VCRGTA3でくろむちゃんのこと知りました、彼女の魅力は計り知れません
街に来てから、何度この場所を訪れただろう。
「いらっしゃいませー……って、またマキさんじゃん」
スーパーの入り口をくぐったところで、聞き慣れた声が飛んできた。
「やっほ、くろむ。今日もいるんだ」
「いるんだじゃないんよ。おら、ここで働いてるんですけど?」
「いや、知ってるよ」
「知ってるならなんでその言い方なんじゃ」
くろむが少し頬を膨らませる。
ゆらりはそんな彼女を見て、くすっと笑った。
「だって、僕が来るとだいたいいるじゃん」
「そりゃそうよ。おらスーパー店員だもん」
「なるほど」
「納得するところか?」
この街に来たばかりの頃は、ただ買い物をするために立ち寄っていた。
けれど、いつの間にかここへ来る理由は、それだけではなくなっていた。
ギャングとして犯罪をしている合間にふらっと立ち寄って、適当に商品を眺める。
レジにくろむがいれば、少し話す。
何もなければ、そのまま帰る。
そんなやり取りを何度も繰り返しているうちに、二人の距離はいつの間にか縮まっていた。
「マキさん、今日は何買うん?」
「んー……特に決めてない」
「お得意様なのに?」
「僕、そんなに来てる?」
「めちゃくちゃ来てる」
「そんなに?」
「ほんmoney」
「ほんまに?」
「ほんmoney」
「じゃあ常連ってことで」
「今さら!?」
そんなくだらない会話が、妙に心地よかった。
そんなある日のことだった。
いつものようにスーパーへ立ち寄ったゆらりは、店の外で何やら盛り上がっている声を聞いた。
「だからさ、くろむちゃん、歌えばいいじゃん!」
「えぇ……?」
ズズの声だった。
その隣には、けっつんもいる。
「いやいやいや、おら歌なんて無理だし…!」
「無理じゃないって!」
「人前で歌うんよ?」
「それがいいんじゃん!」
「えぇ……」
ゆらりは少し離れたところで立ち止まった。
「何してんの?」
「あ、マキさん!」
くろむがこちらを振り返る。
「マキさん、聞いてくれ。くろむちゃんが最終日に歌うことになりそうなんだよ!」
「歌うことになりそう?」
「なってない! まだなってないから!」
くろむが慌てて否定する。
「ズズが勝手に話進めてるだけじゃん!」
「でも、歌ってみたい気持ちはあるでしょ?」
「……それは……まあ……」
くろむが視線を逸らす。
ゆらりは少しだけ考えてから、笑った。
「いいじゃん」
「え?」
「僕、くろむが歌うなら聴いてみたい」
「……」
くろむがこちらを見る。
「……マキさんも?」
「うん」
「おらが歌うんじゃぞ?」
「知ってるよ」
「下手かもしれんよ?」
「それも含めて聴いてみたい」
「……なんだそりゃ」
くろむは困ったように笑った。
「そんなこと言われたら……歌うしかなくなるじゃん」
「じゃあ決まりだな!」
「けっつんは黙ってて!」
いつものように騒がしい会話だった。
けれど、ゆらりはそのときのくろむの顔を覚えていた。
不安そうで。
それでも、少しだけ楽しそうだった。
それからしばらくして。
ズズが作った曲を聴く機会があった。
ピアノを中心にした、静かな曲だった。
くろむの歌声がそこに乗る。
ゆらりは何も言わず、最後まで聴いていた。
曲が終わる。
「……どうだった?」
くろむが少し不安そうに尋ねた。
「いい曲だね」
「ほんと?」
「うん。好きだな、僕これ」
「そ、そうか……」
くろむが少し照れたように笑う。
ゆらりはもう一度、頭の中で曲を思い浮かべる。
ピアノの旋律。
歌声。
そして、その隙間。
そこにアコースティックギターの音が重なっていくイメージが、自然と浮かんだ。
――これ、ギターで弾いたら絶対いいな。
それだけだった。
誰かに頼まれたわけでもない。
自分が演奏する予定もない。
ただ、弾いてみたくなった。
その日の夜。
ゆらりは一人、ギターを手に取った。
「……ここ、こうしたほうがいいかな」
コードを探す。
何度か弾き直す。
元の曲を壊さないようにしながら、自分の好きな音に変えていく。
「……うん」
何度も繰り返すうちに、少しずつ形になっていった。
気づけば、時間はかなり経っていた。
「……できた」
ゆらりは満足そうに笑う。
誰かに聴かせるつもりはなかった。
ただ、自分が弾いてみたかった。
それだけ。
「まあ、僕が楽しめればいいか」
そう呟いて、ギターをケースに戻した。
そして、最終日。
街の最後を飾る音楽フェス――ズズヘルツ。
その日、くろむはステージに立つことになっていた。
ゆらりも鴉のみんなと共に会場に来ていた。
けれど、開始直前になって問題が起きた。
「……あれ?」
ズズがパソコンの前で何度も操作を繰り返している。
「音源……流れない?」
「え?」
くろむの顔が固まる。
「ちょ、待って。これ……おら、歌えないんじゃない?」
