『キミ』と暁山瑞希ちゃんがいつか幸せに辿り着くための物語集 作:橘ありす氏
ニーゴファンミ、最高でしたね。えななんが最高の女友達なのだから、こちらも最高の旦那を見せなくては。と言うことで、「キミ」と瑞希ちゃんが神高で再会した頃の夢小説を書きました。宜しくお願いします。
二人で被ったブランケットの中は、クーラーを浴びながらも少し暑いくらいだった。
「ふふっ。えへへ……」
ふと隣を見て、目が合うたびに笑ってしまう。
狭い空間で肩を寄せ合って、外の世界なんて今はどこにもない。
ここには、ボクとキミだけ。
ちょっと気恥ずかしくて、誤魔化そうと……
「本日はおつまり……」
「お集まり」
「頂きまして……」
気不味い。
「普段は、恥ずかしや」
「恥ずかしがり屋」
「でもないのに……」
キミの前だけは、舞い上がっちゃって……
「かみかみでごめんね?」
「深呼吸しな」
ひっ、ひっ、ふー。
ふぅ。
「妊婦さんのやつやないかい」
えへへ。
ありがと。
それでは改めまして。
「……二人だけのセカイ、出来ちゃったね」
「ここには他に、誰もいないセカイ、か……」
「うん…… 」
その言葉がおかしくて、また笑ってしまう。
改めて指を絡ませる。
こんなに近くにいるのに、今更少し照れくさい。
ボクは愛おしさが溢れて、キミの髪をそっと撫でながら、小さく笑う。
「……ねぇ、神高で再会した時のこと、覚えてる?」
もちろん、お互いに忘れるわけがない。
ボクが屋上に逃げ出してから、類がいなくなってから、ボクが中学に行かなくなってから……、キミはずっとボクを探してくれてた。
やっと見つけた、とあんなに嬉しそうだった顔が、今も脳裏に焼き付いている。
「じゃあ、ボクから話すからね……?」
†
高校が神高に決まった時、お姉ちゃんは妙に機嫌が良かった。
不思議に思いながら流していた答えは、類に話すとすぐに分かった。
「わざわざ転校してくるなんて、類ってば寂しかったんだ?」
「否定はしないよ。元より、時期は寧々の入学に合わせようと思ってたんだ。
そこに瑞希と……彼までいるなら、僕だけ仲間外れにされたら困ってしまうよ」
ボクたちが見下ろす視線の先に歩いてるのはキミの姿。
なんでいるの、なんて思わない。差し金なのか、偶然をこれ幸いと思ったのか。
ともかく、お姉ちゃんはキミとボクを引き合わせることは諦めてないらしかった。
いや、ボクだって別に、キミのことが嫌いなんじゃないけど。
一方、類は敢えてまだキミに会わせたくない様子。
類自身も、キミの行動を逐一ドローンで確認しながら、見つからない様に徹底してきたという始末。
その理由は、ボクとキミにある。
キミが、ボクに気付いてないからだ。
ボクは学校に来るのも気まぐれだったから、キミがいることなんて知る由もなかった。
でも、キミがボクに気付かないはずはない。
だって、キミは、ボクのこと……。
そう思ってたんだけど……。
「接触こそしてないけれど、情報収集はしておいたよ。彼も海外から帰ったばかりで帰国子女と言う扱いみたいだね。とはいえ、すぐに馴染んだみたいで高校でもそれなりにモテるみたいだ。そもそも、中学の時も恋愛事情が原因で……、結果的に僕たちが出会ったわけだから、ある意味当然かな?」
「そりゃそうだよ! だって彼はボクの……!」
「……なんだい? 言葉にして言うべきことはあると思うよ?」
「あ、あはは、えっと……、良いから! 情報情報!」
「ふふ……。では。彼は中学時代同様、それなりに交友関係がある。友達づてにクラスメイトの女の子を紹介されることもあるそうだ。だが、彼はその一切を断っている。それは勿論、そう言うことなんだけれど……」
「えへへ、やっぱり~~!」
「とはいえ、あまり舞い上がらない方が着地の衝撃は少ないと思うけれど……」
類が告げてくれた忠告は、その時のボクの頭に入って来なかった。
†
久し振りに見たキミは少し背が伸びていた。
少し格好良くなったと思う。少しね。
キミが海外で何をしてきたかは知らない。ウチのお姉ちゃんの手伝いで連れて行かれたのは知ってるけど、そこでどんな体験をしてきてても不思議じゃない。
