捻葉マキはロスサントスの刑事として奮闘するようです
ストリートグラフィティ ロールプレイ in…
GTA RPという言葉がある――。
Grand Theft Auto V。
車を盗み、街を走り、銃を撃ち、犯罪を犯す。
そんなゲームの世界を舞台にしながら、ゲームを攻略するのではなく、そこに生きる一人の人間になる。
警察官になる者がいる。
犯罪者になる者がいる。
人を救う救急隊員もいれば、車を直すメカニックもいる。
店を開く者がいる。
客として通う者がいる。
ただ街を歩き、人と話し、友人を作る者だっている。
それぞれが一人の人物として、そこに生きる。
台本はない。
誰かの選択に誰かが反応し、その反応がまた別の誰かを動かす。
そうして、最初から用意されていたわけではない物語が生まれていく。
それが、GTA RP。
そして2022年。
日本にも、そんな街が生まれた。
――ストグラ。
ストリーマーたちが、それぞれ別の人生を持った住人として暮らす、もう一つのロスサントス。
もっとも。
ねじまきゆらりがその街に足を踏み入れることになる少し前から、彼女は「GTA RP」という言葉だけは知っていた。
きっかけは、2022年のVCR RUSTだった。
その日も特に何かが起こる予定だったわけではない。
いつものように人と会い、話し、物を集め、時には撃ち合い。
そんなサーバーの片隅を歩いていたときだった。
「――GTAのRP?」
聞き慣れた声がして、ゆらりは足を止めた。
そこにいたのは、ぐちつぼとしょぼすけ。
何やらゲームの話をしているらしい。
「なにそれ?」
ゆらりが横から顔を出す。
「あ、マキさん」
「GTAでRPって何すんの?」
ぐちつぼが少し考えてから答えた。
「なんて言えばいいかな。GTAの中で、その世界の住人として生活する感じ」
「生活?」
「そう。警察やったり、犯罪者やったり、店やったり」
「へえ」
ゲームの中で警察官になる。
ゲームの中で犯罪者になる。
それだけなら、特別珍しい話には聞こえない。
けれど。
「それぞれがキャラクターとして生活して、その場で起きたことから話ができていくんですよ」
その言葉には、少し引っかかった。
用意された物語を遊ぶのではない。
そこにいる人間たちが、物語を作っていく。
「……面白そう」
ゆらりはそう言った。
それだけだった。
「じゃあやろう」と約束したわけでもない。
サーバーを作ろうなんて話をしたわけでもない。
そのあと別の話題になって、別の誰かがやってきて。
いつものスト鯖の一日として流れていった。
ただ。
ゆらりの頭の片隅には、
――GTA RP。
その言葉だけが残った。
しばらくして。
本当に、そんな街ができたらしいという話を聞いた。
名前は、ストグラ。
「あれ、本当にやったんだ」
最初の感想は、それくらいだった。
すぐに参加したわけではない。
配信をした。
ゲームをした。
ホロライブの仕事をした。
いつものように外のストリーマーとも遊んだ。
そうしている間にも、ロスサントスでは毎日のように誰かが生きていた。
警察官が犯罪者を追い。
救急隊が人を助け。
誰かが店を開き。
誰かと誰かが出会っていた。
そして翌年。
2023年、春。
ゆらりは、ふと思い出した。
あのとき聞いた話を。
GTAの中で、一人の人間として生きる。
「……やっぱ、面白そうだな」
興味は消えていなかった。
なら、やってみればいい。
思い立って連絡した相手は、RUST以来すっかり話しやすくなっていたぐちつぼだった。
『ねえ、ぐっさん』
『ん?』
『前に話してたGTAのRPあるじゃん』
『ああ、ストグラ?』
『そう、それ』
少しだけ間を置いて。
『私、あれやってみたい』
しょぼすけとは、ほとんど交流がない。
だから、ぐちつぼに相談した。
話は思ったより早く進んだ。
ぐちつぼが間に入り。
しょぼすけへ話が届き。
いくつかのやり取りを経て。
ねじまきゆらりは、ロスサントスへ行くことになった。
そして――。
ここからは、ねじまきゆらり、私が夢になり
*
2023年4月中旬。
ロスサントス警察署。
「別都市から応援として来ました。
赤い髪の女は、そう名乗った。
