吸血霊鬼のレイカさん   作:ラティーシャ

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第二話【白銀陽向(シロガネ=ヒナタ)・一】

 俺のミスだ。

 この地獄のような空気は、俺が甘すぎたから生まれたものだ。

 俺がもっと周りを見ていれば、もっとレイに一般常識を伝えておけばこうはならなかった。

 俺が……。

 

「ねえ、カイト…………」

 

 こいつの事を、ヒナの事をもっと考えてやれていたら。

 

「ヒナ、これは……」

「…………!」

 

 ヒナの発する圧に怯えて、俺の背中にしがみついて震えるレイ。

 俺はレイを庇う様に前に出て、腕をレイの盾にする。

 それを見たヒナは不愉快そうにさらなる眼力を込める。

 

「……そいつ、何?」

 

 氷よりも冷たい声で淡々と言い放つヒナに、レイの震えが俺にも伝わる。

 

「……か、かいと…………」

「……下がってろ」

 

 極限状態の中、必死に頭を回した。

 

(考えろ……何かあるはずだ)

 

 俺と家族同然の吸血霊鬼と、吸血霊鬼が大嫌い(・・・・・・・・)な幼馴染。

 どっちも傷付けずにこの場を収める方法を。

 

 

 ◇

 

 

 ━━━━数時間前。

 

「あーっ! そのピアスはっ!?」

「ふっふっふ……流石だアユ、これにすぐ気付くとはな」

 

 普段通り登校し、教室で友人二人と他愛ない会話に花を咲かせていた。

 

「バッカ気付かないわけねえだろ! BBBのベース、Jekyll(ジギル)とおんなじピアスだろ!!」

 

 友人その一、バカ担当の大空(オオゾラ)(アユム)

 俺と同じくBurning Blast Beat(バーニングブラストビート)の大ファンであり、それがきっかけで仲良くなった高校からの友人だ。

 

「ねぇ、朝からその熱量のオタクトークなの? 僕にはいつものピアスと違いわかんないよ」

 

 友人その二、賢い担当の畑中(ハタナカ)(ミノル)

 アユとは長い付き合いらしく、アユ経由で俺とも仲良くなってくれた心の広い奴だ。

 

「か~~っ! わかってねえなあミノル!」

「いや別にわかりたいとは思ってないんだけど」

「このピアスはなぁ……」

「聞いてないし……」

 

 俺から見たらアユもミノも正反対同士なのだが、何故だかウマは合うのだと言う。

 実際俺を含めた三人でも今まで付き合って来れているし、この二人が人と馴染みやすいのかもしれない。

 知人ゼロで進学した俺にとってはありがたい話だ。

 

「でもいいの? 委員長来たらまた色々言われるんじゃない?」

「うぐっ!」

 

 ミノの鋭い指摘に軽くむせる。

 

「委員長が厳しいから先生からは何もないと思うけど、委員長にピアス没収されたの今回で十七回目じゃない?」

「十六回目だ! ってかまだ没収されるって決まった訳じゃないだろ!?」

「どうせバレるんだから諦めなよ。って言うかカイトも学べばいいのに……お?」

 

 大切な物を隠す様に耳を手で覆っていると、教室の扉の方を見ていたミノが何かに気付いた。

 

「噂をすればなんとやらだね」

「へ? ……げっ!?」

 

 ミノの視線を追って俺も扉の方を見ると、俺の目の上のたんこぶが姿を現したではないか。

 

「委員長おはよ~!」

「おはようございます」

 

 出入り口近くで会話していた女子達と気さくに挨拶を交わすのは、我らがクラスの委員長、白銀(シロガネ)陽向(ヒナタ)だ。

 成績優秀、品行方正、運動はまあそこそこ。

 教師からの信頼も厚く、このクラスの治安はあいつによって守られていると言っても過言ではない。

 唯一欠点をあげるとするなら、俺に一切の容赦が無い事だろうか。

 

「……ん? あっ!」

 

 挙動不審な俺を見て、一目散にこちらへ向かってくる。

 

「嫁来たぞ~」

「嫁じゃねえって!? って、うおっ!?」

 

 アユの妄言に付き合っていた一瞬の隙に、鬼の様な怒りの顔が俺の目の前まで迫っていた。

 

「カイト!! まーたピアスつけてきたんでしょ!?」

「そ、そんな事ねーけど?」

「じゃあ目を見て話しなさい目を!!」

「だーもううるせえな! あっち行ってろよ、ヒナ!!」

 

 誰が相手でも丁寧に苗字で呼び、敬語で話す委員長がタメ口で呼び捨ててくる。

 いくらみんなの委員長でも幼馴染(・・・)相手にいちいちかしこまっていられないという訳だ。

 

