吸血霊鬼のレイカさん   作:ラティーシャ

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第六十七話【吸血霊鬼カーミラ=シェリダン・一】

 

 

「…………んぅ」

 

 寝苦しい。目が覚めてしまった。

 寝る時はあんなに寝心地が良かったのに、やはりソファーで寝るのは身体によくないのか。

 いや、そんな事気にする歳じゃねえし吸血霊鬼の身体が寝違えた程度で悲鳴上げる訳ない。

 しかし寝起きだというのに意外と意識がはっきりしている。吸血霊鬼の身体になって悩まされていた貧血ともおさらばしたか。

 

「……吸血霊鬼も悪くねえな」

 

 ぼそっと口に出していた。

 何と言う事はないただの独り言。

 

 

 

「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない♪」

 

 それなのに、俺の独り言に返事をした誰かが居た。

 

 

 

「……あぇ」

 

 目を開き状況を確認する。

 今の声はレイでも無ければヒナでも無い。というか俺の知ってる人間の声では無かったのだ。

 

「ぐっもーにんカイト! こんなソファーでおやすみだなんて、マキトさんも酷い事するものだわぁ。ねぇ?」

「…………」

 

 声だけじゃなかった。

 顔も姿も何もかも知らなかった。

 知らない女の人が嬉しそうに俺の事を抱き締めていたのだ。

 

「うわあああああああっ!!?!?」

 

 慌てて飛び起き、謎の女性から距離を取った。

 落ち着いて確認した事でさっきは気付かなかった所が見えてくる。

 

「……えっ?」

 

 よく見ればこの女性、顔つきが母さんによく似ている。

 髪色は全然違って、赫黒いウルフカットだったけど。

 

「……赫黒い?」

「……♪」

 

 俺はパッと自分の髪を摘まんだ。

 それを見た女性は楽しそうに口角を上げる。

 目の前の女性の髪色は、俺の髪や以前見せてもらった紗霧ちゃんの本来の髪と同じ色をしていたのだ。

 

「━━どたどたどたどたっ!!!」

 

 けたたましい足音が家中に響き渡る。

 その足音の犯人はあっという間にリビングに姿を見せた。

 

「かいと!! どうしたの!?」

「大丈夫カイト!?」

「あ」

「「え?」」

 

 慌てた様子のレイとヒナ、謎の女性と二人の視線が交差し、すぐさま俺に不審な視線を向けて来やがった。

 

「……かいと、浮気?」

「こらレイ!! 滅多な事を言うもんじゃありません!!」

「……そいつ、何?」

「ウワーーーッ!! いつぞやのキラーマシンみてぇなヒナ!!」

 

 悲しそうな目で俺を見てくるレイと、初めてレイを見た時の殺意全開みたいなヒナが俺に詰め寄って来る。

 本当にやめてくれ、マジで知らない人なんだって。

 

「アハハハハハハハハハッ!! カイトったらモテモテなのねぇ」

 

 騒動の原因になった女性はそんな俺達を見て心底楽しそうに笑っている。

 レイの浮気扱いやヒナのそいつ呼ばわりなんて一切気に留めてない様子だ。

 

「……カイト、一体どうし…………ん?」

 

 二人に遅れて親父もリビングにやって来た。

 俺達と違い、親父はこの女性を見ても多少驚いた程度で取り乱したりはしなかった。

 

「来てたんですね、お義母さん」

「…………え?」

 

 まて、今なんて言った?

 お母さん? それともお義母さん?

 ああクソ、こんな時親父の発言だけ文字媒体だったらすぐわかるのに。

 いやでも、さっきこの人「マキトさん」って言ってたよな。実の息子をそんな他人行儀な呼び方するか?

 

「……って事は」

「ウフフ、観察眼はマキトさん譲りみたいね」

 

 女性はソファーから降りて立ち上がると、モデルの様なポーズを決めた。

 そんな女性を見て、親父はその名前を俺に教えてくれた。

 

 

 

「昨日話したな。彼女がそのカーミラ・シェリダン、ロミアの母でありお前の祖母にあたる人だ」

 

 

 ◇

 

 

「いや~~~んきゃわいぃ~~~っ♡」

「あやややややややや」

 

 カーミラ、俺の祖母、つまりばあちゃん。

 そのばあちゃんにレイを奪われてしまった。

 レイはばあちゃんの膝の上に捕まり、これでもかという位頭を撫でられ、これでもかという位頬ずりをされていた。

 

「あ、あのさばあちゃん。レイも苦しそうだからその辺で」

「レイちゃんって言うのね~? ワタシ、レイちゃんの事気に行っちゃったわ~♪」

「あややややや」

 

