今日は実家に泊まりになった。
だがメンバーは俺だけじゃない、レイも居るしヒナも居る。
しかし困った、俺の部屋にはベッドが一個しかない。
さて、誰がどこに寝るんでしょうかね。
「カイト、お前はソファーで寝ればいい」
「…………」
どこで寝るかの話になった時、真っ先に俺がソファー送りにされた。
「二人にはお前のベッドと来客用布団を使ってもらおう」
「待てや」
「こんなおじさんのベッドを使わせるわけにはいかないだろう」
「……」
クソが、こいつまともな事しか言わねぇ。
今日は山ほど喋ったせいで親父が真面目で寡黙な人間だって事を完全に忘れていた。
「あ、あの……あたしソファーで大丈夫だよ?」
「私だって勝手に付いてきただけだし、カイトに負担を押し付ける訳には……」
「いや、いいんだお前ら。むしろお前らには感謝してるんだから」
レイもヒナも優しい事を言ってくれるが、正直俺もこの形に落ち着くのが一番だと思っていた。
レイとヒナが居なかったらマジで今日俺は親父を病院送りにしてたかもしれないし、この家は廃墟になっていたかもしれない。
「つーかよぉ、なんで来客用布団が一組しかねえんだ」
「お前以外にほとんど寝泊まりする客が来ないからだ」
「ああそう……」
「やっと友人を連れて来たと思えば二人、用意なんてしていない」
じゃあ何か? 俺が家に連れて行くほどの友達が居なかったからとでも言いてぇのか?
いやわかってる。普通ならこんな田舎に連れてくる訳もねえんだし、一組あれば充分だって事も。
むしろソファーがあるだけ幸運ととらえるべきだろう。おお愛しのソファー、お前までぶっ飛ばさなくてよかったよ。
「それでは私は夕食の用意をするから、二人を案内してあげなさい」
「ん……ああそうか、色々教えないとだな」
親父の言う通り俺はヒナとレイを案内する事にした。
普段の家なら二人共知り尽くしているだろうが、こっちの家は初めてだ。部屋の場所、風呂の使い方、ちゃんと説明しなければならない。
教えておかないと後で「かいと~お湯出ないよ~!」って泣き言言いそうなやつ居るしな。親父も居る家でそのまま裸で出てこられても困る。
俺の家でも困るけどね。
「んじゃついて来てくれ。とりあえず俺の部屋から……あ、ヒナ?」
「うん?」
二人に呼び掛けた所、ヒナの反応に違和感を感じる。
「どうした、やっぱ気分悪いか? アイツもう一発殴ってこようか?」
「違う違う違う!! 何でもないから!!」
「本当かぁ? まあ無理してそうにも見えねえけど」
今回、ヒナのメンタルケアは特に重要だ。
いくら本人が気にしていないと思っていても、知らず知らずのうちに溜め込んでいる可能性だってある。
とは言えヒナに何でもないと言われたらそれ以上は踏み込めないか。
「なんかあったら言えよ。じゃ行くか」
「おー♪」
「……はーい」
俺の呼びかけに元気のいい返事を返すレイ。
一方ヒナはやっぱり様子がおかしい。どこかそわそわしているというか。
体調は悪くなさそう、機嫌も良い。となると……。
(…………コイツ)
もしかして、何か企んでる?
◇
「……さささっ」
カイトの目を盗んで早々に抜け出し、カイトのお父さんが居るキッチンに来ていた。
コソコソする擬音を口にしながら。
「ふふふ……」
カイトの実家にご挨拶。近くにはカイトのお父さん。
こんなのもう、自分を売り込んでポイント稼ぎするしかないでしょう!
