吸血霊鬼のレイカさん   作:ラティーシャ

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第四十二話【天国へ至る道、ふたり珍道中】

 

 

「いやぁ~、まだ外は暑いねぇ」

「…………そうですね」

 

 通勤ラッシュが終わって少しした平日の電車。

 あまり人のいない車両をガタンゴトンと揺らしながら私達を目的地へ運ぶ。

 

「やっぱりね、人類最大の発明はエアコンだと思うのだよ」

「…………そうですね」

 

 おそらくこの場の誰よりも年を取ってるであろう人物が、誰よりも現代人のような事を言っている。

 九月も始まったばかりで、まだまだ残暑が辛い時期ではあるけれど。

 

「なあなあ白銀(シロガネ)生徒さんやぁ」

「そうですね」

「おぅ…………」

 

 いちいち反応するのも面倒だが、無視すると余計面倒な事になりそうだ。適当に返事しておけばいいだろう。

 

「もう少しで目的地だねぇ」

「そうですね」

「爪の音読みってなんだっけ」

「そうですね」

「英語でノコギリ」

「そうですね」

「切ったミルフィーユの模様」

「そうですね」

 

 ……………………。

 

「ジャララッ……」

「ヒイッ!?」

「先生、今私で遊んでました?」

「滅相も無いよ!!」

 

 あまりにもイラっと来たので胸元から十字架(ロザリオ)を取り出し握り締めた。

 逆月(サカヅキ)先生は顔を青くして首を横に振った。

 

「はぁ……そろそろ教えてもらっても良いですか?」

 

 十字架をしまいながら隣のお調子者の意図を訊ねる。

 今のところこの人は私に勝手に付いてきただけの邪魔者でしかないのだ。

 せめてその理由を聞く権利ぐらいは私にはあるだろう。

 

「何で付いて来たんですか。正直これから行くところは先生にはあまり向かないと思うんですが」

「うむ。白銀生徒の言う通りだね」

 

 私の目的地は私に退魔師の修行をつけてくれた場所、天国(アマクニ)流退魔道場。数多くの名立たる退魔師を輩出してきた名門中の名門だ。

 そして私に直々に退魔術を仕込んでくれたのもその道場の跡継ぎである天国真昼(マヒル)。

 私よりも若く、当時中学生だった私に技を伝授してくれた時なんてまだ小学生だった彼女は、確かに尊敬できる優秀な退魔師であり将来有望でもあるのだが……。

 

「私が言うのもなんですけど……師匠に見付かったら殺されますよ?」

「う、うむ……白銀生徒の言う通りだね……」

 

 いわば師匠は非常に危険人物なのだ。

 人間にとっては欠点の無い完璧超人に映る。文武両道、才色兼備、物腰は柔らかく人望もある。なんというか私の上位互換みたいな人。

 だがそれは吸血霊鬼を前にした時、笑顔のまま十字架を振り回すシリアルキラーと化すのだ。

 一番厄介なのは、師匠にとって全ての吸血霊鬼は「救われるべき存在」であり、退魔術で吸血霊鬼を処理する事を「慈愛による救済」と信じて一切疑っていない事。目の前に吸血霊鬼が居たらそれが善か悪かなんて関係ないのだ。

 とはいえ、実際彼女ほどでないにしても似たような思考を持つ人間は退魔師には少なくない。根本にある感情が慈愛か恨みかの違いはあるかもしれないが、他でもない私がそうだったのだから。

 私が天国流を身に付けようと思ったのも彼女の存在が大きかった。今となってはちょっと間違えたかもと思わなくもないけれど、国内でも指折りの実力者である事は間違いないだろう。

 

「……帰りは一人かぁ」

「ちょっと!? しみじみと物騒な事を言わないでくれるかな!?」

 

 逆月先生は基本的に吸血霊鬼である事を隠さない。それが自信の表れなのか、ただ抜けているだけなのかは知らない。

 簡単に想像できてしまうのだ、先生が師匠に見付かってあっという間に消される光景が。

 

