吸血霊鬼のレイカさん   作:ラティーシャ

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第五十五話【神上灰人(ミカガミ=カイト)・零】

「んっ……ぐ」

 

 カイトに再生液を与え続けて、どれくらいの時間が経っただろう。

 今までこんなにたくさんの再生液を作った事なんて無かったから、身体の色んな所が疲れて来てた。

 きっと身体の他の水分を再生液にしてるのかもしれない、すごく疲れてるのに汗ひとつ流れない。口の中だって乾いてきた。

 だけどカイトはまだ目を覚まさない。ならまだ続けないと。

 

(かいと……大丈夫だからね……)

 

 たとえあたしの血が全部乾いても、カイトの事だけは助けるから。

 

 

 

「━━ピクッ」

「っ!?」

 

 ほんの一瞬、カイトの身体が動いた気がして顔を上げた。

 どこが動いたのだろう。カイトの身体を見渡してみてもまだわからない。

 だけどよく見ると、血だらけて見辛かった傷口はちゃんと塞がってくれてるみたいだった。

 心臓が治ったのかどうかはわからないけど、効果はあったみたい。

 

「…………ぅ」

「あっ!? カイト!?」

 

 カイトの口が小さく動く。

 何か言ってたみたいだけど、本当に小さい声で良く聞こえなかった。

 

「カイト、なぁに……?」

 

 カイトが何を言ったのかが気になって、あたしはもう一度カイトに顔を近付けた。

 

「━━ガバッ!」

「ふぇっ!?」

 

 すると、急にカイトの手が動いてあたしの頭を押さえた。

 

「……んむっ!!?!?!?」

 

 今度はあたしの心臓が止まるかと思った。

 カイトはあたしを抱き寄せて、深く深くキスを求めて来た。

 

「んっ……ぷぁっ! かい……と、んぅ……!!」

 

 何が起こったのかわからなくて顔を離そうとしても、カイトの手があたしを離してくれない。

 でも、何度か繰り返してると、あたしの身体にも変化が起きた。

 

(え? これ……再生液?)

 

 カイトの口からあたしの口に、吸血霊鬼の再生液が流し込まれていた。

 でもそれはあたしがカイトに与えてた奴じゃない、あたしの作った奴じゃない。

 けどあたしの身体の疲労がほんの少しだけ引いてって、身体が楽になるのを感じた。

 

「……ぷはっ」

 

 ようやくカイトが離してくれた時には、再生液の作りすぎで起こった不調がかなり落ち着いていた。

 それでも立って歩くには難しいぐらい疲れてたけど。

 

「…………かいと……なの?」

 

 あたしは目の前のカイトにそう訊ねた。

 だってカイトは再生液を作れないし、自分からキスもしてこなかった。

 それでも不思議と怖くは無かった。

 あたしを抱き寄せるカイトの手は強引だったけど、いつもみたいに優しかったから。

 

「…………ずっとお前の声が聞こえてた」

 

 カイトは呟いた。

 

「夢の中でもずっと、俺の事を案じてくれてるみたいだった」

 

 優しい声で呟いた。

 

「……本当にありがとな、レイ」

「かい……っ!?」

 

 カイトの前髪が揺れて、今まで見えてなかった瞳があたしを見つめてた。

 

 

 

 縦(・)長(・)の(・)瞳(・)孔(・)と深(・)紅(・)の(・)瞳(・)が、あたしを見つめてた。

 

 

 

「レイ、お前はもう休んでてくれ」

「えっ、でも……」

 

 カイトはゆっくり立ち上がって、あたしの頭をぽんと撫でた。

 

(あ……かいとだ。あたしの知ってるかいと……)

 

 その手の温もりだけで、いつもと違う所なんてどうでもよくなった。

 前にあたしがカイトに言われた事。カイトにあたしが言った事。

 カイトは、カイトだ。

 

 

 

「……後は、俺に任せろ」

 

 

 ◇

 

 

「はーっ……はーっ……!!」

 

 そろそろ疲労も限界か。

 だがそれは私だけではなさそうだ。

 

「フゥーッ……フゥーッ……!!」

 

