猫といえば、何を思い浮かべるだろうか。
気まぐれな性格?
もふもふな毛並み?
ぷにぷにの肉球?
人によって思い浮かべるものは様々だが、個人的に思い浮かべるのは魚である。
特に、「お魚くわえたドラ猫を裸足で追いかけて、笑われる」という話は有名だ。
猫の絵を描けと言われた時、いくら絵心がなく、四足歩行の謎の獣が完成したとしても、横に魚を添えれば、それはもう猫判定される。
流石に毛むくじゃらすぎると熊にも見えてしまうだろうが。
それくらい、猫=魚というイメージは定着しているのだ。
だが、ネットで調べてみると、猫が食べられる魚は限られているらしい。
釣り系配信者の動画では、よく野良猫が釣り師の釣った魚を奪い去っていく映像が流れていたりするのだが、あれは問題ないのだろうか。
それとも、ネットの記事が嘘を言っているだけなのか。
「どう思います? エイファさん」
「さぁ、どうなんでしょうね……」
俺の問いに、エイファさんはこちらを見ず、そっけなく返した。
「でも、『猫又』はサバが大好きなんだよなぁ〜」
「にゃんにゃにゃん!」
『その通り! だからもっと食べさせろ!』とでも言わんばかりに、『猫又』は机の上で胸を張り、2本の後ろ足だけで立ち上がる。
高級ペットフードよりは金がかからない分、助かる。
ただ、猫ごとに好みが異なるのは、それはそれで面倒くさい。
ちなみに、『アンビー』はハンバーガーが好きだ。
エイファさんは『猫又』の頭を優しく撫でると、俺の武器へと手を伸ばした。
そんな彼女の態度に俺は肩をすくめ、ティンさんの店で買ったコーヒーを口に含みながら、店内のBGMへ耳を傾ける。
聴いているだけで心が落ち着いてくるジャズ。
そこへコーヒーが加わることで、荒んだ心はみるみるうちに癒されていく。
……でも、時々なんかイラッとする時もある。
理由はよく分からないのだが、何かこう、思った場所に当たらなかったというか、全然関係ない場所が伸びたというか。
よく分からないが、イラッとする。
そんな俺をよそに、エイファさんはうっとりとした表情で俺の武器を見つめていた。
「いつ見ても素晴らしいですね……。触れただけで分かる魂の旋律。いかに貴方を信頼しているかがよく分かります」
「にゃあ?」
どれどれ、と『猫又』が武器へ手を伸ばす。
しかし、何も伝わらなかったのか、首を傾げながら小さく鳴いた。
「ほら、危ないから離れなさい。肉球が切れたら危ないだろう?」
「にゃ〜」
『猫又』を膝の上へ乗せ、顎の下を優しく撫でる。
すると、気持ちよさそうに喉を鳴らしながら、こちらへ腹を向けてきた。
猫の触り方を知らないため、犬を触る感覚で撫でているのだが、どうやら問題はないらしい。
「あっ、そうだ。見てくださいよ、エイファさん。めっちゃ可愛くないですか?」
「あらあら、とっても可愛らしいですね♪」
エイファさんは俺の武器をそっと壁にかけると、俺のスマホの画面へ視線を向けた。
スマホには、『ビリー』に乗った『アンビー』が部屋中を爆走している映像が流れている。
ル◯バ猫というだけでも可愛さが爆発している。
そこへ、ハンバーガーの被り物を被った『アンビー』が、無表情のままモグモグと餌を口に含んでいるシュールさが加わり、可愛さが限界突破している。
「この動画をネットにアップすれば良いのではないですか?」
「絶対嫌です。妄想ニャンジェルの良さが分からないネットの馬鹿たちには、もううちの猫は見せてあげません。こんな可愛い動画が見られないことを悔やみ、指を咥えながら画面の前で待ってやがれ」
「そもそも、こんな可愛い動画の存在を知らないのですから、悔やむも何もないと思いますけど……」
至極真っ当なことを言っているが、そんなことは知らん。
絶対アップロードしてやんねぇから!!