 ダメだ、全然離してくれそうにない。

 レイの顔がずっと振動しっぱなしだ。

 

「あ、あの、おばあ様!! わたっ、私はカイトの幼馴染の白銀陽向って言いましてですね、先程はとんだ失礼な発言を……」

 

 顔を真っ青にしたヒナがあれやこれやと手を動かしながらばあちゃんに弁解を図る。

 まあ俺のばあちゃん相手にそいつ呼ばわりはなぁ、焦るよ。

 一方ばあちゃんはつーんと顔を逸らし、ひたすらにレイの頭を撫でていた。

 

「ヒナタちゃん? ワタシ、おべっか使う子あんまり好きじゃないな~」

「え、えぇっ!?」

「ウフ、でも自分に正直な所は好きよ♪ その可愛さに免じてさっきの事は水に流してあげる」

「あ、ありがとうございます!」

 

 なんとかヒナも認められたようで、胸を撫でおろしていた。うおでっけぇ……。

 

「二人ともよしよししちゃう♪」

「「あややややややや」」

「いや、あの……」

 

 今度はヒナもまとめて頭を撫でられていた。なんだこれ。

 

「カイトも挟まりたいの?」

「結構だよ……」

 

 正直この人はばあちゃんと言っても初対面だし、見た目若すぎるしで、朝起きた時は距離感を図りかねていた。

 でも、うん。ばあちゃんでいいや。行動が完全にイメージのおばあちゃんのそれだもん。

 

「それで、ばあちゃんはなんでここに居るんだよ」

「マキトさんと昨日連絡を取り合ってね~、ようやく大好きな孫に会わせてくれるって言うから大急ぎで飛んできちゃったのよ!!」

 

 そういやこの辺りは母さんが生まれ育った場所って言ってたっけ。

 それならばあちゃんが近くに住んでてもおかしくはねえか。

 

「カイト……一目でワタシの孫って分かったわぁ。髪はワタシそっくりだし、顔はロミアの面影があるもの!」

「……へぇ」

 

 親父も言ってたけど、俺って母さん似なのか。

 それとも、吸血霊鬼の特徴が表に出てきたからか?

 

「……ばあちゃんは俺以外の孫と会った事ってあんのか?」

「うん?」

 

 少し踏み込み過ぎただろうか、だが気になってしまったのだ。

 俺が経験した吸血霊鬼化の事を考えたら。

 他にも居たであろう四半混血(クォーター)の事を考えたら。

 

「あ~、なるほど。もちろんあるわよ?」

「なにぃ!?」

 

 ばあちゃんはさらっと答えた。

 流石長寿、ちょっとやそっとじゃ動じねえな。

 

「カイトはマキトさんがいじわるしたから会えなかっただけよ、他の孫には全然会わせて貰ってるわ」

「…………」

 

 親父は何の反論もしなかった。

 難儀な奴だ、別にいじわるで会わせなかった訳でもねえだろうに。

 

「それにねぇ、何事もなく平和に過ごしてる子達は吸血霊鬼化もしないで人のまま暮らしてるわ。第一、死にかける経験なんて普通の人間はそうそう訪れないものよ」

「おっしゃる通りで……」

「もちろん、中にはカイトみたいに吸血霊鬼化しちゃった子も居たし、みんな助からなかったわ。けれどそれも運命よ。吸血霊鬼化した時点で死にかける何かは起こった訳だし、普通の人だとしてもそのまま死んじゃってただけ。カイトが奇跡的に第二の人生を得られたってだけなんだから」

 

 そらそうか。身の程もわきまえずに大魔族に喧嘩売ったりでもしなければ死ぬほどの物理的損傷なんてまず食らわない。

 それに、吸血霊鬼化の症状が出た時点で普通の人間なら死んでるか。確かにその通りだ。

 ばあちゃんの言い方はさっぱりしすぎな気もするが、救えなかったと必要以上に嘆くものでもないかもしれない。

 それとも、千年以上生きる吸血霊鬼と人間の、命に対する価値観の違いなのかな。

 今の俺は、どっちの立場で考えるべきだろうか。

 

「ところでカイト、ワタシからも質問いいかしら?」

「ああ、次はばあちゃんのターンだな。何が聞きたいんだ?」

「ウフフフフフ……」

 

 ばあちゃんは不敵な笑みを浮かべると、両脇に抱えていたレイとヒナをずいっと抱き寄せた。

 

 

 

「カイトはレイちゃんとヒナタちゃん、どっちが本命なの?」

 

 

 

