吸血霊鬼のレイカさん   作:ラティーシャ

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第三十四話【いただきます】

 ヒナが戻ってきた。

 大怪我したらしいヒナを背負ったレイが慌てて旅館に入ってきたのが一時間前。

 それから間隔を開けずに紗霧(サギリ)ちゃんも戻ってきて、旅館の医務室を女子三人で借りに行った。

 俺達男三人はそれぞれの部屋に戻って、みんなが戻ってくるのを大人しく待っていた。

 

「ただいま!」

「っ!!」

 

 部屋の扉が開かれ、旅館へ戻ってきた時と同じようにヒナを背負ったレイが元気よく入ってきた。

 

「……ただいま」

 

 続く様にして、気まずそうにヒナのただいまも部屋に響く。

 部屋に着くなり、ヒナはレイの背中から降りてひょこひょこと自分の足で歩き始めた。

 

「ヒナッ!!」

「きゃっ!?」

 

 心配するあまり、俺は真っ先にヒナを抱き締めようとしてしまった。

 

「すとーっぷ!!」

「なっ!?」

 

 しかし、間に割って入ったレイによってそれは叶わなかった。

 

「今は麻酔が効いてるし骨も一応くっついてるけど、さっきまでヒナちゃんの身体バッキバキだったんだよ? そんな勢いで触っちゃダメ!!」

「あ、ああ。そうだよな。悪い……」

 

 レイの言葉で冷静になった俺は改めてヒナに向きなおした。

 

「えっと……もう歩いて大丈夫なのか?」

「走ったりしなければ大丈夫よ。逆月(サカヅキ)先生に診てもらったし、レイカも面倒見てくれたし。旅行が終わったら改めて病院で診て貰えとは言われたけど、当面は問題ないわ」

「そ、そっか……よかった……」

 

 安心して全身から力が抜ける。

 紗霧ちゃんとレイが言うには、ヒナが見つかった時には複数個所の骨折と筋肉への損傷があって、歩くどころが声を出すだけでも激痛が走る程だったと聞かされていた。

 そんなヒナが今こうして自分で歩き、平気そうにしているのは本当に良かった。

 

「しかしすげえな紗霧ちゃんは。まさか骨や筋肉まで治せるなんて……どうやったんだ?」

「……………………」

「ヒナ?」

 

 あまりの神業にぜひ詳細を聞きたかったのだが、ヒナは俺から目を逸らし、レイも気まずそうに笑うだけだった。

 

「えーっと…………」

 

 気まずそうに天井を見上げるヒナ。

 

 

 

『さあさあレイカ君!! 白銀(シロガネ)生徒の服を脱がせたまえ!!』

『はい!』

『いやなんでよ!?』

『服を着たままでは治療が出来ないからに決まっているだろう!! ほら脱いだ脱いだ!!』

『きゃぁぁぁっ!?』

『次は損傷部位の確認だが……うーん全身だね!!』

『雑!? その通りだけど雑過ぎるでしょう!?』

『なあに安心したまえ!! 全身くまなく再生液を注入してあげるから!!』

『……は!?』

『無論麻酔もちゃーんとかけるとも。お姉さんの唾液でじ~っくり、や~さしく、ね!』

『セクハラ教師!! 訴えてやる!!』

『公認吸血霊鬼だから訴えられても負けないがね!! 吸血前の処置は義務だからね!!』

『くっ……こんな変態相手にぃ……』

『ああそれと、牙を立てるとどうしたってちょっとは血を誤(・)飲(・)してしまうんだけれどぉ~、仕方ないよねぇ? 不可抗力だからサァ!』

『かいとぉ……たすけてかいとぉ!!』

『いくら助けを呼ぼうとも無駄さ!! お姉さんからは逃げられないよ!!』

『紗霧ちゃん悪役みたい』

『それじゃあいただきまー……じゃなくて! 手術(オペ)を開始するよ!!』

『いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!?!?!?!?』

 

