「るんるんるん〜♪♪」
ホロウ内で手に入れた物資が、予想以上のディニーに換金できた。
『ニコ』たちの餌代はもちろんのこと、『ニコ』に奪われたディニーも、ほぼほぼ取り戻すことができたのだ。
こんなに嬉しいことはない。
自然と鼻歌が漏れてしまうのも、仕方のないことだろう。
「ンナナ、ンナ〜?(お得意さん、今日は随分と機嫌がいいですね〜?)」
すると、雑貨屋のボンプが俺に気づき、声をかけてきた。
「お〜? 分かるぅ〜? 分かっちゃうぅ〜?」
「ン、ンナ……(は、はい……)」
明らかに、『うわっ、めんどくさいタイミングに声かけちゃった……』という表情を浮かべている。
それでも、ボンプは営業スマイルを崩さない。
流石はプロだ。
もし俺がそっち側だったら、絶対に顔へ出ている。
「ンナ! ンナワタ、ンナ!!(あっ、そうだ! お得意さん! 実はこんなのを入荷したんですよ!)」
そう言って、ボンプは店の奥へと小走りで駆けていく。
とてとて、と可愛らしい足音を鳴らしながら歩き、そのたびにもちもちの身体がプルプルと揺れる。
「ンナワタ!(こちらです!)」
「こ、これは……!?」
そうして戻ってきたボンプが差し出してきたのは、1枚の布だった。
しかし、ただの布ではない。
「ンナ!(はい! シルクの布です!)」
「……」
俺は恐る恐るシルクの布へと手を伸ばす。
指先に触れた瞬間、そのなめらかな肌触りに思わず息を呑んだ。
するりと指が滑り抜けていく感触は、これまで触れてきたどんな布とも違う。
光を受ければ美しい光沢が浮かび上がり、その一枚一枚の繊維にまで上質さが宿っているように見えた。
「ンナナ、ワタッ!(お得意さん、裁縫が得意って言ってましたよね? だから、仕入れてみたんです!)」
「……」
確かに。
確かに俺は裁縫が得意だ。
空にいた頃は、幼馴染と一緒にボンプの衣装を何着も作っていた。
ただ、あれはあくまで業務の一環だった。
必要な道具も素材も、基本的には幼馴染が用意してくれていた。
だからこそ、自分のディニーで材料を買ってまで裁縫をするとなると、話は変わってくる。
ましてや、シルクだ。
当然、それ相応のお値段がする。
そもそも裁縫道具だって、まともなものは持っていない。
いや、裁縫セットがあれば、これくらいならいけるか?
「ンナワタ!(仕入れるのに一苦労したんですけど、お得意さんが喜ぶと思って頑張ったんです!)」
「……」
待て。
そんな目で俺を見るな。
俺は欲しいなんて一言も言っていない。
買うとも言っていない。
そもそも、今日は猫たちの餌を買いに来ただけなのだ。
余計なものを買う必要なんてない。
そう。
必要ない。
……必要、ない。
そうだ。
考えてみれば、空にいた時もシルクの布でボンプの服を作っていたじゃないか。
なんなら、それ以上の価値があるビキューナの布だって使っていた。
それに比べれば、目の前のシルクなんて大したものではない。
そう、大したものじゃない。
一時の感動で衝動買いするようなものでは——。
「ンナンナ!(お得意さん、猫さんを飼い始めたって言ってましたよね? だったら、これで猫さんのお洋服でも作ってあげてください!)」
「……」
猫の服。
なるほど。
確かに、それなら——。
いやいやいやいやいやいやいやいやいや。
確かにじゃねぇよ。
何を納得しかけてんだ俺。
猫共の服なんて、ルミナスクエアに行けばいくらでも売っている。
なんなら、あいつらは既におしゃれな服を着ている。
わざわざ俺が作ってやる必要なんてない。
そもそも、猫3匹分の服を作るために高級なシルクを買うなんて、どう考えても——。
「ンナ〜?」
「……」
だから……。
「ンナ!」
「……」
「…………」
「んきゃっわいいいいいいいいいいい!?!???!??!?れ!?!?!!!!?!」パシャパシャパシャパシャ!!!!