「白銀生徒が珍しく心配してくれているんだ、素直に受け取りはするが……それでも会わねばならなくてねぇ……」

「師匠にですか?」

「いんや? 旧友にさ」

「旧友……」

 

 直感が告げている、逆月先生は今嘘をつかない程度に誤魔化している。

 だってそうだろう、何百年も生きている人の旧友だなんて年齢層が全くつかめないではないか。それは私に対象を絞り込ませないための受け答えではないだろうか。

 

「まあいいです。精々保健室の机に花瓶が飾られないように気を付けてくださいね」

「本当にねぇ……」

 

 悟られたくないなら構わない。別にこの人の目的にそこまでの関心は無い。一応知人だから最低限の心配をしてはいるが。

 あとはまあ私の身体を治してくれた恩もあるし。

 

「実際別々で来ても良かったんだけど、一人であそこに行くのは流石のお姉さんでもちょっと怖くてねぇ。心の支えを求めていた事は認めるよ」

「ならそういう事にしておきます」

 

 逆月先生の言い分もわからなくも無かった。

 多分、吸血霊鬼から見た師匠は本当に恐ろしいだろうから。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「着きましたね」

 

 駅を降りて少々歩き、やや広めの敷地の中にそびえたつ道場に辿り着いた。

 入口の門のそばには「天国流退魔道場」の看板。木の板に記された文字の力強さが懐かしい。

 

「もう三年前か……師匠、気付いてくれるかしら」

「彼女は人の顔を忘れたりしないだろうさ」

「それもそうですね」

 

 逆月先生は当然の様にそう語る。

 薄々感じてはいたが、師匠とは情報だけでなく面識もあるのか。

 ならあの狂気、ではなく慈愛を目の当たりにして生き延びたと言う事か。相変わらず底が見えない人だ。

 

「私は中に入りますけど、先生はどうします?」

「もちろん入るとも。だが、そうだね……姿消そうかなぁ……」

 

 逆月先生は腕を組んで悩んでいた。

 

「消えた方が安全でしょうけど、師匠以外の人にも見えなくなりますよね?」

「そうなんだよなぁ……姿を現した瞬間反射的に攻撃されたりしたらどうしよう……」

「反射的に攻撃されるような行いをしたんですか?」

「い、いや? ほらお姉さん吸血霊鬼だから、退魔師の皆も嫌がるかな~と……」

 

 目を逸らす逆月先生は妙に焦っていた。

 

「……誰かつまみ食いでもした事が?」

「それは無い! 本当に無いからね!?」

「本当ですかぁ……?」

「こればっかりは真実だと誓うとも!! ただ、ただねぇ……」

 

 私に詰め寄られると、逆月先生はいじけた様子で両手の人差し指をつんつんと合わせながら答えた。

 

「……現当主のジジイが「不健康そうな金髪の吸血霊鬼が来たら絶対面倒ごとを持ち込んでくるから追い出せ」って門下生みんなに言い聞かせてるらしくてねぇ」

「……事実じゃないですか」

「そうだけれど!!」

 

 今回だっておそらくは【銀血】(シルバリオブルート)絡みでの何かしらの案件なんだろう。かの大魔族と関わる問題なんて面倒ごと以外の何物でもない。当主様の言葉は正しかったではないか。

 

「はぁ……ならせめてもうちょっと健康そうな顔で来ればよかったじゃないですか」

「そ、そうだねぇ……あんまりホイホイ変えたくないんだけれど……背に腹は代えられぬか」

 

 そう言って逆月先生は自分の顔に手を当て、しばらくそうした後にゆっくりと手を離した。

 あっという間に先生の金髪は癖とくすみが無くなり、メガネは消え、血色の良い肌となった。

 

「……ん? どうかしたかい?」

「いえ、吸血霊鬼が姿を変えるの、実際に見たのは初めてだったので」

「どうかな、お姉さんに惚れちゃったかな? 白銀生徒は血も美味しいし、お姉さん的には別に女の子でも構わないよ?」

「今から大声で師匠呼びますね」

「すまなかったこの通りだ」

 

