「カイト、あーんして」
「あ、あー……んむ」
俺達三人は親父の住む実家に一晩泊まり、色々あったが昼頃には俺の家に辿り着いていた。
「カ、カイト! カイトはあたしにあーんして!」
「ほ、ほらよ。あーん……」
いい時間だったので昼食に、いつも通りヒナが用意してくれたまでは良かったんだが。
「じゃあ、今度は私に食べさせて?」
「う……」
「あーん……」
俺達は今、互いに大きく口を開いて摘まんだ食べ物を放り込み合っていた。
「い、いくぞ。あーん……」
何やってんだ、俺達!?
◇
「んっ……硬い」
「悪かったな……」
実家を出てからヒナがやけに俺に引っ付いてくる。というか甘えてくる。
どのくらい甘えてくるのかというと、レイぐらい。
そもそも普段のレイの甘え方がバグっているというのは置いておいて、ヒナまでこの距離間になる事はたまにしかなかった。まあたまにはあったんだが。
「膝枕してほしいって言ったのはヒナだろ」
「ごめんごめん。でも嫌いじゃない、好きだよ。カイトの膝枕」
「……そう」
ソファーに座る俺の足に頭を預け、まっすぐ俺を見上げるヒナ。
口では文句を言いながらもヒナは起き上がる事なく俺の膝を堪能していた。
すまんなレイ、母さん、意外と硬いとか言って。今更申し訳なくなってきた。
「あわわ……」
ヒナの様子がおかしければ、もう一人様子がおかしくなるのは当然と言えば当然で。
「あ、あたしにも反対側の膝枕ちょうだい!!」
ヒナを羨ましそうに見ていたレイが必死に俺にねだる。
「……だそうだけど、よろしいですかヒナさん」
一言いいよとレイに返すのは簡単だ。だが俺の膝の上はそんなに広くない。先客であるヒナが少し場所を譲らないとレイの頭を置くスペースは空かないだろう。
しかしヒナが素直に譲るだろうか。そう思っていたのだがヒナは意外にも余裕のある表情で。
「いいんじゃない、してあげなよ」
そう言って俺の右足を自由にしてくれたのだ。
「だとよ。来いよレイ」
「うん!」
ヒナの許可も下りた事で、レイも同じ様に俺の足に頭を乗せて俺を見上げる。
俺の膝に美少女二人の顔、何とも不思議な感覚だ。
「えへへ、硬~い」
「その節はとんだ失礼を……」
実際に言われたレイには俺に言い返す権利があるというものだ。
素直に謝罪した。
「聞いてよヒナちゃん、カイトったら前にあたしに膝枕してもらった時にね、ヒナちゃんの方が柔らかそうだな~って言ってたんだよ?」
「……へぇ」
「違う誤解だ!! 口には出してない!!」
「つまり考えはしたって事ね」
「…………」
「この場の沈黙は肯定と捉えるわよ」
ヒナにじとーっとした目を向けられる。
違うんだって。考えそうにはなったけど考える前に止まったんだって。
とはいえ誤差か。
「スミマセン」
「はぁ……別にいいけど。その代わり……」
「……うん?」
観念して謝罪する俺の手をヒナに握られ、そのまま自らの頬にあてがわれた。
「撫でて」
「へ?」
「カイトに触れてほしいの。このままほっぺでもいいし、もっと他の所でもいいよ?」
「ほっ、他の!?」
ヒナの頬の柔らかい感触が手に伝わる。
その感触は俺にさらなる柔らかさを想像させるには充分で。
吸い寄せられるようにヒナの身体のあちこちへ視線を向けてしまった。
「カイト……どこに触りたい?」
「うっ、いや俺は……」
普段は釣り上がっているヒナの眉がとろんと下がる。
それだけで今の言葉が嘘でないと、俺の事を受け入れるつもりであると証明している。
「い、いやいや! レイも見てる前でそれは流石に……」
「じゃあ見てなかったら触ってくれた?」
「え!?」
「……触りたかった?」
わずかに頬を染めながら、母性すら感じる笑みを俺に向けるヒナ。
(そんなの……触りたいだろ!!!)
