腐った連邦軍高官の娘にTS転生して、ケネス大佐の首席補佐官をやる話 作:TSペルペト
/U.C.105年 04月19日 1458時/
/連邦軍南太平洋管区(東南アジア地区) ミンダナオ島南部 ダバオ/
/ダバオ連邦空軍基地 中央施設棟 ブリーフィング・ルーム/
「――以上だ! では各員、新小隊ごとに分かれて座り直せ。それと、今から名前を読み上げられた奴は前に来い」
「はっ!」
私がブリーフィング・ルームに到着した時、そこには、哨戒任務で出払っている部隊を除いて、ダバオ基地に所属する全てのモビルスーツ・パイロットが集められているようだった。
スレッグ大佐は最前列の液晶ホワイトボード前に陣取り、ケスタルギーノ補佐官とソアラ補佐官が脇に並ぶ。椅子には数十名の軍人たちが座っており、今まさに、大佐の指示に従って席替えをやっていた。
そんな彼らの視線が一斉にこちらへ向く。
あるものは真剣な眼差しで、ある者は胡散臭そうに、ある者は値踏みするように、そしてまたある者は、遠慮なく私の体つきを眺め回した挙げ句、少佐の階級章を着けているのが分かったのか、「ヤバい」とでも言いたげな表情をしながら慌てて視線を逸らした。
なるほど、いかにもな反応だ。とはいえ、そんなことを一々気にするほど繊細ではない。
EA3rd――私がニ年間寝食を共にしたマン・ハンター中隊の部隊員達は、最初の頃はそれは酷い態度だったし、それに比べればここのメンバーはかなりお行儀がいい。
陸軍――警察機構の特殊部隊であって、軍ではないが――と空軍の気風の違いもあるのかもしれないが。
「ジャンヌ少佐、良いところに! こっちに来てくれ。よーし、お前ら! 丁度いい、紹介しておこう」
大佐に招かれるがまま隣に並ぶと、彼は乗馬鞭をぴしりと自身の掌に打ち付けて、言った。
「彼女がジャンヌ・チィウ少佐だ。俺の首席補佐官であり、ダバオ空軍基地・モビルスーツ大隊の指揮を受け持つ。つまり、お前たちの上官だ」
「――ジャンヌ・チィウです、よろしく」
紹介が終わるのに合わせて、私は直立不動の姿勢で新たな部下たちに視線を向け、短く告げた。
突然という感じだったが、そうなることは既に知っていた。余計なことは何も言わずに平静を保つ。
寧ろ、ここで下手に動揺する方が余程まずい。出会い頭に狼狽える上官など願い下げも良いところだ。まず信頼されないだろう。
「……」
僅かな間が空き、彼らの間に様々な感情が入り混じった目配せが飛び交う。
軍人としても組織人としても下手なことを言うわけにはいかないが、この状況をあっさり納得することは出来ない、といったところだろう。疑問が溢れそうになっているのが窺える。
この反応は意図して作り出したものだった。
敢えて情報を絞ることで、相手側からの自然な質問を引き出す。最初から長々と説明するよりも、相手が聞く姿勢を持ってから説明した方が、余程記憶に残りやすいはずだ。
勿論、彼らは軍人なのだから、黙って従えと命令すればそうするだろう。ただ、そうして強引に統制された部隊は士気も低く、脆弱になる。これが戦場の只中ならばともかく、ある程度の時間的余裕はあるのだ。
表面上従順だが裏で上官への愚痴が飛び交う状況になるくらいなら、妙に萎縮せずに質問してくれた方が随分とやりやすい。
「……」
「あの、チィウ少佐。質問をよろしいでしょうか……?」
「どうぞ」
間もなく、一人の中尉が手を上げて口火を切った。
私はすかさず頷く。感情を見せすぎず、しかし高圧的にもならないように。
「ホセ・アドルノ中尉です。昨日、MS大隊長のハットン少佐がオーストラリア方面に出撃したのですが、その……状況はどうなっているんでしょうか?」
想定された質問だった。
