腐った連邦軍高官の娘にTS転生して、ケネス大佐の首席補佐官をやる話 作:TSペルペト
/U.C.105年 04月19日/
/月-地球間直通航路/
/ホンコン行きハウンゼン356便 機内/
ハウンゼン356便がツィオルコフスキー宇宙港を出発してから、数時間後。
宇宙軍の警備艦隊から派遣された護衛機を伴いながら、地球直通機向けの専用航路を進む機内では、ちょうどランチの時間が終わる頃だった。
超高級機として知られるハウンゼンの名に相応しく、食事の内容にも細心の注意が払われている。月に向かう便でも思ったことだが、この二年ほど部下たちと一緒にF.C.P.O.の職員用食堂でばかり食べていたせいか、合成食材が一つも使われていない天然未加工品のみの食べ物は妙に美味しく感じた。
合成品も決して悪くはないし、飢えずに食べられるだけ上等な話なのだが、こうして比べてみると風味には繊細さが欠けていて、味を補うための香料や添加物のくどさが抜けきらない部分もある。
そんな訳で、ケネス・スレッグ大佐の隣に用意された座席で出されたものを食べ尽くしたのだが、キャビンアテンダントのブロンドの女性――地球からの出発時には見なかった顔なので、彼女も月から乗り込んだのだろうと思う――には少し驚かれてしまった。
なんでも、「月から全て完食されたのは、お客様ともうお一方だけです」――とのこと。ついでに大佐からも、「軍人らしい良い食べっぷりだ、惚れ惚れするね」――なんて、からかいの言葉を頂戴した。
まぁ、仕方ない。美味しいものは美味しいのだから。
家に帰ればこんな食事は日常とはいえ、あんな環境では食べた気にもならないのだし。
さて、そうしてランチタイムを終えたハウンゼンだが、今の機内の雰囲気は少し風変わりなものとなっていた。
「彼女凄いな、高官連中が次々吸い寄せられていくぞ」
「どこか不思議な魅力がありますし、男性から人気なのも分かる気がしますね」
「嫉妬するかい?」
「ふふ、そうかもしれません」
待ってましたとばかりに食事を終えた男たちが席を立ち、ご婦人方の顰蹙を浴びながらも、例の白い少女の周り――どうやら、相当な資産家の令嬢か太いパトロン持ちらしく、彼女は隣り合ったニ席の両方を予約していた。私は後者だろうと踏んでいる――をうろつき始める。
そのうち自然と紳士協定が出来上がったようで、一人あたり数分の持ち時間で話しかける方針になったらしい。
二回り以上年嵩の男たちが若い少女に群がっている光景は、一種異様ではあった。しかし、確かに彼女には、なにか奇妙に人目を惹く力があるように思えた。
少し前、ハウンゼンのラウンジで初めて顔を合わせたとき、偶然視線が重なったことが思い出される。ただそれだけで、別段会話があったわけでもないのだが、なぜだか私の心にも強い印象が残されていた。
それはどうやら、スレッグ大佐も同感らしい。私と軽口を交えながらも、その視線は時折少女の方に向いている。
大佐殿もやはり男ということなのだろう。それとも、あの少女の魅力のなせる技か。
私は少しばかり助け舟を出すことにした。
「よろしければ、スレッグ大佐も彼女とお話になってみては?」
「えっ! 私が、か……? しかし、君を一人にするわけにも……」
「構いませんよ。男性のそうしたことには理解がある方ですし、なによりも先程から時折、彼女の方をご覧になっていたでしょう?」
「はは、やはり君の目は誤魔化せないらしい。そうか、ううん……わかった、そこまで言ってくれるのなら、挑戦してみるとしよう」
「ええ。頑張ってらして下さい、大佐」
「君のような年下の女性に励まされると、なんだか複雑な気分だが……行ってくるよ」
大佐が席を立ち、先程のキャビンアテンダントの女性のカートからグラスを二つ貰うのを眺めながらも、内心で健闘を祈っておく。
窓に目をやると、地球まではまだ少し距離があるようだった。大気圏突入時は着席が必要になるが、バーくらいには行けるだろう――と立ち上がろうとした途端、視線が自然と一つの座席に吸い寄せられた。
「(これは……いつものデジャヴュ……? いや、違う……何か……もっと見覚えがある?)」
何故だかわからないが、どうしてもその席――若い男が座っているらしい――から目が離せなかった。思わずそのまま席を離れ、通路をゆっくり移動しながら横目で様子を観察する。
そして。
「(――ハサウェイ……ノアっ……!)」
――【閃光のハサウェイ】
――【ハサウェイ・ノアは最後に処刑される】
心の奥底から込み上げてくる気持ちの悪い既視感と同時に、私の足が、呼吸が、まるで見えないプレッシャーを受けたかのように止まった。