口にはしなかった。しかし本当はめちゃくちゃ触りたかった。
今でも鮮明に覚えている。以前ヒナと同じベッドで眠り、目覚め、俺の手に包まれていた「ふにゅっ」を。
素晴らしかったんだ。
「……ノーコメントだ」
「否定しないんだね」
「ノーコメントだっ!!」
クスクスと笑うヒナから目を逸らしてレイの方を見た。
「……かいとぉ」
「……まあ、だよなぁ」
レイも同じ様に俺の手を取り、自分の胸に押し当てた。
「ふに……」
「……………………」
胸に!?
「何してんだお前ェ!?」
「あ、あたしはヒナちゃんみたいに胸大きくないけど……どうかなぁ」
「いやちゃんとやわらか……じゃなくて!!」
確かにレイの胸はヒナの様に俺の指が沈み込む様な感触は無い。
しかし手のひらにすっぽりと収まるレイの胸も小ぶりながら全体でその柔らかさを俺に伝え……。
「……ふんっ!」
「あーっ!」
俺は煩悩と共にレイの手を振り払った。
前と違い吸血霊鬼になった今の俺はレイの力にも対抗できる。本当に良かった。
「ヒナの前だぞ!!」
「ヒナちゃんが居なかったらもっと触ってくれたの……?」
「ノーコメントだっつってんだろ!!!!」
目の前でこんな事されるヒナの気にもなってみろ、しばかれるぞ。
「相変わらずレイカは大胆ね」
「…………あれ?」
「私も最初から胸に押し当ててればよかったかしら」
意外にもヒナは落ち着いており、握ったままの俺の手にすりすりと頬を擦り付けていた。
「なあ、ヒナ。なんかお前……」
「どうかした?」
「……いや、考えすぎか」
どうかしたのか。そう聞こうと思ってやめた。
何かあったなら今のヒナはまず言う。言わないのなら大した事はなかったのだろう。
「………………」
それとも、大きすぎる何かがあったのか。
◇
「カイト、好きよ」
「…………うん」
「か、かいと……好きだよ?」
「……おう」
今度はなんだ。
ヒナが「場所を移しましょう」って言って俺のベッドに移動して、何すんのかと思ったら二人で俺に抱き着いてる。
俺のベッドじゃこうでもしないと誰か落ちそうな広さではあるけど、問題はそこじゃなくて。
「好き……大好き」
「すっ、好き……」
ずっと俺の耳元で好き好き囁いてくるのだ。
(…………頭がおかしくなりそうだ)
いつもレイのスキンシップに振り回されていた俺。それでも風呂とベッドの中で抱き着くのはダメだと言い聞かせてきた。
俺が弱ってた時とか例外はあったけど、理由は俺の理性が危ないからだ。
最もガードが甘くなり、最も気が緩む場所。そんな所で抱き着かれて落ち着いていられる奴はいないからな。
「ねえ、カイトも好きって言って」
「へぁっ!?」
「好きなんでしょ? 私の事……」
「…………す、好きだよ」
「……うん、嬉しい」
ヒナはそう言って微笑み、俺の腕を抱いていた腕の力をぎゅっと強めた。
「かいと! かいとっ!!」
「うぐ…………」
「…………あたしは?」
「レイも、好き……だぞ」
「ほっ……よかった……」
ヒナに続いてレイも俺の「好き」を求めてくる。
一見修羅場にも見えるかもしれないが、こいつらは俺が正直に二人とも好きだと言ったのを聞いていた。だから今はこれで満足してくれている。
俺は本当に酷い男だが、せめてこんな俺を好きでいてくれる二人の期待には応えたい。
面と向かって好きと言うのは小っ恥ずかしいけど。
「私も好きよ。カイトの事」
「あたしも好き……」
「わ、わかったって……だからそろそろやめないかそれ」
どうしてかヒナがさっきから恐ろしい程に攻めてくる。俺の理性を溶かし尽くさんと甘い言葉を延々と囁いてくる。
それに対抗してレイも同じだけ甘ったるい言葉を言ってくるものだから倍の速度でなおヤバい。
いつものからかうヒナなら俺の反応を見てそこそこの所でやめるんだが。
「だーめ、今日は満足するまで付き合ってもらうから」
「ぐっ……」
今日は本当にどうしたのだ。
こんな妖艶なヒナ見た事ねえぞ!
