吸血霊鬼のレイカさん   作:ラティーシャ

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第六十一話【ようやく戻った日常】

 

 

「うぇぇぇぇぇぇん!! がいどぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「おーよしよし! レイも久しぶりだな~!」

 

 ヒナが目覚めてからしばらくしてレイも部屋から出てきて、俺の顔を見るなりべっしょべしょの顔で抱き着いてきた。

 

「がいどぉぉぉ……ずびーーーーーーっ!!」

「ウワーッ!! きったねぇ!!?!?!?」

 

 こいつ、勢い余って俺の服で鼻をかみやがった!

 鼻水が!!

 

 

 

「いや~、連絡を貰った時は驚いたけれど、こうやってちゃんと目覚めた神上生徒と会話していると、今までの苦労も吹き飛ぶと言うものだねぇ」

 

 しばらくすると紗霧ちゃんも俺の様子を見にすっ飛んできてくれた。

 

「紗霧ちゃんも本当にお疲れ様。レイとヒナの事も面倒見てくれたみたいで、ありがとな」

「いいってことよ。お姉さんがやりたくてやっていた事だし、神上生徒が目覚めたという結果はこれからの医学界に革命を起こすだろうからね。これからはその辺諸々の収入で今よりウハウハだよ、むふふ……」

「えぇ……」

 

 紗霧ちゃんは俺が、と言うより四半混血・吸血霊(クォートダンピール)鬼が昏睡から目覚めたというサンプルを持ち帰って右手うちわになるらしい。

 あのふざけた大人がこれ以上調子に乗るのもなあと思ったけど、俺達は紗霧ちゃんの一千四百年の苦労を知ってる訳だからな。まあいいんじゃねえかなって思う事にした。

 

「……あれ?」

 

 俺の部屋から飛び出してきたレイ、もう夜だと言うのにもかかわらずすっ飛んできてくれた紗霧ちゃん。

 今リビングにはもう一人居るはずなんだが、一言も言葉を発しない。

 疲れちゃったのかな。無理も無いよな。

 

「おーい、ヒナ?」

「…………」

「ヒナってば」

「………………」

「ヒナちゃ~ん? 生きてるか~?」

「……………………」

 

 何度声をかけても返事がない。

 ただひたすらに俺の事を睨みつけていた。今にもぶん殴られそうな恐ろしい形相で。

 

「どうしたんだよヒナ~、せっかくの可愛い顔が台無しだZE☆」

「…………んふっ」

 

 あ、笑った。ちょっと嬉しかったんだ今の。

 

「ん、ごほんっ!!」

 

 今にやけていたのを誤魔化す為にヒナが大きく咳払いをした。

 

「なーなー、本当にどうしたんだよ? そりゃヒナには山ほど迷惑かけたと思ってるけどさぁ、そんなに睨まれてたらごめんもありがとうも言い辛ぇよ?」

「……ど、どの口が…………」

「へっ?」

 

 ヤバイ、ヒナの顔がどんどん赤くなっていく。

 照れてるとか恥ずかしがってるとかじゃない。

 

 

 

「どの口が言ってんのよこの二股クソ野郎ッッッッッッ!!!!!!!!」

 

 これは、怒りだ。

 

 

 

「ギャーーーーーッ!!?」

 

 ヒナの顔を覗いていた所を両手でがっしりとロックされ、ヒナの怒りの形相が目前に迫る。

 二股野郎!? 無実だ!! まだ未遂だ!!!

