吸血霊鬼のレイカさん   作:ラティーシャ

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第六十三話【ドキドキ☆カイトの実家にご挨拶】

 親父は四半混血・吸血(クォートダンピール)霊鬼について知っていた。

 それがすぐに倒れてしまう存在である事も、そうなった場合の対処法の仮説も全て手帳に記されていた。

 調べた方法は別にいい。俺の予想通りならあの親父は恐らく異常な行動力を隠し持っている。鋭い観察眼と分析力も。

 行動力と観察眼は俺も自信あったが、それが親父譲りなんだとしたらありがたい話だね。

 そんな親父と俺だから、俺は今こうしてアイツをぶん殴りに行く決心がついたんだけどな。

 

「━━プルルルルルルルッ」

 

 スマホを取り出し、数か月に一度しかかけた事の無い親父の電話番号を探す。

 あまり多くない俺の電話帳、あっという間に「神上(ミカガミ)薪人(マキト)」の文字を見付けた。すぐさま鳴らす。

 急に押しかけて親父居ませんでしたじゃ笑えないからな、予定を取り付けてもらう。

 用事があったとしても空けさせる。

 

『…………カイトか』

「よぉ、久しぶりだな親父」

 

 何度もコール音が響いた後、久しぶりに聞いた低音の声で俺の名を呼ばれる。

 

『仕送りの額は増やせないぞ』

「俺が金ない時しか連絡しないと思ってねえか?」

 

 いや確かにね? ここ数回金がヤバい時にしか連絡してなかったけどね?

 仕方ねえだろレイに可愛い服着て貰いたかったんだから。俺だって他の娯楽切り詰めたんだからな。

 まあ、詳細を話さずに「二人分の生活費送ってくれ」って言って了承してくれた件は頭上がらないんだけども。

 ……俺思ったより親父にわがまま言ってんな?

 

「今日会いに行くから予定空けてくれ」

『……随分急だな』

 

 いかんいかん、今だけは罪悪感を抱くな。

 俺は今、こいつを殴りたくて殴りたくてウズウズしてるんだから。

 

『今日は無理だ、打ち合わせが入っている。別の日にしなさい』

「潰せその予定」

『……何?』

 

 俺の理不尽な言葉に親父の困惑する声が聞こえてくる。

 

「拒否権はねえよ。空けろ、予定」

『……………………』

 

 流石に怒らせただろうか、今まで親父にここまで舐めた言葉をぶつけた事は無かったからな。

 親父の沈黙はしばらく続いた。俺も黙って親父の言葉を待っていた。

 

『……わかった、今日は一日空けておく。いつでも来なさい』

 

 なんと親父は俺の要求を受け入れたのだ。仕事の打ち合わせだなんて他人の予定にも関わる事なのに。

 ダメ元で言ってみたのだがまさか通るとは。だがそれなら話は早い。

 

「おう。ああそれともう一個だけ」

 

 用件は済んだ。通話を切ろうと思ったのだが、一言伝え忘れていた言葉を思い出した。

 

「首洗って待ってろ」

『……………………』

 

 それ以降親父の返事は無かった。俺もすぐに通話を切る。

 

「……よし、予定なし。心置きなく押しかけられる」

「わぁ……」

「ん~?」

 

 そう言えば部屋の入り口から視線が二つ俺に向いていた事を思い出し、様子を窺った。

 

 

 

「オラオラ系のカイトだぁ……♡」

「わ、私もあれくらい乱暴に……」

「はぁ~……」

 

 いつも楽しそうだねぇ君達。

 

 

 ◇

 

 

「と言う訳で、俺は実家に帰らせていただきます」

「がーーーん!!」

「え?」

 

 改めて二人に小ボケをかますと、レイがノリ良く反応してくれた。

 ヒナはぽかんとしていたが、そういうドラマとかあんまり見てないとわからないだろうし仕方ない。

 

「つってもすぐ帰って来るけどな。さっきも言った通り多分日帰り……だと思うけど、長引いたら一日くらいは泊まるかもってぐらい」

 

 そう言いながら、俺の視線がレイと交わる。

 そうか、もし泊まりになったらレイに血をやれなくなるな。とは言えなぁ、あんまり楽しい用事って訳でもねえし。

 マジで親父一発ぶん殴って帰るだけの可能性も充分あんだよな。

 

「……あんまりゆっくりできねえかもだけど、それでいいなら一緒に来るか?」

「いいの!?」

「その方が万が一はねえだろう」

 

 なんだかんだレイが一緒に居ればいくらか不安は軽減されるのも事実だ。

 万が一泊まりになってもレイが血を飲みそびれる事が無い様に。

 万が一俺がやりすぎて親父が再起不能にならない様に。

 

