ストグラ編はある程度駆け足で行きます
まだVCRGTA1が始まる黎明期の街
なにがマキを待ち受けるのか
――2023年4月。
匿名掲示板。
ストグラ雑談スレッド。
『今日なんか新しい警察いた?』
『いた』
『女の人?』
『捻葉マキって人』
『新人?』
『ストグラは新人っぽい』
『ずっとネルに色々聞いてる』
『体験?』
『いや、もう警察』
『は?』
『いきなり体験無しで警察なんて珍しいな』
『山下市長直々の応援要請らしい』
『別の街から派遣されてきた刑事ってRPみたい』
『なるほど』
少し間が空いた。
『ていうかさ』
『この人、声聞いたことあるんだけど』
『俺も思った』
『誰だっけ』
『待って』
『これねじまきじゃね?』
『ねじまき?』
『ねじまきゆらり』
『は?』
『ホロライブの??』
『0期生のねじまきゆらり???』
『配信見てきた』
『本人です』
『草』
『なんでホロライブが急にストグラにいるんだよw』
『ゆらりならスト鯖いるのは分かるけどストグラは予想外』
『しかも警察』
『体験なしで即警察なのもそういうことか』
『まーホロなら影響力ありすぎるから一旦そんな感じか』
『いきなり犯罪側に放り込むより警察の方が入りやすいのかもな』
『RP上も市長から応援要請なら綺麗だし』
書き込みが増えていく。
『でもめっちゃ初心者だぞ』
『さっきネルに罰金聞いてた』
『無線もまだ怪しい』
『FiveM初めてなんじゃない?』
『なのに設定は敏腕刑事なの草』
『設定上は経験者、この街では新人ってことか』
『面白いなそれ』
そして。
誰かが別のところに引っかかった。
『ところで』
『捻葉マキってなんて読むの?』
『ねじりはマキ』
『ねじりは……』
『ねじり葉巻?』
『あ』
『ねじり葉巻www』
『ヘビースモーカー設定か?』
『ホロでそれは尖りすぎてて草』
『いやさすがに違うだろw』
『でもねじまき→捻葉マキだろ?』
『絶対なんか掛けてる』
『マキも「巻き」だしな』
『ねじまき』
『捻葉マキ』
『捻り+葉+巻き』
『葉巻じゃねーか』
『草』
『名前だけで喫煙者にされてて草』
そんな好き勝手な考察が飛び交う一方で。
画面の向こうでは。
「ネルさん」
「ん?」
「これって、どうやって処理するの?」
捻葉マキが、今日何度目かも分からない質問をしていた。
『今見てるけどマジで何も知らなくて草』
『ほんとに新人じゃん』
『これ大丈夫か?』
『ゲーム覚えるのはクソ早い人だから、そのうち何とかなるだろ』
『一ヶ月後どうなってるか楽しみ』
『とりあえず追ってみるか』
このとき。
スレッドにいた誰も知らなかった。
別都市から来たという設定だけを背負い、
この街の法律も。
道も。
車も。
犯罪も。
まだ何も知らない、この刑事が。
やがて新人たちから、
「マキさん」
と慕われる敏腕刑事になることを──。
*
ロスサントスに来て、何日目だっただろう。
最初の頃は数えていた。
一日目。
二日目。
三日目。
でも、一週間を過ぎたあたりから、どうでもよくなった。
この街では毎日のように何かが起きる。
強盗。
窃盗。
暴走。
銃撃。
誘拐。
そして、そのどれにも当てはまらないような、よく分からない事件。
だから一日一日を数えるより、
「今日は何が起きたか」
で覚えた方が早かった。
「ネルさん」
「ん?」
「この場合って、強盗と逃走で二つ?」
「それと公務執行妨害かな」
「あ、そっか」
マキは手元のメモへ書き込む。
「罰金は?」
「それが――」
「あ、待って。分かった」
「え?」
「昨日のやつと同じだ。これでしょ?」
