VCR GTA3が終わって、数日。
街はもうない。
銀行も、メカニックも、いつもの溜まり場も。
当然、鴉も。
けれど。
インターネットという場所は、そう簡単には終わらせてくれなかった。
某匿名掲示板。
【助けて】VCR GTA3ロス総合スレ Part18【街に帰りたい】
『今日も切り抜き見てる』
『俺も』
『終わってからの方がVCR見てるまである』
『鴉ロスが治らない』
『二次会まだ?』
『抱え込むなよ』
『何を?』
『ロスを』
くだらないレスが流れていく。
イベントが終わったあとには、毎度のように立つスレッドだった。
あの場面が良かった。
あの視点を見ろ。
あの人とあの人の絡みが面白かった。
そんな話を、もう何度したかも分からない。
その中に、ひとつのレスが落ちた。
『おい』
『渋ハル振り返り始まったぞ』
一瞬で流れが変わった。
『マジ?』
『行くわ』
『鴉の話する?』
『もうしてる』
『焼肉の話してて草』
『エビオまた抱え込んでる?』
『本人いないところでも抱え込むなよ擦られてて草』
『URLはよ』
『自分で探せ』
『行ってきます』
そして。
画面は、ひとつの配信へと移る。
「――いや、マジで楽しかったね」
渋谷ハルが笑う。
画面には、VCR GTA3で撮られたクリップ。
コメント欄は、既に懐かしい名前と単語で埋め尽くされていた。
『鴉最高だった』
『もう一回見たい』
『二次会お願いします』
『抱え込むなよ!』
「抱え込むなよはもういいって(笑)」
コメントが加速する。
『抱え込むなよ』
『抱え込むなよ』
『抱え込むなよ』
「お前らが一番抱え込んでるだろ、それ」
笑いながら、次のクリップを開く。
街で起こった出来事をひとつずつ。
くだらないものも。
格好良かったものも。
当時は必死だったのに、終わってから見れば笑えてしまうものも。
そうやって何本か見ていった先で。
「あー、これね」
画面に映ったのは、最後の大型犯罪。
メイズバンク。
『きた』
『メイズだ』
『これ熱かったな』
『最終大型』
「あのときマジで余裕なかったからなあ」
渋ハルが映像を眺める。
地下。
地上。
警察。
無線。
目まぐるしく状況が変わっていく。
そして映像の端を、小さな影が横切った。
『チャリwwww』
『出た』
『バイシクル部隊』
『二台並んで走ってんのシュールww』
『葛葉www』
『マキさんも居んの草』
『チャリラーク』
「そうそうそう!」
渋ハルが笑った。
「これさあ」
もう一度、その場面を見る。
自転車を全力で漕いでいく、葛葉とねじまきゆらり。
「マキさん、最後ラークやりたいって言ってたじゃん?」
『言ってた』
『ラーク志願してたな』
「葛葉はまあ、バイシクル部隊隊長だから、当たり前にチャリなのはわかる」
「でもマキさんはさ、普通に車でやると思ってたんだよね」
少し間。
「なんでチャリ乗ってんの、この人(笑)」
『wwwwww』
『それはそう』
『車どこいった』
『鴉全員バイシクル部隊だから』
『チャリ最強!』
「いや、マキさん車めっちゃ好きだからね?」
そう言いながらも、本人が一番笑っている。
「まあでも……」
自転車で走り去っていく姿を見る。
「こういうの好きだもんな、マキさん」
それだけ言って、次の映像へ進んだ。
まだ、その話はそこで終わった。
やがてクリップ鑑賞が一段落して。
渋ハルは鴉について振り返り始めた。
どうやって人が集まったのか。
最初はどうだったのか。
いつの間に、あの十人になったのか。
そして。
加入した順番を逆に辿るように、一人ずつ話していく。
リモーネ先生。
叢雲カゲツ。
ポッキー。
名前が出るたび、コメント欄にはその人との思い出が流れる。
あんなことがあった。
こんなことをしていた。