「えー、レイカだけ?」

「うっ」

 

 とまあ、俺がレイにそう提案すればヒナから訝し気な視線を向けられるのはわかっていた訳で。

 

「私は連れて行ってくれないの?」

「…………っと」

 

 これがただの外出なら連れて行ってやっても全然よかった。

 ただ今回、もし親父の口から俺の予想通りの言葉が出てきた場合、マジで俺は親父をぶん殴る事になる。

 その現場を見せるのが気が引けると言うのもあるが、それ以上にヒ(・)ナ(・)を(・)傷(・)付(・)け(・)る(・)事になりかねなかった。

 

「じぃっ……」

「……はぁ、参りました」

 

 とは言え、ここでヒナだけ置いていくのも傷付くよな。

 

「いいよ来ても」

「本当!? えへ、やった」

「ただ一個だけお願いしても良いか?」

 

 小さくガッツポーズをして喜ぶヒナに、忠告に近いお願いを伝えた。

 

「俺が親父と話してる時、もし俺が席を外してくれって言ったら言う通りにしてくれるか?」

「それはもちろん……親子の大切な話の邪魔したい訳じゃないもの」

「邪魔っつーか、お前の為なんだけど……」

「うん?」

「まあいいや。とにかく頼むわ」

 

 結局二人とも連れて行くことになってしまった。

 俺と親父の話に付き合わせるのも悪いと思っていたけど、二人の顔を見ていたらそんな不安も吹き飛んだ。

 

 

 

「お義父さん!! 息子さんのお嫁さんになったレイカです!! よーしこれで……」

「何しれっと外堀埋めようとしてんのよ!! って言うかそんな気軽に名前明かしちゃダメでしょ!?」

「家族になるなら問題ないよね!!」

「させないって言ってんでしょうが!!」

 

 うーん。

 いや本当、あんまり変な事言わないでね?

 

 

 ◇

 

 

 それから大体一時間ぐらい経って、俺達は三人仲良く電車に揺られていた。

 今日は平日。旅行の時と違って夏休みシーズンでもなく、通勤通学ラッシュともズレた時間帯。

 それに今親父が暮らしてるのは田舎もいい所だ、そっち方面への電車に乗る乗客なんてほとんどいなかった。

 俺達を含め、全車両で考えても一桁しか乗っていないんじゃないだろうか。

 

「……で、ヒナは何してんの?」

「何って?」

「ここ、一応電車の中なんだけど」

 

 人が居ないので遠慮なく座席に座っていた。

 レイとヒナはいつも通り俺を挟んで両隣。そこまではいい。

 ヒナが思いっきり俺と腕を組んでいた。それも全身でしがみつく様に。

 

「確かに人目なんかねえけどさぁ」

「じゃあいいじゃない」

「よくねえよ。公共の場だと言う事を理解しろ」

「そうね……興奮してきたわ」

「…………」

 

 ダメだ、何言っても離してくれなさそうだ。こいつ、無敵か?

 迷惑かけそうな他人も居ないし、今日ばっかりは大目に見るか。

 俺は諦めて反対側に座るレイの方を向いた。

 

「ヒナもレイの事見習えよな。なあレイ」

 

 レイも俺とくっついてはいる。しかしそれは手のひらだけだ。

 傍から見ても仲のいい男女ぐらいの距離感。ヒナとは大違いだ。

 

「……イメージだけなら絶対逆なんだけどな、お前らの行動」

 

 無邪気に距離が近いレイと、真面目な委員長のヒナ。

 普通に考えればレイが抱き着いて来てヒナがそれを咎める。ヒナは時間と場所をわきまえた接触を図る。そんなイメージが湧きやすいものだが実際は逆なんだもんな。

 

「……レイ?」

 

 ところでレイが一言も喋らない。

 流石に気になったのでレイの顔をじっと見つめた。

 

「…………ほぁ」

 

 レイはなんだか蕩けた表情をしていた。

 よく見れば手の握り方もなんだかねっとりしていると言うか。

 俺の手首をきゅっと掴み、かと思えば指先までつうっとなぞってみたり、指と指の間をじっくり絡めてみたり、指先を摘まんで遊んでみたり。

 何かコレ、腕に抱き着かれるより危なくない?