「……そう」
「よし」
端末を操作する。
少し前までなら、一つ処理するたびに二十日ネルを呼んでいた。
逮捕はどうする。
罪状はどうする。
罰金はいくらだ。
収監はどうする。
押収品は。
車両は。
無線は。
知らないことばかりだった。
だが、一度教わったことは、大体覚えた。
一度経験した犯罪なら、二度目からは対応できた。
三度目には、もう誰かに聞く必要もなかった。
ネルが横から画面を覗く。
「……マキちゃんさ」
「ん?」
「覚えるの早くない?」
「そう?」
「そうだよ」
マキは首を傾げた。
「一回やったし」
「普通、一回じゃ覚えないんだよ」
「そうなの?」
「そうなの」
そこへ、署内の奥から声が飛んできた。
「マキー、パトロール行くぞー」
クワさんだった。
「はーい」
マキは端末を閉じる。
ネルがその背中を見送りながら、小さく呟いた。
「……もうほとんど聞かれなくなったなぁ」
◇
最初の頃、運転席はいつもクワさんだった。
「ここ真っ直ぐ」
「はい」
「次、右」
「はい」
「そこ左」
「はい」
「違う違う、その次」
「えっ」
「そこ一方通行」
「えっ」
「マキ、地図見てる?」
「見てる!」
「逆さじゃない?」
「逆さじゃない!」
そんなやり取りをしながら、マキは助手席から街を覚えた。
警察署。
病院。
裁判所。
銀行。
宝石店。
高速道路。
路地。
抜け道。
犯罪者がよく使う道。
警察が詰まりやすい交差点。
車が飛びやすい段差。
一つずつ。
少しずつ。
いや。
クワさんからすれば、少しずつではなかった。
「あそこ左です」
ある日、助手席のマキが言った。
「ん?」
「次の交差点左。その先の路地抜けた方が早い」
「……よく覚えてんな」
「この前通ったから」
「一回だけだろ?」
「うん」
「…………」
クワさんは何も言わず、左へ曲がった。
本当に早かった。
そして、また数日後。
パトカーへ向かいながら、マキが何気なく言った。
「クワさん」
「んー?」
「今日、私運転していい?」
クワさんが足を止める。
「運転?」
「うん」
「この街で?」
「この街で」
「パトカーを?」
「他に何があるの」
「いやぁ」
クワさんはマキを見る。
マキも見る。
数秒。
「……ぶつけんなよ」
「ぶつけないよ!」
鍵が投げられた。
マキはそれを受け取る。
初めて、二人の立ち位置が入れ替わった。
マキが運転席。
クワさんが助手席。
エンジンがかかる。
「シート下げていい?」
「好きにしろ」
「クワさん足長いから遠いんだよね」
「褒めてもなんも出ねぇぞ」
「褒めてない」
「おい」
パトカーが走り出す。
最初は慎重だった。
交差点ではしっかり減速する。
車間距離も取る。
無理な追い越しもしない。
クワさんは腕を組んで外を眺めていた。
「安全運転だねぇ」
「警察だからね」
「そのうち変わるぞ」
「変わらないよ」
「そうかい」
クワさんは笑った。
十分後。
無線が鳴った。
『車両窃盗。逃走車両、黒色スポーツカー――』
マキの目が変わった。
「いた」
「早ぇな」
サイレン。
アクセル。
パトカーが一気に加速する。
「ちょ、マキ」
「何?」
「さっきの安全運転どこ行った?」
「緊急走行!」
「便利な言葉だなぁ!」
黒い車が交差点へ飛び込む。
マキも続く。
右。
左。
直進。
相手が路地へ入る。
「クワさん、次どっち?」
「右」
「了解」
「その先工事してるから左寄っとけ」
「了解」
車体を滑らせるように曲げる。
「おぉ」
「何?」
「いや」
クワさんは窓の外を見ながら言った。