「それで、この猫ちゃんはどちらへ?」
「『アンビー』なら『ニコ』と一緒にどこかへ行っちゃいました。『ビリー』も一緒です。多分、いつものディニー稼ぎだと思いますよ」
「そうですか。それは残念です」
実際に見てみたかった、と残念そうに言いながら、エイファさんは俺の膝の上にいる『猫又』の腹を撫でる。
そして、不思議そうに口を開いた。
「それにしても、不思議ですね」
「ん? 何がですか?」
「貴方が飼っている猫たちのことです」
それってつまり……。
「可愛すぎることがですか?」
「いえ、違います」
エイファさんは即答した。
「『ニコ』、『アンビー』、『ビリー』、そして『猫又』。今、行方不明になっている邪兎屋のみなさんとそっくりなんです。名前だけでなく、見た目も、その性格もまるっきり」
エイファさんだけではなかった。
六分街に住む人々は、皆同じことを言うのだ。
俺は邪兎屋については全く知らない。
あの自販機乞食がリーダーをやっている、ということくらいしか知らないのだ。
他のメンバーの顔すら見たことがない。
確かに『ニコ』という名前は、あの自販機乞食に似ているからそう名付けた。
だが、『アンビー』たちについては何の関係もない。
もしかしたら、猫たちは邪兎屋のメンバーが飼っていた猫で、その主人の名前をプラカードに書いていたのかもしれない。
けれど、1つだけ分かることがある。
「いやいや、うちの『ニコ』はあの自販機乞食よりも全然可愛いですし、同じにされると困ります」
「……貴方って、猫たちのことになるとIQが一気に下がりますよね」
失礼な。
俺はただ、動物が好きなだけだ。
「まあでも、その邪兎屋ってのは新エリー都中を駆け巡って仕事しているんでしょう? きっと、デカめの依頼に手こずってるんでしょ」
「そうだと良いのですが……」
すると、膝の上で仰向けになっていた『猫又』が、突然ピンと耳を張った。
次の瞬間、地面へと降り、そのまま店の外へ駆け出していく。
「っ!! にゃあっ!!」
「あっ、おい『猫又』!?」
『猫又』は俺の制止を聞かず、走り去っていく。
いつもとは明らかに違う様子に違和感を覚える。
それは、エイファさんも同じだった。
「一体どうしたんでしょう。何か、焦っているようにも見えましたが……」
「そうですねぇ……。いつものおやつをくれるおじさんを見つけたって感じでもなさそうですし……」
いつものように放っておくわけにもいかない。
俺は壁にかかっている武器を手に取り、エイファさんへ声をかける。
「てことで、ちょっくら行ってきますわ」
すると、エイファさんは優しい笑みを浮かべた。
「いってらっしゃい♪ 次にいらしてくださる時は、貴方と貴方の武器の旋律が、より良いものになっていることを期待しています♪」
「多分、今が最高だと思うんですけど……。まあ、期待しといてください」
そう言って俺は、武器へ視線を向ける。
すると武器は、俺の言葉に反応するように、カタリと動いたような気がした。
『急いで、ビリー。エーテリアスがもうそこまで来てる』
『ちょっとビリー!! もっと根性見せなさいよっ!!』
『そんなこと言ったってよ、親分!! この身体じゃ、このスピードが精一杯だって!!』
円盤型のロボット掃除機の上に乗った、ピンクとシルバーの毛をした2匹の猫が、ホロウ内を猛スピードで走行していた。
不安定な床を走っているため、ロボットはガタンガタンと揺れ続けている。
その上に乗った2匹の猫は、宙へ投げ飛ばされそうになりながらも、必死にロボットへしがみついていた。
その後ろには、通常のエーテリアスとは異なり、色が反転したかのように真っ白なエーテリアスが猫たちを追いかけている。
『こんな時、武器があれば……』
『武器があっても、この体じゃ戦えないでしょ!? 今は逃げることが最優先よっ!!』
『ちくしょー!! せっかくお目当てのエーテリアスを見つけたっていうのに、こんなのあんまりだぜ!! っと、危ねぇ!?』
『っ!!』
『きゃあっ!?』
猫たちを追っていたエーテリアスが突如として飛び上がり、2本の小刀を振り上げる。
狙いは、猫たち。
ロボットは間一髪で攻撃を避けることに成功した。
しかし——。
ガコンッ!!
