VCRGTA3のラストライブより数日前
ゆらりの車の調子が悪かった。
正確には、悪くした。
「マッキー、これ結構やったね?」
「そんなに?」
「そんなに」
メカニックの作業台の前で、神成きゅぴが呆れたように車を眺めている。
「まあ結構大型とかで無茶させてたからね〜」
「それにしたって全部の項目10%以下になってんよ、よく走ってここまでこれたね」
「でも直せるでしょ?」
「まあ、直せるけど」
きゅぴが笑う。
「マッキーだから特別サービスね」
「やった」
「工賃はちゃんともらうけど」
「サービスとは?」
「気持ちの問題」
「なるほど」
「納得すんな」
いつものようなやり取りだった。
ゆらりはメカニックの作業を眺めながら、近くの椅子に座っていた。
きゅぴとは昔から付き合いがある。
気兼ねなく話せるし、こうして暇なときにメカニックへ遊びに来ることも珍しくない。
そんなときだった。
「こんにちはー」
入口から声が聞こえた。
「あれ?」
ゆらりが振り返る。
「くろむじゃん」
「あ、マキさん」
入ってきたのは、夜乃くろむだった。
「何してるん?」
「車壊した」
「また?」
「うん、また」
「マキさん、最近ここ来すぎじゃろ」
「きゅぴにも同じこと言われた」
「そりゃ言うわ」
くろむが笑う。
そのまま店内を見渡して――。
「あ!、きゅぴ先輩!」
「お、くろむちゃんじゃん」
きゅぴが顔を上げた。
「どうしたの?」
「ちょっと聞きたいことがあって」
「何?」
「自転車って、ここで改造できますか?」
「自転車?」
きゅぴが首を傾げる。
「うん」
「できるかもしれないけど……なんで?」
「速くしたい」
「普通に車買えば?」
「自転車がいいの!」
「こだわり強いなあ」
ゆらりは二人の会話を聞きながら、思わず笑った。
「くろむ、自転車好きなの?」
「いや、別に?」
「じゃあなんで?」
「なんか……面白そうじゃから」
「理由が小学生なんよ」
「マキさんに言われたくない」
「私は何もしてないよ」
「車壊してるじゃろ」
「それはそう」
三人で笑う。
メカニックの一角で、自転車の改造が始まった。
それからしばらく試行錯誤が続いた。
そして――。
「……あれ?」
きゅぴがタブレットを見つめながら呟く。
「どうした?」
ゆらりが覗き込む。
「これ……」
きゅぴが指を差した。
「V12、選べる」
「……え?」
くろむも画面を見る。
「ほんとだ」
「自転車に?」
「V12?」
三人が同時に自転車を見る。
どう考えても、そんなものを積む乗り物には見えない。
「……やってみる?」
きゅぴが言った。
「やる」
くろむの返事は早かった。
「マキさん」
「ん?」
ゆらりが返事する。
「これ、いけそうじゃない?」
くろむがワクワクを抑えられない笑顔でそう話す。
「楽しそうだね」
「めちゃくちゃ楽しい」
きゅぴが作業をしながら笑う。
「くろむ、こういうの好きだったんだ?」
「いや、今好きになった」
「適応早っ」
そして。
「できた」
そこにあったのは、見た目こそ自転車なのに、明らかに普通ではない何かだった。
「……乗ってみる」
「気をつけてね」
ゆらりが言う。
「うん」
くろむが自転車に跨る。
「じゃ、行くぞ」
ペダルを踏んだ。
――瞬間。
「うわっ!」
自転車が飛び出した。
「速っ!」
ゆらりが思わず声を上げる。
「くろむ!」
「くろむちゃん!」
きゅぴも叫ぶ。
けれど、もう遅い。
くろむはそのまま、ものすごい勢いで走り去っていった。
しばらくして、そこら辺を爆走してきたであろうくろむが戻ってきて、興奮気味に話し出す。