「おはよう委員長」

「おはようございます、畑中くん。大空くんは変なからかい方しないでくださいね」

「うぇっ!? 聞こえてたのかよ~……」

 

 普段通り笑って挨拶をするミノと、小言を言われて縮こまるアユ。

 ヒナには俺に対しても、教室の中ぐらいはこうやって接してほしい所なのだが。

 

「……で、カイト。手をどけなさい」

「は、はぁ~? 今ちょっと耳痛くて……」

「じゃあ、診てあげるからどけなさい」

「ぐっ……」

 

 口先でヒナに勝つ事は十六年間出来ておらず、渋々俺は耳から手をどけた。

 

「やっぱり! 学校にピアス付けて来ちゃダメって何度言えばわかるの!!」

「いいじゃねえかよ~! 誰かに迷惑かけてる訳じゃねえんだから!!」

「ピアスを付けてる人が居るとそれだけで圧を感じちゃう人も居るの!」

「俺にビビる奴なんか今更クラスに居ねえよ!!」

 

 ヒナと俺はピアスを巡って激しい口論を繰り広げた。

 ヒナの言い分ももっともだが、俺の言い分だって的外れではないはず。

 新入生の頃ならともかく、これだけヒナと漫才をしていれば俺が悪人ではない事はクラスに知れ渡っている。

 確かに入学当初は長い髪にピアス、目付きの悪さに加えいつも一人で居た。それはそれは怖がられていた事だろう。

 実際こうして幼馴染のヒナが突っかかってきてくれなかったら、今でも一人だったかもしれない。

 

「何を言っても私のやる事は変わらないから!」

 

 ヒナは俺の前に手を出し、ピアスを差し出せと催促してくる。

 

「さあ……素直に外して私に預けるか、その耳たぶごと引きちぎられるか、選ばせてあげる」

「ヒィィィィィッ!?」

 

 高校生とは思えない様な恐ろしい提案を前に、俺は悲鳴をあげながらも素直にピアスを差し出した。

 なぜこんなに怯える必要があるのか、若さ特有の出まかせではないのか。

 乱暴にピアスを外され、穴を広げられた経験のある奴だけが俺に石を投げろ。

 

「くそう……くそう……」

「あーあ、残念だったなカイト。鬼嫁を持つと苦労するんだな」

「大空さん?」

「おっ、と……」

 

 隙あらば俺をからかうアユだったが、ヒナにぎろりと睨まれてそそくさと自分の席に戻っていってしまった。

 

「んじゃ僕も自分の席に……」

 

 便乗するようにミノも俺から離れて行く。

 気付けば俺の近くにはヒナ一人。

 

「はあ、まったく懲りないんだから……」

 

 ヒナはため息をつきながら、俺から奪い取ったピアスを自前の化粧箱の小さなポケットに大事に収めた。

 いつも雑に扱わずに居てくれるのはヒナの優しさを感じるけれども。

 

「……後でちゃんと返してあげるから。大人しくしててよね」

「わーってるよ~……」

 

 ヒナは没収した物をちゃんと返してくれる。放課後まで待てば俺の手元に戻ってくる。

 そこに関しては疑っていないが。

 

「はぁ……Jekyll(ジギル)とお揃いが……」

 

 さっきまでウキウキだった俺のテンションは駄々下がりだった。

 あれさえあれば俺の勉強の意欲も増すというのに。多分。

 文句の一つも言ってやろうかと思ったが、俺の言葉は音になる前にホームルームのチャイムにかき消されてしまった。

 

 

 ◇

 

 

 時は流れ、午前の授業も終わりが見えてきた頃。

 

「ふぁ~あ……」

 

 形だけでも真面目な生徒を演じる為に黒板を見つめながら大きなあくびを溢した。

 恰好だけ優等生を真似てもこれだけ興味のないそぶりをしていたら意味無い気がしないでもない。

 一応ノートは書いているから叱られる事は無いだろうが。

 

「う~ん……よくわからん」

 

 俺の隣の席に座っているアユが難しい顔をしながら、さして難しくもない問題に悩んでいる。

 ちなみに俺の席は一番後ろ、窓際。最高のポジションだ。友人を集めるのも授業中に考え事をするのもここ以上の席は存在しない。

 

「……なぁカイト~」

 

 教師の目からも逃れやすい位置だからこうして時折アユも小声で話しかけてくる。

 と言ってもアユは俺と同じバカ担当の癖に授業は真面目に受けるから、授業に関係の無い会話はほとんど振ってこないが。

 

