「ここだ」
車もろくに通らないほっそい道を何十分か歩き、ようやく辿り着いたのは目的地。親父が住んでる家だ。
一応俺の家と言う事にもなるが、ほとんど来ない家の鍵なんて持っていない。素直にインターホンを押した。
「━━ブツッ」
程なくしてこの家の住人がインターホンの向こう側に立った音が聞こえる。
『……はい』
「来たぞ、開けろ」
『そうか、意外と早かったな』
「早く親父の顔が見たくてさ、家族思いの良い息子だろ?」
『……今出る』
俺の皮肉が聞いているのかいないのか、相変わらず抑揚のない声で対応する親父。
「つ、ついにカイトのお父さん……お義父さんに会うんだ」
「なんで今言い直したのかしら。怒らないから言ってみなさい」
「本当に頼むから変な事言わないでね?」
俺の後ろでバカな事言ってる二人に釘を刺していると、家の奥から足音が聞こえてきて玄関が開かれた。
「っ………………」
親父は俺の顔を見た途端、何も言わずに若干目を見開いていた。
「……そうか」
「どうだ、しばらく見ねえうちに結構成長しただろ」
「…………ああ」
親父は何かを納得した様な顔でぼそりと呟くと、レイとヒナを順に見て玄関を大きく開いた。
「とにかく入りなさい、お友達も一緒に。挨拶は中でしよう」
「おう。行こうぜ二人共」
「え、ええ!」
「はっ、はい!」
俺の親父を前に、やはりと言うかどこか緊張した顔つきの二人は俺の後ろをひょこひょこついてきた。
ま、最初くらい落ち着いて話してやろうじゃないか。
俺も大人になったもんだ。
◇
「さて……」
親父は俺達の前に人数分のジュース缶を並べると、ゆっくりと口を開いた。
ちなみに何でもあるレベルで種類があったので、レイにはトマト、ヒナにはオレンジ、俺にはコーヒーを貰った。
「君はヒナタ君だね?」
「はい! お久しぶりです、カイトのお父さん!」
ヒナと親父が顔を合わせるのなんて小学校の頃以来だ、マジで久しぶりだろう。
しかし親父もよく一発でわかったな。ヒナってこの数年で滅茶苦茶美人になってんのに。
でも、俺の女友達なんてそんな増える訳ねえし、髪色見ればわかりやすくはあるか。
「それで、そちらのお嬢さんは?」
「はっ、はい! あたしは
「レイだ」
躊躇いなく自己紹介で本名を明かそうとするレイを即座に止め、代わりに説明してやった。
レイの本名はまだ親父には早い。それに、俺にあんな手帳渡した親父なら全部理解できるはずだ。
特にレイの瞳を見れば、それ以上の説明なんて要らねえだろ?
「こいつはレイ。それでいいよな?」
「……ああ、充分だ」
親父はそれ以上追及してこなかった。
いいぞ、変に聞き出そうとしたら早々に一発目の拳が入る所だった。
「私は神上
親父はレイに向けた自己紹介を簡潔に終えると、深く頭を下げた。
「わわっ! お世話だなんてそんな、あたしの方こそカイトにいっぱい面倒見てもらってるので!!」
偉いなぁレイ、いつの間にそんな謙遜を覚えたんだ。
親父の言う通り、俺はいつもレイやヒナに世話になってばかりなんだ、素直に感謝されても良いんだぞ。
「……挨拶はそのくらいでいいだろ」
レイの前に手をかざし、親父の視線を俺に向ける。
「俺は別に世間話や近況報告しに来た訳じゃねえんだ。親父だってそんな事の為に用事潰されたんじゃたまらねえだろ」
「…………」
俺は親父の手帳を取り出し、テーブルの上に放り投げた。
それから前髪をかき上げて、普通の人から変容した俺の右目で親父を睨みつけた。
「親父、あんたに色々聞きてぇ事があんだよ」
「……なんだ」
「母さんの事、その手帳の内容の事も聞きてぇ」
親父は態度の悪い俺を叱るでもなく、ただただ俺の目をじっと見つめていた。
親父が見ていたのは俺の目なのか、吸血霊鬼の目なのかわからないけど。
「…………わかった、話そう。だが長くなるぞ」
「上等だ」
「……ならお前の母さん、ロミアの話からしようか」
親父はゆっくりと記憶を掘り返す様に、振り返る様に、静かに目を閉じた。
「ロミアは吸血霊鬼……
なるほど、母さんも綺麗な見た目してたけどやっぱ結構歳行ってたんだな。
やべ、今の母さんに聞かれてねえよな?