 

「ゆるさない……ゆるさないんだからぁ……」

「は、はぁ!?」

「よくも、よくも乙女の純情を弄んで……ッ!!」

 

 まずい。ヒナの表情がどんどん恐ろしくなっていく。

 【銀血】(シルバリオブルート)を前にした時だってここまで怒ってなかっただろお前。

 

「さっきのキス……再生液の為だったんですってね!!」

「え!? あー、あれか!!」

 

 俺はさっき、起きたばかりのヒナと少し会話をした。

 会話の中で明らかにヒナが消耗してると思ったから、俺はヒナを抱き寄せたタイミングで聞いたんだ。ちょっと馬鹿なお願いなんだけど良いかって。

 そしたらヒナが内容聞く前に良いよって言うから俺は遠慮なくやらせてもらったんだよ、口からの再生液注入。

 

「し、しかも……レイカにもやったんですってね!!!!!!」

「たたたたたたしかにやったけど!?!?」

 

 俺が最初に目覚めた時はレイが傍に居て、レイが凄く消耗してたから見よう見まねで唾液を流し込んだ。

 時間もあったしレイの時よりはうまく出来たと思ってたんだけど、ヒナはこの通りブチギレている。なんで!!

 

「って言うか誰に聞いたんだよ!!」

「レイカに決まってるでしょ!? さっき「カイトにキスされちゃった♡」って煽りに行ったらレイカが「あたしも♡」って言うからッ!!!」

「それはお前が悪いだろうが!!!」

「誰彼構わずキスしてるカイトが悪いでしょおおおおお!!?!?!?」

「あばばばばばばばばば!!!」

 

 何やってんだよこいつは!!

 って言うか待って、やめて!! 起きてそんなに時間も経ってないのにそんなに頭振り回されたら気持ち悪くなる!!

 

「えへへ……あの時のカイト、銀の指輪してたからあたし抵抗できなかったんだ……♡ でもカイトに無理やりちゅーされるの、幸せだったよ……♡」

「ムキィィィィィィィッ!!!!!!!」

「レイ!! 火に油を注ぐんじゃありません!!!!」

 

 レイの発言は一人の恋する女の子の甘い体験談と見れば非常にいじらしい内容だった。

 それを聞くのが今でさえなければな!!

 くっそーこうなったら紗霧ちゃんに助けを求めるしかない。

 

「ぶっ……くっ……は、腹が…………」

 

 ダメだコイツ、俺達を見て笑い転げてやがる!!!

 クソァ!! 何の役にも立たねぇ!!!

 

「と、とにかく一旦落ち着けって!!」

「きゃんっ!?」

「って、あれっ!?」

 

 せめて言い訳を聞いてもらおうと思ってヒナの両手を掴んで押し戻そうとした。

 のだが、思ったよりも力が入ってしまったらしく、そのままヒナを押し倒してしまった。

 

「わ、悪い!! なんか力入れ過ぎちまって……」

「も、もう……カイトはもう吸血霊鬼の力が表に出てるのよ? 気を付けないとダメでしょ」

「すまん……」

 

 俺の下敷きになっているヒナに至極真っ当なお叱りを受ける。

 勘弁してほしい、まだちゃんと目覚めて初日なんだ。急にこんな力貰っても上手く扱えるわけないんだ。

 吸血霊鬼の皆ってめっちゃ頑張って人と共存してんだな。それともみんなもっと簡単に制御できてんのかなぁ。

 

「でも、この際だから言っておくぞ!!」

「……なによぅ」

 

 さっきまでヒナに掴まれてたからまともに喋れなかったけど、今なら主導権を握ってるのは俺だ。

 俺の言い分もゆっくり聞いてもらおうじゃないか。

 

「確かに、ヒナにもレイにも再生液を与える事を目的にキスしました。認めます」

「むぅ……!!」

「……けどよ、どんな理由があろうとあの行為がキスだって言う事は俺も理解してんだぞ」

「…………へ?」

 

 ずっと眉がつり上がっていたヒナの表情が変わる。

 きょとんとした目で俺を見上げていた。

 

 

 

「……俺だって好きでも無い子にキスしようなんて思わねえからな」

 

 

 

「……わぷぇ?」

 

 ヒナから素っ頓狂な声が漏れる。

 

「お、お前の言う通りだ!! まだ俺は一人に絞れてない二股野郎だ!! 認めるよ!! けどよ、二人ともあんなに必死に俺の事助けてくれて、嫌いな訳ねえじゃんか……」

 