準備していた音源が再生できない。
何度試しても、曲が流れない。
会場には少しずつざわめきが広がっていく。
「ど、どうするの……」
「ちょっと待って、今なんとかしてる!」
「でも……」
くろむがステージの上で立ち尽くす。
歌うために来た。
練習もしてきた。
それなのに、肝心の曲がない。
観客も何が起きているのか分からず、あちこちから声が上がっていた。
「音源ないの?」
「どうするんだ?」
「大丈夫かー?」
ざわざわとした空気が会場全体に広がっていく。
くろむは俯いた。
「……無理じゃん、これ」
そのときだった。
――ぽろん。
小さな音が鳴った。
会場のざわめきの中では、聞き逃してしまいそうなくらい小さな音。
けれど、くろむには聞こえた。
――ぽろん。
もう一度。
今度は、はっきりと。
アコースティックギターの音だった。
「……え?」
くろむが顔を上げる。
会場の隅。
そこに、エモートでギターを抱えたゆらりがいた。
ゆらりは何も言わない。
ただ、静かに弦を鳴らしている。
それは、くろむが知っている曲だった。
あの日、ズズから聴かせてもらった曲。
そして――ゆらりが一人でギター用にアレンジしていた「またね」。
ゆらりの指が、ゆっくりと弦の上を動く。
ピアノで奏でられていた曲とは、少し違う。
けれど、旋律は同じだった。
「……マキさん」
くろむが小さく呟く。
ゆらりはくろむを見る。
そして、ほんの少しだけ笑った。
言葉はなかった。
ただ、ギターを弾き続ける。
くろむはしばらく、その音を聴いていた。
そして――。
自然と、口が開いた。
「……」
最初の一音。
くろむの歌声が、ギターに重なる。
会場のざわめきが止まった。
ギター一本。
それに、くろむの歌声。
それだけだった。
けれど、不思議なくらい曲として成立していた。
ゆらりは何も言わず、そのまま弾き続ける。
くろむも歌い続ける。
最初は戸惑っていた声が、少しずついつもの調子を取り戻していく。
――歌える。
くろむ自身が、そう思った。
音源なんていらなかった。
隣で鳴っているギターが、自分の歌を支えてくれている。
ゆらりのギターは、くろむが歌いやすいように、まるで最初からそうすることを決めていたかのように寄り添っていた。
曲が進む。
観客も少しずつ状況を理解し始める。
ざわめきはいつの間にか消えていた。
誰もが二人の音に耳を傾けている。
ゆらりはただギターを弾いていた。
そして、くろむは歌っていた。
やがて最後の音が響く。
ゆらりが弦から指を離す。
くろむの歌声も止まる。
一瞬の静寂。
そして――。
会場から大きな歓声が上がった。
「……終わった」
くろむが息を吐く。
ゆらりはギターを抱えたまま、少し笑った。
「終わったね」
「……マキさん」
「ん?」
「これ……」
くろむがギターを見る。
「もしかして、あのとき聞いたのを、一人でアレンジして弾いてたの…?」
「ああ」
ゆらりが頷く。
「この曲、ギターで弾いたら合いそうだなって思って。こっそり作ってた」
「こっそりって……」
「誰かに聴かせるつもりなかったし」
「じゃあ、なんで今……」
ゆらりは少しだけ考える。
「……弾きたくなったから」
「……」
「それだけ」
くろむはしばらくゆらりを見つめていた。
そして、ふっと笑った。
「……変なの」
「よく言われる」
「でも……」
くろむが少し照れたように笑う。
「ありがと」
「うん」
「マキさんが弾いてくれたから、おら、歌えた」
「僕も、くろむが歌ってくれたから弾けたよ」
「……それ、なんかずるい言い方…!」
「そう?」
「そうじゃ」
二人で笑う。
そして、少しだけ静かになる。
「……マキさん」
「うん?」
「また、一緒に歌ったりできるかな」
ゆらりは一瞬だけ目を伏せた。
この街は、もうすぐ終わる。
今日が最後の日だ。
だからこそ、その言葉が妙に胸に残った。
「できるんじゃない?」
「ほんと?」
「うん。僕、ギター持ってるし」
「それ理由になる?」
「なるでしょ」
「……そっか」
くろむが笑う。
「じゃあ――またね」
「……うん」
ゆらりも笑った。
「またね、くろむ」
その日の夜。
ゆらりは一人でギターを弾いていた。
今日演奏した曲を、もう一度。
誰かに聴かせるわけでもなく。
ただ、自分のために。
弦を弾く。
音が響く。
ゆらりは少しだけ手を止めた。
この街に来る前。
ギターを弾くことは、ただ好きなことだった。
けれど、いつの間にか。
仕事や活動や、いろんなものに追われて。
「好きだから弾く」という感覚を、少し忘れていたのかもしれない。
今日、くろむの隣でギターを弾いて。
ようやく思い出した。
「……やっぱり僕、ギター好きなんだな」
小さく呟く。
そして、また弦を弾く。
静かな夜に、アコースティックギターの音だけが響いていた。
一話での言及を回収、次は幕間です