 即座に地面に額をこすりつける先生。美しすぎる土下座だった。

 

「バカやってないで、早く入りますよ。門の前でいつまでも話してたら不審者と思われますからね」

「そうだねぇ。それに急がないといつマヒル君が現れないとも限らないし……」

 

 そう言って先生は怯えながら周囲をきょろきょろと確認する。

 

「大丈夫じゃないですか? さっきはああ言いましたが今日は平日ですし、師匠も通常通り学校だと思いま……」

 

 先生を宥めようとしたその時だった。

 

 

 

「吸血霊鬼……」

 

 

 

「ぞくっ!?」

 

 瞬間、逆月先生の顔があっという間に青ざめた。

 ぼそっと何かを呟く声が聞こえたと思ったら、私の横を誰かが勢い良く通り過ぎて行った。

 その誰かはまっすぐ私の前に居る先生に向かって飛び掛かった。

 

「救済……」

「チィッ……!!?」

 

 純銀の指輪がいくつも嵌められた小さな手が先生の顔を捕らえる寸前、先生は全力で後方へ飛び退き、そのまま上空へ跳び上がった。

 

「危ない所だった。指先でも当たってたら動けなくなるところだったよ……」

 

 先生は額の汗を拭いながらふよふよと宙に浮かんでいた。

 前に私の十字架を服越しに触れていたレイカが浮けなくなっていたのを見たからわかる、先生の言う通りあの指先が触れていたらアウトだった。

 

「すまない白銀生徒! いったんここで別行動と行こうか!!」

「暴れてはいけませんよぉ?」

「ぅおっとぉ!?」

 

 上を取って油断していたのか、パルクールの要領で勢いよく壁を駆けあがった彼女に不意を突かれ、あわや捕まりかける先生。すんでの所で何とか回避に成功していた。

 

「君は本当に恐ろしいね!? 少しぐらい話を……聞く訳ないよね!! ではいったんさらばだ!!」

 

 今度は油断せず、余計な話もせず、早々に姿を消してこの場から去っていった。

 元気そうだし大丈夫かな。

 

「あら……逃げられてしまいました。普段はこんな事ありませんのに」

 

 彼女は塀の上から軽やかに飛び降りると、クリーム色のウェーブがかった髪をなびかせ、私を見て優しい微笑みを向けた。

 

 

 

「ヒナタさん……うふふ、お久しぶりですねぇ」

「お久しぶりです師匠」

 

 たった今逆月先生をあっという間に追い詰め、何事も無かったかのように微笑む彼女こそ、私に退魔術を教えてくれた師匠、天国真昼だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 師匠に案内され、私は道場の中へ足を踏み入れていた。

 

「師匠は今日学校だったんじゃないんですか?」

「まだ新学期も始まったばかりですので、午前の授業しかありませんでした」

「なるほど……」

 

 私の高校は二日目から通常通りの時間割だったが、この地域もしくは師匠の中学校はそういう形式なのかもしれない。

 

「……中学」

 

 彼女は本当に中学生、なんだろうか。

 師匠は私の二つ年下だ、中学三年生なはずである。最後に会ったのは三年前だから小学六年生の時。

 その頃ですら才色兼備だのという誉め言葉が周囲から上がる程には評価されていた訳だが、三年と言う月日を経てよりその言葉にふさわしい人になったと思う。

 

「……本当に上位互換じゃない」

「……?」

 

 私より優しくて、強くて、頭も良くて、運動も出来て、可愛くて、スタイルも良くて。私が勝っているのなんて胸と尻の大きさだけじゃないだろうか。

 

「ヒナタさん、先程のお方はお知り合いですか?」

「私の学校の先生なんです。今回はその……付き添い? みたいなもので」

「まあ、吸血霊鬼でありながら先生をなさっているだなんて。救われるべき存在でありながら他者に救いの手を差し伸べる……さぞ気高いお方なのでしょうね」

「ははっ…………」

 

