『キミ』と暁山瑞希ちゃんがいつか幸せに辿り着くための物語集 作:橘ありす氏
明けましておめでとうございます。
一番好きなボカロP、西沢さんPのボカロミュージックのセカイを見て、彼の曲『booo!』を瑞希ちゃんでリライトしてみようとやってみました。
プリンみたいにほろ苦甘ぐらいになってると嬉しいです。
西沢さんPは恋愛観が合うので、他にも好きな曲を瑞希ちゃんでリライトするやつはやってみたいです。
「たっだいまー!」
今日は良い買い物が出来て両手が塞がっちゃってた。
そんな状態でやっとの思いで玄関のドアを開けて声を掛けても、反応が無い。
はいはい。そんな気はしてましたって。
終わったら連絡して下さい、ってキミは言ってたもんね。それで迎えに来て欲しくて、ちゃんとキミに電話を入れたのに……留守電だったんだもん。
だからボクは寂しく独りぼっちで帰ってくる羽目になっちゃった。
キミのせいです。あーあ。
でもでも、今日はこの疲れを吹っ飛ばす特効薬があるから平気なんだ!
じゃじゃん!
「キミに決めた!」
決め台詞を言って冷蔵庫を開け、卵の黄身を使った、皆が大好きなあの洋菓子を探す。
プリン。さっきの決め台詞と勿論かかってる。
プリン!ゲットだぜ!
そんな高めのテンションで冷蔵庫を開けたはずが……。
それは肩透かしに終わってしまった。
プリンが、なかった。
一度、扉を閉める。
もう一度開ける。
やっぱり、ない。
……あれ?
最初に浮かんだのは、自分の記憶への疑いだった。
ボク、食べたっけ。
人間の脳って、案外あてにならない。
思い込みも繰り返してると自己洗脳みたいになっちゃうもの。
だから外部記憶にも頼った方が良い。
冷静に、一旦スマホを取り出す。
実は写真を撮ってある。
冷蔵庫の二段目に、プリンがある写真。
スーパーで売ってる、プリンアラモード。
撮ってるということは、必要があった証明。
チャットツール(ナイトコード)を遡ると「食べないでね!」とご丁寧にキミに送っていた。
ボクの記憶は合ってる。
ちゃんと間違ってない。
ボクは、食べてない。
その事実確認が出来たので、まずひと息。
じゃあ、なんでないんだろ?
ふと、シンクを見る。
水切り台の上に伏せて置かれた、スプーンとプリンの容器。
「ほう、すでにプリンは亡き者になっていましたか。本当に良いやつだった……」
南無阿弥陀仏。
容器は洗ってあるだけじゃなく、パッケージのシールなどは剥がされている。
ボクの代わりに家事をやりたがるキミの几帳面さが分かりやすい。
「犯人は貴方で間違いなさそうですなぁ……」
食べただけじゃない。片付けまでしてる。バレても良いと言うこと。
「でしたら今回は悪意はないと見るべきでしょう。ふむふむ……」
そんな状況を考えると……誰か来て食べさせた?
勝手に? なんで?
いやいや、そんなわけないじゃん。
どうしても食べないと死にそうだったから?
いやー、それなら書き置きとかあるはずじゃん。
そもそも、なんでキミは家に居ないんだろう。
プリンを食べた上で、連絡が取れない状況にある……。
ボクはキミにチャットを送ったり、電話をかけまくりながら、家の中を確認する。
洗濯物は干してある。洗い物もしてある。
なら、今日のやることは終わってて、ボクを待ってたはず。
色々思考がうろうろしながら、ひとつだけに考えを絞ることにする。まずそれを解決しよう。
どうして連絡がないの?
食べたなら、食べたって言えばいい。
出掛けるなら出掛けるって言えばいい。
ナイトコードで一言入れる、それだけのことなのに。
なんでしてくれなかったの?
そこまできて、推理気分は失われてしまった。
不安がやってくる。
洗ってある容器を見て、胸の奥が、蝕まれる。
嫌な感じ。
この不安をもっと正確に言うと……。
怒り、とは違う。
悲しみ、とも少し違う。
置いていかれた感じ。
世界に、一人になったみたい。
キミとさっきから連絡が取れない。
たったそれだけのことが、頭の中で勝手に意味を増やしていく。
いつも考え過ぎちゃうのは悪い癖だと、自分でも分かってる。
言うほどのことじゃないと思われた?
わざわざ説明する相手じゃないと思われた?
それとも、怒らせるのが面倒だった?
