第六十二話【新しい身体】
あの大事件から大分時間が経った。
俺は一ヶ月も眠っていたらしく、その間にただの人間から四半
まだ病み上がりと言う事もあって学校は何日か休みを貰う訳なんだが、その間に俺は自分の身体の事をよく知ろうと思った。
「……んぁ?」
と言うか、今まで通りの人間じゃないという現実を否が応でも突きつけられる事が多かった。
「……困ったな」
俺は朝から鏡の前で立ち尽くしていた。
「なるほどな……紗霧ちゃんが言ってたのはこういう事だったのか」
俺の姿が鏡に映らないのだ。
正確には若干映っているのだが、ぼんやりともやがかかったようになっていて、うっすら透けている。とてもじゃないが鏡としての役割は果たしてくれそうにない。
以前紗霧ちゃんが「吸血鬼は鏡に映らない」と言っていたが、まさか自分の身体で実践する事になろうとは。
「ふぁ、おはよかいと~……」
「おはよ、レイ」
洗面所で棒立ちしていると、同居人であり吸血霊鬼の先輩であるレイが起きて来た。
目を擦りながらゆっくり寄って来る姿がとっても可愛いね。
「どうかしたの~?」
「いやあ、俺鏡に映んなくなっちゃって」
「え? なんで……あ~」
レイは俺の言葉の意味が分かったらしく、まだ半開きの目で鏡を見つめた。
「…………って、あれ?」
だがそこで俺はある違和感に気が付く。
レイは純血の吸血霊鬼で、生まれた瞬間から吸血霊鬼として生きてきたはずだ。つまりは俺よりも前から完全な吸血霊鬼だったはず。
それなのに俺の目線では、なんとレイが
「なあ、お前鏡に映ってないか?」
「あたし目線ではカイトも鏡に映ってるよ」
「……えぇ?」
どういうことかと腕をこまねいていると、レイが当然の事の様に説明してくれた。
「ほら、カイトはあたしの名前知ってるでしょ?」
「ああ、全部知ってる」
「で、名前を知られてると姿が消せないでしょ? それはね、鏡越しでもなの」
「えっ? なんで?」
「そこまではわかんない」
「わかんないかぁ……」
レイも俺の名前を知っている。俺の名前にも吸血霊鬼としての性質が加わったのだとすれば、俺がレイを見れる様にレイも俺を見れるのだろう。
吸血霊鬼にとって名前は非常に重要な物らしいし、鏡に映らない呪いより名前の呪いの方が強いって事なんだろうか。
レイより詳しい者もこの場にはいないので、とりあえずそう思っておくことにした。
「んでさ、お前はいつも鏡が必要な時どうしてんだ? 顔洗う時とか、女の子だとメイクする時とか?」
「使わないのが当然だったからなぁ、意識した事ないや」
「マジ? 顔洗うとかは手の感覚で何とかなるかもだけど、流石にメイクは無理だろ?」
洗顔に限ればどこまで自分で触れたとか、どこまで泡が行き届いているとか肌で感じる事が出来る。
しかしメイクは細かい出来栄えとかも確認しなければならないし、感覚で適当にとはいかないだろう。
「でもなぁ、やった事無いからわかんないよ」
「…………何を?」
「メイク。やった事無いよあたし」
「は!?」
朝からデカい声が出てしまった。
え、メイクした事がない? マジで? こんなに可愛いのに?
もしかしてドストライクなこいつの顔、完全な天然物だったって言うのか?
吸血霊鬼には美男美女しか居ねえとは聞くが、恐ろしい話だ。
「そうなんだ……」
「ひゃ!?」
つい気になってしまい、レイの前髪を掻き分けて顔を覗いた。
レイの非常に長い前髪に隠れ、シミひとつないまっさらな肌が姿を現す。うわまつげなっがいなぁ、これ普通はそういうメイクで伸ばすんじゃないのか。
鼻も唇もちっちゃいのに真っ赤な瞳は大きくて、ほっぺもすべすべしてて柔らかい。
まいったなぁ、レイって完璧な女の子じゃないか?