 

 

「…………お願い、何も聞かないで」

「え? あ、おう……」

 

 そんなに恐ろしい治療だったのだろうか。

 まあヒナが話したくないのであれば無理にとは言わないが。

 

「とにかく、お前が無事でよかったよ。マジで……」

「……カイト?」

 

 ヒナが居ない間、悪い考えばかりが頭に浮かんでいた。

 それでも、ヒナはこうして帰ってきてくれた。元気な顔を見せてくれた。

 その事実がたまらなく嬉しかった。

 

「……おかえり、ヒナ」

「ん……心配かけてごめんね」

 

 自然とヒナの頭に手が伸び、優しく撫でていた。

 

「……あ、やべっ」

 

 そこで俺は同じ過ちを繰り返すのかと思い、慌ててレイの方を向く。

 

「うん?」

「あ、あれ?」

 

 昨夜の光景を見ていたレイの様にまた不安にさせてしまうかもしれない。そう思ったのだが、今回のレイは普段と何ら変わらない顔で俺達の事を眺めていた。

 

「あ、そうだカイト。さっき紗霧ちゃんと話してたんだけどね、今夜は寝る時以外あっちの部屋に居ようと思うの」

「……え!? なんで!?」

 

 レイの突然の発表に声が裏返りそうになる。

 レイが自分の意思で俺とヒナを二人きりにするつもりか?

 

「いやぁ……あたしも反省したって言うか……流石に次はヒナちゃんのターンかなって」

「そりゃお前が良いなら文句はねえけど……」

「それに一人で寂しがってたヒナちゃんにはカイトセラピーの時間が必要かなーって」

「なっ!? まさかあなた、あの時の独り言聞いて……!?」

「って言う訳だから、また後でね!!」

「ちょ、おい!?」

 

 レイは言いたい事だけ言うと、俺の制止も聞かずに部屋をぴゅーっと飛び出して行ってしまった。

 あっという間に取り残される俺とヒナ。

 

「……はぁ」

 

 相変わらず不器用な奴だ。あんな事までしたんだからちょっとは不安な気持ちもあるだろうに。

 だが俺もヒナを労おうとは思っていたし、せっかくお膳立てしてくれたと言うならあやかろうじゃないか。

 

「つー訳でしばらくふたりきりな訳だけど、なんかしてほしい事あるか?」

「してほしい事?」

「おう。今日はヒナ大変だったからな、何でもお願い聞いてやるぞ」

「ピクッ」

 

 ヒナの状態を考え、考えた結果そう提案する。

 

(……あれ?)

 

 瞬間、強烈な既視感が全身を襲う。

 なんか俺、前に同じ事言って大変な目に遭ったような気が。

 

「へぇ……何でも聞いてくれるんだ」

「え……あ、ああ! 男に二言はねえ!!」

 

 確認を取るヒナにどーんと胸を張って応える。

 だ、大丈夫だ。そう何度も酷い目に遭う訳がない。

 それにヒナはレイと違って常識のある幼馴染だぞ、レイの時みたいにぶっ飛んだお願いが何回も飛んでくる訳ないじゃないか。

 

「それじゃあ、早速お願いしたいんだけど」

「おう、なん……………………」

 

 前言撤回、ダメそうだ。

 おもむろにヒナが服のボタンを外し始めた。

 

 

 

「私の身体、拭いてくれない?」

 

 

 

「……………………」

 

 え?