いつものフラッシュバック。だが、今日のそれは一段と強い。
原因は明白だった。目の前の男だ。
以前、コネと立場を使って覗き見たことがある、連邦政府の重要人物データベースにも存在していた顔。第13独立作戦部隊司令官ブライト・ノア大佐とヤシマカンパニー経営者一族のミライ・ノア、その息子――ハサウェイ・ノア。
黒髪、短髪、年齢は私と同い年で25歳だったはずだ。ネイビーブラックの上質なスーツを身に着け、緑色の背表紙の本を読んでいる。タイトルまでは確認できなかった。表面的には文学青年のような出で立ちだが、纏う気配はどこか軍人を思わせるものだった。
そして――私の前世に強く刻まれている最後の記憶の一つでもある。理由はわからない。けれど、ただその死のあり様だけを強く確信している相手。
思考だけが暴走したように脳裏を巡る。周囲の音が遠くなる。まずい。このままでは怪しまれる。歩かなければ、息をしなければ。
理性がそう叫ぶのに足はその場を動かず、私の視線はハサウェイ・ノアに釘付けになっていた。
「あの……大丈夫ですか?」
「――っ、あっ」
「っと!」
ふと、声を掛けられた瞬間に金縛りが解ける。遠ざかっていた乗客たちの声や物音が耳に届き、詰まっていた呼吸が取り戻された。
咄嗟に深く息を吸い込んで、しかし、私は一瞬、ここが無重力だと失念していた。重心が乱れて体が後ろに傾くと、足先がふわりと浮き上がって――。
天地が反転するかと思われたその時、背中を誰かに支えられた。見れば、まさにそのハサウェイ・ノア本人が手を伸ばし、私がひっくり返るのを防いでくれたようだった。
「……すいません、ありがとうございます。無重力は久しぶりで」
「いえ、大したことじゃありません。怪我がなくてよかった。それよりも、さっき僕の顔をじっと見ていましたけど、何か……?」
「……失礼ですが、もしかしてハサウェイ・ノアさんでしょうか? ブライト・ノア大佐の御子息の」
「あぁ、はい。その通りです」
「実は私、宇宙軍の軍人なんです。アクシズ落下阻止戦のファイルを見ていた時に、若い頃のノアさんの情報と戦果記録が資料に。それでつい、もしかして……と目が向いてしまって。ごめんなさい、初対面の方に不躾なことを」
「……そうだったんですか……はは、なんだか恥ずかしいな」
当然というべきか、やはり不審に思われたようだ。私は座席の取っ手で体を支えつつも頭を下げて、咄嗟に練り上げたもっともらしい言い訳を並べる。
彼はその説明に納得したようで、照れ笑いのような表情を浮かべた。こうして見ると、普通の青年に思える。13歳でモビルスーツを操り敵機を撃墜、そしてこれから何らかの理由で処刑されるような人物には、とても。
ただ、この笑顔――。
「いいえ、地球を救って下さったんですもの、大変ご立派なことだと思います。先程の件も含めて、ありがとうございました」
「そんな……僕なんて、大したことはしていませんよ。本当に」
「ふふ、ご謙遜を。それでは、お時間を取らせて申し訳ありませんでした。失礼します」
「……ええ」
不必要なボロを出さないように、にこやかに微笑みを浮かべて会話を終わらせる。青年もこれ以上、私を引き止める気はないようだった。
少し視線を流すと、先程の行動は少しばかり目立ったのか、数名の乗客がこちらに目を向けている。そのうち、例の少女の隣りにいるスレッグ大佐と、少し前の方のシートに座っていたヨクサン長官――彼も、この便で地球に降りる予定だと聞いていた――に軽く頭を下げると、私は一度客室を離れることにした。
そうして通路に出てから、機体後方のバー・ラウンジへ向かいながら思う。
記録上、ハサウェイ・ノアはアクシズ戦における功労者の一人ということになっている。実際は勝手にモビルスーツを持ち出しての無断出撃だったようだが、敵機撃墜の功と、それによって結果的に勝利へ貢献したこと、そして恐らく、父親のブライト・ノアが息子を守ろうと動いたのもあって不問に付されたようだ。
しかし、先程のハサウェイ・ノアの反応は妙だった。私が彼の戦場での活躍を称賛する言動をした時に、二度とも同じような変化を示している。
よく観察していなければ、単に謙虚だと思うかもしれない。けれど、違う。あれは謙遜しているというよりも、何かに負い目を感じている、後悔に苦しんでいるような人間の態度だ。
無断出撃とはいえ戦果を上げ、公式には功労者として数えられている者の反応ではない。ましてや彼は当時13歳だ。勝手にモビルスーツを持ち出して戦場に向かうほど血気盛んな少年が、大人になったからといってこうも変わるものだろうか。