 逆月先生の説明をすると、師匠は両手を組んで祈る様に言葉を並べた。

 そう、本当にこの人は吸血霊鬼を憎んでいる訳でも卑下してる訳でもなく、ただ純粋に「救われるべき哀れな生き物」と考えているのだ。

 吸血霊鬼が人間社会で生きている、それは多大な苦痛を伴う行為だと信じて疑わないのだ。そういう意味では懸命に生きている吸血霊鬼の事を尊敬しているとさえ言えるだろう。

 その思考に加えて退魔師としての異常なまでの才能、どんな状況でも信念を貫き通す精神力の強さ。

 師匠は本当に、あらゆる方面に尖った人なのだ。

 

「と言うか師匠、よく先生の事を一瞬で吸血霊鬼だと見抜けましたね」

「瞳です。吸血霊鬼の中には自由に姿を変える方もいらっしゃいますが、唯一深紅の瞳だけは誤魔化す事が叶わないのですよ」

「へぇ……って、あの距離で一瞬で気付くのは……」

「あの方が救いを求めていたのかもしれませんね。ですが逃げられてしまった事を考えると、ヒナタさんを導く役目を途中で投げ出すわけにはいかないと、ご自分を鼓舞なさったのでしょう。本当にお強く気高いお方でした……」

「…………そですね」

 

 いや、多分貴女の観察眼が常軌を逸しているからだと思います。あの人はそんな立派な人じゃないです。そもそも人では無いんですけど。

 

「それで、ヒナタさんは本日、どういったご用件で我が道場へ?」

「……実は、大事なお話がいくつかあって来ました」

「まあ……」

 

 私の真剣な表情を見て色々察したのか、師匠は私を当主の居る私室まで案内してくれた。

 

「それではぜひ、おじい様と共にお伺いさせてくださいませんか?」

「わかりました、その方がいいでしょう」

 

 私も師匠の言葉に納得し、案内を受けて当主の私室を訪れた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「おじい様! ただいま帰宅しました!」

 

 師匠は部屋の扉を開けると、明るい声で部屋の主に呼び掛けた。

 

「おぉ、帰ったかマヒル! っと、そっちの子は……あぁ? もしかして白銀か!?」

 

 師匠の言葉に答えたのは、厳格そうな見た目からはイメージしづらい気さくな声。

 師匠の祖父であり天国流の現当主、天国日ノ丸(ヒノマル)だ。

 

「お久しぶりです師範。お元気そうで何よりです」

「よせやい、白銀に師範って呼んでもらえる程俺ぁ何も教えちゃいねえよ。ほとんどそこのマヒルに教える事奪われちまったからな」

「ですがここの方は師匠以外みんな師範と呼ぶじゃないですか。師匠は師匠と呼び分けてますし、そう呼ばせてください」

「おめぇがそうしたいなら良いけどよ。それにしても……」

 

 師範は顎に手を当てると、私の全身をまじまじと眺めた。

 

「三年かぁ……随分色っぽくなったじゃねえか。身体つきも女らしくなったし、あのクソ真面目だった白銀がピアスまで開けてらぁ。男でも出来たか?」

「もう! おじい様ったら……」

「師範、そういうのセクハラですよ」

「いいじゃねえか減るもんでもねえし、触ったり揉んだりしてる訳でも無し!」

「……好きな人は居るんですけどね、中々落とせなくて困ってます」

「か~~っ!! こんな美人放っておくなんてそいつの気が知れねえな!」

 

 師範はそう言って大きな口をあけて笑った。

 ここでお世話になってた時もこうやって師匠と並んで孫娘の様に構ってくれていたけれど、この人も変わらないな。

 

「……で? 白銀は三年前にとっくに免許皆伝だったはずだ。顔見せてくれたのは嬉しいが、今更何の用だ。なんかあったか?」

 

