――それから約七年。ジアンは不法居住者として上手くやってきた。
――気の良い妻と可愛い二人の子どもにも恵まれ、幸せも掴み取れた。
――そんな彼の地球での生活は、今や終わりを告げようとしている。
東アジア地区。西暦時代にはニホンと称された国の、キュウシュウと呼ばれた島の南端近く。
人口五万人程度の小規模港湾都市カゴシマの市街道路沿いに、機関銃が据えられた無骨な装甲車を背にした男たちが検問を張っていた。ジアンが流れ着いてから五年、これまで一度もそんなことはなかったのに。
「居住許可証を出してください」
「は……はいっ、ちょっとお待ちを……!」
ダークカラーの威圧的なボディアーマーには、F.C.P.O.――連邦刑事警察機構の文字。
銃と警棒で武装した警察官達に車を停止させられ、端から持ってなどいない許可証を探すふりをしてダッシュボードに手を突っ込みながら、ジアンの思考は凍えるように冷えていった。
「(くそっ、くそぉっ……! なんで……こんな、こんなとこにっ……!)」
事態は最悪だった。
電気自動車の中には家族が全員。目の前にはマン・ハンター――正式には刑事警察機構特別捜査局第13課――として忌み嫌われる、不法居住者取り締まりを主な任務とする役人たち。
下手をすればこのまま全員が殺されても不思議ではないと、彼は知っていた。
実際、マン・ハンターのやり方を知らない不法居住者など居ないだろう。いや、一般居住者とて同じだ。
彼らの仕事はとにかく荒い。市街地で平然と装甲車や、時にはモビルスーツまで駆り出し、無辜の市民が居ようが構わず暴れ回る。
警棒で殴りつけられる程度ならまだマシな方で、僅かでも機嫌を損ねれば容易く発砲し、人間を殺すことに何ら躊躇いを持たず、運良く逮捕で済まされても、コロニーへの強制送還までには拷問さえ伴う苛烈な取り調べが待ち受けている。
しかも、時には居住許可証を持っていてさえ構わず逮捕されるというのだ。特権階級から金を貰って人狩りツアーをやっている、などという真偽不明な噂さえまことしやかに蔓延している現状、マン・ハンターは大多数の平民にとって恐怖と腐敗の象徴だった。
加えて、ジアン一家の車を取り囲んでいるマン・ハンターたちはやけに装備が良い。
こうしている間にも、対人銃座を増設したF.C.P.O.仕様のジェガンA型が二機も集まってきた上に、空では狙撃手らしい要員を乗せた軍用ヘリコプターが旋回しながら睨みを効かせている。
彼は話に聞いたことがあった。機動捜査隊というやつだ。マン・ハンターのなかでも精鋭扱いされている、特に目端の効く連中。
「(俺は……俺はァ、どうすればッ……!)」
子連れの一家が抵抗してどうにかなるような相手ではない。だが――と、後部座席を横目で見れば、怯えきった妻が幼い娘と息子を抱きしめて震えている。
逮捕されれば拷問、そして強制送還。抵抗すれば射殺。混乱した思考がジアンの脳内を揺り動かし、理性を超えた衝動を掻き立てる。
「(そうだ……どうせ、どうせ……捕まったら……! そ、それなら……可能性にかけて逃げた方が!?)」
普段の精神状態ならまず選ばないだろう極端な選択が、現実的な選択肢を装って首をもたげてくる。ダッシュボードから書類が入ったファイルを取り出し、わざとらしく漁りながらも、視線は絶え間なく周囲を泳ぎ回る。
見れば、左手にちょうどいい路地裏への道があった。そこには検問がないように思える。今から全力でアクセルを踏み込んで、あの道に走り込めば――もしかしたら、もしかしたら逃げられるのでは――。
「駄目ですよ」
「……えっ?」
ふと、暴走していた意識に冷水が浴びせられる。