カイト自身も誘惑しつつ、外堀もちゃんと埋めていく。これが私の戦法よ。
「……ヒナタ君かな? それともレイ君?」
「うぇ!?」
入口からこっそりとキッチンの中を眺めていたら、背中を向けたままカイトのお父さんに声を掛けられてしまった。
「わっ、あっいえ、はい。ヒナタです」
動揺してしどろもどろになってしまったがなんとか返事をする。
すごい。前からカイトの傍に居て、カイトの洞察力の高さは時々目の当たりにしてきたけれど、お父さんはそれ以上だ。
美術教諭と言っていたし、絵も上手いらしい。情報を拾う能力が高いのだろうか。
「……やはり、私に言いたい事があったようだね」
「へ!?」
「カイトの手前、あの場では言えなかったこともあるだろう。覚悟はしているよ」
まずい、大きな勘違いをされている。
私はポイント稼ぎに来たのであって文句を言いに来た訳では無いのだ。
「違います!! 何かお手伝いをしようと思って!!」
「手伝い……?」
「私、結構料理得意なんです! そうじゃなかったら配膳とかもしますので!!」
「……………………ああ、なるほど」
カイトのお父さんはしばらく手を止めて考えた後、納得した様子で頷いた。
「そういう事なら頼もうか」
「はい!」
よし、第一関門突破だ。
後は私の良い所をたくさん見せれば、カイトの奥さんは私しか居ないと認めてくれるはず。
私は腕まくりをして意気揚々とキッチンへ入っていった。
◇
「……キミは本当に何も言わないんだね」
並んでキッチンに立っていると、そんな事を訊ねられる。
「今すぐにその握っている包丁を私に向けられても文句を言える立場では無いのだけどね」
「やめてくださいって!? しませんよそんな物騒な事!!」
なんて恐ろしい事を考える人なのだろう。カイトとのやり取りを見れば仕方ないとはいえ自罰的過ぎる。
こういう所もカイトはお父さんに似たのだろうか。
「……私、どちらかというと感謝してるんです」
「……何故?」
「だってそうじゃないですか。大好きなカイトと一緒に居させてくれて、大好きなカイトの力になれるって思ってくれて、実際に私の力でカイトの命を救えて。それは全部お義父さんの判断のおかげなんですから」
「……お義父さん?」
お義父さんは私に申し訳ないと思っているかもしれないけれど、私からすればそれは全て感謝すべき事だ。
「大切な人と助け合う。それってとても素敵な事でしょう?」
裏表のない笑顔をお義父さんに向ける。
お義父さんが心を痛める必要なんてどこにも無いのだから。
「カイトは怒ってましたけど、実はそれも嬉しくて。カイトが私の事をそこまで大事に思ってくれてたんだなって確認できたわけですし。私としても、カイトが言っていた餌だとか非常食だとかって直接言われたわけでも無いですから」
「しかし……」
「で、ですから!! も、もしお義父さんがよろしければなんですが、白銀陽向はいい女であるとお義父さんの口からもそれとな~くカイトに言っていただけるととても嬉しいというか!!」
言った。言ってやった。
若干困惑させている気もするが、今回ここへやってきた最大の目的はこれなのだから。
「……ヒナタ君、ひとつ聞かせてほしい」
「なんでしょう?」
「君にとってカイトは……どういう子かな」
私にとってのカイト。
改めて言葉にしようと思うとなかなか難しい質問だ。
「そうですね……」
いや、難しく考える必要は無いか。
胸に浮かんできた言葉をそのまま伝えればいい。
「……私の大好きな人です。いつも周りを見てて、大切にしてて、誰かの為ならいくらでも頑張れちゃうけど、何故か自分の事は無頓着で。そんなカイトの事を私は支えたい。カイトが周りを大切にする分、私がカイトを大切にしたい。カイトがくれた愛情をカイト以上に返したい。私が弱った時は支えてほしいし、カイトが弱ってる時には手を差し伸べたい。だから私、絶対カイトに振り向いてもらうんです」
「……そうか」
お義父さんの返事はとても簡素な物だった。
でもその言葉が適当な返事で無い事は、表情を見れば明らかで。
言葉と表情がズレているのも父親譲りなのかな、カイトは。
「……カイトの事、よろしく頼むよ」
「っ!!?」
今、お義父さんは確かに言った。
カイトを頼む、って!!
「……はい!! 任せてください!!」
今お義父さんは確かに言った。
我が娘よ、って!
カイトの嫁はお前だ、って!!
私の勝ちだ!!
お義父さんの期待に応えられる様に、大きく胸を張って宣言した。
「あっ!! こんな所に居たのかヒナ!!」
「カイト!?」
「目を離した隙にパッと消えやがって、変に探しちまったじゃねえか!!」
「ごめんごめん!! すみませんお義父さん、カイトに呼ばれてしまったので行ってきますね」
「……ああ」
お義父さんに一言断りを入れ、キッチンを後にした。
「むふふふふふふふ」
「え……何どうしたのお前」
しまった、思わず笑いが零れてしまった。
ダメだ、まだ笑うな。堪えるんだ。
カイトの家だ。カイトの家に帰ってからレイカに向かって高らかに宣言しよう。
私の勝ちだと!!
◇
「……そろ~り」
お義父さんのご飯も食べ終わって、ヒナちゃんはお風呂へ行った。
カイトも広くなったリビングのソファーでごろごろしていたし、今しかない。
あたしはカイトのお父さんの部屋の前まで来ていた。
「ふふふ……」
カイトの実家にご挨拶。近くにはカイトのお父さん。
これはもう、あたしとカイトのラブラブさを全部教えてあげるしかない。
カイト自身も誘惑しつつ、外堀もちゃんと埋めていく。あたしって天才かも?