 ひとしきり笑うと、師範はキリっと真面目な顔になって私に問いかけてきた。

 まどろっこしい話は苦手だ、いきなり結論から述べた。

 

「……【銀血】(シルバリオブルート)が出ました」

「……あァ?」

「まぁ……」

「私の通う学校の地域で被害者の女性が一人見つかりました。犯行の手口から見ても銀血でほぼ間違いないかと」

「…………ったく、面倒な事になったな」

 

 師範は頭をポリポリと掻いて、冷静になる為かタバコを一本取り出し火をつけた。

 

「……あ、悪ィ。白銀って喘息とか無かったよな?」

「大丈夫ですよ、三年前も吸ってたじゃないですか。お構いなく」

「んじゃ遠慮なく…………はぁ」

 

 一応気を遣っているのか、私達とは別の方向に煙を吐く師範。

 タバコの煙は得意ではないが別に苦手も無い。嫌悪感も無いから気にしなくても大丈夫だ。

 これからの話、タバコ一本で落ち着いて聞いてもらえるのなら安いものだ。

 

「それで、白銀は天国(ウチ)に何を求めて来た?」

「いくつかありますが……まずは情報の共有。吸血霊鬼の能力を考えれば、国内のどこに居ても安全とは言い切れませんから」

「だな、この辺りにも出没する可能性は充分ある」

「後は私が鈍っていないかどうか稽古をつけ直して欲しいのと、あわよくば銀血討伐に協力してほしいと思って来ました」

「なるほどなァ……少し考えさせろ」

 

 師範はそう言ってタバコを口に運び、大きく煙を吸い込む。

 吸って吐いて、何度か繰り返し、吸っていたタバコが無くなった所で再度私に向きなおした。

 

「まずは情報感謝する。この辺りでも警戒を強化しておくし、他の道場にも共有しておく。次に稽古だが、マヒルに見てもらうといい。構わねえだろ?」

「もちろんです。ヒナタさんとお手合わせできるなんて、嬉しすぎて胸が躍りますわ」

「お、お手柔らかに……」

 

 師匠は心底嬉しそうな顔で私の手を取り笑顔を見せるが、私は少し恐ろしかった。

 この人、普通に対人でもめちゃくちゃ強いんだよなぁ。

 

「最後に協力だが……こいつは難しいな」

「そうですか……」

「学校も始まったばっかでマヒルを筆頭に若い連中は送ってやれねえ。残った大人はこの地域の警戒に回してぇし、俺も先約があって付いていってやれねえんだ。悪ィな」

「いえ、こちらも突然の訪問でしたから」

 

 師範達の協力を得られなかったのは痛手だが、私の動きを見直してもらえるだけでも充分ありがたい。

 

「その代わりと言っちゃあなんだが、マヒルに徹底的にしごいでもらえ! ガハハハハ!」

「承りました~!」

「えぇっ!? あの、本当にお手柔らかにお願いしますね!?」

「わかっておりますよ~♪ さあヒナタさん! 訓練場の方へ行きましょっか♪」

「ひえぇ~……」

 

 師匠は私の言葉が届いているのかいないのか、私の腕をがっちりホールドするとズルズルと引き摺られてしまった。

 まあ伝えるべき事は全て伝えたから構わないのだけれど、せめて心の準備だけはさせてほしかった。

 師匠の修行、本当におっかないんだから。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「すぅ…………ふぅーっ」

 

 二人の女子が部屋を立ち去り、日ノ丸は再びタバコの火を灯した。

 静かになった一人きりの部屋に白い煙が充満していく。

 

「……あいつらはもう訓練場に着いた頃か」

 

 否、部屋は彼一人では無かった。

 

 

 

「もう降りてきていいぞ、シ(・)ャ(・)ル(・)ハ(・)ロ(・)ッ(・)テ(・)」

 

 

 

 マヒルとヒナタには誰も居ないと思われていた天井を見つめ、日ノ丸はそう声をかけた。

 