反射的に見上げたその先には、微かに空色を帯びた銀髪に鮮やかな緑色の瞳、年齢にして二十代半ばと思われる美しく整った女の姿があった。
一瞬、ジアンの思考が止まる。彼女の姿があまりにも場違いに思えたからだ。確かにマン・ハンターのアーマーを装備しているのに、どこか浮世離れして見える。この小さな街には到底似つかわしくない、まるで特権階級の令嬢のような。
それがマン・ハンターらしからぬ物腰の柔らかさによるものか、或いは単に容貌に魅入られたからなのか、ジアンには見当がつかなかったが、その間に女は話を続ける。
「あの路地には既に部下が張っています。そうでなくとも、ヘリもモビルスーツもありますからね。無理なことは考えないでください」
「は、はぁ……」
穏やかな口調で、思考を全て見透かされる。言われて改めて観察してみれば、事実、路地の先には別の班が検問に立っていた。無人に思えたあれは、極度の恐怖が見せた幻覚か何かだったのか。
ジアンはゾッとする。這い上がってきた死の可能性に背筋が震え上がる。あのまま、もしあの時に衝動任せに走り出していれば、今頃は――。
「……そ、その……」
「はい、なんでしょうか?」
ふと、口が勝手に動いた。それはあり得た未来への怖れに起因するものか、はたまた女の態度のなせる技か。
いずれにせよ、気づけばジアン・シーアは全てを語っていた。自分が不法居住者であることも、貧しい生まれで正規の方法が使えなかったことも、コロニーへ強制送還となっても受け入れるから、どうか妻と子供に拷問だけはしないで欲しい、とも。
女は最後まで言葉に耳を傾け、話を聞いていた。粗暴で人を人とも思わない筈のマン・ハンター達もそれは同じく、余計な言葉も態度の悪さも伺わせない。
その姿はまるで、連邦政府のプロパガンダ放送か一年戦争のドキュメンタリー映像の中にしか存在しないと思っていた、規律正しい軍人のあり方のように感じられた。
「わかりました。ジアン・シーアさん、そしてご家族の方々。宇宙移民法の定めに従い、皆さんは不法な地球居住者と見做されます。よって、取り調べによって事実が確認されれば、然るべきコロニーに強制送還となるでしょう」
「はい……」
「ですが、連邦刑事警察機構警視ジャンヌ・チィウとしてお約束します。その過程で皆さんが不当な暴力を被ったり、懲罰的な送還措置を受けることは決してない、と」
「ほっ、本当ですか!?」
「はい。少なくとも私の目の届く範囲では。申し訳ありませんが、送還後の問題にまでは責任を持つことは出来ませんが……」
「あ……ありがとうございます、ありがとうございますっ!!」
それがただの口約束かもしれないと、ジアンが考えなかったわけではない。しかし、彼はその言葉が信じられるように思った、思いたかった。
生まれて初めて出会った清廉潔白な――少なくともそう見える女性役人の手を握りしめ、車の座席の上で姿勢を正しながら、ジアン・シーアは肩を震わせ感謝の言葉を口にする。
気付けば妻も、様子がわからず困惑している様子の子供たちを抱えながらも、夫と同じようにジャンヌと名乗った警官に頭を下げていた。
程なくして、一家は装甲車に乗せられ、連行されることになる。
ジャンヌに代わって――彼女はどうやら、かなり上の階級だったらしい――護送を担当するという、話に聞く粗暴さなどまるで窺わせないマン・ハンターの様子を見つめながら、ジアン・シーアは心から願った。
「どうか、この奇跡が夢ではありませんように」――と。
ジアン・シーアにとって、地球は夢だった。
けれど今は、家族と一緒に無事に暮らせるならば、それはどこであれ夢の楽園のように思えた。
- - -