「なんだ?」

「ここの解き方全然わからなくてよ~、カイトのノート見せ……ブッッ!?」

「うわっ!? きったねぇ!!」

 

 ノートを指差しながら俺を見たアユが、顔を上げた瞬間盛大に噴き出した。

 

「いきなりなんだよ!!」

 

 周りに迷惑をかけない様小声で問い掛けるが、アユからの返事は無かった。

 それどころかアユは俺の背後の、窓の外を見つめて驚愕の表情のまま全く動かなくなってしまった。

 

「なんなんだよ一体、窓の外に何が……ブッッ!?」

 

 流石に気になった俺も振り向いて窓の外を確認してみた。

 アユが一体何を見てそんなに驚いたのか。振り向いた瞬間に理解した。

 

 

 

『……あ! やっほー♪』

 

 

 

 レイがこちらに向かって手を振っていた。

 

(ばっ!? いや……は!? なんでレイが……つーかここ二階だぞ!!)

 

 我らが校舎は一年生の教室が三階、学年が上がる毎に下の階になっていく年寄りに優しいシステムだ。

 俺達二年生の教室は二階。つまり今レイは二階の窓の外から俺に手を振っていた。

 そりゃアユだってパニックにもなる。レイを知っている俺ですら慌てすぎて頭が回らない。

 

『かいと~♪』

 

 俺の頭の中などお構いなしに、無邪気な笑顔で手を振るレイ。窓ガラスを挟んでいるので何を言っているのかはわからないが、多分俺の名前を呼んでいる気がする。

 若干冷静さが戻って来た頭で、教室全体を見渡す。レイに気付いているのは俺とアユだけの様子だった。

 一番後ろの席でよかった。もっと前の席だったらもっとパニックが広がっていた可能性もある。

 俺はノートの隅に急いでレイへのメッセージを綴った。

 

『とにかく姿消せ! 屋上で待ってろ!』

 

 レイはまじまじと俺のノートを見つめた後、元気よく返事をして笑顔で飛んで行った。

 姿を消せって言ったのにそのまま飛んで行った事に関しては後で叱っておこう。

 

「はぁ……」

 

 ひとまず窮地は脱したと思い一安心。

 次の問題を解決する為に視線を隣へ戻す。

 

「えーっと、アユ?」

 

 アユの額には汗が残っていたものの、表情は落ち着いていた。

 さてどうしたものか。アユにどう説明すれば落ち着いてもらえるだろうか。

 

「今のはだなぁ、その……」

「可愛い……」

「……ん?」

 

 適切な言葉を探している所に、予想外の発言が聞こえて言葉が詰まる。

 

「綺麗だ……」

「アユ?」

「なんだったんだろう今の子……天使かな」

 

 鬼だよ。とは言えなかった。

 確かにレイは可愛いと俺も思っているし、ピンク色の長い髪を風になびかせて宙を舞う姿は様になっていたから。

 

「まあ、一旦いいか……」

 

 束の間の夢を見させてやるのも友人の務めかもしれない。

 俺は何事も無かったかのように黒板へ向き直し、昼休みの到来を待った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 午前の授業も終わって昼休み。

 俺は手早く教科書たちを片付けると、足早に席を立った。

 

「あれ、カイト?」

 

 急いで屋上へ向かわなければ、そう急ぐ俺を呼び止める者が居た。

 

「な、なんだよヒナ?」

「いや、特に用事って訳じゃないんだけど、なんだか様子が変だったから」

「そ、そうか?」

 

 まずい、ヒナは昔から勘が鋭い。

 昔から俺の様子の変化に人一倍早く気付き、気をかけてくれるのだ。

 普段はありがたい事も、今は非常に気まずいのだが。

 

「きょ、今日は昼飯持ってくるの忘れたから購買で何か買ってくるか~って思ってさ!」

「お昼無いの? そ、その……私のお弁当分けてあげよっか?」

「いいよ悪いし! それに女子の弁当二人で分けても絶対足りないって!」

 

 ヒナの優しさが胸に刺さる。

 だがここは何としても切り抜けなければならない。でないと何をしでかすかわからない奴が屋上に待機しているから。

 それにとある理由(・・・・・)から、間違ってもヒナをレイと会わせる訳にはいかなかった。

 

「も、もういいか? 急がないと売り切れちゃうからさ」

「あ、うん……」

「気遣ってくれてサンキュ。じゃ!」

 

 俺は心優しい幼馴染に感謝を伝え、急いで屋上へ向かった。

 

 

 ◇

 

 

 ガチャリと屋上の扉を開き、恐る恐る外へ出る。

 入口から死角になっている場所も注意深く確認し、他に誰も居ない事を確認した俺はお騒がせな同居人の名を呼んだ。

 