「…………んぅ」
「あっ、すまん。夢中になって触っちまった」
「……びっくりした、ちゅーされちゃうのかと思った」
「いや!? そんな訳……」
いやじゃないだろ思うだろ、好きな相手に急に顔に触れられたら。
もう何度もキスした事ある関係なんだし。
その言い方は語弊があるか。
「……ちゅーする?」
「し、しねぇよ」
「しないんだ……」
「…………してもいいのか?」
「……試してみる?」
「しません!!」
参った、好きな女の子にそんな甘い事言われたら反応しちゃうじゃないか。
そしてどうしようもなく自覚した。俺やっぱりレイの事も好きなんだ、この前ヒナに言った通り。
でもダメだ、そんな状態で一時の感情に流されてホイホイキスしてたらレイにもヒナにも失礼だ。
自分の感情に整理がつくまでは、今まで通り接しよう。
「……でも、あたしはしたくなっちゃったなぁ」
「……………………」
今まで通りって、向こうから一方的に食われる関係のままって事っすかね?
「ね~えかいと、してもいい?」
「…………ぐっ」
「だめ?」
「…………試してみろよ」
「……あは♪」
ここでダメって言えないのはさぁ、ダメじゃないかいカイト君?
でもさぁ、こんなに可愛くて大好きな女の子にキスしていいって聞かれて断れる男子高校生居なくない?
居ないよ。
「ん~……ちゅ♡」
朝から血糖値爆上げだった。
◇
「朝から随分お盛んじゃないの」
「えぇ~…………」
「あー、ヒナちゃんだ」
レイと手を繋いで洗面所からリビングに戻ると、キッチンから顔を出したヒナの小言を頂いた。
うん、何故か家にヒナが居た。
「何してんのお前」
「カイトのお見舞いだけど?」
「今日学校あんだろ」
「カイトの看病のために休みますってちゃんと連絡入れてあるわ」
「それで通んのかよ……」
ドヤ顔で腕を組み、ふんと鼻息を鳴らすヒナ。
前にも似たような事あった気もするが、それもみんなヒナが今まで積み重ねてきた信頼と実績の賜物か。
ズルいけどすげえなぁ。
「で、感想は?」
「は?」
「しらばっくれちゃって……」
「うおっ!?」
ヒナが身体をぐいっと寄せて俺の顔を見上げる。
なんだよお前もまつげ長いなぁ、きっとヒナはちゃんとメイクして来てんだろうなぁ。
それに背中で手を組んで前屈みになってるからすんごい、すーんごい胸が強調されててもう、すごいんだ。
これで俺の看病に来てくれて、朝食の用意までしてくれてるんだろ?
まいったなぁ、ヒナって完璧な女の子じゃないか?
「感想ってなんだよ」
「決まってるじゃない。カイトの大好きな幼馴染が学校サボってお見舞いに来てくれた感想♪」
「うん、いつも通りみたいで安心したよ……っつかサボりの自覚はあんのね」
正直滅茶苦茶嬉しかった。
と言うのも俺は吸血霊鬼に目覚めたはいいが吸血霊鬼にそこまで詳しい訳じゃない。レイと一緒に暮らす様になって目の当たりにするようになった要素が経験として若干蓄積された程度だ。
その為自分の事を把握するので手一杯な部分があった。細かい世話を焼いてくれるのは非常に助かるのだ。
「嬉しいよ。サンキュなヒナ」
「う~ん? なんだかカイト、前より素直になった?」
「……さあな」
まあ自覚はあるよ。前までの俺なら感謝する前にからかったり小言が出てたと思う。いまの「さあな」だってそうだろう、素直になり切れなくもある。
それでも感謝を伝える事だけは迷っちゃいけない、そう思うようになったんだ。
俺みたいな優柔不断の二股クソ野郎を変わらず好きでいてくれる二人には特に。
「……くんくん、あれ?」
ふと、近付いてきたヒナからいい匂いがした。
なんだろうか、つい引き寄せられてしまう匂いだ。香水を変えたのだろうか。
「カ、カイト?」
「……いい匂いだなぁ」
「わひゃっ!?」
匂いに吸い寄せられるようにヒナにすり寄る。
この匂いはどこからきているのだろう。ヒナの匂いなのは確実なのだが、その出所がわからない。
香水なら手首とかうなじとか耳だろうか。
「あっ……やん♡ そんなとこ嗅いじゃ……♡」
そう思って確認してみたのだが確信は得られない。