「バッ!!?!?!?」

「ふぇっ!?」

「えぇ!?」

 

 俺達三人、全員の顔が茹で上がったように赤くなる。

 

「いっ、いいいぃぃいいきなりなんて質問してんだ!!?」

「だってぇ、気になるじゃないの!! こんなに可愛い子を二人も連れて来るなんて。最初は同族のレイちゃんが本妻で、いい匂いのするヒナタちゃんが愛人かな~なんて思ったりしたけど、今はそういう時代じゃないし、カイトも元々人間だったんだものね。となれば! どっちが本命か気になっちゃったのよ!!」

 

 そう言えばチカゲが言ってたな、昔は同族を嫁にして血の美味しい人間を愛人として囲う時代もあったって。

 レイが同族なのは目を見ればわかるだろうし、ヒナも匂いで血の質がわかるらしいしな。

 そうじゃねえ!!!!

 

「で、どうなの? 決まってるの? 本命♪」

「あ、う…………」

 

 やめろ、昨夜まだ決めなくても良いと思って先送りにしたばかりの問題なんだ。

 たった一晩で考えがまとまる訳ねえだろ。

 

「……かいと」

 

 やめろレイ! そんな潤んだ眼を俺に向けるな!!

 

「……じぃっ」

 

 ヒナもだ! 緊張しながら期待するみたいな目を向けるんじゃねえ!!

 

「……え、と、それは」

「あらあら♡ カイトも罪な男ねぇ♪」

 

 くそう、言いたい放題だ。

 でも何も反論できない、ばあちゃんの言う通りだったから。

 俺という男は一体どれだけ二人に対して罪を重ねれば気が済むのだろうか。

 

「でもねぇ、ワタシは別に悪い事でも無いと思うなぁ」

「……へ?」

 

 強烈な自己嫌悪に陥っていると、ばあちゃんが思いもよらない事を口走り始めた。

 

 

 

「ねえねえカイト、いっその事二人共娶っちゃえば?」

 

 

 

「…………は」

 

 時間が止まったような気がした。

 

「…………は?」

 

 正確には、時間が止まっていたのは俺達三人の間だけだった。

 真っ赤な顔で驚愕するレイとヒナ。

 頭が真っ白になる俺。

 元々二つの選択肢の間で超高速で揺れ動いていた所に急遽投下された、第三の選択肢。

 

 

 

「…………はあああぁぁぁぁぁあぁぁぁ!?!?!?!?!?!?」

 

 俺の頭はオーバーヒートを迎えた。

 

 

 ◇

 

 

「んな事出来る訳ねえだろ!!」

「あら、どうして?」

「どうしてって、そりゃ……」

 

 普通、人は一人だけを愛し、生涯を共にするものだ。

 世間一般的にもそれが常識だし、一人だけを愛し抜く事を誠実さともとらえている。

 逆に恋愛で複数人に手を出した者はロクな結末を迎えない。

 両方の相手に罵られ、世間から後ろ指をさされ、浮気クソヤロウのレッテルを貼られる事もしばしば。

 

「っ…………」

 

 そう説明するのは簡単だった。

 だが今俺の目の前で問題発言をしたのは千年以上前に生まれた吸血霊鬼だ。俺とは生きた時代が違えば生まれた時の種族も常識も違う。

 そんな相手の言葉を、俺だけの常識で判断し反論していいのだろうか。

 

「……聡いわねぇ、それでいて優しい。ワタシの基準なんて気にしなくていいだろうに」

「へっ?」

「やっぱりカイトは根っこが人間ねぇ、吸血霊鬼にそんなに相手を慮る人なんてそうそう居ないわよ?」

 

 ばあちゃんの言葉に俺は記憶の中に居る吸血霊鬼を思い出す。

 レイ、紗霧ちゃん、チカゲ、メアリ、【銀血】、母さん、ばあちゃん。

 

「あー……」

 

 確かにどいつもこいつもフリーダムだな。

 

「で、話を戻すけれど。ワタシは二人共お嫁さんにするの、いいと思うわよって」

「……でも」

 

 ばあちゃんはそう簡単に言うが、素直になる程と言ってレイとヒナの手を取る事は出来ない。

 俺の人生、人間として生きた期間が長すぎた。吸血霊鬼の常識に馴染むにはまだ時間がかかる。

 そんな俺の心を見透かしたのか、ばあちゃんは大きな口を開けて盛大に笑いながらとんでもない発言をした。

 

 

 

「大丈夫よ! だってワタシ、いーっぱいお嫁さん(・・・・)居たもの!!」

 

 

 

「そりゃばあちゃんの時代なら……ん?」

 

 今なんて言った?