「向こうでは刑事をやっていました。しばらくこちらでお世話になります」
落ち着いた声だった。
姿勢もいい。
知らない場所へ放り込まれた人間にしては、ずいぶん堂々としている。
それもそのはず。
警察官として働くこと自体が初めてなわけではない。
現場にも出た。
事件も追った。
犯人だって捕まえた。
刑事として働いてきた経験がある。
だから。
多少、街が変わったところで――。
「……ネルさん」
「ん?」
「これ、どうするの?」
着任から、そう時間は経っていなかった。
二十日ネルが振り返る。
「どれ?」
「これ」
「だからどれ?」
「この……端末の……」
「そこ押して」
「あ」
押す。
画面が変わる。
「おお」
「で、ここから罪状つける」
「なるほど」
数秒。
「ネルさん」
「なに?」
「この場合って何の罪?」
「それは――」
説明を聞く。
頷く。
覚える。
また少し経つ。
「ネルさん」
「今度はなに?」
「罰金ってこれで合ってる?」
「それは違う」
「違うんだ」
「それはこっち」
「あー、なるほど」
さらに少し経つ。
「ネルさん」
「はいはい」
「プリズンってどうやって送るの?」
「そこから!?」
「だって知らないもん」
経験者。
刑事。
別都市から来た応援。
肩書きだけ聞けば、即戦力である。
だが、ロスサントスでは話が違った。
法律が違う。
罪状が違う。
罰金が違う。
逮捕の手順も違う。
無線の使い方も違う。
車両も違う。
街の構造も分からない。
ましてや、この街特有の仕組みなど知るはずもない。
別の街でどれだけ刑事をやっていようと。
ここでは――新人だった。
だからマキは聞いた。
分からないものを、分かったふりはしない。
それが現場で一番危ないことを知っている。
「ネルさん、これは?」
「それはね――」
「じゃあこっちは?」
「これは――」
「なるほど」
教わる。
一度触る。
試してみる。
そして次からは、自分でやる。
「……覚えるの早いね」
ネルがふと呟いた。
「そう?」
「さっき教えたばっかじゃん」
「一回やったから」
「普通、一回じゃ覚えないんだけど」
「そうなの?」
マキは本気で首を傾げた。
ネルは何か言おうとして。
やめた。
それにしても。
この警察署。
「ちょっと待って待って待って!」
「危なっ!」
「誰!? ここに車停めたの!」
「俺じゃない!」
「絶対お前だろ!」
騒がしい。
非常に騒がしい。
さっきから何かしら起きている。
事故。
冗談。
怒鳴り声。
笑い声。
マキはしばらく黙ってそれを眺めていた。
そして、隣のネルを見る。
「……ネルさん」
「ん?」
「大丈夫なんですか、この警察」
「大丈夫大丈夫」
「今、警察署の前で事故ってたけど」
「いつものことだから」
「それが一番大丈夫じゃない気がするんだけど」
マキが眉を寄せた、そのときだった。
通知が入った。
空気が変わる。
さっきまで笑っていた警官が立ち上がる。
無線が飛ぶ。
『――発生。対応可能な警官いますか』
『行けます』
『こっちも向かう』
『現場どこ?』
『位置出てます』
一斉に動く。
「マキ」
「はい」
「行くよ」
「あ、はい!」
慌ててついていく。
さっきまでとは別人だった。
車両へ乗り込む。
サイレンが鳴る。
何台もの警察車両が街へ飛び出していく。
「……」
助手席から、マキはその光景を見ていた。
ふざけている。
騒がしい。
事故もする。
本当に大丈夫なのかと思った。
でも。
事件が起きれば動く。
迷いなく。
速い。
『対象車両、北方向!』
無線が飛ぶ。
『了解』
別の声。
マキは必死に聞く。
方角。
道路。
車両。
位置。
知らない単語。
知らない地名。
頭の中で一つずつ繋げていく。
そのとき。
一台の警察車両が、視界を抜けた。
速い。
「……え?」
マキが目で追う。
車が対象へ詰める。
位置取り。
判断。
降車。
その後の動きにも迷いがない。
「……あの子、何?」
思わず口から出た。
「れむ?」
「れむ?」
「後藤れむ」
ネルが当然のように言う。
マキはもう一度、その姿を見る。
速い。
上手い。
何より。
現場で何をすべきなのかを迷っていない。
対して自分は。
