「そうは言ってもよ……ウチは見ての通り精密機械を扱っている以上、ペットは飼えねぇんだ。パーツに毛が入ったら、たまったもんじゃないからな。悪いな」
「にゃにゃっ」ペシペシ
頭の上に乗って猫パンチを繰り出してくるピンク毛の猫——もとい、『ニコ』をいなしながら、俺はエンゾウさんの言葉を受けて大きなため息を吐いた。
ちなみに『ニコ』という名前は、あの自販機乞食と似ていたため、同じ名前をつけてやった。
俺からすれば、立派な蔑称である。
しかし、当の本人はどうやら気に入っているらしい。
ペットはもう飼いたくない俺は、エンゾウさんを始め、六分街の知り合いに『ニコ』を引き取ってもらえないかと相談しまくっていた。
だが、結果は全滅。
みんな揃って「無理だ」と答えてくる。
これはどうしたものか。
「なんでそんなに飼いたがらないんだ? この猫、お前に懐いてるじゃないか」
「にゃあ〜」テシテシ
「……別れが辛いんスよ」
「……そうか」
顔を逸らす俺を見て、エンゾウさんは何かを察したようだった。
腕を組み、しばらく黙ったあと、小さくため息を吐く。
「それに、なんかコイツ気に入らないんスよ」
「にゃあああっ!!」ミダレヒッカキ
「ぐわああああああ!?!?」
次の瞬間、『ニコ』が俺の顔へ向かって容赦なく爪を繰り出してきた。
俺は慌てて『ニコ』を掴んで引き離し、そのまま優しく投げ捨てる。
そして、ディニーを1枚弾いた。
「にゃあ♡」
すると『ニコ』は、先ほどまでの怒りなどすっかり忘れたようにディニーへ飛びついた。
「……本当に現金なやつだな、お前」
呆れながら『ニコ』を見つめていると、エンゾウさんが俺の肩へ手を添えた。
「でもよ、このまま捨てるってわけにもいかねぇだろう?」
「まぁ、そうっスけど。というか、捨てても勝手についてくるっていうか……」
「……確かに、別れは辛いだろうけどよ」
エンゾウさんは少しだけ間を置いて、優しく続ける。
「それでも、それまでの日々は悪くなかったんだろう?」
「……えぇ」
「なら、答えは分かってるはずだ。あの猫にとって、何が1番最善かをよ」
エンゾウさんは優しい笑みを浮かべ、俺の頭を撫でた。
その言葉が、胸に静かに染み込んでいく。
……やっぱり、エンゾウさんは優しい。
エンゾウさんだけじゃない。
ティンさんも、チョップ店長も、エイファさんも。
六分街の人たちはみんな、俺の本心を理解した上で、優しく諭してくれる。
無理に押し付けるわけでもない。
俺が抱えているものを察して、それでも俺自身が答えを出せるように背中を押してくれる。
だから俺は、この街が大好きなんだ。
「……そうっスね」
俺は小さく息を吐き、ディニーを抱きしめている『ニコ』へ視線を向ける。
「分かりました。俺、『ニコ』を飼います」
すると、エンゾウさんは「よく言った」と言わんばかりに俺の肩を叩き、満面の笑みを浮かべた。
「よしっ! よく言った! それでこそ男だ!!」
「痛っ、痛いっスよエンゾウさん!」
「はははっ、いいじゃねぇか!!」
バシバシと肩を叩いてくるエンゾウさんに、俺は苦笑いを浮かべる。
その横では、『ニコ』が何事もなかったかのようにディニーを抱きしめていた。
「にゃあ〜♡」
「……お前、絶対俺のこと金づるだと思ってるだろ」
「にゃあ〜♡」
「否定しろよ。ったく」
思わず笑みがこぼれる。
……やっぱり、この街に来て良かった。
俺は改めて、そう思うのだった。
それから俺は、六分街の人たちに意見をもらいながら、猫を飼うのに必要な道具を探した。
特にセシリアさんやスージーは真摯に話を聞いてくれて、色々と意見をくれた。
おそらく、2人とも猫好きなのだろう。
俺は今まで犬しか飼ってこなかったため、猫を飼うために何が必要なのか、いまいち分からなかったのだ。
ある程度必要なものを教えてもらった俺は、ネットで良さげなものを検索することにした。