 【銀血】(シルバリオブルート)の野郎も肩で息をし始めている。

 あと一歩の所まで追い詰めている証拠だ。

 

「どこまでも忌々しい……人間に与しなければ生き残れなかった分際でッ!!」

「誰かと手を取り合う事は弱さじゃない。相手を受け入れるのは強さだ!!」

「戯言をほざくな!!」

 

 声を荒げる【銀血】。本当に限界が近いらしい、随分と苛立っている。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 白銀生徒の方もかなり疲弊している。床に座り込んでいた。

 空中で暴れていた【銀血】を狙って何十発も杭を投げ続けたんだ、よく頑張った方だろう。

 そこまで彼女が頑張れたのも執念だろうか。

 

「どんなに負け惜しみを吐いても、お前はここで終わりだよ」

 

 もう白衣に仕込んでいた武器も残り少ない。

 これで決める。私は銀のナイフを手に取り握り締めた。

 

「━━ズキン!!」

「あっ、ぐぅ……!?」

 

 その時だった。

 神のいたずらか、手袋の中で銀に侵食され続けていた私の手が今になって悲鳴を上げた。

 弱った【銀血】を見て気が緩み、アドレナリンが切れたか。

 

「……フフッ、フハハハハハハ!!」

 

 【銀血】はその一瞬の隙を逃さなかった。

 

「やはり天は私に微笑んでいるッ!!」

「ぐっ……待てッ!!?」

 

 【銀血】は私に背を向け、まっすぐに白銀生徒に向かって飛んだ。

 こいつ、白銀生徒から血を奪うつもりだ。

 

「マズい……白銀生徒!! 逃げろ!!!」

 

 今白銀生徒の血を奪われたら、彼女の上質な血を奪われたら、せっかく蓄積したダメージがみるみる回復されてしまうだろう。

 それだけは阻止しなければならない。

 

「あっ……はぁっ、くっ!?」

 

 しかし白銀生徒も限界だ、立ち上がろうとしてよろけている。

 あれでは【銀血】から逃げるなんて不可能だ。

 

「……クソッ!!」

「ハハハハハハッ!! 貴様はそこで大人しく、私の回復する様を拝んでいるといい!!」

 

 【銀血】はあっという間に白銀生徒の前に立ち、まっすぐ彼女に手を伸ばした。

 

 

 

「━━ガシッ」

 

 

 

「はっ……何ィ……!?」

「あ、あれは……?」

 

 【銀血】の指が白銀生徒に届く寸前で、何者かの腕がそれを阻止した。

 死に物狂いで貴重な血を求めて手を伸ばした【銀血】の腕をだ。

 

「……大丈夫か、ヒナ」

「…………えっ?」

 

 何者かが白銀生徒に語り掛け、それに応える様に彼女は虚ろな目を向けた。

 

「あれは……誰だ?」

 

 その何者かが何故判別できなかったのか、ありえなかったからだ。

 私の知る彼は人間だ、先程の様な人間を超えた動きで【銀血】の手を掴めるはずがない。

 私の知る彼は人間だ、その髪は鮮やかな赤髪で、あんなに赤黒い髪では無かった。

 私の知る彼は人間だ、ついさっきまでその【銀血】によって、死に瀕していたはずだ。

 

「……神上生徒、なのか?」

 

 あれは本当に、私の知る彼なのか?

 

「貴様……貴様何者だ!?」

「……あァ?」

 

 私と同様に困惑する【銀血】は、目の前の彼に疑問をぶつけた。

 彼は怒りと憎しみの篭った目で、先程まで黒かったはずの深紅の瞳で睨み返した。

 

「テメェもよく知ってんだろ」

「━━ドゴッ!!」

「グハァッ!?」

 

 彼は【銀血】の腹を勢いよく蹴り飛ばし、白銀生徒を庇う様に彼女の前に立ち、痛みに悶える【銀血】を見下ろしながら淡々と言い放った。

 

 

 

「……テメェの大嫌いな無力なガキだよ」

 

 

 ◇

 

 

「……かい、と?」

 

 カイトが生きてる。

 

「本当にカイトなの……?」

 