『北側、一人回って!』
「北……」
一瞬止まる。
どっちだ。
「マキ、こっち!」
「はい!」
遅れた。
ほんの数秒。
でも。
現場では、その数秒が長い。
事件が終わったあと。
マキは何も言わなかった。
ただ、れむを見ていた。
どこで車を降りた。
どこから現場を見た。
無線で何を言った。
どのタイミングで動いた。
一つずつ。
頭の中に入れていく。
「マキ?」
「ん?」
「どうしたの?」
「いや」
少し考えて。
「……すごいね、れむ」
それだけ言った。
*
その日の後半。
マキは別の警官とパトカーを組むことになった。
「クワさん?」
「はいよ」
年配の警察官だった。
マキより、ずっと長く現場に立っていそうな男。
「よろしくお願いします」
「そんな固くならなくていいよ」
「でも先輩でしょ?」
「腰痛ぇおっさんだよ」
「それは病院行って」
「冷たいねぇ」
運転席にはクワさん。
マキは助手席。
車がゆっくり警察署を出る。
昼のロスサントス。
「まず街覚えないとな」
「うん」
「道分かる?」
「全然」
「潔いな」
「知らないものは知らないから」
「そりゃそうだ」
クワさんは笑った。
「じゃ、今日は観光だな」
「パトロールでしょ」
「似たようなもんだよ」
「違うと思うけど」
車は街を走る。
マキは窓の外を見ていた。
交差点。
店。
路地。
大通り。
警察署からの距離。
逃げるならどこへ行く。
ここを曲がったらどこへ出る。
自然とそんなことを考えている。
「ずいぶん真面目に見てるね」
「覚えないと仕事にならないから」
「ぼちぼちでいいよ」
「早い方がいいでしょ」
「若いねぇ」
「クワさん何歳なの?」
「聞かないの、そういうの」
「自分でおっさんって言ったじゃん」
「それとこれは別」
そんな話をしていたとき。
無線が入った。
『銀行付近、現金輸送車の盗難を確認。対応可能な警官いますか』
マキが顔を上げる。
「現金輸送車?」
「行ってみるか」
「うん」
クワさんがハンドルを切った。
現場へ向かって、しばらく。
「あれか?」
「……たぶん」
前方を走る、一台の現金輸送車。
見た目だけなら、別におかしくはない。
問題は、その車が銀行から猛スピードで逃げてきたことと。
何より――盗難届が出ていることだった。
クワさんがサイレンを鳴らす。
マキは窓を開けた。
「前の現金輸送車! 停まりなさい! 警察です!」
すると。
前を走る車の窓が開いた。
運転している男は、なぜか警備員の格好をしている。
『いや違う違う!』
「何が!?」
『これ輸送だから!』
「輸送?」
『そう! 三億円運んでんの!』
「三億!?」
『仕事中だから! そっちこそ誰!? 偽警察でしょ!』
「はあ!?」
助手席でクワさんの肩が震えた。
マキは気づいていない。
『最近多いんだよ偽警察! 怖い怖い!』
「偽物じゃない! 警察手帳見せるから停まりなさい!」
『走ってるのにどうやって見るんだよ!』
「だから停まりなさいって言ってるの!」
『三億乗ってるから無理! 危ないから!』
「だったら余計に停まりなさい!」
『なんでだよ!』
「そんな大金、現金輸送車一台だけで運ぶ方が危ないから!」
『えっ』
「三億でしょ!?」
『う、うん! 三億!』
「だったら事前に警察署へ届け出を出しなさい! 必要なら警護も付けるから!」
『そこ!?』
「そこって何!」
『いや、だから、俺ちゃんとした警備員だから!』
「じゃあ所属は!?」
『……』
「会社名!」
『…………』
「ほら!」
『い、今それ関係ある!?』
「あるに決まってるでしょ!」
クワさんが、ついに耐えきれなくなった。
「ふっ……ははっ」
マキが振り返る。
「クワさん?」
「いや、ごめん」
「何笑ってるの?」
「いやぁ……」
クワさんは前を走る現金輸送車を見ながら、まだ笑っている。
「真面目だねぇ、あんた」
「何が?」
「普通そこまで話付き合わねぇよ」
「付き合ってないよ」
マキは本気だった。
「本当に三億運んでるなら危ないでしょ」
「うん」
「警備員なら所属確認しないと」
「そうだねぇ」
「そもそも盗難届出てるんだから停めないと」
「ごもっとも」
『いや盗難じゃないって! 借りたの!』