/U.C.105年 04月15日 11時43分/
/東アジア地区 キュウシュウ島南部 カゴシマ/
/F.C.P.O.特捜局13課 東アジア支局所属第3機動捜査中隊*1/
「お見事でした、チィウ警視!」
「まったく、中隊長は本当に凄いですね。逃げる気配はありましたが、経路まで的確に言い当てるなんて……!」
「いえ、大したことはありません。初歩的な観察と推理ですよ」
次々に降り注ぐ部下からの賛辞を適当にいなしながら、私は内心、あの父親が暴発しなかったことに感謝していた。
この忌々しい厄介な力――これがニュータイプということなのか?――に対しても、同じく。
ジャンヌ・チィウに失敗は許されない。もし彼がパニックを起こして車を発進させていれば、銃撃してでも止めざるを得なくなる。幼い子供を抱える家族相手に非道な行いだとは思うが、彼らは不法居住者なのだ。私がマン・ハンターである以上は取り逃がせば失点になる。
こんな損得勘定をしている内面に、我ながら薄汚さを覚えようとも――仕事と立場こそが私を守っているのだから。仕方ない、と良心に言い聞かせる。
「それでは、引き続き取り締まりを。何かあればすぐに呼びなさい」
「はっ!」
部下たちに敬礼を返して指揮車へ戻りながらも、ふと、どうでもいいことを考える。
もしも明日、目が覚めた時。私が私でなかったならば。
この世界に産まれてから25年、前世の記憶を知覚してから12年。私は飽きもせず、思考の堂々巡りを続けている。
もっとも、私が前世だと思っているものが本当に前世なのか、未だに答えは出ていないけれど。或いはそれは、私の心が創り出した妄想かもしれない。
――そう、だからどうでもいいことだ。
「中隊長! ヨクサン長官から、お電話が入っております!」
「わかった、受けます」
そんな下らない思考を巡らせながら装甲指揮車に戻った私に、待機していた部下の一人がタブレットを差し出してきた。
F.C.P.O.で使用される一般秘匿回線経由。送信先には確かに、連邦刑事警察機構長官ハンドリー・ヨクサンの名前が表示されている。
例の件の催促かと、頭の中で直近の脅威リストを展開しながら画面をタップすると、ダークグレーのスーツにブルーのシャツを合わせた出で立ちの髭面の男の顔が表示された。
「ジャンヌ・チィウ警視です。お呼びでしょうか、ヨクサン長官」
「うん、首尾はどうかと思ってね」
「調査局の予測通り、やはりカゴシマにパーデア*2の拠点が存在するようです。現在並行して分析を進めていますが、エリアの絞り込みは完了しましたので、数日中には突き止められるかと」
「そうか、素晴らしい。……では、途中で申し訳ないが、その件に関しては後任への引き継ぎ作業を始めて欲しい。EA3rdについてもね」
私の推測は半分正解で半分間違っていたらしい。パーデアに加えて中隊の引き継ぎまでとは、どうやら私のF.C.P.O.への出向は終わりのようだ。
いつもの政治の臭いがする。横槍を入れてきたのは父――タツィオ・チィウ連邦宇宙軍少将*3――だろうが、彼は基本的に勤労意欲に欠けた人間だ。こういう時は誰かに尻尾を振っていると見て間違いない。
「……父がまた、何か?」
「ああ、君をそろそろ返して欲しいということらしい。私としては実に残念だがね、閣下のご意向とあらば仕方ない」
やはり、そうだ。この場合の閣下とは、十中八九父が所属する派閥――バウアー派――の領袖、国防族の重鎮にして次期連邦首相最有力候補者の一人、ジョン・バウアー議員*4のことだろう。
その意図はどうあれ、この時点で抗いようがないことが決定した。もし拒めば父は著しく機嫌を損ねるだろうし、私のキャリアも終わりだ。きっと来月には軍を退役させられ、都合がいい男との縁談が持ち込まれて来るに違いない。