割れた地面に車輪が引っかかり、ロボットは大きく跳ね上がった。
『うわあああああ!?』
『きゃあああっ!?』
乗っていた猫たちもろとも、宙へと放り出される。
猫たちは鳴き声を上げながら空中でクルリと回転する。
そして、自前の機動力と身体能力によって、華麗に地面へ着地した。
『っと……』
『ていっ! ふぅ、案外なんとかなるものね。流石は猫って感じだわ』
しかし、ロボットの方はそうはいかなかった。
そのまま地面へ落下し、上下がひっくり返ってしまう。
『くそーーっ!! ひっくり返って身動きができねぇ!! 俺は亀じゃねぇぞー!?!?』
すると、ロボットに目をつけたエーテリアスが、ゆっくりと近づいてくる。
そして、2本の小刀を構えた。
『うわああああ!? た、助けてくれ親分ー!!』
『『『ビリー!!』』』
エーテリアスが小刀を振り下ろそうとした、その瞬間。
小さな影が、エーテリアスの顔へ飛びかかった。
『みんなを虐めるなーーっ!!』
『『『猫又っ!!』』』
ビリーのピンチに駆けつけた、もう1匹の猫『猫又』。
猫又がエーテリアスの顔へしがみつき、その注意を引きつけている間に、残りの猫たちはロボットの救出へと向かった。
小さな猫の手で一生懸命にロボットの底を持ち上げる。
『『せーのっ!!』』
2匹が力を合わせ、なんとかロボットを元の状態へ戻すことに成功した。
『た、助かったぜ……』
『それより猫又はっ!?』
猫たちは一斉に猫又へ視線を向ける。
猫又はエーテリアスの顔へしがみつき、必死に引っ掻きながら注意を引き続けていた。
『うにゃー!! あたしの力を返せー!!』
しかし、所詮は猫。
エーテリアスを足止めできるほどの力など持ち合わせていない。
エーテリアスは頭部を激しく振り、しがみついていた猫又を振り落とした。
『うにゃあっ!?』
『っ!! ビリー!!』
『任せろっ!! うおおおおおっ!!』
吹き飛ばされた猫又を追うように、ロボットは2匹の猫を乗せ、全速力で走り出す。
『いくわよ、アンビー! それっ!!』
『っ!!』
そして、ピンク毛の猫がシルバー毛の猫の足を掴み、そのまま宙へと放り投げた。
宙へ飛んだシルバー毛の猫は、吹き飛ばされている猫又を空中でキャッチし、そのまま2匹で落下していく。
そして、着地地点にはロボットとピンク毛の猫が待ち構えていた。
2匹は猫又たちを見事に受け止めた。
『うにゃあ……。た、助かったぞ……』
『お礼を言うのはまだ早いわ……』
『これは、絶体絶命ってやつだな……』
『あーもう……!! こんな時にプロキシたちがいてくれたら……っ!!』
鳴き声を上げる猫たちへ、エーテリアスがゆっくりと近づいていく。
そして、両手の小刀をギラリと光らせ、猫たちへ振り下ろした。
『『『『っ!!』』』』
猫たちは目を瞑り、来る衝撃に備えた。
ガキィィィン!!
しかし、衝撃は訪れなかった。
代わりに響き渡ったのは、刀と刀がぶつかり合う甲高い音。
『うにゃあ……?』
『一体、何が……』
猫たちは恐る恐る顔を上げた。
そこには、見知った人物が、エーテリアスの攻撃を刀で受け止めていた。
『あ、あんた、なんでここに!?』
ピンク毛の猫が鳴き声を上げる。
その声に応えるように、その人物は口を開いた。
「あと一歩遅れてたら、大変なことになってたな……」
そして——。
「オラァッ!!」
掛け声とともに刀を振るい、エーテリアスを大きく吹き飛ばす。
『おいおい……ご主人、片手でエーテリアスを吹き飛ばしちまったぞ……。すっげぇ……!!』
『それに、何あの刀……。あんなの家では見たことないわ』
『うにゃあ〜!! ご主人〜!!』
猫たちが元気そうに鳴き声を上げる。
その声を聞いた青年は、ほっとしたように息をついた。
そして、ゆっくりと立ち上がるエーテリアスへ視線を向ける。
「うちの猫が随分と世話になったみたいじゃねぇか……」
「オオオオ……!!」
唸り声を上げながら、こちらへ構えるエーテリアス。
青年は、そんなエーテリアスを怒りのこもった目で睨み返した。
そして、自身の刀へ力を込める。
刀身が微かに震え——。
青年は、囁くように言葉を放った。