本人がいないからこそ話せることもあって。
笑いながら、時々感心しながら。
やがて。
「で、叶くんね」
『かなかな』
『叶さんきた』
『心強い加入だったね』
叶についても、しばらく話す。
GTAでの動き。
鴉に入ってからのこと。
あの犯罪。
あの場面。
そして話が一段落したところで、渋ハルがコメント欄へ目をやった。
『次マキさん?』
『加入順ならマキさんか』
『マキさん聞きたい』
『マキさん評気になる』
「あー」
渋ハルが少し考える。
「次マキさんか」
椅子に座り直した。
「マキさんねぇ……」
コメント欄が少しだけ静かになる。
「マキさんは――」
考えて。
「楽だったな。マジで」
『草』
『楽www』
『どういう意味だよ』
『便利屋?』
「いや違う違う(笑)」
すぐ否定する。
「そういう意味じゃなくて」
少し考える。
「なんて言えばいいんだろうな。話が早いんだよね、マキさん」
『ほう』
『話が早い』
「僕がやって欲しいなって思ったこととか、言う前にやってくれてたし、うわ、ここの射線やばいなって俺が思ったらもう、そこの敵倒してくれてるんだよね」
『なるほど』
『少ない言葉で伝わるのいいね』
「そう、説明のコストが異様に低い」
そこで渋ハルは一区切り。
「で、これ対人ゲームだとマジありがたくて、説明する手間暇省けるから、こっちもプレイに集中できるんだよね」
『それわかる』
『IGLしてると自分のプレイ疎かになるよな』
うんうんとコメントに相槌。
「あと、マキさん、ストグラで長い間警察やってたから警察視点の思考も持ち合わせてるんだよね」
「僕もストグラで警察やってたし、マキさんとは時期被って無いんだけどさ」
そこで、手を動かしながら説明する。
「なんか――警察だったらここ嫌だよね、とか」
「ここ絶対見に来るよね、とか」
「ここラークいたら面倒だよね、とか」
頷く。
「その辺の感覚が、結構一緒なんよ」
『警察組』
『なるほど』
『敵側やってた経験か』
『二人とも警察なの面白いな』
「そうそう、まあ、警察経験者で言ったら、叶くんとかエクスさん、あとメイカちゃんもやってるけど、やっぱりマキさんは段違いだね、経験練度が違うね」
「だから敵目線の説明も少なくて済むっていうか」
「なんか言ったら、『あー、はいはい』ってなるし」
少し笑う。
「たぶん向こうも俺に対して同じだったと思う」
『叶さんもストグラ警察結構やってるよね?』
「そうだね、でも叶くんの方は警察含む総合GTA練度がヤバいんだよ、総合特化の叶くんと、警察特化のマキさんって感じ」
そんな話をして、一区切り。
コメント欄が流れていく。
その中のひとつを見て、渋ハルが思い出した。
「あ、地下金庫ね」
『地下金庫』
『あれヤバかった』
『臨時IGL』
「そうだ」
「あのときエクスさんと叶くん落ちたじゃん?」
思い出すように視線を上げる。
「僕、地下でずっとギミックと金やってたから、外の状況そんな見えてなかったんだけど」
「なんか無線聞いてて――」
少し笑った。
「気付いたらマキさんがIGLやってんのよ(笑)」
『wwwww』
『早かった』
『あそこ好き』
『即引き継いでたな』
『マキさん普通に指示出し始めてた』
「そう!」
「誰がやる? とか、多分なかったよね?」
「普通に喋り始めてんの(笑)」
『それはそう』
『自然すぎた』
「だから、ああいうところはマジで楽だった」
「状況変わったときに、説明しなくても必要なことやってくれるから」
少し考えて。
「で――車ね」
コメントが反応する。
『車』
『マキさんの本体』
『本体は車だった?』
『ドライブ大好きお姉さん』
「本体ではない(笑)」
渋ハルが笑う。
「でもマキさん、GTAで一番好きなの多分車乗ってる時間だからね」