そう言うのはレイのポジションだっただろ!
「具体的にはどのくらい……?」
「うーん……晩御飯までかな?」
「は!?」
晩飯までだと!?
昼飯食ったばっかだぞ!?
まだ一時間ぐらいしか経ってないのにもう限界なんだぞ!?
「やっぱお前おかしいぞ!? 何があったんだよ!!」
流石にもう見過ごせなかった。今日のヒナに思っていた事を正直にぶつける。
しかしヒナの様子は変わらず、あろう事か俺の首に腕を回してきやがった。
「おかしくないわよ。ただカイトの家族に会って、やっぱりカイトの隣に居たいなぁって思っただけ」
「お、おい……っ!」
「あむっ…………ちゅ」
顔の近さで察していた。ヒナの唇が俺の唇に触れる。
それだけでは終わらず、ヒナの舌は俺の唇の隙間を割って入り、互いの舌が絡まり合う。
「うぁ……ひ、ひなちゃ……」
「…………レイカもしたい?」
「ヒナ!?」
「…………したい」
「ふふっ、はいどーぞ」
物欲しそうに俺達を見ていたレイに、ヒナはあっさりと俺を譲った。
「いや俺の意思は!?」
「かいとぉ……あたしとはやだ?」
「っ…………」
「カイトが嫌がる訳ないでしょ、やっちゃいなさい」
「ヒナお前ッ!?」
困惑する俺の背を押してレイと密着させるヒナ。
レイもレイで素直に俺を受け止め、ヒナと同じ様に腕を回してくる。
「んちゅ……れろ」
そして同じ様に舌を絡めてくる。
「それじゃ私はこっちかなぁ……」
「……!? んむっ!?」
レイに口を塞がれている俺に近付き、ヒナは俺の耳にふぅっと息を吹きかけた。
「カイトの耳はどんな反応するのかしら、楽しみ……かぷっ」
「!!?!?!?!!?」
なんとヒナはそのまま俺の耳に甘噛みしてきたではないか。
「れろ……ちゅ、あむ……」
「んぅ!? んむ!!」
それで止まらない、舐め回したりやりたい放題だった。
(ふ……ふざけんなお前!?)
前からはレイに口と舌を塞がれ、後ろからはヒナに耳を弄ばれている。
バカじゃねえのか!? エロ漫画のエロシーンの導入じゃねえんだぞ!?
「へぇ……カイト、可愛い反応するんだね」
「ちゅぱっ、ぷぁ……かいと、もっとしていい?」
失敗した。もっと早い段階でちゃんとダメだと言っておくべきだった。どうして流されてしまったのか。
断れるか!! 好きな女の子達からのキスだぞ!?
レイもヒナもこれでもかと密着してるから身体の感触も凄く、まるで甘い甘い地獄に囚われている様だった。
(はっ……早く解放してくれ!!)