「…………レイ君だね」
「わひゃう!?」
部屋をノックしようとしたところで中から名前を呼ばれた。
え、なんで? 思わず飛びあがってしまった。
「えっと……そうです!」
とりあえず元気よく返事をした。第一印象は大事だから。
すぐに部屋の扉が開いてお義父さんが出て来た。
「私に用かな」
「はい! えっと、えっと……」
あれ、でもこういう時なんて言えばいいんだろう。
いい天気ですね? 違うなぁ。
「……なるほど」
「えっ?」
「大丈夫だ、入りなさい」
「えっと……ありがとうございます!」
お義父さんはあたしを見て何かわかったようで、何も聞かずに部屋へ入れてくれた。
なんだかわからないけど、あたしの表情で色々察してくれるのはカイトに似てる気がした。
◇
「…………」
「っ…………」
あたし、なんでこんな事を?
「すまないね、急にこんな事を頼んでしまって」
「い、いえ! お構いなく!!」
「そう言ってもらえると助かるよ」
あたしはお義父さんに言われるがまま椅子に座らされた。
そのまま待っているとお義父さんは大きな板を持ってきて絵を描き始めた。
時々あたしを見ているから、あたしの絵なのかな。
「あの……あっ! 喋って大丈夫ですか!?」
「問題ない、もっと楽にしていていいよ」
「よかった……」
絵を描く時は動いちゃだめだと思っていたから一安心だ。
「それで……カイトの家にあったカイトとカイトのお母さんの絵、お義父さんが描いたんですか?」
「そうだ」
やっぱりそうなんだ。美術の先生って事はそれだけ絵も上手いって事だろうから。
「ロミアは……吸血霊鬼は写真に写らないから、彼女の美しさをこの世に残すには絵しかないと思ったんだ」
「カイトのお母さん、すっごく綺麗な人でしたね」
「ああ……世界一の女性だよ」
お義父さんの表情が少しだけ柔らかくなった。
なんだかロミアさんの話をしてる時のお義父さん、楽しそう。
「……あ、じゃああたしの絵を描いてくれてるのももしかして」
「ああ。こうして君の事も形に残しておこうと思ってね」
それはとても嬉しいかもしれない。
あたしは吸血霊鬼で、カイトも吸血霊鬼になっちゃって、一緒に写真に写ったりはできないから。
でもあたしの絵があればカイトはいつでもあたしの顔を思い出せるから。
「……お義父さん」
「何かな?」
「えっと……ありがとうございます」
「……うん?」
気付いたら私は、お義父さんに感謝を伝えていた。
「絵の事なら趣味の一環だ、感謝されるほどの事でも」
「ううん、その……手帳の事」
「手帳とは、カイトに渡した手帳かい?」
「はい!」
あたしはカイトとの関係を軽く説明した。
「あたし、一度死にかけて身体も消えかけてて、でもカイトが手帳の情報を頼りにあたしの事助けてくれたんです。それからずっと一緒に住んでるんですけど、やっぱりきっかけはお義父さんの手帳だったのかなって思って。だから……ありがとうございます!」
「……そうか。カイトが君を」
あたしはもう一度頭を下げた。
お義父さんは軽く微笑んでいた。
「あの手帳がそんな形で役に立っていたんだな。カイト、少しは読んでいたようで安心した」
「全部は読めなかったみたいですけど……」
「文字数も多いからな、多少は大目に見るさ」
お義父さん、最初は無表情で怖い人なのかと思っていたけど、そうでもないみたいだ。
特に家族の事を離してる時のお義父さんはとても嬉しそうで、楽しそうだ。
「……レイ君、君にも聞いていいかな」
「はい! ……君にも?」
「レイ君にとってカイトは、どんな人だい?」
あたしにとってのカイト。
難しい質問かも、なかなかまとめられない。
「……えっと」
だめだ、ちゃんとした言葉なんて選べないや。
あたしの思ってる事、全部言っちゃおう。
「……あたしの、大切な人。あたしに居場所をくれて、血をくれて、家族をくれて、愛をくれる人。だけど誰よりも家族を、愛を欲しがってる人。あたしは色んなものをカイトに貰ってばかりだから、あたしのあげられるものなら全部カイトにあげたい。愛も、血も、両手いっぱいも大好きも。カイトの幸せの為だったら、あたしはなんだって出来る。カイトの幸せがあたしの幸せ。だからカイトにはいつでも笑っていて欲しい」
「……そうか」
あたしの答えはお義父さんが求めてた答えだっただろうか。
でも、言いたい事はちゃんと全部言えた気がする。
「……カイトの事、よろしく頼むよ」
「っ!!?」
今、お義父さんは確かに言った。
カイトを頼む、って!!
「……はい!! 頼まれました!!」
今お義父さんは確かに言った。
我が娘よ、って!
カイトの隣がお似合いだよ、って!!
あたしの勝ちだ!!