それが顔付きや行動に反映されてて……そりゃモテるのはちょっと分かる。
それでも、だけど、きっと、キミも……。
クラスメイトと話している横顔をじっと見る。
物憂げで少し笑った、あの顔。
それだけでドキッ、と胸が跳ねる。
なんだか、いっぱいいっぱいになる。
なんて話しかけようか迷って、色んな感情が一気に押し寄せてきて……。
ボクはキミの教室の扉に、しがみつくことしか出来なかった。
らしくなく、いや、キミと過ごしていた昔の頃らしく、ドギマギ、ウロウロ、と不審なボクに、風紀委員が目を付けた。
「みーずきっ! どうしたの?」
「えっ!? あっ、えっ、杏……!?」
「このクラスに用があるの? 私、全員分かってるから呼んできてあげよっか!」
「あっ、あー……。ううん、彼とは、ボクも仲良しなんだからね! だから顔を見ればすぐ分かるもん!」
教室を覗くと、偶然、キミと目が合った。
運命が引きあう様に、心と心が触れる。
キミとなら、これだけで十分。
そうだよ。
ボクだよ。
キミに会いに来たの。
そう言おうとするけど……。
杏は何か気付いたようで、「あっ、彼って……」と一瞬知った顔をするものの、「ていうか、瑞希のこんな顔って、初めて見ませんか?」と類に囁く。
自分でも分かる。うっとりしてると思う。類は(昔はよく見たもんさ)とニヤニヤしてる。
うるさいよー。彼だって今に同じような顔するもん!
……と言う思いを込めてるのを知ってか知らずか、キミも見つめ合って動かない。
見かねた杏がキミのとこに駆け寄っていく。
杏がボクを指差したのに気付いたキミは瞬きをして、そして、第一声。
「あの子、誰」
キミは杏にそう言った。
「覚えて、ないの……?」
ボクはキミに聞こえない様にそう呟いて、思わず、扉の影に隠れてしまった。
杏はキミと何やら話している。
類も入って行って「やぁ、久し振り」と手を挙げている。
後から聞くと「瑞希ちゃんの親戚? 従姉妹とか居たの?」と聞かれたから、咄嗟に類がそう言うことにしたらしいけど、その時のボクは頭が真っ白で何も入ってこなかった。
二人は蹲るボクの元に帰ってくると、類はニヤニヤしたまま、杏におどけて尋ねる。
「彼、瑞希が言ってる人とはやっぱり違いますよね? だって、おかしいですもん」
「と言うと?」
「瑞希が言ってる感じだと、その、えっと……」
「そうだね、それで間違いないよ。でも、噂によると……、彼は結構モテる一方で、寄って来る子には冷たいんだったね?」
「あー……、はい。ご存じなら話は早いです。その、彼がモテる理由は……」
杏は気まずそうに、言って良いのか考えて、ええい、と切り出した。
「先輩は勿論ご存じの通り、私、風紀委員だからトラブルがあると呼ばれるんですけど……、時々、彼がいるんです」
「ほう。それは不思議だね。僕みたいに問題を起こすわけでもないだろうに」
「分かってるならちゃんと控えて下さいね!? えーと、ともかく、彼は先輩とは真逆なんです」
コロコロと表情を変えて面白がられながら、杏は説明を続ける。
「私が呼ばれて彼がいると、問題が片付いてるんです。つまり、彼は人助けをしてるんですよ。普段は無口で不愛想でぶっきらぼう、でも積極的に人助けをする。やる時はやるから人気があるんです。ファンクラブもあるらしいですよ。ただ、変な癖もあって、私はそれがちょっと苦手と言うか……」
「司くんみたいな仰々しい一人ショーをしたがるんだろう?」
「やっぱり知ってるんですね……。そうです。彼、好きな子がいるみたいなんです。他人を助けたお礼に、良い噂を広めて欲しがるんですよ。だから、その好きな子にはモテたいみたいなんです。でも他の子に興味が一切なくて、ピシャリとシャットアウトしてて、だから、感じが悪いと言うか、何と言うか……。でも、やってることは良い事なので、また厄介で……」
「それが誰かは分からないのかい?」