「上手いじゃん」
「でしょ?」
「調子乗んな」
「はい」
その日から。
自然と、マキが運転席へ座るようになった。
◇
数日後。
銀行から現金輸送車が飛び出した。
「止まりなさい! 警察です!」
サイレンを鳴らしながら、マキが叫ぶ。
前を走っているのは、どう見ても盗難車両。
しかも乗っている二人組は、なぜか警備員の格好をしていた。
窓から犯人が顔を出す。
「違う違う違う! これ輸送だから!」
「何を!?」
「三億円運んでんの!」
「は!?」
「銀行から別の銀行に輸送してるだけだから!」
「そんなわけ――」
「そっちこそ偽警察でしょ!」
「…………」
一瞬。
マキが黙った。
助手席のクワさんが横を見る。
犯人が畳みかける。
「警察って証拠あんの!?」
マキは無線機を取った。
クワさんは嫌な予感がした。
「おい、マキ」
マキは窓を開けた。
そして大真面目に叫んだ。
「警察手帳を見せるから止まりなさい!」
「そこ!?」
クワさんが吹き出した。
「あと!」
マキは続ける。
「そんな大金、輸送車一つで運ぶの危ないから!」
「えっ」
「ちゃんと警察署に届出を出しなさい!」
「そっち!?」
犯人まで笑い始めた。
「いやマキさん! ネタだから!」
「犯罪したんでしょ!?」
「してるけど!」
「じゃあ止まりなさい!」
「嫌でーす!」
「止まれぇ!」
アクセルを踏み込む。
「ははははは!」
隣でクワさんが笑っている。
「何笑ってるの!」
「いや、別に」
「クワさんも仕事して!」
「してるしてる」
前方を見る。
逃走車両が交差点へ入る。
クワさんの声が変わった。
「マキ、次右」
「了解」
「たぶんあいつら大通り戻るぞ」
「じゃあ一本先で切る」
「それでいい」
マキは交差点を直進した。
犯人を追わない。
一本先。
右。
路地を抜ける。
そして――
「いた」
逃走車両の前へ出た。
「うわぁ!?」
犯人の声。
「止まりなさい!」
「マキさん怖いって!」
「止まれば怖くない!」
「絶対嘘!」
「止まれぇ!」
助手席で、クワさんはまた笑った。
◇
二人でパトロールをする時間が増えた。
気がつけば、それが当たり前になっていた。
チェイスになれば、マキが犯人を見る。
クワさんは周囲を見る。
「前、一般車」
「見えてる」
「右から来るぞ」
「了解」
「次の信号、左行くと思う」
「なんで?」
「さっきから右ばっか避けてる」
「……なるほど」
犯人が左へ曲がる。
「ほら」
「すご」
「年寄り舐めんな」
「舐めてないよ」
銃撃戦になれば、マキが前へ出る。
「マキ、出すぎ」
「まだ行ける」
「行けるかどうかじゃねぇよ。戻れ」
「でも――」
「戻れ」
その声だけは、少し強かった。
マキは一瞬だけ迷い、遮蔽物へ戻る。
直後。
さっきまでマキがいた場所へ銃弾が飛んできた。
「……危な」
「だろ?」
「見えてたの?」
「見えてねぇよ」
「え?」
「嫌な感じしただけ」
「何それ」
「長くやってると、そういうのがあんだよ」
マキには、よく分からなかった。
捜査でもそうだった。
証言。
時間。
車両。
位置。
証拠。
マキは一つずつ整理する。
「この人の証言が本当なら、こっちの時間と合わない」
「うん」
「だから、どっちかが嘘ついてる」
「そうだな」
「証拠だけなら、この人の方が怪しい」
「そうだなぁ」
クワさんは腕を組む。
「でも、こいつじゃねぇと思うぞ」
「なんで?」
「そんな顔してねぇ」
「顔?」
「うん」
「それ証拠にならないよ」
「ならねぇな」
「じゃあダメじゃん」
「だからお前が証拠探すんだろ?」