もっと別の所なのだろうか、すごく確かめたい。
「……へっ!? カイトなにしてるの!?」
鎖骨のあたりかな、いやもっと奥からな気もする。
服の上からじゃわかんないな、ヒナには悪いけど少し脱がせて……。
「こらーーーーっ!!!」
「ぐぇーーっ!!?!?」
急にレイが大声を上げたかと思ったらそのままヒナから俺の身体を引き剥がした。
「えっち警察です!!!」
「なにするんですかえっち警察さん!? 俺は何もしてませんよ!!」
「女の子の服を脱がせようとしてました!!」
「俺が!? いやそんな訳な…………あ!?」
レイの言葉に我に返り、目の前のヒナの姿を確認する。
乱れた服。はだけた胸元。それを隠す様に自分の身を抱くヒナ。可哀想に、ぷるぷると俺を睨みつけながらちょっと涙目になっている。
「……ツーアウトってとこかな」
「ゲームセットだよ!!」
ライセンス剥奪、業界から即追放モノだろ。
「本当にすまんヒナ!! 俺、今頭がどうかしてて……」
「……カイト、ヒナちゃんの血の事忘れちゃったの?」
「へ?」
慌ててヒナに謝罪する俺に、呆れた様子でレイが問い掛けて来た。
「ヒナちゃんの血の匂いは、あたし達には丸わかりだって紗霧ちゃんが言ってたでしょー?」
「……えっ、じゃあもしかしてこのいい匂いって」
俺は再びヒナに視線を向ける。
今までヒナから感じた事の無かったいい匂い。この身体になって初めてそれを感じたと言う事は、これがそのヒナの血の匂いって事なのか。
えぇ~、こんなに良い匂いだったんだ。
「私、カイトに食べられちゃうのかと思った」
「マジのガチで本当に悪かった!!」
俺はおちゃらけ無しの本気の土下座をヒナに向けた。
俺は知っている、ヒナが今まで何度吸血霊鬼に襲われてきたのか。その記憶は成長した今でも少なからずトラウマとして残っているはずだ。
それなのに無神経にもヒナの血の匂いを求めて我を忘れかけるだなんて。いくら気心知れた幼馴染だからってやっちゃいけない事のラインを越えている。
「もう二度とこの様な事が起こらない様猛省し……」
「……なぁんだ、食べてくれないんだ」
「再発防止に努め……え?」
不意の発言に顔を上げる。
目の前のヒナの顔に不安や恐怖の色は見えず、一度涙目になったまま潤んだ瞳を俺に向けるばかりだった。
「えっと、どういう意味で……」
「……カイトは知ってるでしょ、私がカイトに乱暴されるの好きなの」
「あ、ああ……今まで乱暴した覚えはありませんが……」
混乱し変な敬語のまま返答をする。
確かに知っている。ヒナは、と言うかレイもだがその、ちょっといじめられたり痛いのがお好きだと言うのは。
その原因はどうやら俺らしいのですが。
「い、今のすごかったよ。ドキドキしっぱなしで、今のカイトには抵抗できないんだろうなあって思い知らされて……」
「待って? お前
「カイト達に会いに来たんだから外してるわよ」
「優しいなぁ……」
優しすぎて涙が出そうだ。
あと、俺の罪深さにも。
「カイトが食べたいなら、食べてもいいよ? 私の事……」
「…………」
「朝ごはんの前に、私の事つまみ食いしちゃわない……?」
バカ言ってんじゃねえ。そう突き放すつもりだった。だが俺は、俺の口はその一文を言葉にしてはくれなかった。
それはヒナの血の誘惑に負けそうになる吸血霊鬼の本能か、はたまたヒナに対して自覚してしまった俺の恋心か。
訪れたチャンスを決して見逃さないヒナの誘惑に抗い切れずにいたのだ。
「……ヒナ」
「んっ……」
俺はヒナの首筋に触れ、そのまま指を滑らせヒナの肩をはだけさせる。
くすぐったそうに漏れたヒナの声と吐息が俺の興奮を煽り、俺の指先をより深くへと進ませ……。
「こらーーーーーーーーっ!!!!!!!!」
「ぐぇーーっ!!?!?」
レイに思いっきり引き剥がされた。
「えっち警察です!!!!!!!!!!!」
「はい!!!!!」
今度は反論も何も無かった。
今俺は明らかにえっちな事をしようとしていた。
いえ違いますよ? あくまで服を脱がせようとしていたのはヒナの血を求めていたからであってそこに性的な意図があった訳ではありませんからね?