「……レイ!」

 

 壁で仕切られていない屋上ならどこに居ても聞こえる程度の声量。

 程なくして頭上から人一人分の重力を加算された。

 

「かいと~!」

「ぐえっ!?」

 

 どこから現れたのか、レイに飛びつかれてバランスを崩し床に転がされる。

 俺の上には満面の笑みのレイがのしかかっていた。

 

「お腹すいたから来ちゃった!」

「腹ァ? …………あー」

 

 無邪気に答えるレイの言葉に、そう言えば昨夜も今朝もタイミングが合わなくて血を与えていなかったことを思い出した。

 単に疲れて時間が無かっただけなのだが。

 

「お前なぁ、一日ぐらい我慢しろよな。普通は二~三日開けても問題無いんだろ?」

「そうだけどぉ……」

 

 少し答え辛そうにして、急にもじもじし始めるレイ。

 何だろうと思って首をかしげていると、口元を隠しながらか細い声でレイが囁いた。

 

「……いつも昼間はカイトに会えないの、寂しいなーって思ってて」

「っ……なぁ!?」

 

 不意にいじらしい言葉をぶっ放してきたレイに思わず後ずさった。

 

「さ……寂しいだぁ?」

「……うん」

 

 聞き間違いかと思って聞きなおすも、レイは首を縦に振る。

 

「はぁー……くっそ」

 

 少し照れながら悪態をついて目を逸らす。

 そりゃ普段からレイに懐かれてる自覚はあったし俺もその距離感を良しとしていたが、改めて言葉にされると何ともむず痒い物がある。

 大体、レイからしたら俺の事は兄か何かだと思ってるかもしれないが、俺からしたらレイは顔だけならドストライクな訳で。

 悪い気こそしないが、反応に困るのも正直な所だった。

 変な感情を乗せて返事をしたら、レイの純粋な好意を台無しにしてしまいそうで。

 

「……まあいいや、こっちこい」

 

 話を逸らして誤魔化す様にレイの手を引き、入り口からは死角になっている所へ導いた。

 ここはあまり人が来ない上に誰か来てもすぐに気付けて、カップルがイチャイチャするのにうってつけの場所らしいが。

 

(余計な事考えてんじゃねえよ俺!)

 

 違う、俺には何も邪な感情は無い。

 ただレイに血を与える為に移動しただけだ。

 

「……ほらよ」

 

 俺は壁に背を預け、覆い被さる様にレイが密着する。

 レイに血を与える時はいつも座って与えている。一回急な貧血ですっころんだ事があるからだ。

 

「ありがとカイト♪ じゃあいただきまーす……」

 

 俺もレイも手慣れた動作で吸血動作を取る。

 レイの唾液で感覚を麻痺させて、ある程度の血を与えて、傷口を塞いで終わり。

 

 

 

「ドサッ!!」

 

 

 

 その、つもりだったんだ。

 

「ッ!?」

 

 急に物音がして、音の原因へ首を向けた。

 俺に釣られてレイも同じ方向を向く。

 

「しまっ……」

 

 今の音は床に物が落ちた音だった。

 丁寧に包まれた弁当箱が人の手から落ちた音。

 何度も見た事のある、ヒナが普段から使っている弁当箱が。

 

「……カイト?」

 

 落としたのは当然持ち主本人。

 何が人が来てもすぐに気付ける場所だ、余計な事ばかり考えているからこうなるんだ。

 

「ねえ、カイト…………」

 

 どうして俺はいつもこう甘いんだ。

 ありえない話じゃなかったはずだ。

 ヒナが俺を追ってくる可能性は。

 

 

 

「……そいつ、何?」

 

 困惑か、怒りか、失望か、悲しみか。

 ヒナの暗く深い瞳に隠された感情を、今の俺に推し量る事は出来なかった。




白銀陽向(シロガネ=ヒナタ)


16歳
8月2日しし座
女子高校生

一人称:私
二人称:あなた
固有名詞:カイト以外は大体くん、さん。

身長:156
スタイル:胸がなかなかある。細身に見えるが所々ほのかにムチってる
栗色、長髪、カチューシャで前髪を上げている
好きな物:カレー(特に子供の頃カイトが作ってくれたカレー)
嫌いな物:苦い物

カイトの幼馴染。

吸血霊鬼を心から嫌っており、退魔師の修行も受けるほど。
品行方正でクラスからも人気があり委員長をやるほどだが、カイトの事になると余計厳しくしてしまう。
嫉妬深く誤解しやすいが、素直に反省も謝罪も出来る。
カイトが好き。
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