キミはそんな人じゃない。分かってる。
面倒臭いボクをそれでも漏れなく包んでくれるキミだから、一緒になったんだもん。
て言うか、「こだわり卵のとろけるプリン」ぐらい「我慢します」出来ないと「我儘な子だと思わ」れちゃうよ。
なーんて、他人事みたいに世界で一番お姫様な歌詞まで浮かんでくる。
キミはボクをそう言う扱いどころじゃなくカワイがって、愛してくれてる。
こうやって変に俯瞰しちゃう時は、正気じゃない証拠。
ボクの方がおかしい。分かってる。でも、止められない。
嫌だ。ボク、混乱してる。どうしよう。
「プリン一個の話で、なんだよ。」と俯瞰した側のボクは言うけど、「プリン一個?たかが一個?ボクは、楽しみにしてた。それを、ちゃんと伝えてた。キミは、分かってたじゃん!」そんな聞き分けのない幼さの自分まで出てきてしまう。
心臓の奥、心が、芯から冷えていく。
トリガーがこういう小さい出来事でも、自分の中で積み重なったものを一気に引っ張り出すことがある。
キミとのことじゃなくて、これまでの人生。
男の子たちも、女の子たちも、大人たちも、そこでのルールを持ちたがる。皆がその場その場で共有させたがるそれが、ボクは嫌だった。特別扱いしなくて良いから、強要もしないで欲しかった。一声欲しかった。特別扱いして欲しいんじゃなくて、当たり前に気を遣って欲しかった。
忙しそうだから声をかけなかったんだとか、後回しにしてたら忘れちゃったんだとか、皆は言い訳するけど、ボクはそれが嫌なんだ。ちゃんとしたいから。
「言わなくても分かるでしょ」「皆そうしてるよ」って言われたときの、あの感じ。
全部、別の出来事なのに、頭の中では同じ場所に置かれてて、一気に封印が解かれる。
自分は大事にされてないかも知れないと思い込んだ記憶が。
いや、キミはそう言うのとは違う人だってば。
そうやって思考が一旦収まるけど、また洗ってある容器をが目に入って、またぐるぐるし始める。
自分がどんな顔をしてるのかもよく分からないまま、時間だけが過ぎていく。
その内にキミが帰ってくる、そんな当たり前のことに思い至らず、ただボクは佇んで……やがて、玄関の開く音を聞いた。
心臓が、うるさく鳴る。
キミが靴を脱ぐ音の後、キミはボクの靴に気づいた。
毎日聞いても飽きない足音が、より早く。
いつもなら嬉しいそのスピードが、今だけは遅い方が良い。
キミは後ろめたくないの? むしろ、なんで早まるの?
理解が追いつかない内に、キミは入ってくる。
ボクの横を通って荷物を置くと、ポットにお湯を入れて沸かし始める。
キミの足元だけが目に入ってる状態で、ボクの思考は停止し、一言目を絞り出す。
「プリン、食べた?」
思ったより、普通の声が出てきた。
キミは少し笑って、ボクを抱きしめた。
何がおかしいの?
どうして笑ってるの?
疑問が湧きながらも抑えきれなくて、ボクはキミの胸で泣いた。
溜めていたものが一気に出た。
ボクは、整理もせず、ここまで思ったままを、そのまま出す。
キミは、遮らない。ただ、聞く。全部、聞く。
そう言う人だから、ボクの好きな人らなんだもんね。
ボクの嗚咽が止まって、キミが背中を撫でてくれて、段々と静まり、部屋に静けさが落ちる。
その静けさが、怖い。
ボクは臆病だから、キミがいつも導いてくれる。
キミは、ゆっくり立ち上がった。
何をするのか分からないまま見ていると、ゴミ箱を引き寄せて、中を漁り始めた。
キミの指に挟まれて出てきたのは、
小さく丸まった、プリンの蓋。ら
血の気がすっと引いて、一瞬で理解した。
とても単純な話。キミがボクを笑うのも当然だよ。
賞味期限が、昨日だったんだもん。
ボクがそこに自罰的になる前に、キミはすぐ買ってきたものを見せてくれる。
それは、ボクが気になってた、とある限定プリンの店の箱だった。
ちょっと良いやつだから、スーパーのより倍高い。シブヤからだと往復一時間は間違いないのに、保冷剤もあんまり溶けてない。
キミが今やっと開いたスマホの通知が溢れるのも当然。
連絡をする余裕がない程、ボクのことで頭がいっぱいだったんだもんね。それだけ急いでくれたのが、もう分かって、安心しちゃって、放心。
我に帰ると恥ずかしくなってきて、音楽をかける。
モモジャンのカバーしたあの曲。
しばらく待ってたら、お湯が沸いた。
キミが氷入り前提のボクたち用の濃い紅茶を淹れてくれてる間、ボクはプリンをお皿に並べようとした。
けど、中身はひとつじゃなかった。
色んな味を少しずつ貰いたくなるボクの心理も読まれてるのは、本当にもう、降参って感じ。
愛されてるぅ、なんて囃したくなるけど……。
ボクの被害妄想は、謝っても許される範囲じゃない。
いつものことってぐらい良くあるし、反省したって治る癖じゃない。
キミ以外になら見限られても……仕方ない。
だから、謝らないよ?
なんて、強がって舌を出してみた。
反応を伺うと、分かってたけど、キミは嬉しそう。
あーあ。なんでボクってこんな風になっちゃったんだろう。
タイミングよく、曲の歌詞が流れる。
♪あまりに都合が良過ぎじゃないの?
確かに、ボクにとって都合が良すぎるキミのせいかも。
じゃあボクのせいじゃないもんね。
歌詞に合わせて、ボクは歌う。
「もう、知らないよ?」
どこにでもいるわけじゃないキミとの、どこにでもあるような当たり前の幸せ探しはまだ、始まったばかり。