 カイトが生きてる。

 

「……悪い、勝手な事して心配かけた」

 

 私の知ってるカイトの声だ。

 私の知ってるカイトの顔だ。

 

「ま、でも……ヒナもよく突っ走るし、おあいこって事にしてくれよ」

 

 カイトは申し訳なさそうに微笑む。

 

「ばか……かいとのばか……」

 

 最初に出たのは「ばか」だった。

 だってそうじゃないか。必死に【銀血】の弱点を探ってたのはカイトなのに、人質にされた事に責任感じて、自分の命を捨てようとして。

 

「でも……いいよ」

 

 もういいんだ。

 カイトが生きていてくれたなら、なんだっていい。

 カイトの言う通り、私もカイトに沢山心配かけてきたから。

 こうやってまたカイトと会話できてる事が何よりも嬉しかった。

 

「ぐっ……離せッ!!」

 

 カイトに踏みつけられていた【銀血】がもがき、足の下から這い出て空中へ跳び上がる。

 

「……ヒナ、アレ構えててくれ」

 

 宙に浮かぶ【銀血】を見つめながら、カイトは私にそう指示した。

 

「あれって……?」

「あったろ、銀の弾丸ってやつ」

「あれは……あ、そっか!」

 

 カイトに言われハッとする。

 師匠に託されていたけれど、【銀血】に銀は効かないと信じ込まされて使えなかった銀の弾丸。

 でも本当はあいつもちゃんと銀に弱い事が分かった。なら、他のどんな武器よりも効力のある銀の弾丸なら奴への有効打に、いや、とどめの一撃になり得るはずだ。

 

「でも、私はちょっと練習しただけだから、動き回られたら当てられない……」

「大丈夫だ、俺があいつを押さえ付ける。お前はあいつが止まった所に撃ち込めばいい」

「そんなっ、でも!?」

 

 カイトはさらっとそう言うが、簡単に首を縦に振る訳にはいかない。

 さっきも言った通り私の射撃の腕は素人同然だ。カイトに【銀血】を押さえ付けて貰ったとしても、もし私が当てられなかったら。

 それならまだいい、手元が狂ってカイトに当たりでもしたら、今度こそ……。

 

「ヒナ」

「っ…………」

 

 悩む私にカイトはいつもの声で語り掛ける。

 寄り添う様に、優しく諭す様に。

 

「信じてるぞ」

 

 その一言だけ言って、カイトは歩き出してしまった。

 

「……信じてる」

 

 鞄から、銀の弾丸が込められた拳銃を手に持つ。

 とても重い。練習の時に使った物より何倍も重く感じる。

 それはこの銃身にも特殊な銀が使われているからか。それともカイトの信頼の重さか。

 それでも、私の手に震えは無かった。

 

「━━カチャ」

 

 両手で銃を構え、いつでも引き金を引けるように指をかける。まっすぐ、【銀血】を狙って。

 カイトは必ず【銀血】の動きを止めてくれる。私でも確実に狙い撃てるように。

 カイトが私を信じてくれるなら、私もカイトを信じる。

 

「……ふふっ」

 

 思わず笑ってしまった。

 だってそれは、今までの私達と何も変わらなかったから。

 

 

 ◇

 

 

「神上生徒の援護に向かわなければ……ぐっ!」

 

 理由はわからないが、神上生徒が息を吹き返した。

 それだけじゃない、何故か吸血霊鬼の特徴をその身に備えて。

 今の神上生徒なら疲弊した【銀血】を相手取れるかもしれない。だからと言って彼一人に戦わせるわけにはいかない。

 それなのに、もう腕が満足に動かなかった。

 

「貴様ッ……貴様貴様貴様ァッ!! どこまでもこの私を愚弄するかッ!!」

 

 宙に浮かびながら神上生徒を見下ろし、【銀血】が叫ぶ。

 

「だがッ!! どんな手品を使ったかは知らんが、たとえ吸血霊鬼の力を手にしても今まで人間だった貴様に空の私までは届かんだろ…………う?」

 