「ストグラでも、以前のVCRでも、ずっと車乗ってたし」
「ラーク追ったりとか、車乗りながらIGLしたりとか」
頷く。
「その辺はかなり上手い」
少しだけ声の調子が変わる。
冗談ではなく、純粋な評価だった。
「マキさん、車乗ってるとマジで強いよ」
『わかる』
『チェイス上手い』
『警察時代の経験値』
『ラーク狩りしてたもんな』
「警察やってるとさ、ラーク追うことめっちゃあるじゃん」
「僕もやってたから分かるんだけど」
「追う側が何されたら嫌か分かってる人が、犯罪側でラークすると普通に面倒なんよ」
「その辺は多分、僕とマキさん、結構感覚近いと思う」
そして。
数秒後。
「…………なのに」
『?』
『なのに?』
渋ハルが吹き出す。
「なんで最後チャリなんだよ(笑)」
『wwwwwwww』
『戻ってきたwww』
『バイシクル部隊』
『一番得意なもの捨ててて草』
『車を捨てた女』
『チャリラーク最強!』
「いやマジで!」
「一番得意なやつ捨ててんじゃん!」
笑いながら、先ほどのメイズバンクを思い出す。
「でもまあ……」
少しだけ笑いが落ち着く。
「面白そうだったんだろうね」
『それはそう』
『マキさんだしな』
『面白そうならやる』
「そう」
頷いた。
「マキさんってそういう人なんだよな」
「なんか――強い方やるっていうより、面白そうな方行くんだよ」
『わかる』
『めっちゃ分かる』
『GTA楽しんでる人』
「だからGTAの考え方はめちゃくちゃ分かるんだけど」
少し笑う。
「やることは、たまに分かんない(笑)」
『草』
『名評』
『それがマキさん』
『思考は読めるのに行動が読めない女』
「そうそう(笑)」
「でもまあ、マキさんいると楽だったよ」
「事故ってもなんとかなるし」
「何かあったら普通に車乗せとけば強いし」
「で、本人は好きなことやってるし」
そこで一区切り。
渋ハルが次の話へ移ろうとした、そのときだった。
『そういや最終日のギター』
『マキさんギターやばかったな』
『くろむちゃんの歌のとこ』
『あれ急に弾けるのおかしくね?』
『ギター普通に上手すぎた』
「あー」
コメントを見つける。
「ギターね」
ほんの少し。
声の温度が変わった。
「マキさん、ギターは上手いよ」
『知ってる』
『うますぎ』
『あれ即興?』
『なんであんな弾けるの?』
「そりゃそうだよ」
当たり前のことを言うように。
渋ハルは言った。
「あの人、昔バンドやってたからね?」
コメント欄が、一瞬だけ止まったように見えた。
そして。
『え?』
『バンド?』
『初耳』
『マジ?』
『昔っていつ?』
『え』
流れが変わる。
それまでとは明らかに違う反応が、いくつか混ざり始めた。
『ホロシェル?』
『ねじまきって』
『?????』
『名前は一緒だけど』
渋ハルが、その流れを見つけた。
「あ、知ってる人いるじゃん」
『え』
『マジで?』
『あれ本人なの?』
『嘘だろ』
「そうだよ」
あっさりと言う。
「Hollow in the shell」
コメント欄が爆発した。
『は??????』
『あのHollow in the shell???』
『マジ???』
『知らん』
『何それ』
『おじいちゃんたち急に起きてきた』
『ねじまきってそういうこと??』
『待って待って待って』
渋ハルはその反応を見て笑った。
「まあ知らない人の方が多いか」
「今のホロのマキさんから知った人は、そりゃ知らないよね」
それどころかストリーマー時代から知った人も知らないかもな、と付け加える。
『いつの話?』
『そんな有名だったの?』
『渋ハルなんで知ってんの』
「俺は知ってたよ」
それも、当然のように言った。
「昔ネットで音楽とか見てた人だったら、知ってる人いるんじゃない?」