 お嫁さん? お婿さんではなく?

 俺の疑問が視線に乗っていたのか、ばあちゃんはレイとヒナを抱き寄せ頬を合わせると、まるで皿の上の料理を眺めるような目で舌なめずりをしていた。

 

「驚いた顔も可愛いわねぇカイト。そうよ、ワタシ……女の子の方が好きなの! ……じゅるり♡」

「ふぇ!?」

「えぇ!?」

 

 今まで親愛のスキンシップだと思っていたものがたった一言で意味を変え、顔を青くして焦るレイとヒナ。

 必死に逃げ出そうともがくが、長年生きて来た吸血霊鬼の腕を振り解くのは困難を極め、焦りに焦っていた。

 

「ふ、二人を離せェ!!?」

「や~~ん♡」

 

 慌てて俺も手を伸ばし、やっとの思いで二人をばあちゃんの魔の手から救い出すことに成功した。

 震えながら俺にしがみつく二人。よしよし、怖かったな。

 

「もう、冗談よ~! かわいい孫が連れて来た女の子をつまみ食いする訳ないでしょ~?」

「……お嫁さんいっぱいの方は?」

「そっちは本当よ?」

 

 なるほど、今のは可愛いばあちゃんジョークだった訳だ。でも趣味趣向、恋愛対象は嘘をついていないと。

 やめろ!! あんたが出て来てから情報が多すぎるんだよ!! これ以上俺を混乱させるな!!!

 

「……え? いやでも待ってくれ。普通に子供や孫も居るんだよな? 女同士じゃ子供は……」

「もう、本当に現代っ子は頭が固いのね」

 

 頭に疑問符を浮かべる俺を前に、ばあちゃんはいつぞやの紗霧ちゃんが姿を変えた時みたいに顔に手を当て、静かに目を閉じた。

 やはり、見る見るうちに姿が変わっていく。

 

「……えぇ?」

「つまりはこういう事よ♪」

 

 いつの間にかばあちゃんの声は若干低くなり、というか男のような声になっていた。

 声だけではない。綺麗なモデルの様だったばあちゃんの身体はすらっとした手足の長い男性へと形を変えていた。

 

「見た事無いかしら? 長生きした吸血霊鬼が変身する所」

「い、いやあるにはあるんだけど……あの時は髪の色とか、ちょっとしたメイクの延長線だったというか。あとは蝙蝠とか……」

「それよ!」

「え?」

「蝙蝠! なんで別の動物に変身出来て、同じ動物の異性にはなれないと思い込んでるのよ!! どう考えてもこっちの方が簡単でしょ?」

「そうかな……そうかも……」

 

 ダメだ、長生きの吸血霊鬼に常識が通用しないのは【銀血】との戦いで嫌って程味わったばかりだろう。

 もういい、細かい所には突っ込まないでおこう。

 

「わかった、ばあちゃんが女の人をいっぱい侍らせてたのはわかったから、その理由の方を……」

「みんな可愛かったから♪」

「…………」

 

 サッと元の姿に戻ったばあちゃんはウインクしながら舌ペロしていた。

 

「言い方を変えるぞ。俺は人間として、男は一人の女を愛するべきだと思ってる」

「うんうん」

「それでばあちゃんは吸血霊鬼として、どうして複数の相手を同時に愛しても良いと思ったんだ?」

「ふんふん……うーん、むしろどうしてダメなのか聞きたいくらいなんだけど」

「それじゃあ答えにならねえんだって! 難しいこと聞いてんのかもしれねえけど、何とかひねり出してくれよ」

「そうねぇ……」

 

 ばあちゃんは腕を組んで、真剣な表情で考えてくれていた。

 確かに俺だって「何故一人を愛する事は誠実なのか」と聞かれたらすぐには答えが出せないと思うけれど。

 それでも「二人娶っちゃえば」って言ったのはばあちゃんなんだから、せめて言った責任は取ってくれ。

 

「可愛い子はみんな自分のモノにしたいし、家族が増えるのはいい事だし……」

「それは人間でもギリ理解できる範疇だけどさ、そう言うのじゃなくてもっと決定的な……」

「後は……」

「…………えっ?」

 

 

 

 ばあちゃんは特別な事を言っている様子では無かった。

 それでも、その理由は俺が求めていた決定的な物だった。

 人間と吸血霊鬼の価値観で、絶対的に交わらないだろう部分。

 今まで考えたことも無かった、目を逸らしていたのかもしれない大きすぎる理由だった。

 

 

 

「ワタシ達と人間じゃ、生きる時間が違うから」

 

 

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