「え? ああ、はい。写真を持ってるみたいで、時々、物憂げに生徒手帳を見て溜息を吐くので、それがアンニュイだとファンの子は言うんですが、徹底して誰にも見せないんですよ。だから実在してるのかも怪しいんじゃないかって……。ホントに瑞希が言ってるのは彼で合ってるんですか?」
「簡単に言えば……興味がある、その子以外には無関心、眼中にない、と言うことか」
「だから珍しいと思いますよ。彼が他人の名前を聞くなんて」
杏と類がそんなやりとりをしてた時、ドローンに録音させていたキミの音声は、今でも聞くことが出来る。
最近のボクにとってはお守りの様な録音。
『あの子も今頃あんな美人になってるのかな』
確かに、ここまで言われている相手とは、仲が良い、が正しい表現には収まらない。
キミは最初から、ちゃんと正解を選んでいたのでした。
でも勿論、当時のボクはそんなことは知らない。
何もやる気がしなくなってしまったその日の夜。
ボクはベッドの上で枕を抱えながら呻いていた。
「本当に忘れちゃったの……?」
スマホでナイトコードのグループを開く。
類とボクと、キミのグループ。
当時はひっきりなしに動いてたのに、今はもう動かなくなって随分経つ。
大事に思ってるのは、ボクだけなのかも。
ささくれ立つ様な気持ちを抱えて、少し泣いた。
†
翌日。いつも通り屋上でサボっているけど、いつもとは違うことで落ち込んでるボク。
ぼーっとフェンスから校庭を眺めていた視界に、不意にドローンが飛んできたと思うや否や、類が扉を開いて現れた。
「はっきりとした原因は分からないけれど、彼の変化には理由があるんじゃないかな」
類は訳知り顔でニヤニヤしている。
こう言う時の類は傍から見てる分には何かしてくれそうで面白いけど、当事者としてはちょっぴり不愉快だ。
「知らないよ、そんなの……」
分かりやすく膝を抱えて溜息を吐くボクに、類は何も心配がないと言いたげに続ける。
「……瑞希、彼は女子に厳しいらしいね!」
「……何が言いたいのさ」
「僕は彼にキミを、瑞希ちゃんの従姉妹、と紹介しておいた。完全に女子だと思っていると言うことだよ」
「……どう言うこと?」
「彼はちゃんとキミのことを覚えていたのさ。それを確認出来た上で、キミを女子だと思わせられた。他の女子には冷たいと言うのに、その上でキミには興味を持った。これはある意味、絶好のチャンスじゃないかな」
まるで魔法の様な、たった一度のチャンス。
「出会いをやり直せるってことさ。ラブロマンスでは記憶喪失とかで起きるトラブルだけど……、こう言うのも嫌いじゃないだろう?」
「他人事だからって面白がって……」
「例えば、イジメをする者たちの言い分として、される側にも理由があると言うだろう?
その意見そのものに関しては妥当性はないが、もし、それが許される関係性であったら……、つまり、キミと彼でなら、少しぐらい遊んでも、ちょっとしたカワイイイタズラになるとは言えないかな?」
悪い魔法使いがかけた、怪しいまじない。
それが本当に意味があることなのか、許されることなのかも、ボクには分からない。
ただ、それを試して見たくはなった。
元はと言えば、確かに、勘違いしたキミに落ち度があるんだもん。
そうだよ。だって、今のボクはキミから見ても昔と見違えているんだから。
昔のボクは、物静かで、状況を受け容れるしか出来なくて、何も分からないまま流されて、傷付いて。
それに、外見だけじゃない。
あの頃から言われてたロリィタである為の乙女の心得は勿論、高校デビューにギャルの在り方もお姉ちゃんに教わったんだもん。
自分の「女」を上げて見せる為に、男の子をからかったり、ちょっと冗談を言って、相手の反応を見ながら距離を縮められる。
許されることありきであざとく男の子をからかう女の子の特権を使ったり、相手が油断してる内に距離をサッと自然に詰めたり、ボディタッチや匂いでドキドキさせたり、そうやって意識させたり。
今のボクなら、ゼロからだってきっとキミを振り向かせられる。
今のボクなら、キミの隣に立ちたいって言っても、何も知らない人たちから何か言われることも……。
ううん、絶対……祝福して貰える、よね?