「マキさん!」
「何!?」
「これヤバい!」
「見れば分かる!」
「めっちゃ速い!」
「だから分かるって!」
そう言いながらも、メカニックの駐車場を走り回るのをやめないくろむ。
「きゅぴ先輩! これめっちゃ面白い!」
「お前事故るなよー!」
「大丈夫だにょ!」
「その台詞、信用できないんだよなあ……」
きゅぴが苦笑する。
ゆらりも笑った。
しばらくして、くろむが戻ってくる。
「どうじゃった?」
くろむは満面の笑みだった。
「最高」
「うむうむうむ!」
「これ、絶対流行るよ」
ゆらりが言う。
「こんなの見たら、みんな乗りたくなる」
「じゃあ教えて回っちゃおうかな」
「ほどほどにね」
「分かった!」
くろむはそう言った。
――けれど。
数日後。
「ネジキ!」
葛葉がゆらりに声をかけてきた。
「ん?」
「知ってる?」
「何を?」
「チャリにV12積めるらしいぞ!」
「……へえ」
「ヤバくね?」
「ヤバいね」
「俺もチャリ買って爆走させるわ!」
「いいんじゃない?」
「ネジキも乗ろうぜ!」
「僕はいいかな」
「なんでだよ」
「僕、歩くの好きだから」
「絶対嘘だろw」
「ほんとだって」
葛葉は納得していない顔をしていた。
「なんか知ってそうなんだよな、お前」
「気のせいじゃない?」
「……ま、いいけど」
葛葉はそのまま自転車ショップのほうへ向かっていった。
ゆらりは、その背中を眺める。
葛葉は知らない。
自転車にV12を積めることを最初に見つけたのが誰なのか。
それが、くろむだということを。
ゆらりだけが知っている。
きゅぴも知っている。
けれど、きゅぴは葛葉との間にその話をする理由もなかった。
そして何より。
ゆらりは、このことをわざわざ葛葉に教える気もなかった。
「……まあ、いっか」
小さく呟く。
少し離れたところでは、くろむがV12チャリを楽しそうに走らせている。
その後ろを、葛葉が興味津々に追いかけていく。
「ネジキ! これマジで速ええぞ!」
「知ってる!」
「なんで知ってんだよ!」
「……さあ?」
「お前絶対なんか知ってるだろ!」
そんな声が街に響く。
そして、いつしか。
葛葉は自転車を使い始めた。
仲間を集め。
自転車で犯罪へ向かい。
いつの間にか、それは一つの遊びになっていった。
「バイシクル部隊な」
葛葉がそう言った。
その言葉が、街に広がっていく。
自転車に乗る人が増えた。
街中を自転車が走り回るようになった。
誰もが楽しそうだった。
ゆらりはその光景を眺めながら、ふと思う。
――最初に見つけたのは、くろむなんだけどな。
けれど、言わない。
別に、言う必要もない。
くろむが楽しそうにしている。
葛葉も楽しそうにしている。
きゅぴも笑っている。
それで十分だった。
「マキさーん!」
遠くから、くろむの声がする。
「んー?」
「マキさんも乗ってみよー!」
「僕はいいって!」
「絶対楽しいから!」
「前より速くなってない?」
「なった!」
「なんで!?」
「改良した!」
「そこはしなくていい!」
ゆらりは笑った。
この街では。
何気ない思いつきが、いつの間にか大きな流行になっていく。
そして、その始まりを知っている人間が、案外少ない。
その一人が、ねじまきゆらりだった。
VCRGTA3で、葛葉によって一世を風靡したバイシクル部隊、ですがチャリにエンジンを詰めることを発見した立役者が誰なのかはあんまり広まってないと思います、それが彼女、夜乃くろむです、その後V最ヴァロで出会う二人、そんな二人の出会いの前日譚?にゆらりが立ち合う、今回はそんな話です