 

 

 

 ◇

 

 

「…………」

 

 すりすり。

 

「ねえ、もっと力入れて拭いてよ」

「あ、うん……」

 

 すりすり。

 

「……ねえってば」

「わかってんだけど……」

 

 俺の手には固く絞ったタオル。

 隣にはお湯を張った洗面器。

 目の前には下着姿のヒナの背中。

 

「何でも「お願い」聞いてくれるって言ったの、カイトでしょ?」

「……はい」

 

 もう二度と軽率な事は言わない様にしよう。そう心に誓った。

 

「今日はずっと外に居たからいっぱい汗掻いちゃったんだけど、怪我が怪我だから温泉は入っちゃダメって言われたの。ならせめて汗は拭きたいじゃない」

「……そっすね」

「でもどうせなら……好きな人にやってほしいじゃない」

「……ん」

「ね、好きな人?」

 

 そう言ってヒナはいたずらっぽい笑みを浮かべてこちらへ振り向く。

 あんまりこっち向くな、見えちゃう。

 

「ちょっと、なんで目逸らすの」

「いや、直視したらまずいだろ……」

「見られてまずい相手に見せると思う?」

「…………」

「それに見なきゃちゃんと拭けないでしょ?」

「……このっ」

 

 こいつ、これでもかってぐらい挑発してきやがる。

 

「わかってんのかお前」

「何が?」

「二人きりの部屋で、男の目の前で下着になってる意味をだよ」

「……ふふっ」

「何笑ってんだ!」

「意識してくれてるんだ、嬉しいなあって」

「ぐ……」

 

 意識しない訳ないだろ。

 一緒に育ってきて、俺の事を好きって言ってくれた女の子が、無防備にも下着なんだぞ。

 心臓がずーっとバクバク言ってて破裂するんじゃねえかって思う程だ。

 

「全部承知の上でお願いしてるの。カイトになら何されてもいいって」

「……ほざいてろ」

「きゃっ、こわーい! ……だからほら、ちゃんと拭いてったら。汗いっぱい掻いたのは本当なんだから」

「へいへい……」

 

 諦めた俺はタオルをゆすいで固く絞り、ヒナの身体をちゃんと拭いた。

 

「……痛っ!」

「あっ!?」

 

 しかし、ヒナの望み通り力を込めたら、今度はヒナから小さな悲鳴が漏れた。

 慌てて手を止める。

 

「わ、悪い! そうだよな、もう麻酔なんてとっくに切れて……」

「……続けて」

「はっ!? いやいや何言ってんだお前!」

「だから……全部承知の上でお願いしてるって言ったでしょ」

 

 ヒナの身体はかなりの重症だったものを紗霧ちゃんが治した状態。

 最初に比べれば怪我の具合も痛みもかなりマシにはなっているだろうが、それでも元々折れていたのだとしたら触れたりすれば痛いのは当然だ。

 それらを全部分かったうえで、俺に頼んだって言うのか。

 

「ねえ、覚えてる? ピアス穴あけてくれた時の事」

「そんな前の話でもねえし、忘れるわけねえだろ」

「あの日さ、ぼそっと言ったの覚えてる?」

「……なんだっけ」

「カイトに痛くされるの、ちょっとゾクゾクしたって」

「あー…………」

 

 デートの帰り際に確かに言われたような気がする。

 あの時は俺をからかう為に何言ってんだって思ってたが。

 もしかしてコイツ、本気でそう思ってたのか?

 

「ねえカイト……私は大丈夫だからさ、続けて?」

 

 真っ白な小さい背中を丸めて、潤んだ瞳で俺を見つめる。

 

 

 

「私の事……もっと痛くして」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「んぅ……あっ!」

 

 ヒナの願い通り、汗拭きを再開したは良いが、ちょっとでも力が入るとヒナの口から苦痛の声が漏れる。

 

「はぁ、はぁ……くぅ」

 

 俺が手を動かす事でヒナが痛がっている。その事実だけでも気が引けるのに、ヒナは俺が手を止める事を良しとしてくれない。

 また、苦痛の声だけでも俺としては耐えがたいのに、時折甘い声まで混じってやがるのだ。

 

「ん……ぐ……あっ♡」

 

 俺に痛くされてゾクゾクするとかなんとか言っていやがったけど、どうやら冗談でもなんでもなかったらしい。

 でなければ大怪我した身体刺激されてこんな声出るはずがない。

 