「にゃ、にゃあ……///」
フリッフリのアイドル衣装風の服を着た『猫又』は、少し照れた様子で縮こまっている。
そんな姿が、より一層俺のハートを撃ち抜いてくる。
結果、俺のスマホの撮影ボタンを押す指は、もはや止まることを知らなかった。
「はあぁぁぁああぁああ〜〜!!!! 妄想エンジェルならぬ妄想ニャンジェル!!!! か、可愛いすぎる……っっっっ!!!!!」
その後ろでは『アンビー』が不思議そうに服へ目を向けており、『ニコ』は『なかなか良いじゃない……』とでも言わんばかりに、鏡の前でクルクルと回っている。
「おい『ビリー』!! 写っちゃうんです買ってこい!! いや、なんなら一眼レフ買ってこい!! 金ならたくさんある!! 行けぇ!! それとカチャコ呼んでこい!! パシャじい呼んでこい!!」
『ビビビッ!?!?』
「はやくしろっ!! 間に合わなくなってもしらんぞーーーー!!!!」
『ビィィ……』
『おいおいマジかよ、落ち着けって!!』とでも言いたげな機械音を鳴らす『ビリー』。
しかし、そんなことは知らん。
大量のディニーが入った財布を『ビリー』の上に固定し、外へ向かってビシッと指を差す。
だが、『ビリー』は一向に動く気配を見せなかった。
あ、ちなみに『猫又』、『アンビー』、『ビリー』というのは、新しくやってきた猫とル◯バの名前である。
ボンプの押しに負け、大量のシルクの布に加えて、追加でコットン、リネン、ウール、そして猫たちの餌まで買い込んで家へ帰ると、猫たちが出迎えてくれた。
その時、猫たちとル◯バは、それぞれプラカードを身につけていた。
そこには、それぞれの名前が書かれている。
どこでプラカードを手に入れたのか。
どうやって名前を書いたのか。
そもそも、なぜ自分たちで名前を決めているのか。
色々と疑問は残る。
だが、向こうから名前を指定してくれるのであれば、こちらが名前を考える手間が省けるので助かる。
まぁ、ペットに名前をつける瞬間も醍醐味ではあるのだが。
とはいえ、大量のシルクの布を買ってしまったからには、何かを作らなければならない。
帰りに買ってきた昼飯のハンバーガーを片手に、どうするかと考えていた俺だったが、やはりボンプが言っていた通り、猫たちの服を作るのが良いだろう。
そう決めた俺は、足元でハンバーガーを見ながらニャーニャー鳴いている『アンビー』にバンズをちぎって放り投げ、早速作業へ取り掛かる。
服のコンセプトはアイドル。
つい先日、妄想エンジェルの子たちから貰ったCDからインスピレーションを得たものだ。
CDを聴きながら妄想エンジェルの衣装を思い浮かべ、糸と針をシルクの布へ通していく。
一度手を動かし始めれば、あとは勢いに任せて突き進むだけ。
途中で『猫又』が不思議そうにこちらを覗き込んできたり、『アンビー』がハンバーガーを盗み食いしようとしたり、『ビリー』の充電が切れそうになったりと色々あったが、それでも俺の手は止まらなかった。
ホロウ探索の後で疲れているはずの身体も、いつの間にか疲れを忘れていた。
ただひたすら、目の前の作業に夢中になっていた。
ちなみに、ビリーの充電問題はUSBケーブルで解決した。
どんだけコスパいいんだよ。
それから何やかんやで数時間が経ち、猫たちの服は完成した。
妄想エンジェルの衣装をそのまま小さくしたようなデザインに、ところどころ肉球やハート、猫のマークなどを追加した、我ながら完璧な仕上がり。
この短時間で高級ブランド店レベルのクオリティに仕上げられた自分の腕前に、俺は思わず自画自賛してしまう。
早速、猫たちに服を見せる。
すると、猫たちは興味深そうに衣装を見つめながら、ニャーニャーと鳴き始めた。