前から声が飛んでくる。
マキが即座に窓へ身を寄せた。
「誰に!」
『えっ』
「所有者の名前!」
『…………社長!』
「どこの!」
『弊社の!』
「だから会社名を言いなさい!」
「ははははっ!」
「クワさん!」
「ごめんごめん!」
クワさんは笑いながらアクセルを踏み込んだ。
「じゃ、三億円守ってやらないとな」
「そういうこと!」
「まず運転手捕まえるけどな」
「当たり前でしょ!」
パトカーが加速する。
前方では、三億円を運んでいると自称する警備員が必死に逃げていく。
後ろからは、サイレン。
「前の現金輸送車! 停まりなさい!」
『だから仕事中だって!』
「だったらなおさら警察の指示に従いなさい!」
『融通利かねぇー!』
「安全のために言ってるの!」
「元気だねぇ」
「クワさんもちゃんと追って!」
「追ってる追ってる」
「次、右!」
「はいよ」
ロスサントスへやってきたばかりの捻葉マキは、まだ知らなかった。
この街では。
犯罪者が警察をからかうためだけに、とんでもなくしょうもない設定を持ち出してくることがある。
そして犯罪者たちも、まだ知らなかった。
捻葉マキという警察官には。
しょうもない嘘ほど、大真面目に返される。
そんな厄介な性質があることを。
*
勤務が終わるころ。
マキは警察署の外に立っていた。
街は相変わらず騒がしい。
遠くで車の音。
どこかでサイレン。
知らない人間が歩いている。
今日だけで、何度「分からない」と言っただろう。
法律が違う。
仕組みが違う。
道路も分からない。
無線もまだ完全には聞き取れない。
ネルには何度も質問した。
現場では動きが遅れた。
れむを見て、素直に驚いた。
クワさんの助手席に座って、初めて街を走った。
別の街で刑事をしていた。
だから少しくらいは通用すると思っていた。
甘かった。
ここは、自分の知っている街ではない。
でも。
嫌ではなかった。
マキは警察署を見る。
さっきまで馬鹿みたいに騒いでいた警官たち。
通知が鳴れば、一瞬で顔が変わった。
ネルがいる。
れむがいる。
クワさんがいる。
まだ名前すら覚えていない警察官も大勢いる。
「……そっか」
小さく呟く。
自分が知っているやり方を、この街へ押しつける必要はない。
分からないなら聞けばいい。
知らないなら覚えればいい。
できないなら、次にできるようになればいい。
今日見たものを。
今日聞いたものを。
一つずつ。
全部、自分の中へ入れていけばいい。
マキは、もう一度ロスサントスを見た。
この街には。
この街の法律がある。
この街の犯罪者がいる。
そして。
この街には――
この街の警察がある。
だったら。
まずは、それを知ろう。
捻葉マキのロスサントス最初の一日は。
こうして終わった。
クワさん
本名:不明
年齢:50代後半~60代前半?
職業:ロスサントス警察・ベテラン警察官/刑事
相棒:捻葉マキ
ロスサントス警察に長く勤める、飄々としたベテラン刑事。
誰もが「クワさん」と呼んでいるが、実は本名を知っている者は誰もいない。「クワ」が名字なのか名前なのか、そもそも本名と関係があるのかすら不明。本人も特に説明する気はないらしい。
射撃やチェイスで突出したタイプではなく、口を開けば「腰が痛い」「若いねぇ」とぼやいている。しかし長年の現場経験から、人やその場の空気を読むことには非常に長けている。
2023年4月、ロスサントスへ派遣されてきた捻葉マキと出会い、やがて彼女の相棒となる。
最初はクワさんが運転し、マキが助手席。
やがてマキが街を覚えるとその位置は逆転し、以降はマキが運転席、クワさんが助手席という形が二人の定位置になっていく。
証拠と論理から事件を見るマキに対し、クワさんは「その人間が本当にそんなことをするのか」という、人を見る刑事。
技術では早々にマキに追い越されていくが、マキにとっては最後まで「刑事として追い越せない先輩」である。
本作の二次創作キャラ
モチーフは『踊る大捜査線』の和久平八郎。
ワクさんのパロディロールプレイをしている。
そして何より、若い警官をちゃんと生きて署へ帰すことを大切にしている――そんな、ロスサントスの古い刑事。