「……あのさ、もう少し静かにできねぇ?」

「カイトってばひどぉい、こんなに痛くしておいて声出すななんて……」

「お前がやれっつったんだろ」

「ふふ、ごめんなさいね」

 

 本当に勘弁してほしい。ただでさえ二人きりでのこの状況は危険の塊だと言うのに、俺の手の中で延々と痛みで喘がれてみろ。

 もし俺に変な性癖が芽生えたら責任取ってくれるんだろうな。

 

「…………」

 

 そう言おうとしてやめた。絶対にダメだ。

 俺からそんな事を聞いたが最後、絶対責任を取ろうともう一歩踏み込んでくるに決まってる。こいつはそういう奴だ。

 

「そんなに心配しないでよ。後で寝る前にレイカが戻ってきたらまた軽く診てもらうわ」

「ああ、そうしてもらえ」

 

 レイも吸血霊鬼だ。紗霧ちゃん程じゃないにしろヒナの痛みを和らげるぐらいは出来るだろう。

 

「そういや、お前らいつから呼び方変わったんだよ」

 

 この状況から意識を逸らすために新たな話題を振ってみた。

 

「レイカの事?」

「そうそう。レイもお前の事ヒナって呼んでたし、気になってたんだよな。つーかお前、俺以外にヒナって呼ばれるの嫌なんじゃなかったのかよ」

「まあ、そうだったんだけど……」

 

 理由を語ろうとするヒナの顔はどこか穏やかで、楽しげだった。

 

「カイトが一番特別なのは変わらないんだけど、レイカもその次くらいには特別になったのかな」

「……へぇ」

「な~に笑ってんのよぉ」

「べっつに~?」

 

 俺としては興味深い話だったのだが、これ以上つつくとヒナに睨まれそうだったので泣く泣く話を切り上げる事にした。残念だ。

 次の話題次の話題。

 

「あとさ、お前旅館に帰ってきた時、レイに背負われてたよな。全身バキバキだったらしいけどあんだけ揺らされて大丈夫だったのか?」

「あー、あの時はレイカに全身に麻酔をかけてもらっ…………」

「……ん?」

 

 言葉の途中だったのに急に声が途切れるヒナ。

 なんだ、痛すぎて意識でも飛んだか。

 

「…………あ!!」

 

 そこで俺はひとつの可能性にピンときた。きてしまった。

 全身への麻酔、その為には全身舐め回されるか口から唾液を流し込まれるかの二択。俺がやられたのは後者だ。

 ヒナを見付けたばかりの緊急時に前者は時間がかかりすぎるし、全身終わる頃には最初の麻酔が切れ始めてしまうだろう。

 それに外傷ではなく骨や筋肉の痛みには外からの麻酔では効果が薄いはず。

 となれば……。

 

「ヒナ、お前もしかして……」

「…………」

 

 汗を拭いたばかりの白い背中にダラダラと冷や汗が流れる。

 聞いたらまずいかもしれない。でも気になる。

 めちゃくちゃ気になる!

 

「……レイとキスしたの?」

「ビクッ!?」

 

 もうそれしか考えられなかった。

 俺はレイに舌を捻じ込まれた時、ほんの十数秒で身体の自由を奪われた。もしあの時にもっと多くの唾液を流し込まれていたとしたら手足の痛みの感覚を無くすことぐらいできるはずだ。時間もかからないし効果もある。

 一時は喋るだけで痛かったというレベルだ、それを背負って運んでも痛みを感じないレベルに弱めるとなると……。

 

「……仕方なかったのよッ!!」

 

 サスペンスドラマの追い詰められた犯人みたいに叫ぶヒナ。

 うん、確定だ。

 

