捻葉マキは出張で別の街に行くようです
伝説の宴への出張
夜のロスサントス警察署。
大型犯罪への対応も一段落し、署内には珍しく穏やかな時間が流れていた。
無線からは時折、巡回中の警察官たちの声が聞こえてくる。
そんな中、捻葉マキは自分のデスクに向かい、溜まっていた書類を片付けていた。
「……よし、これで終わり」
最後の一枚をファイルに挟み、ぐっと背伸びをする。
「おう、お疲れさん」
顔を上げると、コーヒーを片手にしたクワさんが立っていた。
「お疲れ様です。あれ、クワさん、もう帰ったんじゃなかったんですか?」
「帰ろうと思ったんだけどよ。お前、もうすぐ出張なんだって?」
「ああ、そうなんですよ」
マキは机の端に置いてあった書類を指差した。
「しばらく別の街に行ってきます」
「また応援か?」
「まあ、そんなところです」
「いつ帰ってくんの?」
「一週間くらいですかね」
「ほーん。じゃあ、その間は俺もゆっくりできるな」
「普段からゆっくりしてるじゃないですか」
「お前、相棒に向かって失礼だぞ」
「事実を言っただけですけど?」
「言うようになったねえ、お前も」
クワさんは笑いながら、隣の椅子に腰を下ろした。
マキはもともと別都市から派遣されてきた刑事だ。
別の街へ応援に行くという話自体、特に珍しいものではない。
クワさんも、それ以上は深く聞かなかった。
「ま、向こうでも頑張ってこいよ」
「はい。こっちのことは任せましたよ」
「おう。任せとけ」
「……本当に大丈夫です?」
「お前なあ」
そんなやり取りをしていると。
「あれ? マキちゃん?」
聞き慣れた声がした。
振り返ると、書類を抱えた二十日ネルが立っていた。
「あ、ネルさん。お疲れ様です」
「お疲れ! 今、出張って言ってなかった?」
「ああ、そうなんですよ。来週からちょっと別の街に」
「えっ!?」
ネルが目を丸くした。
「私もなんだけど!」
「え、マジですか?」
「うん!」
「ネルさんも出張なんですね。どこに行くんです?」
「ロスサントス!」
「…………」
マキは一瞬、考え込んだ。
「……私もロスサントスなんですけど」
「え?」
「え?」
二人は顔を見合わせた。
その横で、クワさんがゆっくりとコーヒーを置く。
「……ちょっと待て」
「はい?」
「お前ら、今どこにいると思ってんの?」
「ロスサントスです」
「ロスサントスだよ?」
「じゃあなんでロスサントスに出張すんだよ」
「いや、なんか別のロスサントスがあるらしくて」
「なんだそりゃ」
「私も詳しくは知らないんですけど」
「お前、行き先くらい調べとけよ!」
マキは苦笑いした。
「いや、ちゃんと調べましたって。同じ名前の別の街なんですよ」
「意味分かんねえよ」
「私も最初はそう思いました」
「だろうな!」
クワさんは呆れたように天井を見上げた。
ネルはというと、むしろ嬉しそうだった。
「えー! じゃあマキちゃん、向こうでも会えるじゃん!」
「そうですね。知り合いがいるのは心強いです」
「ね! 向こうでもよろしく!」
「こちらこそ」
二人は笑い合った。
「そういえばさ、マキちゃん」
「はい?」
「向こうでも警察やるんでしょ?」
「あー……」
マキは少し考えた。
「いや、今回はメカニックやろうかなって」
「…………」
ネルが固まった。
クワさんも、コーヒーカップを口元に運んだまま動きを止めた。
「……え?」
「メカニックです」
「……メカニック?」
「はい。車とか修理する」
「いや、それは分かるけど!」
ネルが思わず声を上げた。
「えっ、マキちゃん警察やらないの!?」
「今回はいいかなって」
「えええ!?」
クワさんが横から口を挟む。
「ちょっと待て。ネルは?」
「私は警察やるよ!」
「だよな。で、マキは?」
「メカニックです」
「なんでだよ!」
マキは不思議そうに首を傾げた。
「いや、せっかく別の街に行くんですよ? 普段できない仕事やってみたいじゃないですか」
「お前、刑事だろ?」
「刑事だって車の修理くらいしますよ」
「そういう問題じゃねえだろ!」
ネルも困惑したまま、マキに尋ねる。
「えっ、じゃあ向こうでは警察の仕事しないの?」
「しないですね」
「犯人捕まえないの?」
「捕まえないですね」
「チェイスは!?」
「しないですねえ」
「マキちゃんが!?」
「ネルさん、そんな驚きます?」
「驚くよ!!」
クワさんが声を上げて笑った。
「ははは! そりゃそうだろ! お前、こっちじゃあんなに真面目に警察やってんのによ!」
「いや、別に警察が嫌になったわけじゃないですよ?」