どちらにせよ人前でやるなと言う話ではある。
「チッ、余計な事を……」
「ヒナちゃん!! 聞こえてますからね!!」
小さく舌打ちをしたヒナをレイは見逃さなかった。
「いいじゃないのよ、どうせカイトもそのうち血は必要になるんだし、ここで私の血を飲むくらい」
「だめ!! 羨ましい!!」
「お前はブレねえなぁ……」
はははと苦笑いしながら二人のやり取りを見ていると、レイが急にじっとりとした視線を向けて来た。
「……かいとの中に入るのは、あたしの血だけでいいよ」
「……………………」
本当にさぁ、やめないかそういうの。
俺そう言うのに弱いんだって。
「ふん! でもねレイカ、私は抜け駆けを許すつもりは無いわよ!」
「ふぇ?」
「こういう事よ!!」
「は? ちょ、おい!!?」
ヒナは身を乗り出して俺に覆いかぶさり、強引に顔を押さえ付けた。
「…………ちゅっ♡」
そのままの勢いで俺の唇を奪った。
「あーーーーーーっ!!」
「あむ、ちゅ……」
「あたしそんなに濃厚なちゅーしてない!!」
「んんん!!! んんんんんん!!!?!?」
いいから早く離せ。その俺の思いは言葉にならなかった。
無理だろ、口塞がれてんだから。
「はーなーれーてーよ~~~~っ!!」
「ぢぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!!」
「…………」
何でもいいから、早く飯にしないか。
食う前からもう糖分過多なんだけど。
◇
「それ、何読んでるの?」
朝食を終え、手帳をペラペラと捲っていると横からレイが近寄って来た。
「うーん、吸血霊鬼の教科書……いや図鑑かなぁ。取扱説明書?」
「そんなのあるの?」
「……あ、それってカイトがずっと前から持ってる手帳よね」
俺が説明に苦労していると、食器洗いを終えてくれたヒナが俺の反対側に座った。
「これは一人暮らしするって決まった時、親父に渡されたんだ。肌身離さず持ってろって言われてさ。前までちょろっとしか読んでなかったんだけど、吸血霊鬼について随分詳しく書いてあんだよ」
そう言いながら俺は全員に見える様にテーブルに手帳を置き、最初の方のページを開いた。
「本当だ……随分詳細に書いてあるわね。私は退魔師だからほとんど知ってるけど、一般知識じゃないものも含まれてるわよ、これ」
「これのおかげで俺は死にかけのレイの事見付けられたんだよ。そういう点では親父に感謝だな」
「へ~、じゃああたしもお義父さんにありがとうって言わなきゃだね」
「レイカ、今お義父さんって言った????????」
「…………」
「…………」
「「━━シュババッ!!」」
瞬間、勢いよく椅子から飛び退くレイとヒナ。なんか始まった。
「あたしとカイトは家族!! つまりカイトのお父さんはあたしのお義父さん!!」
「調子に乗るんじゃないわよ居候!! ペットで充分よあなたなんて!!」
「でぇへへ、カイトのペットかぁ……悪く無いなぁ……」
「やっぱ無し!! ちょっと羨ましい……じゃなくて不健全だから!!」
「バカやってねぇで座れ、暴れんなよ……」
最早懐かしくもあるレイとヒナの口喧嘩をよそに、俺は手帳を読み進めていた。
「……でも確かに、なんでこんなに親父は吸血霊鬼に詳しいんだろうか」
昔はまったく見当がつかなかったが、今はそういう訳でもない。母さんが混血の吸血霊鬼だと言う事が判明したからだ。
それに母さんは身体が弱かったとも言っていた。そんな母さんの為に調べ回った結果身に付けた知識だと考えればおかしなことは無かった。
だがそれを加味しても一般人の集めた知識で片付けるには疑問が残る。先程ヒナも軽く目を通した程度で「ほとんど知ってる」と言ったのだ。
ほとんど知っている。逆に言えば軽く見ただけで退魔師のヒナが知らない知識が混ざっていたと言う事。
もう一度言うがこれを書いてまとめたのは一般人の親父だ。吸血霊鬼でも無ければ専門家でもない。
(つっても親父の仕事知らねえから、断言は出来ねえけどな……)
そうか、俺が知らないだけで親父が吸血霊鬼絡みの仕事についてる可能性はあるのか。もしそうなら母さんとも仕事きっかけで知り合ったとか繋がる部分もある。
でもなぁ、親父の口から吸血霊鬼って単語を一度も聞いた記憶がねえんだよな。いくら仕事の話を家でしないっつってもそんな事あるか?