「あの時は本当に右腕以外どこ動かしても痛くて、そしたらあの子が痛いのと恥ずかしいのどっちがいいかなんて聞いて来て、あまりに痛すぎたから恥ずかしい方がいいって答えたのよ!! でもその後あの子の手が私の顔を掴んで、動けない私に……うぅっ」

 

 恥ずかしそうに自白するヒナ容疑者。いや実際の容疑者はレイなんだけど。

 レイがヒナに無理やりか。ちょっと見たかったな。

 

「あんのハジメテ泥棒……カイトのだけじゃなく私のファーストキスまで持って行ってぇ……」

「は、はは、は……」

 

 確かに俺のファーストキスもレイに持っていかれた訳だが。舌ありも無しも。

 正直俺の時はシチュエーションも悪くはなかったし、俺とレイは異性だし、ここまで悲観していた訳じゃなかったけど。

 対するヒナは同性だし、恋敵だし、無理やりだし、舌も入れられて唾液も流し込まれて、もうなんか全部可哀想だな。

 でもやっぱりちょっと見たかったな。

 

「……そうだ」

「え」

「私もカイトもレイカに初めてを奪われたのよ。だったらっ!」

「ちょ、おわーっ!?」

 

 突然ヒナが何かをひらめいたかと思うと、急に俺の方へ振り向いて飛びついてきた。

 あまりの急な行動に受け止めきれず、バランスを崩してヒナの下敷きにされてしまった。

 

「痛ってて……って、ばっ!?」

 

 ヒナに馬乗りになられている。それはヒナの身体の前面が丸見えな訳で。

 両腕を押さえられているから逃げる事も出来ない訳で。

 

「か、隠せ前! 前!!」

「下着は着けてるから大丈夫よ!」

「何が大丈夫なんだよ!!?」

 

 俺がいくら願ってもヒナは前を隠してはくれなかった。

 

「カイト、昨日も私の下着見たよね」

「はっ!? や、えーと」

「見たよね」

「はい! 見ました!!」

 

 カイト容疑者は昨日の容疑を認め、素直に自白した模様。

 

「今日の下着と昨日の、どっちが可愛い?」

「は…………」

「答えて、お・ね・が・い」

「っ…………昨日の奴」

「そっか。ならちょっと惜しかったな……」

 

 レイとのデートの日から、この「お願い」という言葉に弱かった。自業自得だが。

 ヒナは何かを考える様に顎に手を添えると、俺の事を見下ろした。

 

「ねえ、カイト。今度は質問」

「……なんだ」

 

 ヒナはそっと俺の耳に顔を近付けると、躊躇いがちに囁いた。

 

「……レイカと何回キスしたの?」

「いぃ!?」

 

 こいつ、またとんでもなく答えづらい事聞いてきやがって。

 

「じぃーっ……」

「…………わーったよ、言うよ!」

 

 俺はレイとの回数を振り返りながら指折り数えた。

 

「……デートの日に一回、今日の朝……三回」

「三回も!? 朝だけで!?」

「なので計四回です、ハイ……」

 

 ヒナは驚いていたが、改めて俺もヤバいなと思う。

 歯止めが利かなくなった時のレイマジでヤバい。

 

「そっか、四回ね……よっ、四回ね……」

 

 自分で聞いておきながら若干うろたえてるヒナが少し面白かった。

 

「……ならさ、私と一回もしないのは不公平じゃない?」

「…………」

「私とここで……きっ、キスしてくれてもいいんじゃない……?」

 

 やっぱりか。

 ぶっちゃけこの話の流れになった時からそう来るんじゃないかとは思っていた。

 負けず嫌いで、普段から贔屓は良くないと言って聞かせていたヒナなら、そういう事を聞いてくるだろうと予感はしていた。

 

「……そうかもな」

「いいの!?」

 

 そして、それを否定する材料も無ければ、する気も無かった。

 

「……ただなぁ」

「だめなの!?」

「声デカ。いやちげーよ」

 