「じゃあなんで車屋なんだよ!」
「面白そうだからです」
「理由が軽いんだよ!」
マキは肩をすくめた。
「ほら、私、車の運転は結構するじゃないですか」
「まあ、そうだな」
「チェイスもしますし、車の構造とか詳しくなっておいたら、こっちに帰ってきてからも役に立つかなって」
「……ああ、なるほど?」
「それに、今回は初めて街に来る人たちのサポートも頼まれてるんですよ」
「へえ! そうなんだ!」
ネルが感心したように頷く。
「そうそう。せっかくですし、自分もメカニックとして働きながら、いろいろ教えられたらなって」
「なるほどねえ」
クワさんも納得したように頷いた。
「じゃあ、ちゃんと仕事しに行くんだな」
「最初からそう言ってるじゃないですか!」
「いや、待て待て」
クワさんが手を上げた。
「お前、そもそも車の修理できんの?」
「できますよ? 一通りは」
「……できんの?」
「なんでそんな意外そうなんですか」
「いや、お前、いつそんなこと覚えたんだよ」
「前の街にいた頃から、ちょこちょこ勉強してたんですよ。車好きですし」
「へえ、初耳だわ」
「クワさん、私のこと何も知らないじゃないですか!」
横でネルが笑い出した。
「ふふっ、あははは! でもマキちゃん、なんでわざわざメカニックなの?」
「まあ、経験者としてサポートするなら、整備の仕事をしてたほうが何かと便利かなって」
「確かに!」
「それに、普段と違う仕事をするのも楽しそうですしね」
マキは笑いながら、机の上の書類を片付け始めた。
「まあ、ネルさんも向こうで警察やるなら、何かあったら私のところに来てくださいよ」
「え?」
「車、直しますから」
「あ、そういうこと!?」
「パトカー壊したら持ってきてください。安くしときますよ」
「やった!」
ネルは嬉しそうに手を叩いた。
「じゃあ、向こうでもお世話になるかも!」
「もちろん。先輩ですからね」
「えへへ、ありがと!」
そんな二人を見ていたクワさんが、ふと思い出したように尋ねる。
「……ちなみにさ」
「はい?」
「お前、犯罪者が車持ってきても直すの?」
「そりゃ直しますよ」
「…………」
「…………」
ネルとクワさんが同時にマキを見た。
「……え?」
「え?」
「マキちゃん!?」
「はい?」
「犯罪者の車も直すの!?」
「いや、メカニックですからね」
「いやいやいや!」
ネルが慌てて手を振る。
「それ、犯罪者の手助けにならない!?」
「でも、車に罪はないじゃないですか」
「そういう問題!?」
マキは大真面目な顔で続けた。
「そもそも、メカニックが車を修理すること自体は犯罪じゃないですよね?」
「まあ、そうだけど!」
「修理に来たお客さんを、私が勝手に犯罪者扱いするわけにもいかないですし」
「うっ……!」
「それに、もし本当に犯罪に関係する車だったら、それを捜査するのは警察の仕事じゃないですか」
「……あれ?」
ネルが首を傾げた。
「なんか、マキちゃんの言ってること、間違ってない気がしてきた……」
「でしょ?」
「いや、丸め込まれんなよ!」
クワさんがすかさずツッコミを入れた。
「お前、向こうで犯罪者にいいように使われるんじゃねえぞ?」
「大丈夫ですよ」
マキは自信満々に答えた。
「そんな簡単に悪い人たちと仲良くなったりしませんって」
「……本当かぁ?」
「なんですか、その疑いの目は」
「いや、お前、結構ノリで変なことするからなあ」
「失礼な。私はいつだって真面目ですよ」
「それが一番怖えんだよ!」
三人の笑い声が、夜の警察署に響いた。
*
出張当日。
ロスサントス警察署の駐車場。
マキは荷物を車のトランクに積み込み、最後に忘れ物がないか確認していた。
「よし。こんなもんかな」
「おーい、マキちゃん!」
振り返ると、ネルが駆け寄ってきた。
その後ろから、クワさんものんびり歩いてくる。
「あれ、ネルさん。もう出発するんですか?」
「うん! 私もそろそろ!」
「じゃあ、お互い頑張りましょうね」
「うん! あ、そうだ!」
ネルが何かを思い出したように手を叩く。
「マキちゃん、向こうでもちゃんとメカニック頑張ってね!」
「もちろんですよ」
「でも、警察やらないマキちゃんって、なんか想像つかないなあ」
「まあ、たまにはいいじゃないですか」
横でクワさんが笑い出した。
「ははは! ネル、向こうでこいつが何やってるか見てきてくれよ」
「任せて!」
「ちょっと、なんで監視されることになってるんですか!」
「ははは! お前、変なことに首突っ込みそうだからなあ」