†
「うわ~ん、届かないよ〜〜」
ボクが日直で杏とペアになった日。
ボクは黒板の前でわざとらしく困ってみる。
もちろん、普通に背伸びして届く高さ。
わざとらし過ぎて、何も知らないクラスメイトは助けようとも思わないように。
「どうした? 従姉妹ちゃん」
予定通り、声が飛んできた。杏がキミを呼んできてくれる手はずになっていたから。
「いやー、ボク、やっぱり背が足りなくて……。ほら、女子だからさ!」
「……じゃあ、やるよ」
即答。しかも疑いゼロ。流石、神高のスーパーダーリン。
ボクは吹き出しそうになるのを必死に堪えながら抑え込む。
それからめいっぱいあざとく、「ありがと♡」とハートを飛ばす。
「別に」
「ひゅー。男の人って感じ〜」
「茶化すなよ」
拒否はしながら、耳が少し赤い。
それを見つけて、ボクはちょっとだけ嬉しくなった。
ほら、やっぱり。昔のボクにはこんなこと出来なかったけど、今のボクなら出来るんだよ。
今すぐそう言って、からかいたい。
でも、我慢。キミを落とすまで、我慢。
ファンクラブを名乗る人たちは珍しく照れるキミに騒然としてたらしいけど、その日のうちに類と杏が説明をしてくれたらしくて、陰ながら応援してくれる様になったらしい。
良いのか、悪いのか。
†
移動教室の後。杏に頼まれて重い教材を運ばされることになったけど、杏が来ない。
もう一人で運ぼうかと考えていると、ひょいと横から持ち上げられた。
「うわっ!?」
「ヒーロー見参……って、余計だったか?」
キミだった。良く見るとその後ろの物陰に杏と類、ファンクラブの皆。
お膳立てがすごい……。
取り敢えずボクは全部見なかったことにして、肘でキミの脇を小突く。
「え~~? 優しいじゃ~~ん!」
「普通だよ」
「そうかなぁ~~?」
ボクは横顔を盗み見る。夕陽に照らされた顔は昔と少し違う。
でも、誰かを助けよう、と言う意志の宿った表情は変わらないと思う。
昔からキミは人助けをするタイプだった。
小学生の頃、ボクが女の子グループと揉めて離れた時も、すぐにキミが遊びに誘ってくれた。そうだよ。キミはきっと、ボクじゃなくても優しいんだ。
だから、このボクで、良いんだ。イトコちゃんでも、好きになってくれる。
そうやって誤魔化しながら、日々は過ぎて行った。
「怖いから送って?」
「そう言う柄でもないだろう」
「女の子一人だよ?」
「はいはい」
「やった!」
帰り道。夕焼け。長く伸びる影。
「ねーえ?」
「どうした?」
「彼女とか……、欲しくないの?」
軽い調子で聞いた。
軽い調子のつもりで聞いて貰える様に、頑張ってみた。
キミは少し黙って、言葉を選んでいるようだった。
それから、「好きな子いるから」と言った。
「それってもしかして~~……」
ボクは両手で自分の頬を人差し指で差して、にーっとあざとくアピールする。
キミは一瞬息を呑んで、揺らいで、でも目を逸らして……。
「ごめん」
「へぇ」
諦観で、心が凍る。
少し、笑う。
「一途じゃん!」
頑張って、声だけは明るくしてみる。
すぐには感情が隠しにくい。
顔も早く繕わなきゃ。
キミが顔を上げる前に。
この表情のせいで冷笑みたいに聞こえたら最低だし……。
でも、そう考えて誤魔化そうとしてる自分も最悪、かも……。
「そうだな」
キミは、まだ目を合わせない。ちゃんと悪いと思ってくれてる。
でも、否定しない。そう言う人だから、否定しない。
だって、キミがそう言う人だから、好きなんだもん。
だから、皆が付いてくるんだもん。
「え、えへへっ。その子ってカワイイの? ボクよりカワイイ? どれぐらい?」
「……」
何とかいつも通りのからかいを追い付かせたボクに、キミはすかさず顔を上げ、真っ直ぐな目で言う。
「世界一」
その日は、どう帰ったか覚えてない。
†
ボクじゃダメだったんだ……。