マキは黙った。
「……ずるくない?」
「何が?」
「クワさんが勘で言って、私が証拠探すの」
「いいコンビじゃねぇか」
「自分で言う?」
「言う言う」
そして。
調べてみると、本当に別の人物が犯人だった。
「…………」
「な?」
「なんで分かったの?」
「だから、顔」
「絶対それだけじゃないでしょ」
「顔だって」
「教えてよ」
「そのうち分かる」
「そういうの一番嫌い」
「ははは」
マキは、仕事を覚えていた。
運転も。
射撃も。
無線も。
逮捕も。
捜査も。
この街の道路も。
この街の犯罪も。
恐ろしい速度で吸収していた。
けれど。
クワさんが見ているものだけは、まだよく分からなかった。
◇
夜。
大きな事件もなく、珍しく静かな時間だった。
パトカーがゆっくり街を流している。
運転席はマキ。
助手席はクワさん。
もう、それが当たり前になっていた。
「平和だね」
「そういうこと言うと鳴るぞ」
「何が?」
「犯罪通知」
「そんなフラグみたいな――」
無線が鳴った。
二人とも黙る。
『コンビニ強盗発生――』
「…………」
「…………」
マキが横を見る。
クワさんが前を見たまま言った。
「ほら」
「クワさんのせいだからね」
「お前が言ったんだろ」
サイレンを入れる。
パトカーが加速する。
しばらくして。
クワさんが、何でもないように呟いた。
「もう俺が運転することねぇかもな」
マキは前を見たまま答える。
「何言ってるの」
「いや。もう俺より上手いだろ」
「またお願いすることあるよ」
「そうか?」
「あるある」
「じゃあ、その時は頼むわ」
「うん」
それだけだった。
マキは気にしていなかった。
クワさんも、それ以上は何も言わなかった。
赤信号。
マキは周囲を確認して、そのまま交差点を抜ける。
助手席からクワさんが前を見る。
運転は、もう任せていい。
道も覚えた。
追い方も覚えた。
止まり方も覚えた。
知らなかった街を、こいつはもう自分の足で走っている。
だから。
自分は前を見る必要がなくなった。
クワさんは窓の外へ視線を移す。
歩道。
路地。
屋上。
対向車。
通行人。
そして、運転席の若い刑事。
マキが犯人を見るなら。
自分は、その周りを見ていればいい。
「クワさん」
「ん?」
「次どっち!?」
「右」
「了解!」
「その先、二本目左。たぶん裏から回れる」
「オッケー!」
パトカーが夜の街を駆けていく。
最初は。
ベテラン警官と、よそから来た新人刑事だった。
いつから変わったのか。
二人とも覚えていない。
ただ気がつけば。
運転席にはマキがいて。
助手席にはクワさんがいて。
それが一番自然になっていた。
捻葉マキには、この街で初めての相棒ができていた。
捻葉マキ(ねじりは・マキ)
職業:警察官/刑事
所属:ロスサントス警察
演者:ねじまきゆらり
別都市の警察組織から、市長の応援要請を受けてロスサントスへ派遣されてきた刑事。
刑事としての経験はあるものの、法律や制度の異なるロスサントスでは事実上の新人。二十日ネルらに教わりながら、この街の警察業務を驚異的な速度で吸収していく。
愚直なほど真面目で、犯罪者と警察の一線を明確に引く性格。射撃、運転、捜査、状況把握に優れ、後には複数の警察官を動かすIGL能力も身につける総合型の警察官となる。
着任当初からベテラン警官・クワさんと行動を共にし、やがてバディとなる。
名前の「捻葉マキ」は「ねじまき」を崩したものと思われるが、「ねじり葉巻」にも読めることから、視聴者からは名前を見ただけでヘビースモーカー疑惑をかけられている。