ハットン――コーディ・ハットン少佐は私の前任の基地MS部隊指揮官で、キンバレー・ヘイマン大佐と共に主力を率いてオエンベリ軍掃討に出撃している。
彼が今どうしているかは不明だが、いずれにせよ、ヘイマン大佐が基地司令を解任された時点でハットン少佐も同様に解任されている。
「――ということです。少佐は既にMS大隊指揮官の任を解かれ、後任に私が充てられました」
「なるほど、了解です」
私がその旨を説明すると、パイロットたちの間に納得に近い雰囲気が漂う。これで前任が人望のある士官だと大変なのだが、この様子ではさほど慕われているという様子でもなかった。
少なくとも、基地に残存しているパイロットからの好感度は低かったようだ。
「他になにか質問があれば、どうぞ」
まず一つに答えて心理的なハードルを下げてから、次の質問を促す。
今度は数名が手を上げた。私は彼らを順次指して回答しながら、顔と名前をすり合わせていく。
「――了解です。お答え下さり、ありがとうございます」
「構いません、他には?」
ハシント・モリーナ大尉、アガピト・デ・パオリ少尉、ホセ・アドルノ中尉、アダム・アッカー少尉、ファハド・サーイド少尉、ジソブ・シン中尉、メレンチー・コバヤシ少尉――。
私が一通りのプロフィールを覚えきり、質問も弾切れになってきた頃。
それを待っていたかのように、一人の若い――年齢は二十歳よりは少し上か、パイロット達の中でも一際若いように思えた。ほとんど少年と言ってもいい――栗色の髪の男性中尉が手を上げる。
示すと、彼は立ち上がり、私のことを睨むような鋭い視線で口を開いた。
「レーン・エイム中尉です。失礼なことをお聞きしますが、ジャンヌ・チィウ少佐。少佐はモビルスーツの操縦経験がおありなんですか?」
「――」
それは確かに、失礼な質問の仕方ではあった。
反抗的な跳ねっ返り感が滲み出ている目つきといい、敬語の体を取りつつも詰問するような棘のある口調といい、まるで生意気な思春期の少年の延長線上のようで、とても軍隊の上官に対する態度ではない。
実際、周りのパイロット仲間もまずいと思ったのか、エイム中尉に視線や身振り手振りで「抑えろ」と言わんばかりのシグナルを送っている。
しかし、私は内心全く別のことを考えていた。
彼はもしかして――『マフティーが観光地にいるわけないだろの人』ではないか、と。
声の質や口調が明らかに似ているように思える。だとすれば、ハサウェイ・ノアと例のカボチャ頭に続いて、三人目の断片的に知っている人物に遭遇したことになる。
――まぁ、だからなんだという訳でもないのだが。
――確かに、マフティーが観光地にいそうなイメージはないけれど。
「チィウ少佐? どうなんですか、答えて下さいよ」
「……レーン・エイム――」
私が余計なことに思考を割いて不自然に沈黙したのを、都合が悪いことを聞かれたが故の沈黙と捉えたか。
エイム中尉が語気強く言い募ろうとするのに、スレッグ大佐が反応する。新兵なら震え上がるような低く威圧的な声色は、続く内容を容易に想像させたが――。
「いいえ、操縦経験自体はあります。ですが、士官学校時代が実機に触れた最後で、それからはシミュレーター訓練のみです」
その前に、私は言葉を返した。内容は包み隠さず事実を。
一瞬だけ視線を向けて、それ以上何も言わずに任せてくれた大佐に感謝の意でアイコンタクトを取りつつも、再びレーン・エイム中尉の顔を正面から見据えた。
今の会話だけでも分かる。彼に大人の理屈で言い包めるような態度は通用しないだろう。きっと、反発するだけだ。
それよりは率直に当たった方が、信頼を得られる早道のように思えた。
「では少佐は、モビルスーツの操縦経験には乏しいということですよね?」
「ええ」
「重ねて失礼なことをお聞きしますが、大隊長ならば少佐もモビルスーツで戦場に出る筈です。それで、本当に大丈夫なのですか?」