そんなの当たり前なのに、勝手に期待していた自分が、バカみたいで。
って言うか、キミがそう言う軽い人じゃないなんて分かってたのに。
だから好きなのに。
バカみたいじゃなくて、バカだよ。
キミのことは分かってるはずだったのに……。
誰より、分かっていたいのに……。
今日の屋上は晴天。
ぴっかり晴れた空が皮肉的で、真っ直ぐ見るのは嫌で、今の時間は少ししかない貴重な影に縮こまる。
お姉ちゃんも「悪い天気なんてなくて、いつだって天気は良いもの。悪いのはその時の服装だよ!」って、その時読んでた本の受け売りを言ってたけど、でも嫌なものは嫌なんだもん。
天気が良くても、ボクの調子は悪いし、何よりボク自身がきっと良くないものなんだ。
そんな風に孤独を抱えた気分でいると、不意にもうひとつ、寄り添う様な影が増えた。
「やあ。失恋したイトコちゃん」
聞き慣れた声。
顔も見たくない。
「ボクじゃないもん」
「なるほど、やはりしたことはしたんだね」
「ノンデリカシー。人の心が無い」
「有難う。傷心のヒロインから出る言葉としては満点だね」
類は楽しそうに笑った。
全てを分かっていて、終わりを見届けるだけ。
本当に腹が立つ。
でも、類が書いた脚本の通りに、ボクたちはもう進むしかない。
しばらく沈黙が続く。
やがてボクはぽつりと零した。
「好きな人いるんだって」
「ボクじゃないんだって」
「世界一、カワイイんだって……」
類は少しだけ目を細めた。
その表情が妙に意味深で、ボクは眉をひそめる。
「おや……? 世界一、と言われて分からないとは……重症だね」
類は小さく肩を竦めた。
「瑞希」
「顔を洗って、メイクを直して来ると良い」
「答え合わせをしよう」
†
「答え合わせって、なんなのさ」
類はスマホを取り出して操作する。
即座にボクのスマホにも通知が……。
ボクは固まった。
『真夜中のショウタイム』へ招待されています。
この名前自体は覚えがある。
ボクと類がやっているwebラジオの名前で間違いない。
でも、そのラジオは今休止中のはず。
だって、それは……、裏方で、キミも関わっていたから。
つまり、ボクが今受け取ったのは、昔の、三人でのトークグループへの招待だった。
ナイトコードじゃなくて、メッセージアプリ。
ボクが昔、衝動的にアカウントを消して、抜けたグループ。
躊躇うボクに、類がスマホを差し出す。
受け取ってスクロールすると、昔の会話がズラ―ッと流れていく。
写真。スタンプ。どうでもいいやり取り。全部残っていた。
全部、二人は大事にしてくれていたんだ。
気付けば、あっという間に最近の日付まで追い付いてしまう。
そこには、キミが類に相談している内容が溢れていた。
「先輩、あの子を付き纏わせるのは勘弁してください。どういう罰なんだ。このままじゃ好きになってしまう。同じ顔、同じ声、でも明るい表情、だけどやっぱりあの頃と同じ、落ち込んだ声、伝わってくる諦観、寂しさ、孤独。なんて子を連れてきたんだ。何をさせたくて、こんなことを」
「ほう? 僕が彼女を唆しているとでも?」
「違うんですか? 瑞希ちゃんの親戚か従姉妹か知りませんが、良い加減にして下さい。お姉さんは内緒だと言うし、二人で通じてるんですか?」
「いやあ、確かに僕は普段ドローンで君たちを見ているが、彼女の行動は僕の差金ではないよ。お姉さんとも通じてない。この目を見ても疑うのかい? よよよ……」
「チャットじゃ見えませんよ。いや、怪し過ぎる、けど、わざとらし過ぎる。本当に違うんですか?」
「逆に聞かせて貰おうかな。どうして彼女を避けるんだい?」
「いや、それは分かり切ってることでしょう」
「瑞希を待ってるのかな」
「はい」
「あの子じゃダメなのかい?」
「瑞希ちゃんじゃないと、ダメです」
「瑞希ちゃんを愛してます」