 俺は素直に頭を下げた。

 ヒナの言う通り俺はレイとヒナ、どちらかを好きになるまで待った結果どっちも好きになるという救いようのないクソ野郎だ。

 ヒナに鬼の形相で詰め寄られたって仕方のない男なんだ。

 

「だ、だからさ、約束するよ!! 俺はちゃんと選ぶから!! 中途半端には終わらせないから!! だからそれまでは俺もお前らに素直な気持ちを…………あれ、ヒナ?」

 

 俺は真剣に思いを伝えていた。だと言うのにヒナの反応が全くない。

 伝えるのに必死で見れてなかったヒナの顔を見る。

 

 

 

「…………えぇへへぇ♡」

 

 鼻血を出してぶっ倒れていた。

 

 

 

「ワーーーーーッ!! ヒナーーーーーッ!?」

「何をやっているんだねバカ者!! ただでさえ白銀生徒は血が足りないって言うのに!!!」

「ヒィィィィッ!! 一から百まで俺の所為ッ!!!

 

 慌ててヒナの肩を揺らした。

 

「揺らすなッッッッッ!!!!!」

「ごめんなさいっ!!!!?」

 

 紗霧ちゃんにマジトーンで叱られた。

 そりゃそうだよな。意識が朦朧としてる患者の身体を揺らしていい訳ないよな。

 もういい俺は何もするな。本職の紗霧ちゃんが居るんだから黙って全部任せろ。

 

「うぅ……俺は無能……俺はクソ野郎……」

 

 ヒナから離れ、とぼとぼとレイの居るソファーまで歩いてきた。

 

「…………ちゃんと選ぶ、かぁ」

「んぁ?」

 

 レイの傍に寄ると、レイが何かを呟いたような気がした。

 

「ねえ、カイト」

「どうした?」

「……………………」

「んん????」

 

 少しだけレイの様子が変だった。

 何か言いかけて止まって、何やら複雑そうな顔をして。

 でもすぐにいつも通りのレイの顔で俺に微笑みかけた。

 

「やっぱりなんでもない!」

「はぁ? なんだよそれ」

「カイトに選んでもらえるように、がんばろーって思っただけ!!」

 

 レイはそれだけ言うと、ふよふよとヒナの方へ飛んで行ってしまった。

 

「……なんでもねえなら、なんでもねえ顔してろよなぁ」

 

 俺はレイの表情がどうしても引っかかっていた。

 

 

 ◇

 

 

 なんだかんだで気を失ったヒナは紗霧ちゃんに抱えられ、家に帰っていった。

 積もる話はまた今度と言う事で、俺の家には俺とレイ、いつもの二人だけが残された。

 

「……なあ」

「なあに?」

「お前さっき何言いかけてたんだ?」

 

 無理に聞き出そうと言う訳じゃないけれど、気になった事を聞かないでいる程気を遣う間柄でもない。

 もうここに居るのは俺達だけだし試しに訊ねてみたのだが、レイは首を横に振った。

 

「やだ、言わない」

「そっかぁ……」

 

 言いたくないのなら仕方ないか。

 

「……どうしても聞きたくなったら、聞く。でも今は聞きたくないんだ」

「レイがそうしたいならいいよ」

 

 今回俺は散々周りに迷惑かけた。

 それに絶対聞けないって訳でもなさそうだし、隠し事のひとつやふたつ気にしないでやるのが俺の義務だろう。

 とはいえ「今は聞きたくない」か。レイは隠し事が苦手だな、俺への質問って事は確定したみたいだが、深くは掘らないでやろう。

 あ、義務と言えば……。

 

「そういやお前、俺が倒れてる間の血液補給ってどうしてたんだ?」

 

 レイは俺から毎日血を貰っていた。

 誰か他の奴から貰っていたのだろうか、はたまた何かで代用していたのか。

 