「そうですか。わかりました、長官」
だから私は、一度だけ深くため息を吐いた。
このマン・ハンターという仕事は、複雑な気持ちにさせられるが嫌いではなかった。当初は士気の低さと現場の腐敗ぶりに苦悩させられたものだが、今では優秀で可愛い部下たちばかりだ。彼らと離れるのは、少しばかり寂しい。
それに上司にも恵まれた。ハンドリー・ヨクサンという人物は世間ではマン・ハンターの親玉として忌み嫌われているが、私が感じたところ、実際は粗暴な現場と好き放題な特権階級の板挟みになって苦悩する中間管理職という印象が強い。
事実、私がEA3rdを立て直したことを最も評価してくれたのは、他ならぬヨクサン長官だった。この上は、私が居なくなった後も大切に扱って欲しい。後任の中隊長には考えうるベストな人材を推薦しておこう。
そんな諸々、万感の思いを込めて吐いたため息を、どうやら長官は受け止めてくれたらしい。無理もないと言わんばかりに竦められた肩に、私も無言の笑みを返しておく。
思い出に浸るのはここまでだ。さあ、気持ちを切り替えていこう。
「……これまで、ありがとうございました」
「うむ。では、今後についての話をしよう。ジャンヌ・チィウ警視、君は4月16日付で連邦宇宙軍所属に戻り、同時に宇宙軍少佐に昇任となるそうだ。それから連邦空軍に再び出向となり、ダバオ空軍基地の新司令官の首席補佐官となる」
「ダバオというと、キンバレー部隊ですか。司令官が交代を?」
「ああ。どうやらヘイマン大佐は、お偉方を満足させられなかったと見える。新任はケネス・スレッグ大佐だと聞くね」
――心臓が妙な鼓動を立てる。
――心がぞわぞわする。
ダバオ空軍基地、キンバレー部隊。確かあの部隊は、反地球連邦政府組織マフティー・ナビーユ・エリンへ対抗する任を帯びていたはずだ。
――何度も見た、あの光景が脳裏に浮かぶ。
スマートフォンの画面、SNSのタイムライン、前世の記憶らしきもの。
――【閃光のハサウェイ】
――【ハサウェイ・ノアは最後に処刑される】
――【マフティー・ナビーユ・エリン】
――【キルケーの魔女】
――【カボチャのマスクを被った男が妙な踊りを披露する動画】
――【「マフティーが観光地にいるわけないだろう」と叫ぶ軍服姿の男】
これが何なのか、私にはよく分からない。何を意味するのか。
ただ、幾度となく繰り返された思考の末に、私はある程度の結論を得ていた。
この世界はもしかして、ガンダムというフィクションの世界――或いは、それに酷似した世界なのかもしれない。
もっとも、だからどうなのだ、という話でもある。
有名な作品として名前くらいは知っている。しかし、それ以上はよく分からないし、情報も断片的で役立てられるような性質のものではなかった。ハサウェイ・ノア――あのブライト・ノアの息子のことか――が処刑されるというのは気になるが、前後の文脈が不明な以上は憶測にしかならない。
そもそも、結論だなどと言って、別に明確な論拠があるわけでもない。
結局、時々デジャヴュめいた衝動が襲ってくるだけだ。今のように。自我が揺るがされるような不快さとともに。
――そして決まって、胸が苦しくなる感覚と共に記憶の噴出は途切れる。
「……ジャンヌ君? ジャンヌ君? 大丈夫かね?」
「――っ、はい……ええ、問題ありません、長官。マフティーへの対処について、少し考えを巡らせていました。」
ヨクサン長官の声が浸りかけた意識を引き戻す。努めて冷静に、何事もなかったかのように振る舞うと、心も引きずられて落ち着いていく。