もちろん、ありえないとまでは言えない。勇んで戦場に出てみたものの、忘れられないような体験をしたのかもしれない。
正規の兵士だって凄惨な出来事によって心的外傷を負うのだ。思春期の少年が同じような経験をすれば、十年以上経っても解消されないトラウマを受けても不思議はない。
でも――。
「いや、これ以上は無益……か」
いけない。これではもう、ほとんど妄想になっている。
そう判断した私は思考を強引に打ち切った。
先程のデジャヴュが原因なのか、神経過敏に陥っているらしい。確かに彼のことは気になるが、情報も足りないまま憶測ばかり発展させたところで得られるものもないだろう。
とはいえ、せっかくラウンジには来てみたものの、この気分でアルコールを飲もうとも思えない。
結局トニックウォーターを少し貰っただけで、十分ほど時間を潰して気を紛らわせた私は、大気圏突入に伴う着席を促す機内アナウンスに後押しされて、そのまま客室へ戻ることにしたのだった。
待ち構えていた大佐とは、お互いに恥ずかしい報告をし合う羽目になった。
大佐の方は少女――ギギ・アンダルシアというらしい――の機嫌を損ねて振られてしまったこと、私の方はうっかり無重力であることを忘れて民間人――相手があのブライト・ノアの息子だと伝えると、大佐は少し物珍しそうにしていた――に助けられる経験をしたこと。
お互いに失点だな、などと笑いながら話していると、いつの間にかハウンゼンは地球の大気圏内を飛行し始めていた。月までほんの一泊二日の出張だったが、この重みが懐かしく思える。
ベルト着用サインが消えると、間もなく大佐はお手洗いに向かった。
話し相手がいなくなってしまい手持ち無沙汰になった私は、私物のタブレットを取り出して『個人的な調査資料』を確認しようとしたのだが――。
「あら?」
不意に、あのギギという少女が声を漏らす。
それはごく小さく、ほかの乗客はほとんど気付いていなかったようだが、私は妙な胸騒ぎがした。
彼女の視線を追いかけると、客室前方の天井の角あたりに向いている。
「――きゃああっ!?」
その嫌な感覚の原因を分析する間もなく、通路の方から甲高い女性の悲鳴が上がった。続けざまに銃声。
私が立ち上がって行動し始めた時には、それは既に複数の交戦音に変化していた。音のパターンからして、恐らくはアサルトライフルと拳銃。搭乗客は全員武器を預けている以上、後者は同行している航空宙警備官のものだと推測する。
「(ハイジャック……マフティー・エリン!?)」
「今の音は何!?」
「は、ハイジャックだぁぁ!」
「ひぃぃっ、何が……! 何が起きてるのよ、あなた! どうにかしてぇ!」
「なんてことだ……このハウンゼンが!? 護衛機は何をしている!?」
「落ち着いて! 皆さん落ち着いて下さい! 席に戻って、シートベルトを締めて下さい!」
客室のあちこちからも連鎖的に悲鳴が響き渡り、乗客たちはたちまちパニックに陥った。キャビンアテンダント達は懸命に人々を落ち着かせようとするものの、彼ら自身が状況を把握できていないことが明白な今、その言葉はほとんど説得力を発揮できていない。
その間にも私は客室左側の壁に移動し、背中を這わせるように身を隠しながら手振りで自動ドアを開けると、交戦中と考えられる通路の様子を確認した。
いや、駄目だ。警備官は既に二人まで射殺されていた。全滅も時間の問題だろう。
この手際の良さ――大気圏突入直後の護衛機がいないタイミングを狙って襲撃してきたところからしても、攻撃は十分に計画され、敵は相応の訓練を受けている。
反射的に思い至った可能性だが、本当にマフティー・ナビーユ・エリンの襲撃でも不思議はない。
そうなれば、現実的に考えて戦況は極めて不利だ。こちらには非戦闘員が大勢含まれる上に、まともな武器すら無い。制圧を回避するのは困難かもしれない。
とはいえ、私は曲がりなりにも地球連邦の軍人なのだ。抵抗の余地があるうちは、やれることをやっておくべきだろう。
私は亡くなった警備官のうち、ドアに近い位置で倒れていた人物が取り落とした拳銃を引き寄せ、手に取る。
オートマチック、残弾は3発程度。予備マガジンが欲しいが、この状況で身を乗り出すのは危険だと判断する。これでも無いよりはマシだ。
――と、同時に機内を強い揺れが襲った。
「ぐっ……!」
ハウンゼンが金属の重い軋みを上げ、衝撃が体を跳ね飛ばそうとする。客室内に無数の悲鳴や衝突音が響く。全員の無事を願うより他にない。
私もまた、咄嗟に掴んだ手摺りを握り締めながら、実現可能な抵抗手段を見出すべく必死に思考を巡らせていた。