「えっとね、紗霧ちゃんがあたし用にって輸血パックを持ってきてくれてたんだ」

「なるほどねぇ……」

 

 皆俺の事心配してたし、寝てる俺から吸ってはいないだろうと思っていたけど。

 なるほど、道理で。

 

「……よっと」

「わひゃっ!?」

 

 レイの身体をひょいと持ち上げる。

 やっぱり俺の身体能力上がってるな、人ひとりこんな簡単に持ち上がるなんて。

 見た感じ別の要因もありそうだったが。

 

「軽いなぁお前」

「え、えへへ……カイトが力持ちになったんでしょ?」

「前のお前よりも全然軽いよ」

「あう……」

 

 レイの奴はずっと俺から血を貰っていた。随分とクソまずいらしい俺の血を好き好んでだ。

 それだけレイは俺の血にこだわりを持っていたはずだ。

 急に見ず知らずの奴の血が入ったパックで我慢しろって言われて素直に頷く奴でもねえよな。

 俺はレイを抱えたまま移動した。

 

「どこ行くの?」

「ソファーだよ、いつもの」

 

 レイに答えた通り、俺はリビングのソファーに腰掛けると、いつもの様にレイと向き合って膝の上に座らせた。

 

「カイト、これって……」

「どうせお前、ずっと腹空かせてたんじゃねえの? 限界まで我慢して、どうしようもなくなってようやく輸血パック……そんなとこだろ」

「……すごいなぁカイト、あたしの事なんでもわかっちゃう」

 

 レイは気まずそうに、そして照れ臭そうに微笑んだ。

 もう何か月同じ家で暮らしてると思ってんだ、そんくらい見てなくてもわかるっつの。

 俺は服の胸元を開き、肩を露出させた。

 

「ほら」

「えっ?」

「一か月ぶりだろ、飲んでいいぞ」

「だ、だめじゃない? カイト病み上がりだし……」

 

 レイが心配そうな顔で見上げる。

 

「大丈夫だろ。皆のおかげでどこにも不調感じないし、それに細かい事言って叱ってくる奴らはもう帰ったしな」

 

 そう言って俺はニヤリと悪い笑顔を浮かべる。

 本職の紗霧ちゃんはもちろん、俺を心配して小言を言いそうなヒナももう帰った。

 今なら俺が良いと言えば止める奴はいない。

 

「……ほんとにいいの?」

「おう。つっても吸血霊鬼の血が濃くなって味変わってるかもしれねえけど」

「……大丈夫だよ」

 

 レイは俺の疑念を振り払い、見慣れた動きで俺の肩に軽くキスをした。

 

「どんな味でも、カイトのがいい……」

「……そうか」

 

 レイはそれだけ言うと、俺の肩に麻酔を効かせ始めた。

 

「…………」

 

 そんなレイの事を見ていたら、俺の肩に顔をうずめるレイの横顔を至近距離で見ていたら。

 今まで感じた事の無い欲求が俺の中を駆けあがってくるのを感じた。

 

 

 

(…………なんかレイ、美味そうだな)

 

 他人の匂いを嗅いで、白い首筋を見て、初めて美味そうだと思った。

 

 

 

「っ、うひゃあ!?」

 

 突然レイが高い声で悲鳴をあげた。

 

「な、何してるのかいと!?」

 

 理由は簡単、俺がレイの首筋を舐めたからだ。

 今レイが俺にしている様に。

 

「なんかさぁ、レイの事美味そうに見えちゃって」

「えっ?」

「これってやっぱ吸血衝動なのか?」

「あー…………そっか」

 

 俺には四分の一だけ吸血霊鬼の血が流れている。

 そして今回の事件で俺はその血が表に出て、吸血霊鬼の特徴が一部露出したらしい。

 目の前の人物から血が欲しいと思うこの感覚もその一種だろう。

 