これも処世術だ。いちいち囚われていては壊れてしまうし、周囲からも素質を疑われる。
「ははは、頼もしいな。君にはニューホンコンでの功績もある。スレッグ大佐も若手の出世株だと聞くし、なかなか優秀な男のようだ。対テロ作戦の専門家として支えてやるといい」
表面上はこんな態度をしているが、微妙な仕草や言い回しからして、長官がスレッグ大佐のことを評価しつつもあまり良く思っていないのは明白だ。
というよりも、実際は政治的な都合で横車を押されたことに不快感を覚えているのだろう。私はニューホンコンでのテロ阻止の件以降、パーデアに対する捜査の陣頭に立っていた。そんな立場の人間が引き継ぎもそこそこに消えれば、壊滅までに余計な一手を加えなければならないのは間違いない。
しかし、それが今の連邦体制の実情でもあった。この組織は間違いなく腐敗している。こうした政治的介入や忖度が頻繁に行われ、下の立場からはそれに抗うすべがない。
だが、それはそれとして気になる点もあった。ジョン・バウアーという人物は、腐りきった風見鶏たる父が所属している派閥の頭目にしては、軍内では良識派として知られた議員だ。
シャアの反乱の際にもアクシズ阻止を試みる連邦軍を支援し、精鋭部隊ロンド・ベルとの関係も深いと聞く。あの当時の、そして今の連邦の官僚組織としての硬直性と、特権階級の専横ぶりを鑑みれば、むしろ特異的とも言える人間だろう。
そんな男が何故、横槍を入れてまで私を動かそうとしているのか。
「はい、ご期待にお応え出来るよう尽くします。ましてや閣下のお望みとあらば……」
「ああ。どうやら議員は、マフティーにいたく関心をお持ちのようでね」
「少なからぬ閣僚が暗殺されていますから、やはり気に掛かるのでしょうか」
「それもあるだろうが、それだけではないだろうな。これまでの暗殺対象者のうち大物と言えるのは、資源開発大臣アリスター・ヒスロー、外宇宙監視大臣イスマエル・ファン・デン・フーヴェル、戦災難民福祉局長官ティモシー・ティアニー、月航路保安庁長官エスドルン・ベックストレーム。一見すると閣僚という以外に共通点が無いように思えるが……」
その名はいずれも耳にしていたが、私の目からも共通点は無いように見えた。所属する派閥はバラバラで、全員が何らかの醜聞を抱えている。
マフティーが言うところの腐敗した政府高官、粛清対象者そのものだ。
「これは内々の話だが……実は全員、とある人物と対立関係にあったのさ。表裏の別はあれど、ね」
「……まさか」
互いに明言はせずとも、言わんとするところは明らかだった。ジョン・バウアーだ。つまり長官は、これまでマフティーに暗殺された有力者全員が、何らかのかたちでバウアー議員と火種を抱えていたことを示唆している。
この情報が導く答えはすなわち、最大受益者。この連続閣僚暗殺によって最大の利益を得ているのは、都合良くも政敵が次々に葬り去られたジョン・バウアーではないか、と。
「踏み込み過ぎでは、長官?」
「さて、何のことやら。私はただ事実を述べたまでだよ、ジャンヌ君。ああ、勿論この件は口外無用に頼む」
「……ふぅ、わかりました。ありがとうございます、長官」
「なに、ちょっとした土産話さ。優秀な部下へのね」
これは単なる状況証拠、憶測に過ぎない。とても法廷で証拠として通用するようなものではないし、そもそもあのクラスの大物となれば、現状の連邦の司法制度では強力な物的証拠が上がろうとも裁くことは難しい。
しかし、ヨクサン長官の餞別は、今後の行動指針を定めるために役立ちそうだった。
仮に、マフティー・ナビーユ・エリンとジョン・バウアーの間に何らかの繋がりが存在するのならば、マフティーを追跡しているダバオ基地の新任司令官の下に私が――バウアー派の中堅どころの娘が派遣される事実は、何を示唆するのか。