「親父が寡黙すぎんのが悪ィよな。ったく…………?」
知っているページは適度に読み飛ばしつつ、書かれた事を読み込んでいるととあるページに行き付いた。
そこには今の俺にとって非常に目を引く単語が並んでいた。
「……四半
そのページに記されていた単語を呟いた俺は、食い入るように内容を確認した。
・
・しかし四半
「親父の奴、こんな事まで知ってたのかよ。紗霧ちゃんが苦労して集めた情報って聞いてたんだが……ん?」
四半
「……………………あァ?」
俺は目を疑った。
なあ親父。どうしてテメェが
いや、知ってるっつーのは語弊があるか。だって紗霧ちゃんは前例が無かったっつってたもんな。となると自力でこの仮説に行き付いたって所か。
けどよ、テメェがその仮説に行き付いてたのはどうしてだ。なんでそれが都合よくこの手帳に記されてる。
・
「…………」
そうか。よくわかったよ。
親父がこんなに吸血霊鬼について詳しいのが母さんの為だとしよう。それが一番納得のいく理由だろうしな。
それでこの四半
様々な疑念が晴れるのと同時に、
もしもだ。もし今俺の頭に浮かんできた可能性が真実だとするならば……。
「━━バァンッ!!!」
「きゃっ!?」
「わっ!?」
俺は勢いよく手帳をテーブルに叩き付け、その衝撃で大きな音が響いた。
近くで言い争っていたレイとヒナが静かになる。
「カ、カイト? ごめん、うるさかった?」
「……ヒナ」
「へっ……!?」
「あ……悪い」
ギロリと視線だけを動かし、ヒナの顔を見る。
失敗だった。今の顔でこんな睨み方したら俺がヒナにキレたみたいに見えるじゃねえか。
俺は慌ててヒナに近付き優しく抱き締めた。
「お前らに怒った訳じゃねえんだ。んで今ヒナを見たのも煩わしくて睨んだ訳じゃない。脅かしてごめんな」
「じゃあ……DV彼氏ごっこ?」
「違うね?」
よかった、こいつ全然凹んでなかった。
俺は最後によしよしとヒナの頭を撫でて腕を離した。
「か、かいと……」
「レイもだぞ、別に俺お前らに怒ってな……」
「あたしも撫でて」
「…………」
思ったよりしたたかだよね君達。
同じ様にレイも抱き締め、頭を撫でてやった。
「それで、どうしたの?」
「……いや、ちょっと用事が出来てさ」
俺はそう伝えて部屋に戻り、軽く荷物をまとめ始めた。
「用事って?」
「カイト、出掛けちゃうの?」
「んー、そうだなぁ。まだ決めてねえけど一晩ぐらいは空けるかもなぁ」
部屋の入り口から二人がひょこっと顔を覗かせる。可愛いね。
「どこに行くのとか聞いてもいい?」
「なあに心配すんなってヒナ、別に大魔族に喧嘩売るって訳じゃねえから」
「……ヒッ!?」
俺は満面の笑みで振り向いたつもりだったんだが、ヒナには小さく悲鳴を上げられてしまった。
「ちょっと親父の所行って、思いっきりぶん殴って来るわ」