「俺の血飲みながらでいいからさ、俺にもやり方教えてくれねえか? まだ麻酔とか再生液とか、ちゃんと出す方法わかってねえし」

「あ、あたしはいいけど……カイトはいいの?」

「って言われても、一番近い吸血霊鬼はレイだしなぁ」

「そ、そうじゃなくて。今聞くって事はあたしの血を飲むって事だよ? いいの? 吸血霊鬼の血はあんまりおいしくないって……」

「あー、言ってたなぁそういや……」

 

 以前チカゲに教えてもらった知識を掘り返す。

 吸血霊鬼は数が減ったから、同族同士で食い合わない様にそう進化したとか何とか。

 

「でも俺、他の血の味なんてわからねえからさ、初めてなら案外行けるかもしれねえじゃん? それに味の問題さえなければ同族の血でも構わねえんだろ?」

 

 レイは今まで俺の血だけを飲んできた。

 今まではほぼ人間だったとはいえ、レイに何の影響も出ていないなら一応は大丈夫なはず。

 それに同族で食い合わない為に酷い味に進化したと言う事は、裏を返せばそれまでは同族の血でも問題なかったわけだ。

 

「なあダメか?」

「あ……ぅ……」

 

 レイは耳まで真っ赤にして俯き、うめき声を上げていた。

 そこまで恥ずかしい事だろうか、それとも毎日血をやってて俺の感覚が狂ったのか。

 

「…………わ、わかった」

 

 しばらく俯いた後、レイは消え入りそうな声で答えてくれた。

 

「じゃ、じゃああたしの言う通りにやってみて……一緒に飲み合いっこしよっか」

 

 レイの吸血講座が始まった。

 

 

 ◇

 

 

「麻酔とか再生液は唾液に含まれるって言うけど、それぞれ出てくる場所は違っててね。まず麻酔はこの辺りから出すイメージなの」

「おごっ……」

 

 口の中に容赦なく指を突っ込まれた。

 レイの教え方は強引だが、口で説明されるより百倍わかりやすい。

 レイに突かれたのは奥歯の辺りか。よし、やってみよう。

 

「口の中がほんのり酸っぱくなってきたら出来てるよ」

「……お、なんかそれっぽい気がする」

「そしたら舌を使って、相手の肌に塗ってあげて」

 

 レイはそう言って自分の首筋を開いて見せた。

 

「……ふぁ……あんっ!」

「あ、悪い! なんか痛かったか!?」

「ち、違うの。あたし今までずっとカイトにこうして来たけど、あたしがされるの初めてだったから。くすぐったくて……」

 

 そうか、レイは初めてだもんな。その点で言えば俺の方が経験豊富な訳か。

 確かに最初はすげーくすぐったかったからな。もう慣れちゃったけど。

 

「んぅ……やっ……」

 

 俺が舌を這わせるたびにレイの口から甘い声が漏れる。

 これ、本当に大丈夫か?

 

「……あ、いい感じ……ちゃんと麻酔効いて来てるよ」

 

 しばらく続けていると、レイの声も落ち着いてきた。麻酔が効いてくすぐったさも消えたのだろう。

 となると次の段階な訳だが、流石の俺も少し緊張していた。

 

「それじゃ、今度はそこにカイトの牙を立ててみて」

「あ、お、おう……」

 

 吸血するなら肌に牙を立てる必要がある。そうしなければ血は出ない。その為の麻酔だ。

 麻酔が効いたならレイは痛がらない、俺の身で何度も経験済みだ。わかってる。

 わかってはいるんだが、俺の牙で女の子の身体に傷を付けるという行為に覚悟が必要だった。

 

「ほら、こうやるの。かいとも……していいんだよ」

 

 既に麻酔が効いていた俺の肩にレイの牙が刺さる。

 わかっている、何度も見た光景だから。

 

「う…………」

「かいと……きて?」

「……い、痛かったら言えよ」

 

 覚悟を決めた。

 俺は大きく口を開け、鋭く尖った牙をレイの首筋目掛け突き立てた。

 吸血霊鬼の牙は容易くレイの皮膚を貫き、人より温度の低い血液が口の中に沁み出てきた。

 