「人の本名を軽々しく呼ぶのはやめたまえ! 聞かれていたらどうするつもりだい!?」

 

 彼の視線の先には、重力を無視して天井の隅で膝を抱えて座り込んでいた金髪の女性の姿があった。

 

「うるせぇな、テメェの今の名前なんかより代々聞かされてきたこっちの方が馴染みあんだよ。第一テメェの口から聞かれねえと意味ねえんだろうが」

「それでもだよ!! ミステリアスなお姉さんには謎が多い方がいいのだから!!」

「ケッ!! テメェがミステリアスだぁ? 鏡見て言え鏡!!」

「見れないんだよ!!」

 

 文句を言いながらも、天井にしがみついていた女性がふわりと降りて来る。

 

「というかアマクニ!! 君わざと私の居る方に煙を吐いていただろう!! あやうくむせて気付かれる所だったんだよ!?」

「お~お~、面白ェ顔してやがったな」

「ムキー!」

 

 日ノ丸にからかわれ、ミステリアスのかけらも感じられない体勢で女性は駄々をこねていた。

 

「……で? マヒル達が帰ってきて中断されちまったが、話の途中だったよな」

「おっと、そうだった」

 

 日ノ丸の言葉に女性は冷静さを取り戻すと、無表情のままふよふよと部屋の中を浮いた。

 

「預けていたものを返してもらおうと思ってね」

「……だろうなとは思ってたよ」

 

 女性の言葉に日ノ丸は大きなため息をついた。

 

「まさか俺の世代で渡す事になるなんてよ」

「渡すじゃなく返すだよ。本来の持ち主にね」

「俺からしたらこいつは代々受け継がれてきた貴重品なんだがなぁ……」

「そうするよう頼んだのも私さ」

「俺達、騙されてねえよな?」

「シャルハロッテの名に誓って」

 

 女性はそう言って胸に手を当て小さくお辞儀をした。

 

「……実際俺にだけ姿見えてたしなぁ。本名なんだよなぁ」

「吸血霊鬼の名前は誠意の証、君達もよく知ってるだろう?」

「違いねェ」

 

 日ノ丸は床の畳の一部をひっくり返すと、厳重な金庫が姿を現した。

 

「四百年前、これからの時代で吸血霊鬼を狩るには退魔師の協力が不可欠だと思った。そうしないと動きづらくなりそうだったしね」

「やってる事は魔族と変わらねえからな」

「だから私は天国の歴代当主に名と姿を明かし、私達は利害が一致している事を伝えたんだ」

「……今の当主がマヒルじゃなくてよかったなお前」

「いやほんっとうに心からそう思うよォ……」

 

 ほんの数秒前まで威厳を感じさせた女性は、たった一人の少女の名前を聞いただけで身をすくませてしまった。

 

「とにかく! これ受け取ったらすぐ帰るからさ!」

「でも白銀と一緒に来たんだろ? マヒルがウキウキだったから時間かかるぞアレ」

「……帰りたいよォ」

 

 女性は女子中学生に心底怯え、みっともなく涙を流していた。

 

「まあ、なんだ。それまでこの部屋で大人しくしとけや」

「お気遣い痛み入るねぇ……」

 

 女性はそう言うと軽く床をトンっと蹴り、身を反転して再び天井に立った。

 

 

 

「……この恩は【銀血】の野郎をブッ殺して返すからサァ」

 

 そして、先程とは打って変わって威圧感のある、悪魔のような微笑みで日ノ丸に笑いかけた。

 

 

 

「……お前が人間の敵じゃなくて本当に良かったよ」

「うーん、アイ・ラブ・人類♡」

 

 身も凍るような空気は一瞬だけ。最初の雰囲気に戻った二人はヒナタが戻るまで他愛ない会話を楽しんだのだった。

 

 




天国日ノ丸(アマクニ=ヒノマル)

男
天国流退魔道場現当主

マヒルの祖父。厳格な外見とは裏腹に気さくな人物。
紗霧と面識がある。
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