少し考えて。
「まあ、結構特殊なバンドだったからね」
『伝説って言われてたやつ?』
『名前だけ聞いたことある』
『活動期間短かったよな』
『ねじまきってギターの?』
「そうそう」
渋ハルが頷く。
「ギターの、ねじまき」
『マキさんじゃん』
『名前そのままじゃん』
『鳥肌』
『だからあんな上手いのか』
『昔どころじゃなくない?』
『なんで辞めたの?』
『ホロシェルってなんで解散したの?』
そこで。
渋ハルの目が、一瞬だけコメントを追った。
さっきまで即座に返していた言葉が、止まる。
「……まあ」
ほんの短い間。
「そこは俺が話すことじゃないかな」
コメント欄の速度が、少しだけ落ちた。
『あー』
『なるほど』
『了解』
『そこは本人の話か』
「うん」
それ以上は触れない。
そして、すぐにいつもの調子へ戻る。
「まあ、とにかく」
「マキさんのギターが上手いのは、そういうことです(笑)」
『なるほどなあ』
『急に生えた特技じゃなかった』
『経歴どうなってんだよ』
『GTAから来たら情報量多すぎる』
「ほんとにね(笑)」
そうして。
振り返り配信は、また鴉の話へ戻っていった。
*
同じ頃。
先ほどの匿名掲示板。
【助けて】VCR GTA3ロス総合スレ Part18【街に帰りたい】
『振り返りおもろい』
『マキさん評めっちゃ分かるわ』
『警察組だから話通じるってのいいな』
『結局チャリなの草』
『車ラーク得意なやつが最後チャリ選ぶな』
『面白かったのでセーフ』
いつものレス。
いつもの空気。
――だったはずなのだが。
『なあ』
『Hollow in the shellって何?』
一つの書き込みから。
スレッドの流れが、少しずつ変わっていった。
『俺も知らん』
『昔のバンドらしい』
『ググってもあんま出てこない』
『いつの時代だよ』
『かなり昔』
『ネット中心で活動してたバンド』
『リアルライブも一回だけやってるはず』
『なんでお前らそんな詳しいんだよ』
『老人会始まってて草』
『そんな昔から活動してるマキさんって…』
『おいやめろ』
その中に。
『いや待って』
『俺これ知ってるわ』
レスがつく。
『おじいちゃん?』
『説明して』
『何が?』
少しして。
『ねじまきって名前のギターがいた』
スレッドが止まる。
『…………』
『え』
『いや』
『それがマキさんなんだろ?』
『渋ハルがそう言ってたじゃん』
『そうなんだけど』
『なんか』
『今のマキさんと繋がらん』
誰かが検索する。
誰かが古いブログを掘る。
誰かが消えかけた記事を見つける。
十年以上前。
今とはまるで違うインターネット。
そこに残っていた、僅かな痕跡。
『動画あった』
レス。
『マジ?』
『貼って』
『どれ?』
『ライブ?』
『いや』
『古いやつ』
少しして。
『これ』
誰かが開いた。
荒い映像だった。
今の配信とは比較にならないほど低い画質。
小さなステージ。
粗い照明。
知らない人間たち。
そして。
『右のギター見て』
赤いギターを抱えた、小柄な人影。
いや、それは正しくは人影ではなく──
人とも、機械とも言い難い、ヒトのカタチをしたナニカ。
『概要欄』
誰かが読む。
Guitar Vocal――ネムリ。
Guitar――ねじまき。
Bass――ドーム。
Drum――白ヒツジ。
沈黙。
そして。
『……これ』
『本当にマキさん?』
画面の向こう。
まだ誰からも、
「ゆら」
とも、
「マキさん」
とも、
「ネジキ」
とも呼ばれていなかった少女が。
赤いギターを抱えていた。
――2013年。
彼女の名前は、まだ。
ねじまきだった。
ねじまきゆらり───年齢不詳・誕生日 極秘(仮として6月1日[ねじの日]としている)
彼女の過去とは