腐った連邦軍高官の娘にTS転生して、ケネス大佐の首席補佐官をやる話 作:TSペルペト
/U.C.105年 04月19日/
/月面 フォン・ブラウン市 ツィオルコフスキー宇宙港/
/ハウンゼン利用客専用 特別ターミナル/
豪華絢爛を絵に描いたようなハウンゼン専用の待機ラウンジ。これからアデレードへ向かうであろう閣僚や高級官僚、その家族などのお歴々に紛れるように、私の目当ての人物はソファに身を落ち着けていた。
「ケネス・スレッグ大佐でいらっしゃいますね? 本日付で首席補佐官を拝命いたしました、ジャンヌ・チィウ少佐です。お迎えに上がりました」
「やぁ、君がチィウ少佐? 出迎えありがとう、ケネス・スレッグだ。これからよろしく頼む」
私が近づき、自己紹介と共に敬礼を示すと、彼も立ち上がり答礼を返す。
健康的な薄褐色の肌に青みを帯びた黒髪、ライトベージュを基調とした仕立ての良いスーツを身に着けた男前。物腰は柔らかく、見るからに才気に溢れ、しかし、どこか獰猛な気配が――本人は努めて抑えようとしているようだが――漂う三十代半ばの男。
優秀だが部下には厳しいと聞いていたが、今のところその気配は乏しい。理由は十中八九、忌まわしくも偉大なる父上閣下の御威光だろう。この年齢で大佐にまで上り詰めているのだから、当然、自分の部下になる女の素性は頭にあるはずだ。
事前情報と突き合わせて、私がケネス・スレッグ大佐に抱いた印象は、大体そのようなものだった。
「それにしても、君のお父上には以前お会いしたことがあるが……まさか、こんな美人の娘さんが居たとは思わなかったな」
「……ええ、まぁ……よく母似だと言われますので」
「そのドレスもとても良く似合っているよ。ラ・トゥール……お母上のブランドかな? まるで君の為にしつらえたようだ」
「ふふ……スレッグ大佐、お上手ですね。どの女性にも同じようなことを仰っているのでしょう?」
「まさか! チィウ少佐のような素敵な女性にだけさ」
矢継ぎ早に放たれる社交辞令じみた称賛の嵐を受け流していると、大佐の視線がさりげなく私の首筋から胸元、足先までを撫でるように流れ、ふたたび顔に戻る。
普段の連邦軍の軍装ではなく、私も場を弁えて、黒地の膝上丈スリーブレスメッシュドレスに浅緑の長袖ジャケットを羽織り、同系色のハイヒールを履いていた。全体的にフェミニンなデザインで、以前はこういう女らしい格好に何かよく分からない抵抗感のようなものを抱いていたが、今ではもう大体割り切れている。
そう、あくまで概ね。男から向けられる、女を見る眼差しにも。
彼のようなスマートな振る舞いならばともかく、お偉方のねっとりした舐めるような目つきには辟易させられることもあるが。
ちなみにこのドレスは、大佐が見抜いた通り、母方の実家が展開する上流階級御用達の高級服飾ブランド「ラ・トゥール」の新作だそうだ。
どうやら、ハウンゼンを利用するご婦人方にアピールしてこい、ということらしい。普段はほとんど会話もしないくせに、こういうことだけは耳聡い。
ラウンジに入ってから明らかに――男たちからも、その妻たちからも――見られている感覚があるので、その意味では恐らく成功しているのだろう。
「立ち話もなんだな、座ってくれて構わないよ。お互い軍人の身ではあるが、こういった上流階級ばかりの場に堅苦しい態度は似合わないだろう」
「はい、ありがとうございます、大佐。それではお言葉に甘えて」
自然な態度で隣り合った一人掛けのソファを示されるのに従い、腰を下ろす。
すかさず、シルバーのトレイを手にしたラウンジスタッフが現れ、ドリンクを勧めてきた。さすがにハウンゼンというか、彼らの態度も全てが洗練されている。
普段なら飲食は警戒するところだが、ここでそれをするのは野暮だろう。細身のグラスに、エメラルドグリーンの液体が半分ほど満たされているものを受け取った。仄かに甘みを帯びたライムとミントの香りが鼻先を擽る。
「上官として、君のこれまでの経歴は確認させて貰ったが……とても優秀なようだね。数日前まではF.C.P.O.に出向していたんだろう?」
そこで少し、大佐の眼差しや声のトーンが変わる。あくまで丁寧な態度は崩さないが、こちらに探りを入れているような雰囲気があった。
特権階級の子女というのは、概ね経歴が盛られるものだ。私のことを見極めようとしているのだと理解する。
不快感はない。同じ立場であれば、私も確実にそうするからだ。話通り、彼は切れ者らしい。これが最初のテストとなるか。
「はい、特捜13課――マン・ハンターの中隊長をやっていました」
「……なるほど。となると、不法居住者の取り締まりが主な職務か」
敢えてマン・ハンターという単語を口にする。連邦体制の歪みの象徴とも言えるその名前にも、彼はこれといった反応を示さず頷いていた。
ただ、相槌を打つのに少しだけ間があった。何かしら思うところがあるのかもしれない。少なくとも、その件で私に悪印象は抱いていないようだが。
「私はそういう現場に出たことがないんだが、どうなんだろう? 不法居住者というのは、目で見て特徴があるものなのか?」