いずれにせよ、そこに厄介な政治的意図が含まれていることには、疑いの余地は無さそうだった。
【オリジナル・キャラクター・プロフィール】
◯ジャンヌ・チィウ
年齢:25歳(U.C.0080年02月11日生まれ)
身長:171cm
オリ主イメージ画像(AI生成ですので、抵抗がない方のみご覧下さい):
【挿絵表示】
階級:地球連邦宇宙軍少佐→空軍出向(U.C.0105年4月19日時点)
所属:ダバオ空軍基地司令官首席補佐官兼同基地副司令官
経歴:
一年戦争の終戦から間もなく、現連邦宇宙軍少将のタツィオ・チィウと、西暦時代のフランスを発祥とする高級服飾ブランド「ラ・トゥール」創業者一族の二女、イアサント・チィウ(旧名:イアサント・ラ・トゥール)の間に生まれる。
祖父であるジーホン・チィウ連邦宇宙軍中佐(最終階級:宇宙軍准将)は、ルウム戦役の際、第一・第三連合艦隊所属のマゼラン級航宙戦艦「クンルン」の艦長を務めており、レビル座乗艦「アナンケ」の盾となり爆沈まで戦い抜いたとして、誇り高き勇士の一人と称えられた。
ジャンヌが10歳を迎えない時点で家庭環境は破綻しており、父親は家の中に公然と愛人を連れ込み、母親はラ・トゥール一族が所有する別邸にて頻繁に若い男と逢瀬を重ねていた。
両親ともに直接の子育てに興味を示さなかったこともあり、住み込みの使用人や家庭教師などに囲まれて成長する。なお、父親の方針は時代錯誤なまでに男尊女卑的で、令嬢としての教育は過酷なものだった。
U.C.0093年。避難先の月面フォン・ブラウン市のホテルにて、小惑星アクシズを中心として発生した謎の発光現象を目撃。その際、奇妙な暖かさや認識が広がる感覚とともに、幼い頃から繰り返し見続けてきた奇妙な夢を『前世の記憶』だと理解し、一時錯乱状態となる。
U.C.0096年。バウアー派の退役将校が設立したミリタリー・スクールに在学中、サイド5「リーア」のトゥーラ近隣宙域で「無重力環境下でのモビルスーツ操作演習」を受講していたところ、コロニーレーザー砲撃とサイコ・フィールドの展開を視認せずに知覚。自身がニュータイプ的素養を持つことを確信するが、父親が強硬なニュータイプ否定論者だったこともあり、沈黙。折り合いをつけるために数年を要することになる。
U.C.0098年。18歳で連邦宇宙軍中央士官学校・指揮課程へ入学。政略結婚の駒として利用されることを防ぐため、己の有用性を示す道として軍人としての栄達を志す。
U.C.0101年。中央士官学校を首席で卒業し少尉任官。父親の口添えによって、グラナダとフォン・ブラウンの周辺宙域の重点警備を担当する、月低軌道警備艦隊旗艦「パリア・カカ(ラー・カイラム級航宙戦艦)」の司令部要員として配属。
U.C.0103年6月。連邦宇宙軍中尉に昇任。父親の介入により、マン・ハンターへのモビルスーツ配備を巡って軋轢が生じていた警察派と軍派のつなぎ役として、連邦刑事警察機構へ警部待遇で出向。特別捜査局第13課の東アジア支局所属となり、第3機動捜査中隊の中隊長を務める。
U.C.0104年2月。ニューホンコンを標的とした反連邦政府武装組織「環太平洋民主化同盟(パーデア)」の大規模爆弾テロを阻止。ハンドリー・ヨクサン長官から直接表彰を受け、警視待遇に。同時に連邦宇宙軍大尉へ昇任。
U.C.0105年4月15日。現在。
U.C.0105年4月18日。ダバオ空軍基地新任司令官ケネス・スレッグ大佐の出迎えを行うため、地球発のハウンゼン356便に搭乗。月へ向かう。