 【銀血】は必死に叫び、神上生徒の戦意を削ごうとするが、神上生徒は全く意に介さず、ただ自分の手を見つめていた。

 

「そうだな。俺は宙に浮けねえし、身体消せねえし、何をどう動かせばどうなるなんて全くわからねえよ。それでも身体能力が明らかに違う事ぐらいは気付いてる」

 

 神上生徒はそう言って【銀血】を睨むと、軽く膝を曲げた。

 

「━━ダンッ!!」

「ッ!?」

 

 直後、勢い良く床を蹴った神上生徒が【銀血】の目前まで迫った。

 

「ジャンプぐらい、ただの人間にもできるぞ?」

「がっ……!?」

 

 神上生徒の右手が【銀血】の顔面を捉え、そのまま床まで引きずり下ろした。

 

「━━ガン! ドゴッ!」

「おごっ! へぶっ!? ぐっ、がっ!? あがっ!?」

「なあ、吸血鬼(ヴァンパイア)の頭って、どんくらい叩き付けたら割れんだ?」

「ほざっ……ほざけっ、がぁっ!!」

 

 神上生徒はそのまま【銀血】の顔面を掴んで、何度も床に叩き付けた。

 だが何故だ、神上生徒は今ただ腕力に物を言わせている状態。レイカ君の攻撃の時の様に身体を蝙蝠に変えれば逃げられるはずだ。

 

「……っ!? いや、あれは!?」

 

 そこで私は神上生徒の手元の異常に気が付いた。

 神上生徒の右手は銀の指輪を付けたままだったのだ。

 あの距離で銀を装備していれば変化できないのも当然だが、それは同時に神上生徒にとっても危険な状態と言えた。

 

 神上生徒の手に火(・)傷(・)痕(・)が広がり始めていたのだ。

 

 厳密にはわからないが、今の神上生徒は吸血霊鬼の特徴を有している。高い身体能力や外見もそうだが、そこまで同じなら弱点も同様と仮定できる。

 見る限り浸食速度はあまり速くない。しかし確実に浸食されている。人間だった影響で耐性があるのかもしれないが、【銀血】の様に完全なものでは無いのだろう。

 

「…………バカか私は」

 

 目の前で生徒が自分の身を削って戦っているんだ。

 この程度の痛みで怯んでる場合じゃないだろう。

 腕は動かない、武器はもう握れない。だがまだ足は動く、仕込みヒールで戦える。

 

「……神上生徒、今行く!!」

 

 私は動かない両腕をぶら下げ、勢いよく【銀血】にとびかかった。

 

「ぐっ……舐めるなァ!!」

 

 私の蹴りが届くより先に【銀血】が神上生徒の手を振り払い、私達から距離を取った。

 だが奴も限界の様だ、先程みたいに高く飛べないでいた。

 

「散々俺達を舐めてたのはテメェだろ」

「何ッ!?」

 

 神上生徒はそれすら許さない。

 【銀血】が離れたそばから力強く踏み込み、指輪の付いた拳を握り締めた。

 

「歯ァ食いしばれッ!!」

「━━バキィッ!!!」

「ガハッ!!?」

 

 身体をひねって全身の力を込めた、神上生徒の渾身のパンチが【銀血】の顔面にヒットする。

 その勢いに【銀血】は後方へ吹っ飛ばされ、壁に勢いよくめり込んだ。

 

「ヒナッ!!」

 

 すかさず白銀生徒の名を呼ぶ。何故そうしたのかと白銀生徒の方を向いたら、彼の掛け声の理由が分かった。

 それと同時に、この戦いがようやく終わる事を悟った。

 

 

 

 

 

「━━━━パァン!!」

 

 

 

 

 

 工場内に乾いた破裂音が響き渡り、静寂が訪れた。

 白銀生徒の放った弾丸はまっすぐに、【銀血】の胸を確実に貫いた。

 【銀血】の顔は苦悶に歪んでいたが、次第に力を無くしていってその場に倒れた。

 

 

 

「…………ありがとう、カイト」

 

 人類と【銀血】(シルバリオブルート)の長い長いの戦いは、多くの人の思いが籠められた一発の弾丸で終わりを迎えた。

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