「問題ありません」
本音を言えば、偉そうに断言できる立場ではない。しかし、この場で「不安があります」などと言えるわけがなかった。
そして私は、つまるところエイム中尉が何を言いたいのかを察していた。
彼は要するに、私のモビルスーツ乗りとしての実力を知りたいのだろう。パイロットの上官として尊敬に値するかと知るために。
それを口答えばかりの若造と跳ね除けられるほど、私は傲慢にはなれなかった。だから、その帰結を甘んじて受けることにする。
「では、チィウ少佐。シミュレーション訓練で、私を指導して頂けませんでしょうか」
「わかりました、いいでしょう」
私が即答すると、途中からは静観し始めていたパイロットたちも俄に色めき立つ。やはり、なんだかんだと言って上官の操縦技量は気になるのだろう。
そこには嘲りや侮りというよりも、純粋な好奇心の気配が強くあった。
そして、それは私自身も同じだった。モビルスーツ大隊の指揮官として実戦を経験するなら、当然そこには一定の危険が伴う。
護衛に囲まれて安全な位置から命令だけする、などという訳にはいかないのだ。相応の操縦技量は必要だろうし、改善点があるならば知っておきたい。
「――では大佐、今からでも構いませんでしょうか?」
私はスレッグ大佐の方を振り返り、確認を取る。
見れば、彼の表情は懸念一割の興味九割といった様子だった。どうやら想像以上に、大佐の中での私の評価は高いのかもしれない。
「いいだろう。実機のコクピット同士を接続してのシミュレーション訓練を許可する」
「はっ、ありがとうございます」
基地施設内には訓練専用のルームも存在するが、実機接続はそれよりも大掛かりな一方、かなり精度の高いシミュレーションが可能な手段だ。
何よりも、実際の機体を使用することで操縦の実感を得られる。突然の実戦を避けられるという意味でも、私にとっては願ってもない条件だ。
となれば、問題はシミュレーションの設定だが――。
「レーン・エイム中尉はペーネロペーとして、ならば、ジャンヌ・チィウ少佐にも相応の機体が必要だな。ここはアリュゼウスが妥当だろう」
「了解です、大佐」
アリュゼウス。あの機体に関して、現時点で私が知ることはあまり多くはない。
ペーネロペーの前身的なモビルスーツであり、ミノフスキー・フライト・ユニットの代わりに多数のプラズマ・ジェット推進式シェルフ・ノズルを搭載し、その推力で強引に飛行するメカニズムを有すること。
ペーネロペー配備以前は、その練習機として扱われていたこと。
そして、コア・ユニットには量産型νガンダムが使用されていること――。
間違いないのは、かなり特殊な性質の機体ということか。
既存機で最も近いのは、バイアラン系列あたりではないかと考える。
「よし、決まりだな。お前達はこのままハンガーに移動しろ。ミネッチェ大尉、実機シミュレーション訓練の手配を。ジャンヌ少佐とエイム中尉は、ノーマルスーツに着替えて集合だ」
手際良く出される指示を耳にしながら、私は対戦相手の顔を改めて見つめた。
その若い顔立ちには、己の実力に対する自信とプライドが滾っている。
いずれにせよ、全ては結果次第。こうなれば全力で戦い、少なくとも指揮官として恥ずかしくない成果を残さなければならない。
現実的に考えれば、ペーネロペーを任せられている優秀なパイロットだろう中尉に勝利することは難しいだろうが、情けない戦いぶりでなければ、部下達からの信頼を勝ち取ること自体は可能なはずだ。
無論、だからといって戦う前から負けた気ではいられない。
ここまでお膳立てされたからには、私も勝ちに行く覚悟だった。
「それではレーン・エイム中尉、よろしく」
「こちらこそ、ジャンヌ・チィウ少佐。ご指導よろしくお願いします」