 

「あの、レイさん?」

「なぁに?」

「なにって言うか、手……」

「……これも誰かに迷惑かけちゃう?」

「い、いや……大丈夫だとは思うけど」

 

 レイはそんな健気な質問をしてくる。

 確かに手を繋ぐぐらいなら何も問題は無いんだろうけど。

 俺の精神的に危ないって言うか。

 

「……だめならやめるよ」

「うぐ……」

 

 ああもう、そんなに切なそうな声出さないでくれ。

 参った、俺の負けだ。

 

「……あっ」

 

 俺はレイに弄られていた手を反転させ、レイの手のひらを受け入れる様に手を握った。

 位置的にお互いの指が絡まり合う。

 

「……えへへ」

 

 不安そうにしていたレイの表情も和らいだ。

 俺、レイの悲しい顔にとことん弱いな。

 

「あっ!! レイカの手握ってる!!」

「うるせーぞ」

「私の腕も抱き返してよ!!」

「無茶言うなや片腕だぞ」

「ずるいずるいずるいずるいずるい」

「…………」

 

 仕方がないので一旦ヒナから腕を引き剥がし、ヒナの方へ伸ばしてやった。

 

「があああああああああああ!!?!?」

 

 そのまままっすぐヒナのこめかみへ。

 前はよくレイにやっていたこれ、ヒナにやるのは初めてだな。

 旅行の時にレイもろともゴリゴリした事はあるが。

 

「満足か?」

「スミマセンデシタ……」

「よろしい」

 

 反省したヒナから手を離し、レイにしてやったのと同じ角度で手のひらを見せた。

 

「ほら、ヒナ」

「……むん」

 

 ヒナは納得いかなそうな顔をしていたが、すぐに俺の手のひらへ手を重ねてきた。

 最初から言うこと聞けば痛い思いしなくて済むのに。

 いや、こういうことしてるからこいつらの性癖歪んじゃったのかな。

 

「んお?」

 

 ヒナの事を構っていたら、今度はレイの頭が俺の肩にこてんと乗せられた。

 

「眠いのか?」

「んー……そうじゃないけど」

「……ま、俺の肩で良けりゃ好きに使ってくれ」

「……うん♪」

 

 なんだか今日のレイ、と言うか家出てからのレイ、随分しっとりしてるな。

 こういう時のレイに法則性がある事を俺は知っている。レイがしっとりしている時には何かしら思う所があるのだ。

 俺がヒナに取られそうになった時と、レイの昔話をしてもらった時と。

 俺の母さんの、家族の話をした時と。

 

(……あー、そういやそうだったな)

 

 この短い旅は俺の親父に会いに行くもので、俺の家族に関わる事だ。

 やっぱりレイは誰かの家族の事情に触れる時、こうして少し物思いに耽るんだろう。

 それだけレイにとって「家族」っていう言葉が重要なんだろう。

 家族の親は家族、意外と本心から出た言葉かもしれねえな。

 

「……ふんッ」

「すごく痛い!?」

 

 レイの事ばかり見ていたら、反対側の肩にも衝撃が走った。

 いやレイはこてんって感じだったんだけど。お前今明らかにドゴッって感じだったぞ。

 

「……眠いのか?」

「そんな事無いけど?」

「……じゃあ離れろ」

「酷い! レイカと反応違う!!」

「クッソ……」

 

 贔屓は良くない。俺が最初にヒナに言った事だ。

 言ったけどさ、なんか最近ヒナの距離感また一歩近くなってないか?

 

「…………」

 

 まったく俺は何言ってんだか。

 一ヶ月も寝たきりになっておいて、甲斐甲斐しく世話してくれてた奴らが同じ距離感だと思うなよ。

 それに「お前ら両方好きになっちまった」って伝えちまったしな。同じ距離感だと思う方がどうかしてる。

 

「わわっ!!」

「きゃっ!?」

 

 俺は二人の肩を抱き寄せた。

 

「か、かいと?」

「ちょっと、人目気にしろって言ったのカイトじゃないの!」

「わーってるよ!! 今だけだ。今だけだから……」

「も、もう、しょうがないんだから……」

「えへへ……」

 

 そう言うと二人共それ以上の追及はしてこなかった。

 

(本当に、今だけだから……)

 

 俺は優柔不断でどうしようもない野郎だ。

 それでもちゃんと、最後はきっぱりとどっちか選ぶから。

 だから今だけ。

 

 この瞬間だけは、二人からの愛情を素直に受け取らせてくれ。

 

 

 ◇

 

 

「この辺りへ来るのも久しぶりだな」

 

 電車に揺られる時間も終わり、俺達は親父の住む家の最寄り駅からてくてくと並んで歩いていた。

 駅周辺だと言うのに周りにやれ田んぼだ畑だ、少し進むと山と木ばかりだった。

 

「わぁ~……広くて静か~っ♪」

「ここがカイトの実家のある場所なのね……」

 

 いつもに比べて何もない場所だと言うのに、二人共いい反応をしてくれていた。

 将来君達を奥さんに貰える人は幸せ……やめるかこれ、また墓穴掘りそうだ。

 