「それは難しいですね。彼らも普通に暮らしているただの人々ですから、許可証を確認しないことには」
「となると、取り締まりは難しそうだ。最近は色々と物騒だし、君も気が休まらなかったんじゃないのか」
ここまでで、大佐の意図はほぼ把握できた。
マン・ハンターの中には、容疑の段階でも苛烈な行動を取る人間が珍しくない。不法居住者と一般居住者の見分けがつかないからと、無闇に警棒を振り回し、銃で威嚇し、軽率に引き金に指を掛ける。
そういった粗暴な輩を、私も数多く見てきた。
事実、マン・ハンターを狙った報復テロも起きている現状、現場の人間がピリピリするのは不思議ではない。
一方、U.C.100年のジオン共和国の自治権放棄に伴って、連邦政府がジオニズムの壊滅と紛争の消滅を宣言して以降、特権階級からの『浄化』を求める圧力は日に日に大きくなっている。
こんな状況が混ざりあった結果、マン・ハンターは凶暴性を増しているし、それを容認する、或いはむしろ称賛する空気が政府内に蔓延しつつあった。
ヨクサン長官が押し留めようにも抑えきれない程に。
つまるところ、私がそういった強引なやり口を使って、『功績を盛って』出世してきた厄介な女かどうかを確認したがっている――のだろう、大佐は。
「ええ、たしかに難しい……とはいえ、不可能ではありません。何よりもよく観察することが大事です」
「観察か、たとえばどんな風に?」
「視線の動き、表情の変化、指先などの仕草、呼吸のペース、言葉の選び方、発汗の具合、他にも沢山ありますが……代表的なものはこのあたりです」
「すごいな、それを一人ひとり観察できるのか?」
「はい、慣れれば難しくありません」
「よし、じゃあ……私を観察してみてくれ。何を考えていると思う?」
「そうですね……」
言われるまでもなく、私は対面以来ずっとスレッグ大佐のことを観察していた。既に情報は十分にまとまっている。
とはいえ、それを直接伝えるのではあからさま過ぎる。不快にならない程度に角を落とし、私の実力を信じさせるに足る程度のインパクトを確保する。
「大佐は今、懸念しておられますね。私が強引なやり方で功績を盛って出世してきた女ではないかと。そのような部下を抱え込むことは厄介でしかありませんし、貴方の軍人としてのキャリアに傷をつけるかもしれない。さりとて、私は参謀本部の高官の娘です。下手なことを言えば父親になにか告げ口するかもしれませんし、一方で能力も定かではないまま自由にさせれば余計なトラブルを――」
結果、私は周囲の人間に聞かれない程度に顔を近づけ小声で、しかし、まくしたてるように途切れなく滔々と観察結果を報告し始めた。
最初は少し驚いた表情をしていたものの、内容は大体において大佐の心情を正確に言い当てていたらしく、次第に感心するような雰囲気に変わっていく。この様子なら、能力を認めさせるという目的は十分に達成できたのではないか。
そう判断した私は、最後にちょっとしたジョークを入れることにした。
「――ついでに言うと、大佐はさほど遠くない時期に離婚したばかりですね?」
「……えっ? そんなことまでわかるのか!?」
「ふふ、やはり正解でしたか」
「はぁ……まったく、やられたな。わかった、君の能力を信じよう。お嬢さんと疑って悪かった」
離婚の件を指摘された大佐は、心底驚いたように自分の薬指を見てから、降参だと言わんばかりに両手を上げて笑った。
実際のところ、これは八割方理詰めで残りの二割は勘の賭けだったのだが、反応を見る限り図星だったらしい。用意していた言い訳は使わずに済みそうだ。
ここまですれば、少なくとも親のコネや功績水増しで上がってきただけの無能だと扱われる心配はないだろう。
大佐が出世を望んでいるように、私もまたそれを望んでいる。上手くお互いに利用し合う関係が築ければ理想なのだが。
「ありがとうございます、ケネス・スレッグ大佐。貴方のような、才気ある方の下で働くことが出来て光栄です」
「こちらこそ、ジャンヌ・チィウ少佐。改めて、君を首席補佐官に迎えられて良かった。副司令官としてもよろしく頼む」
大佐が片手を差し出してくる。私もそれに応え、握手を交わした。
がっしりとした男の手だ。力強く、よく鍛えられていることがわかる。
父親のブヨブヨのそれとは全く違う感触に、頼りがいがあるという安心感と同時に、懐かしさと寂しさが入り混じったような、なんとも言えない喪失感が込み上げてきた。
暫しそうして、手を離す頃。
周囲にざわめきのさざ波のような気配が走った。
一瞬、二人して顔を見合わせ、人々の視線の先を辿れば、ラウンジ利用客の何割かが今しがた到着したばかりの新顔に注目している。
男たちの多くは隠しがたい肉欲をその視線に滲ませて、女たちの多くは表面上だけ取り繕った妬みと侮蔑を宿らせて。
金持ち中高年ばかりのこの場には相応しからぬ、その姿。
それは、透明なブロンドの長い髪と清楚な白いドレスで身を飾った、美しさと神秘性、男を惹き付けるような雰囲気を一つに纏う、二十に届かないくらいの年頃の若々しい少女だった。