「この辺りもロミアが生まれ育った場所らしくてな、彼女との思い出が忘れられなくてここへ越してきたのだ」
「は……そんな理由だったのかよ」
「そうだ」
「初耳なんだが」
「親がそんな理由で引っ越すと、小学生だった息子に言えると思うのか?」
無理だろうな、子供もいる父親がそんな理由で引っ越すとか情けないと思われても仕方ない。
「ロミアと知り合ったのもこの辺りだ。私が近くの高校に転勤してしばらく経った頃、見晴らしの良い所で風景を描いていると、風景より美しい女性に声を掛けられてね。それがロミアと私の出会い……」
「待て待て待て!! 高校に転勤? 風景画!? 何の話してやがる!?」
「……そうか、言っていなかったか。私は美術教諭なんだ」
どこかで聞き出そうとは思っていたが、あまりにサラッと言うものだから聞き逃すところだった。
高校で美術教諭か、なるほど。やけに上手すぎる母さんと俺の絵があったのもそういう理由か。
って事は打ち合わせって、学校での打ち合わせか? ヤバイ、俺のわがままが思ってたよりも大人数の予定に響いた可能性がある。
ええい、俺の気にする事じゃねえ。忘れろ。
「ロミアは私の描いた風景画に興味を持ち、私はロミアに興味を持った。互いに惹かれ合うのにそう時間はかからなかったよ。程なくして私達は結婚し、転勤と共に今お前が住んでいるあの場所へ引っ越した。白銀さんともその頃からの付き合いだ」
親父がヒナの顔をチラッと見た。
たったそれだけの行為が今の俺には妙に鼻につく。
「しかし吸血霊鬼の中では珍しく、ロミアは身体が弱かった。都会の空気は肌に合わなかった様で、だんだんと弱っていったよ」
「それなら田舎に帰ればよかったじゃねえか。嫁の為なら転勤ぐらいするだろあんた」
「そうもいかなかったんだ。その時すでにロミアは身重になっていたんだよ」
「あ……」
チッ、もっとオブラートに包めや。
それだと俺の所為で母さんは空気の澄んだ田舎での療養が出来なかったって聞こえんだろ。
「無論私も危険だとロミアに言った。無理をしてでも一度田舎に帰り、出産を終えてからゆっくり療養しようと。だがロミアはそれを良しとしなかった。自分よりもお前に負担がかかる事を嫌ったのだ」
「…………」
「後はお前の知っての通りだ。ロミアはお前を出産し、この世を去った。ロミアが吸血霊鬼である事は黙っていたが、それ以外は特筆すべき事は何もない……ごく普通の一人の女性だったよ」
「……ハァ~~」
こいつ、マジでオブラートに包まねぇ。
後半は全部知ってるし母さん本人に聞いた事だから良いけどよ、もう少し言葉を選べよ。
見てみろ、レイもヒナもずっとそわそわしてんじゃねえか。二人を気まずくさせてどうする。
ダメだ、そんな気の回るやつだったらここまで寡黙になってねえ。
それともやっぱ少し怒ってんのかな。
◇
「……まあいいや、母さんの事は後でもっと詳しく話してもらうとして、今はそんなもんでいいよ」
「なら次は手帳の事か?」
「なんならこっちの方が気になってたんだよ」
今の惚気に近い話を聞いた後だと、この親父ならここまでクソ真面目に情報かき集めるだろうなって感じもするが。
せっかくここまで来たんだ、気になった事は全部本人の口から聞かせてもらおうじゃねえか。
「どうして一般人のあんたがここまでの情報を集められた?」
「そこまで特別な事はしていないさ。調べればわかる事を片っ端から書き留めたに過ぎない」
親父は手帳を手に取り、そこに文字を綴った日々を懐かしむ様に指先で表紙を撫でた。
「初めはもっとロミアの事が知りたくて調べた。ロミアの身体が弱い事を知ってからは、少しでもロミアの力になれる様に調べた。ロミアを失いお前を授かってからは、より一層情報収集に励んだ」
「…………」
まあ、だろうなとは思ってたよ。
そこまで母さんの身を案じる人間なら、その負担を少しでも減らすための努力を惜しまないタイプだ。
しかしだ、一般人の努力だけではどうしたって集まらない情報だってあったはずだ。
「なら、四半
「お前、これを読んでいなかったのか?」
「……………………悪かったな」
どうせ俺には関係ねえと思って適当に読み飛ばしてたよ。頭に入ってる訳ないだろ、こんな難解な情報の数々が。
「……私も自分でそこへ行き付いた訳ではない。ロミアの母……お前の祖母から話を聞いたんだ」
「えっ……居るのか? 俺にばあちゃんが」
「もちろんだ。お前を不安にさせまいと会わせた事は無かったが」
確かにそうか、母さんが吸血霊鬼ならその親だってどちらかは吸血霊鬼だ。
母さんは身体が弱くて死んじまったってだけで、その母親がそれより長生きだって何もおかしくはない。
「気付いていると思うが、ロミアの母は純血だ。それも千年近く生きているらしく、ロミア以外にも子供が居たらしくてな。必然的に孫も大勢居たという」
「おかしい話ではねえか……」
「しかし、その孫の内何人かに吸血霊鬼化の反応が見られたらしい」