「世界一」
全部繋がって、笑ってしまった。
落ち込んでた時はそこまで考えられなかったけど、今なら分かる。
世界一は、お姉ちゃんの口癖だ。
だったらキミも誰に使うかなんて、決まってる。
ボクって、本当にしょうがない。
いつもは怖くなるし逃げ腰になっちゃうから、全力なんか出せない。
だけど、今だけは、キミにだけは、向き合いたい。
こんなに、我慢出来ない。抑え切れない。
自分の都合ばっか。
キミの隣ぐらいしか、似合わない。
ひとしきり笑って、類にスマホを返す。
即座に自分のスマホで招待を受けて、
『今すぐ行くから!』
送信。
「ちゃんと帰って来るんだよ。二人でね」
類も楽しそうに笑った。
それはもう、この上なく満足そうに。
太陽が真上に輝く時間。
良い天気の屋上に、もう影はなかった。
†
昇降口まで全力で駆け降りる。
心臓がうるさい。息も苦しい。
何から言えば良いか自分でも分からない。
でも、止まらない。
最後の階段の数段を飛び降りながら、
「来たよ!」
叫んでいた。
スマホを見て立ち止まっていた、キミが振り返る。
昇降口にいた皆も振り返る。
でも、そんなの知らない!
キミが驚いて鞄を取り落とし、ボクはすかさずそれを拾う。
ボクを起こそうと手を差し伸べたキミの胸に、鞄ごと飛び込む。
勢いを受け止めきれなかったキミは、ボクを抱えて、クルクル回る。
まるでラブストーリーのクライマックス。
まるでじゃなくて、本当にそうなんだけど。
目が回ってきたところで、二人でふらふら。
お互いに踏み留まって、抱き合って、世界が止まった。
「探したよ」
「見つけるの遅過ぎ! もう、迎えに来ちゃった」
どちらともなく、顔を寄せる。
face to face。
目を合わせ、人目を気にせず、キスを交わす。
周りから音が消えて、めちゃくちゃ見られてるけど、気にならない。
「自分だけの天使だと思ってたのに、皆から見ても天使になっちゃってただろ。眩し過ぎて直視出来なかったんだ。これがお迎えに来るなら光栄だよ」
「ホントにキミってば、一途なんだから!」
昔のボク。
今のボク。
その両方を別々に好きになって、恋し直して、迷うなんて。
「ズルい」
やっと出た言葉がそれだった。
「贅沢だよ! どんなボクも好きなんて……そんなのズルいじゃん! キミは天国に行けないと思うな!」
「これからは……いつも一緒にズルしてくれ。いっぱい一緒に悪いことをして、地獄に行こう」
「……うん」
恥ずかしい。もどかしい。嬉しい。
全部まとめて一緒の感情。
これからはこのぐるぐるした気持ちも、キミと一緒。
いつかどちらに行くかは分からないけど、二人一緒なら、どこでも天国……。
めでたしめでたし。
と、言いたいけれど、ここからは後から聞いた話。
階段の踊り場。
追い付いてきた類と、呼ばれてきた杏。
「良かったね、瑞希……!」
「素晴らしいものを見せて貰えたね」
目を輝かせて少し潤んでいる杏。
一件落着、と言う様子の類。
その背に、「何が?」と通りすがった草薙さんも声を掛ける。
「まさしく、事実は小説より奇なり、ということさ」
草薙さんは舞い上がってるボクたちと杏を見比べて、察したらしく、小さく言った。
「……暁山さん、カワイイね」
類は目を細めた。
幸せの絶頂、これからこのまま結婚でもしてしまいそうな勢いの二人に。
これまでの月日と、この数日を重ねて。
「ああ、本当にカワイくなったもんさ」
言い終わるや否や、走り出す。
「神代先輩!!」「類ィイイイイ!!」
今はまず、出来立てのカップルの初めての共同作業……天国から全てに気付き、糸を引いていた黒幕を地獄送りにせんとする二人から逃げ出さなくては、と。
「約束通り帰ってきてくれて何よりだ。幸せにおなり」
それが彼の遺言でした。
神代類、良い奴だった……。
END.