お義父さんに安心してもらえる様に、元気よく宣言した。
「━━ガチャ」
「あっ!! こんなとこで何やってんだレイ!!」
「カイト!?」
「ヒナが風呂出たから次はお前の番だぞ、とっとと支度しろ!」
「は~い!! ……あ! お義父さんの絵は……」
「もう描き終わるから大丈夫だ、行って来なさい」
「はい!」
お義父さんに一言断りを入れ、お義父さんの部屋を後にした。
「じぃっ……」
「……なんだ」
「レイに変なことしてねえだろうな」
「カイト!?」
「……お前も早く行きなさい」
あたしを抱き寄せてお義父さんを睨むカイト。
お義父さんは苦笑いしていた。
◇
「ふぁ~っ……おん?」
風呂から出て愛するソファーが居るリビングに向かうと、何やらカーテンが風に揺れていた。
親父が月を見ながらタバコをふかしていた。
「珍しいな、タバコなんて吸ってたか?」
「……今度はカイトか」
「今度は???????」
変な事を呟く親父の横に腰を下ろす。
風呂上がりの身体に夜風が心地よかった。
「今日は色々思い出してな、そういう時はこうして風に当たりながらタバコに火をつけるんだ」
「へぇ……でも俺の前じゃ一回も吸った事無かったよな」
「小さな子供の前で吸う訳にはいかないさ。それに毎日吸う様なヘビースモーカーという訳でもない」
そう語る親父は確かに全然タバコを口に運んでいない。
ただ火をつけ、天に昇る煙を楽しんでいるかの様だった。
「カイト」
「あん?」
「あの二人は……とても面白い子達だね」
「んだよ急に」
気のせいだろうか、親父が遠い目をしてる気がする。
「二人共方向性は違うが、それぞれロミアに似ているよ」
「マジで?」
「ああ。お前の事が大好きな所も含めてね」
「……テメェ、あの二人に何吹き込まれた」
親父はクスクスと笑うばかりで何も答えない。
ちくしょう、あいつら親父に何言ったんだよ。
「……彼女達のどちらか、もう付き合っているのか?」
「っ……」
突然の質問に胸がキュッとする。
「……いや」
「だろうな。どちらもお前を振り向かせようと頑張っている様子だった」
やっぱり俺絡みの事吹き込まれてやがったか。
でもこれはいいチャンスかもしれない。
「なあ親父。親父はどうして母さんを選んだんだ?」
「愛していたからだ」
「そうなる前の段階を聞いてんだよ!! ここに惹かれたとか、何か決め手はあったのかって聞いてんだ」
俺は近い内に大きな決断をしなければならない。
その為の材料はひとつでも多い方がいい。
父親なら父親らしく息子の悩みに手を貸せ。
「……どうかな、私はお前みたいに複数の女性を誑かしたりはしていなかった」
「あーやっぱもう一発行っとくか今」
「しかしな、あえて言うのであれば……ロミアと一緒に居る自分を想像した時、幸せそうに見えたからかな」
「……一緒に居る自分」
選択の先に居る未来の自分。考えたことも無かった。
だが、そんな事を言われても困る。ヒナと居る俺、レイと居る俺、どちらも間違いなく幸せなはずだ。
「……まだ答えは出ないか」
「そう簡単に出りゃ苦労しねえっての」
「加えて言うなら、その相手に対し譲れないものがあるかどうかも重要だ」
「譲れないもの?」
「この人を幸せにしたい、この人の手を取りたい。他の何と比べても譲れない程その思いが大きくなった時、お前は自然と選べていると思うぞ」
「……はぁ」
また自然にか。紗霧ちゃんのその言葉を信じた俺は、結局自然に二人とも好きになってたんだけどな。
やっぱ無理に選ぼうってのが間違ってんのかな。
「……カイト、今選べないと言う事は、選びたくないのかもしれない」
「……自覚はある」
「ならば選ばなければならなくなった時になれば、きっと答えは出る。それまでは無理する必要は無い」
親父は俺の頭をぽんと叩いた。
「どうせお前も私に似て、不器用な人間なのだから」
「……チッ、手どけろ気持ち悪い」
口ではそう言いながら、親父の手を振り払う事はしなかった。
やっぱり親父は、誰よりも俺の事を理解してる。
「……私はそろそろ寝るとしよう。付き合わせてすまなかったな」
「俺が勝手に座ったんだ、謝るんじゃねえよ」
親父はそれだけ言ってタバコを片付け、部屋に戻っていった。
「……選ばなければならなくなった時、か」
確かに、今の俺はまだ決める必要がないから逃げているのかもしれない。
ならば選択の必要が出来た時、俺はちゃんと選べるのだろうか。
ちゃんと俺の心は、答えを出してくれるのだろうか。
「……寝るか」
こんな夜中、寝る前に考えてもいい考えなんて浮かばない。
俺は一旦思考を手放し、意外と寝心地の良いソファーに身を沈めたのだった。