「確かに親父が居るから実家って事になりそうだけど、俺が生まれ育ったのはあっちで、後から親父がこっちに住んだってだけだからあんまり実家感ねえんだよな」

 

 実際の所、親父が住んでいるこっちの家には数回しか来た事がない。

 連絡しなくても仕送りはされるし、特に親父に用もなかったし、わざわざ顔見せる事も無かった。それでも年に一回程度は来てた気がするけど、レイを拾ってからは一度も来ていない。

 それでも律儀に俺の部屋を用意してくれてはいるから、いつでも来ていい場所ではあるんだよな。

 

(なんて親父の良い所を並べてみたが、今回は親に顔見せる優しい息子のつもりはねえ)

 

 懐から親父の手帳を取り出し、睨みつける。

 今回の目的は親父の知ってる事、隠してる事を全部吐かせる事。

 それで納得いかなかったら腹の中の物も全部吐かせてやる。

 特にヒ(・)ナ(・)を(・)傷(・)付(・)け(・)る(・)様な事を言ったら、その瞬間親父の顔面歪ませてやるからな。

 

「……ねえカイト、結局どうしてカイトはお父さんに会おうと思ったの?」

「ん?」

 

 思い切り眉をひそめ手帳を睨んでいると、ヒナにとんとんと肩を叩かれた。

 結局二人には親父と会ってぶん殴ってくるとしか伝えてないしな、不思議に思うのも無理はない。

 

「知らなくていい」

「え……」

「と言うか知らない方がいい」

 

 しかし俺は何も答えなかった。

 十中八九黒な親父がまだ白の可能性が残されてたからと言うのもあるが、それが黒だとしてもヒナに聞かせるべき内容では無いからだ。

 ヒナはこんな事実知らなくていいし、知らない方がいい。

 

「だからさ、悪いけど……」

「……ふーん」

「げっ!?」

 

 何も話せない事を謝罪しようとヒナを見ると、ヒナはおもむろに鞄から十字架(ロザリオ)を取り出し首にかけた。

 なるほど、吸血霊鬼が十字架に近付くとこういう感じになるのか。若干体が重い。

 でも俺がこうなる事をヒナも知っているはず。ならどうして急に十字架を取り出したんだ。

 

「ま、まさかそいつで脅して理由を話すまで痛めつける気じゃ!?」

「そんな訳ないでしょ!? もしもの事があったらどうするのよ!!」

「じゃあなんで……」

「カイトがやり過ぎない為かな」

「……俺が?」

 

 ヒナは俺から若干距離を開け、俺が苦しくならない程度の距離で話してくれた。

 

「カイトがお父さんと喧嘩しに来たのはいいけど、カイトは今吸血霊鬼と同じ力があるんだから、もしもがあったら大変でしょ」

「いや、そこまでボコボコにするつもりは……」

「カイトが全力で殴ったら【銀血】(シルバリオブルート)も吹き飛ぶのよ? それに自分の力完全に使いこなしてる自信あるの?」

「うぐ……」

 

 確かにヒナの言う通りだった。

 ヒナの匂いに吸い寄せられ、台パンしたら想像以上の音が鳴り、明らかに人間の頃と違う感覚に振り回されている気がする。

 

「ま、そういう事だから。私がカイトを前科持ちにならない様見張っててあげる」

「…………頼もしいね」

 

 俺はヒナを守る為に色々考えてたけれど、その気持ちは一方的な物じゃなかったのかもしれない。

 なんて、そんな事何年も前からわかってた事か。

 

「……一個だけ追加で伝える。もし親父の口から酷い事言われても、あんまり思い詰めないでくれ」

「よくわからないけど……カイトがそう言うなら覚悟だけしておくわ」

「よし。んじゃ早く行こうぜ、じゃないと……ほら」

 

 俺は遠くの田んぼの上を指差した。

 

「かいと~~~~っ♪ ここ、すっごく広くていいね~~~!!」

 

 人目もなく、邪魔な建物もない田舎なので、レイが元気に飛び回っていた。

 後で俺にもやり方教えてもらおうか。ここなら誰の迷惑にもならないし。

 

「レイが待ちきれなくてはしゃいじゃってるから」

「あの子ったら、もう……」

「お~~い! そろそろ行くぞ~~!!」

「は~~い!!」

 

 俺が手を振ると、レイはふよふよと寄ってきて着地した。

 さっきまで湿っぽかったレイもこのだだっ広い田舎を見たら少しは気が晴れたのだろうか。だとすればこの田んぼたちにも感謝しないとだな。

 

 

 

(……あとは)

 

 親父が余計な事言わない事を祈りつつ、ぶん殴る心構えだけはしておかないとな。

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