『ビリー』もまた服を見ながらビービーと音を立てている。
おそらく、『ビリー』も服が欲しいのだろう。
ル◯バが服を着るというのも謎だが、欲しいというのなら仕方ない。
後でスターライトの衣装を作ってやると伝えると、『ビリー』は嬉しそうにクルクルと回り始めた。
では早速、と猫たちに服を着せようと立ち上がった瞬間。
猫たちは何かを察したのか、一斉に逃げ出した。
おそらく、無理やり服を着せられることを理解したのだろう。
だが、そんなのは実家で経験済みだ。
すでに外への出口は封じてある。
さらには、部屋中に害が出ない程度のエーテル粒子まで散布している。
逃げ場など、どこにも存在しない。
エーテル粒子を収束・操作し、棒状のエーテル物質を形成。
それを猫たちを囲うように動かしていく。
即席猫用ゲージの完成だ。
「にゃにゃ!? にゃー!!!」
「にゃあ!!」
「……にゃん」
「ニャーニャー鳴いても無駄ダヨ。大人しく俺にされるがままになりなさい!!」
嫌がる猫たちを1匹ずつ掴み上げ、無理やり服を着せていく。
途中で顔を真っ赤にして抵抗したり、爪でこちらを引っ掻いてきたりもしたが、それでも俺は止まらない。
猫たちに作った服を、1匹ずつ丁寧に着せていく。
そして、話は冒頭に戻るというわけだ。
「でゅふ……ふひっ……ふひひひっ……。うちの猫可愛すぎ……」
気色悪い笑い声が漏れてしまう。
しかし、それでもカメラは猫たちから一切離さない。
「ほら、『アンビー』ちゃんも、こっちを向いてね〜♪♪」
「にゃあ」
「って馬鹿野郎。ハンバーガー食おうとすんじゃねぇと何回言ったら分かるんだ。おら、こっちに来い」
「にゃあ……」
「『ニコ』ちゃ〜ん♪♪」
カメラを向けながら猫又たちを並べていく。
「おい、そんな汚物を見るような目で見んじゃねぇ。ほら、『猫又』と『アンビー』の真ん中に座って……」
「うにゃにゃ、うにゃー……」
どうやら『ニコ』は、俺に対して若干引いているらしい。
それでも何とか3匹を並べ、後で編集できるように背景へ白いプラ板を並べる。
そして——。
「うひょおおおおおおおお!?!? ……可愛すぎんだろッッッ!!!!」
撮影ボタンを押す速度が、さらに増していく。
猫たちに声をかけ、餌を与え、撫でては撮る。
それを何分も繰り返していると、最初は嫌がっていた猫たちも、次第に撮影会そのものが楽しくなってきたのか、楽しそうに表情を緩めたり、こちらの要求に合わせてポーズを決めたりと、どんどんノリノリになっていった。
「おいおい……これをネットに上げれば大バズり間違いなしじゃねぇか……??」
そこで、ふと思いつく。
「そこから収益化して、ディニーガッポガポなんじゃねえのか……!?」
邪な考えを口にした瞬間、それを聞いた『ニコ』の目が、キラーンと輝いた。
「にゃあ!?!? にゃんにゃー、にゃんにゃにゃ!! にゃんにゃん、にゃーーーーー!!!!」
「にゃあ……?」
「にゃあ!?!?」
突然の『ニコ』の熱弁に、『猫又』と『アンビー』が困惑したように鳴く。
そして『ニコ』は、2匹をグイッと自分の側へ引き寄せた。
3匹で並んで、こちらへ視線を向ける。
「にゃあ!!!!」
『さぁ、撮りなさいっ!!』
そんな意思が、鳴き声からひしひしと伝わってくる。
「いいねェ!! いいねェ!! 最ッ高だねェェェェェ!!!!」
その意思に応えるように、俺はカメラを回し、撮影を続ける。
そんな俺たちの姿を見て、『ビリー』は呆れたように機械音を鳴らすのだった。
ちなみに、妄想ニャンジェルよりも、スターライトの衣装を着た踊るル◯バの方がバズった。
それと、当然のことながら収益化はできなかった。