本当であれば、『ニコ』にどれが良いか聞きながら選びたかった。
しかし、当の本人——もとい、本猫がどこかへ行ってしまった以上、今のうちに目星だけはつけておこうという考えである。
猫に聞くというのも、おかしな話ではある。
だが、『ニコ』は俺が思っている以上に賢く、こちらの言葉をよく理解している。
それに、気に食わないものを買おうものなら、
『にゃー! にゃー!』
と、文句を言ってくる未来が容易に想像できる。
ちなみに、『ニコ』がどこかへ行ってしまうのは日常茶飯事だ。
しかし、晩飯前になると必ず俺の家へ帰ってくる。
俺があげた巾着袋に大量のディニーを詰めながら。
もはや、どこで何をしているのか考えるだけ無駄である。
だが、今日は何故だか一向に帰ってこない。
このまま待っていれば、いずれ帰ってくるだろう。
そう思っていたのだ、さっさと『ニコ』のための用具を買いたかった俺は、痺れを切らして探しに行くことにした。
「お〜い、ニコ〜。どこにいるんだ〜?」
『ニコ』を呼びながら、俺は六分街を歩き回る。
しかし、一向に返事は返ってこない。
時間だけが、無駄に過ぎていく。
「ったく、あの乞食猫が。今日の餌は減らしてやるからな」
ぶつぶつと文句を言いながら歩いていると——
「にゃあ……にゃあにゃあ、ニャーッ!!!!」
「……『ニコ』?」
聞こえてきた鳴き声に、俺は足を止めた。
いつもとは明らかに違う。
妙に切羽詰まった鳴き声だった。
——脳裏に一抹の不安がよぎる。
もしかしたら、他の猫に襲われているのかもしれない。
あるいは、事故にでも遭ったのかもしれない。
「……っ!」
最悪のビジョンが頭に浮かんだ俺は、『ニコ』の鳴き声が聞こえてきた方向へ走り出した。
壁を登り、狭い路地裏を抜け、必死に『ニコ』の元へと駆けていく。
走れば走るほど、『ニコ』の声が近づいてくる。
そして、それと同時に異常な鳴き声であることを、嫌でも理解してしまう。
「『ニコ』……!」
俺はドクドクと嫌な鼓動を刻む心臓を押さえながら、曲がり角を曲がる。
そして——
「はぁ、はぁ……『ニコ』っ!!」
「ニャー!! ニャニャニャッ、ニャーーーーーッッッ!!!!」
「「「「「「「「ニャニャーーー!!!」」」」」」」」ドゲザァァァ
「…………は?」
そこには、玉座のように積み上げられた石の上にふんぞり返りながら座り、無数の野良猫たちを見下ろしている『ニコ』の姿があった。
野良猫たちは、『ニコ』を崇めるように地面へ座り込んでいる。
さらにその前には、どこから拾ってきたのか、貢物としか思えない大量のディニーが並べられていた。
「……なにこれ」
脳が理解を拒んでいた。
そんな俺に気づいた『ニコ』は、ゆっくりと立ち上がった。
そして、貢物として献上されていたディニーを巾着袋へ詰める。
最後に、その巾着袋を口に咥えると、ピョンッと軽やかに俺の肩へと飛び乗ってきた。
「にゃにゃにゃっ、ニャー!」
「あっ、はい」
まるで『何をしてんのよ。早く帰るわよ?』とでも言わんばかりに、俺を顎で使う『ニコ』。
何故か俺は反射的に敬語で返事をしてしまった。
そして背後からは野良猫たちが、
「「「「「ニャーニャーニャー!」」」」」
と、崇めるように鳴いている。
俺はその光景に戸惑いながらも、家へ向かって歩き出した。
……どうやら猫にもコミュニティが存在しており、『ニコ』はそのコミュニティの親分的な存在らしい。
というか、親分どころか完全に親分だった。
「……いつもあんな風なの?」
「にゃあ〜? にゃにゃにゃっ」
『当然でしょ? アタシを誰だと思っているの?』と言わんばかりに、『ニコ』は堂々と鳴き声を上げる。
肩の上でふんぞり返りながら。
「…………」
俺はしばらく無言で歩いた。
……うーん。
なんか、知りたくなかったわ。
そんな若干の後悔を抱えながら、俺は『ニコ』と共に家へと帰るのであった。