純血の孫って事はみんな俺と同じ四分の一、クォーターだったはずだ。
そんな孫が何人も居ればふとした事故や病気で血が目覚める事だってあっただろう。
「その時の情報を私に共有してもらい、彼女の考察も含めて手帳に記しておいたんだ」
「つー事は、手帳に書いてあった対処法や仮説は全部ばあちゃんが?」
「全てではない、私の憶測も含まれている。血液の質や量の話はそうだ」
「そうか……」
複数人の孫に俺と同じ症状が現れた。
だが紗霧ちゃんは俺より前に目覚めた四半
つまり、昏睡状態に陥った奴らはみんなもう居ないって事か。
顔も名前も知らないいとこ達の話だが、少しだけ悲しくなった。
(でも、あんた達が残してくれた情報のおかげで、俺は今こうして生きてるよ)
目を閉じ、俺に命を繋いでくれたいとこ達に感謝を伝えた。
◇
「それで、聞きたかった事はそれで全部か?」
親父は俺に手帳を手渡しながら淡々と訊ねる。
俺は手帳を受け取ると、懐にしまいながら首を横に振った。
「いいや、最後に一つだけある」
母さんの事と手帳の事、どちらもずっと気になっていた事ではあるが、それらについて聞き出すのはあくまでついでに過ぎない。
俺がわざわざここまで来て、親父に予定も空けさせて、何が何でも即日聞き出そうと思ったのは別の事だ。
「……え、カイト?」
ちらっとヒナの方を向く。
途中まで俺は、この質問をする前にヒナを退席させようと思っていた。
だがさっきヒナは、俺がやり過ぎないように見張っててくれると言った。同時に俺からヒナに、何を言われても思い詰めない様にとも。
だったら俺はヒナを信じるだけだ。
俺は改めて親父の方を向いて、ドスの聞いた声で質問した。
「親父……なんであんたはまだ小学生だったガキの俺一人、ヒナの近くに残る事を許した?」
「……………………」
「へっ? ど、どういう事?」
無言を貫く親父と、質問の意図を読み取れていないヒナ。
もし親父にも伝わってなかったら大変だからな、ちゃんと補足をしてやろう。
「こんな分厚い手帳にビッシリ吸血霊鬼についてかき集めた知識まとめるぐらいには家族思いだったんだろ。俺が生まれてからもより一層情報収集頑張ってたみてぇだし、肌身離さず持ってろって言う位だもんな」
自分の懐にしまった手帳を服の上から指差し強調する。
親父は何も言わない。
「だったらよ、どうしてそこまで心配になる程溺愛してた家族、それも中学にも上がってねぇガキの一人暮らしを許せたんだ?」
「あっ……!」
「カ、カイト……?」
ヒナはようやく違和感に気付いたようで、小さく声を上げて俺を見た。
反対側に座るレイも、俺が放つピリピリした空気に動揺し俺の名を呼んだ。
まだ親父は何も言わない。
「……だんまりか? まあ大方予想はついてんだけどよ、やっぱり真実は本人の口から聞かなきゃいけねえだろ?」
俺が聞きたいのは「何故一人暮らしを許したか」じゃない、「何故ヒナの近くに俺を置いていったか」だ。
親父は知っていたはずだ、ヒナが何度も吸血霊鬼に襲われて、その度に俺が慰めに行っていたのを。
これだけの情報を一冊の手帳にまとめてた親父だ、それがどういった意味を持つのかもきっと俺よりも早く確かな情報として理解していたはずだ。
そして、母さんと親父の間に生まれた俺に万が一の事が起きた場合、吸血霊鬼化する可能性も考慮していたはずだ。
そうなった場合俺の治療には
「…………お前の考えている通りだ」
「ッ…………」
親父が沈黙を破り、言葉を発する。
握った拳に力がこもる。
やっぱりそうなんだな。
「……お前が残る事を許したのは、将来ヒナタ君の血がお前に必要になるかもしれないと考えたからだ」
「━━ドガアアァァァァァァァァァァン!!!!!」
「わっ!?」
「きゃっ!?」
「━━ガンッッ!! バリィィィィン!!!」
思い切り足を振り上げた。目の前にあったテーブルがあっという間に遠くの壁に激突し、周囲の家具をバキバキに破壊する。
寡黙な親父も流石に視線を吸い寄せられていたが。
「どこ見てんだテメェ」
「っ!?」
誰が目ェ逸らしていいって言ったんだ?
親父の胸倉を掴んで至近距離で睨みつける。
「まっ……カイト!!」
ヒナが俺を止める声が聞こえる。
でもな、悪い。やっぱ限界だわ。
大事な幼馴染を
「……次はテメェの番だよ」
親父の身体が軽く浮くぐらい胸倉を掴み上げる。
そこでパッと手を離せば、親父の身体はすとんと床に落下する。
ほうら、殴りやすい位置に顔が来た。
「━━ドゴォンッッ!!!」
「がっ……」
「━━ガシャァァァァァァァン!!!」
渾身の力を込めた拳を顔面にめり込ませ、思い切り振り抜く。
小さなうめき声と共に、親父の身体もさっきのテーブル同様壁まで吹き飛ばされた。
「何ノビてんだよ」
壊れた家具と壁を背に、へたり込む親父にゆっくりと近付く。
「こんなんで終わりだと思ってんじゃねえだろうな?」
まだ一発、始まったばかりだ。