「……うん、いたくないよ」

「そ、そうか。よかっ……」

「あっ! 抜いちゃだめっ!」

「へ!? あっ……」

 

 レイの言葉に安心した俺はレイの首から顔を離してしまった。

 すると見る見るうちにレイの傷口が塞がっていく。

 完全に失念していた、レイ達はそういう種族だった。

 

「吸血霊鬼の怪我はすぐ治っちゃうんだから、飲んでる間はずっといれてないとだめだよ、牙」

「も、もう一回か……わかった」

 

 俺は再びレイの首に牙を立てた。

 今度は牙を抜かない様慎重にレイの血を口に含んだ。

 

「あむ……んく」

 

 気付けばレイも同じ様に俺から血を吸っていた。

 よくよく考えたらすごい格好してるな、俺達。

 

「…………ぷぁ」

「んぶ」

 

 しばらくして、お互いに相手の首筋から顔を離した。

 レイの傷は先程と同じ様に勝手に塞がり、少し遅れて俺の傷も治っていった。

 これが吸血霊鬼の身体か。

 

「本当は再生液の場所も教えたかったんだけど、そう言えばあたし達には要らなかったね」

「…………」

「カイト?」

「んむ……ごくん」

 

 俺は口に含んでいたレイの血をゆっくりと飲み込んだ。

 そんな俺をレイは不安そうに見守る。

 

「それで、その……どうだった? あたしの味……」

「うーん…………よくわかんねえなぁ」

 

 血を飲むという行為自体には全く忌避感を感じていなかった。明らかに吸血霊鬼化の影響だろう。

 ただそれでも、まだ血の味の良し悪しは俺にはわからなかった。

 

「確かに絶品って訳じゃねえけど、即座に吐き出してのたうち回ったり、一口でぶっ倒れたりするほどじゃねえなぁ……」

「よ、よかったぁ……そんなひどい事されたらあたし泣いちゃうよ」

「ふふふ……」

 

 な、そうだよなぁ。そんなひどい事されたら泣いちゃうよなぁ。

 

「レイの方はどうだった? 俺の血、更にマズくなってたりしてねえか?」

「おんなじだったよ。いつもと変わらないカイトの味!」

「おう、そりゃよかった」

 

 レイはそう言ってニコニコしていた。

 

「……本当に久しぶりで、安心する味」

 

 レイは血を飲み終わった後も、俺の膝からなかなか降りなかった。

 

「……かいと」

「なんだ?」

 

 レイは俺にぎゅっとしがみつきながら、心底嬉しそうな声で囁いた。

 

 

 

「……あらためて、おかえりなさい♪」

「ああ、ただいま。レイ」

 

 嬉しそうなレイの頭をぽんぽんと撫でた。

 ああ、やっと戻って来たんだ。

 レイと俺のいつもと同じやり取り。同じ距離。

 何気ない俺達の日常に。

 

 




逆月紗霧(サカヅキ=サギリ)・2

本名:シャルハロッテ=ジゼルモンド
実年齢:約1400歳

一千四百年前に起こった吸血鬼狩りから逃れた【銀血】の双子の妹。
道を誤った兄を裁くために魔族狩りとして生き、後に魔族狩りの大魔族【赫い杭】(カーマインプフロック)と呼ばれるようになる。
本来の髪は赫黒いストレートヘアーで、兄である【銀血】の前ではトゲのある荒々しい口調になる。

全てが解決した後は誰も知らない場所でひっそりと息を引き取ろうと思っていたが、兄の死に際に放った一言がきっかけで老後を楽しむことにした。
元々各地に繋がっていた人脈と四百年以上続けた教師業でそこそこの貯蓄はあったが、カイトという「飢餓状態に陥った四半混血・吸血霊鬼の復活例」を拾った事で医学界から多額の報奨金を受け取っており、実は今とんでもなく羽振りがいい。
本当の意味でやりたい放題できる人生が始まったのである。
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