 あまり耳元で大きな声を出さないでくれ、びっくりするから。

 

「レイのは全部向こうからって言うか、不意打ちみたいなのばっかりだったし、俺からした事は一度も無いからな。んで、じゃあその分ヒナとキスするってなっても、俺から行くのはダメな気がするし、なんかヒナに同情してるみたいな感じもして違うなって……」

 

 そう、俺からレイにキスした事は一度も無いのだ。

 そもそも俺からキスしに行ったら、それはもうその相手を選んだって宣言するようなもんじゃないか。

 それは出来ない、しちゃいけない気がした。

 

「カイトからしてくれないんだ……」

「すまん、わかってくれ」

「うぅ~っ…………」

 

 涙目で俺を見下ろすヒナ。

 そんな目で見ないでくれ、でも本当にこればっかりは出来ない。

 

「…………けど、さ」

 

 ただ俺もズルい男で。

 こんな事を言ってくれる女の子に乗られている状況にもどこか喜んでしまう様な卑怯な男で。

 

「今はヒナが上に乗ってるし、何されても抵抗は出来ねえなー…………って」

「あ…………」

 

 自分から行くのと相手からのキスを受け入れるのと、どこが違うんだと聞かれたら返答に困ってしまうけど。

 これで自分から行ったら流石にレイに申し訳ないと思う俺も居て。

 だからって受け入れなかったらヒナに申し訳ないのだ。

 

「……ふーーーーーーん」

「どわっ!?」

 

 ヒナが全力で俺の両腕を押さえつけた。

 そんなに力込めたらお前も痛いんじゃないのかって言う疑問は無粋だろうか。

 

「じゃあ今のカイトは据え膳って事ね」

「お前……ちったぁ葛藤とか遠慮とかねえのかよ」

「カイトは知ってるでしょ。私、みんなが思ってるほどいい子じゃないの」

「……あぁ、そうだったな」

 

 口ではそう言いながら、茹で上がったような真っ赤な顔のヒナが迫る。

 そんな態度もどこか俺の思った通りで。

 

「……わかってたよ」

 

 ついクスッと笑ってしまった。

 

 

 

 

 

「カイト、大好き…………ちゅっ」

 

 

 

 

 

「んっ……む」

 

 ヒナの唇が、俺の唇とそっと重なった。

 ただ触れ合うだけの、まるで初めての様なキス。

 だけどお互いにこれが初めてじゃないんだよなと思ったら変に面白くもあって。

 締まらない所がヒナっぽいな、なんて思った。

 

「……ちゅ、ちゅるっ…………」

「…………」

 

 ん?

 

「ちゅ、れろっ……」

 

 なんだろう、唇が触れ合うだけにしては妙な感触が。

 キスする為に目を閉じていたけど、これ唇じゃなくないか?

 

「ぷはっ…………あむっ」

「ッッッ!!?!?!?」

 

 俺の唇、思いっきり舐められてないか!?

 って言うか、今コイツ俺の唇に食いついてこなかったか!?

 あっ、これヤバイ! 今朝も同じ事された気がする!!

 

「れろ、んちゅっ……」

 

 こ、この女!! レイに対抗して舌捻じ込んできやがった!?

 

「んむーっ!? んむむーむっ!?」

「じゅるっ、れろっ……ぷぁ、うるさいわねかいと」

「はっ……!?」

 

 俺から一度口を離したヒナは俺を見下ろしながら言い放った。

 

 

 

「据え膳は黙って食われてなさい」

 

 

 

 ああ、もうダメだ。

 ヒナの目、完全にスイッチが入っていた。

 レイとの家デートで俺にマーキングした時のレイの様な、捕食者の目。

 

(ああ……もう本当に……)

 

 軽率な発言は絶対に控えよう、そう強く心に刻んだ。

 

 

 

 それからヒナが俺を解放してくれたのは、きっちり四回目のキスが終わった後だった。

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