「失礼な!」
クワさんは笑いながら、マキの肩を軽く叩いた。
「ま、たまには警察忘れて楽しんでこいよ」
「はい。そうさせてもらいます」
「こっちのことは心配すんな。俺がいるからな」
「……それが一番心配なんですけど」
「お前なあ!」
「冗談ですよ、冗談」
マキは笑いながら、クワさんに向き直った。
「一週間、よろしくお願いしますね。相棒」
「おう。気をつけてな」
軽く拳を突き合わせる。
いつもどおりの、なんでもないやり取り。
別に、これが最後の別れというわけではない。
たった一週間の出張だ。
帰ってくれば、またクワさんとパトカーに乗り、ネルと一緒に事件を追いかける。
そんな日常が待っている。
「じゃ、行ってきます!」
「いってらっしゃい、マキちゃん!」
「おう、土産よろしくなー!」
「えっ、そこですか!?」
笑いながら運転席に乗り込む。
エンジンをかけ、窓を下ろした。
「クワさん!」
「あん?」
「サボりすぎないでくださいよ!」
「うるせえ! 早く行け!」
「ははっ! 行ってきまーす!」
マキはアクセルを踏んだ。
バックミラーの向こうで、ネルが大きく手を振っている。
その隣で、クワさんも片手を上げていた。
二人の姿が、ゆっくりと遠ざかっていった。
*
ロスサントス国際空港。
搭乗手続きを終えたマキは、出発ロビーの椅子に腰掛けていた。
窓の向こうには、滑走路に並ぶ飛行機が見える。
ふと、スマートフォンが震えた。
ネルさんからだった。
『マキちゃん! 向こうで車壊したらお願いするからね!』
「ふふっ」
マキは笑いながら返信する。
『了解です。ネルさんもパトカー壊したら持ってきてくださいね』
すぐに返事が来た。
『だから壊さないってば!!』
「はははっ!」
思わず声を上げて笑ってしまった。
周囲の視線に気づき、慌てて口元を押さえる。
「……まったく」
スマートフォンをポケットにしまい、立ち上がった。
間もなく、搭乗開始のアナウンスが流れる。
別の街。
同じ名前の、別のロスサントス。
そこでは、刑事ではなくメカニックとして働くことになる。
どんな街なのか。
どんな人たちがいるのか。
どんな車が走っているのか。
そして、どんな人たちが自分のところへ修理に来るのか。
分からないことだらけだ。
けれど。
「……ま、なんとかなるでしょ」
マキは小さく笑った。
そして、搭乗口へと歩き出す。
やがて、飛行機が滑走路を走り始めた。
窓の向こうで、見慣れたロスサントスの街並みがゆっくりと遠ざかっていく。
いつもの警察署。
いつもの道路。
いつもの街。
それらを眼下に眺めながら、マキは椅子の背もたれに体を預けた。
「……さて」
しばらくは、刑事もお休みだ。
飛行機は高度を上げ、やがて雲の中へと消えていった。
――画面が暗転する。
*
「……よし」
カチリ。
ヘッドセットを外し、椅子の背もたれに体を預ける。
パソコンのモニターには、見慣れたゲームの終了画面が映っていた。
つい先ほどまで、ロスサントスで刑事として働いていた捻葉マキ。
その姿は、もう画面の中にはない。
代わりにいるのは、ねじまきゆらり。
「いやぁ……楽しみだなぁ」
机の上に置いてあった飲み物を手に取り、一口飲む。
明日から、新しいイベントが始まる。
今回は、メカニックとして初心者のサポートをする予定だ。
事前に必要な知識もある程度頭に入れてある。
とはいえ、実際に始まってみなければ分からないことも多いだろう。
参加者の顔ぶれは、なかなか面白そうだった。
すでに知っている人もいる。
まだ話したことのない人もいる。
以前から一緒に遊んでみたいと思っていた人もいる。
それだけの人間が、同じ街に集まるのだ。
一体、どんなことが起きるのだろう。
「……まあ、なんとかなるでしょ」
先程の飛行機内と同じく、ゆらりは小さく笑った。
何より、今回は警察官ではない。
いつものように犯罪者を追いかける必要もなければ、無線で指示を飛ばす必要もない。
好きなように街を走って、好きなように人と関わって。
初めてこの街に来る人たちが困っていたら、少し手を貸して。
面白そうなことがあれば、自分も首を突っ込んでみればいい。
「……うん」
ゆらりは満足げに頷いた。
そして、パソコンの電源を落とす。
「さて、明日からやりますか」
こうして、捻葉マキの短い出張が始まる。
そして。
後に数々の伝説と、数え切れないほどの笑いを生み出すことになる宴。
伝説の宴、VCR GTAが、今まさに始まろうとしていた――。
ねじまきゆらりはVCRGTAに参加するようです