それからも二人は交互に俺を弄び、理性の紐を刺激し続けた。
俺が限界を迎えて正直に白状し、解放してもらえたのはそこから一時間ほど後の事だった。
流石に晩飯までは耐えられなかった。
◇
「もうすぐレイカの誕生日ね」
ベッドから解放されてリビングに戻って来た俺達に人数分のコーヒーを淹れ、テーブルを囲みながらヒナが呟いた。
ちなみにレイはとても苦そうな顔をしながら頑張って飲んでいた。飲めないなら最初に言いなさい。
「ヒナもレイの誕生日知ってたんだな」
「前に聞いてたの。十一月九日でしょう?」
「そうだよなレイ?」
「うん!」
確かにそろそろ十月も終わる。再来週にはもうレイの誕生日か。
俺の誕生日の前に訪れる、レイの誕生日。
「……ちゃんとお祝いしてやらねえとな」
「えへへ……ありがと!」
レイの頭をわしゃわしゃと撫でる。
俺が意識を失って、精神世界に囚われそうになっていた俺に気付かせてくれた、俺の誕生日を繰り返していたあそこで違和感を抱かされてくれた、大切なレイの誕生日。
俺以外誰も知らない出来事だけど、感謝を込めて全力で祝ってやらないと。
「私の時はデートしてもらったからね、レイカはどんな誕生日がいいのか聞いておきたくて」
そう言いながらヒナはコーヒーを口に運ぶ。
「……え?」
そこで俺は違和感に気付いた。
確かヒナはコーヒー飲めなかったはずだ。苦いのが苦手だから。それこそ誕生日デートの時だって俺の奴を一口飲んで辛そうな顔をしていた。
あの時はまだ間接キスでドキドキしていたっけ、懐かしいな。
「ヒナ、コーヒー飲んで大丈夫なのか?」
「……まあ苦いけど、砂糖も入れてるから大丈夫」
そうは言うがヒナは若干顔をしかめていた。
レイと言いお前と言い、無理に飲まなくてもいいだろうに。
「……カイトが好きな物、味わっておきたかったの」
「……あっそ」
さっきはあんなにやりたい放題してたくせに。
それくらいの事で赤面してんじゃねえよ、ヒナも俺も。
「それで、レイは誕生日で何かしたいとかあるか?」
「あっ、それじゃあね……」
レイはあまり悩む素振りを見せず、むしろ食い気味で身を乗り出してきた。
あのレイがこんな無邪気に何かをねだるなんて珍しい。それだけ距離が近くなったって事だろうか。
「あたしね、この三人で遊園地行きたい!!」
「遊園地?」
「うん!!」
なるほど遊園地か。お祝いにはちょうどいいかもしれない。
レイはすごく楽しそうに笑っている。よっぽど行ってみたかったんだろうな。
「いいぜ、行くか遊園地」
「やったーっ!!」
「ヒナはどうだ?」
「……そうね、いいわよ。遊園地」
レイは俺とではなく三人で行きたいと言った。つまり俺とのデートと言うよりも三人での思い出が欲しいと願ったのだ。
そんな可愛い事を言われたら俺もヒナも断る理由など無い。俺達の承諾にレイも大喜びだ。
「ありがとカイト!!」
「いいっていいって、主役はお前なんだからこれくらいわがままの内にも入らねえよ」
レイは居候の自覚があって全然物をねだらない。だから誕生日くらいはこうして正直にやりたい事を言ってくれるのがとても嬉しかった。
「ヒナちゃんもありがと!!」
「ええ、目一杯楽しみましょ」
「はーい!!」
ヒナもレイからの感謝をまっすぐに受け止め、にっこりと微笑む。
「…………」
この二人も本当に仲良くなったよなと思いながら、俺はやはりヒナに対して違和感を拭えずにいた。
(ヒナ……どうしたんだ?)
今までのヒナは俺へのアプローチを繰り返していた。今日もそれは同じではあるのだが、違う点がいくつかある。
まずレイの事を邪魔しない事。普段は仲良くしている二人だが、俺へのアプローチの最中となると途端に恋敵モードになっていた。しかし今日はレイと一緒になって俺を襲っていたのだ。
それにアプローチの仕方が直球過ぎる。一段階過激になったとも言えるし、素直になったとも言える。俺への行為も躊躇無く伝えて来るし、ストップと言ったらちゃんと止まってくれる。
だからヒナの何がどう変わったのかと言われると流石にわからない。だがここまで急激な変化があると何かきっかけがあったんじゃないかとも思う。
(もしかしてヒナも俺に両方選んでほしいとか……?)
流石に考えづらいか。レイと違ってヒナは人間だ、価値観は俺に近いはず。
それにヒナは元々俺を勝ち取った後もレイの面倒を見ると言っている。俺達二人どちらかを切り捨てるつもりは無かったはずだ。
(……まあ、今はいいか)
やめよう。もし俺に関わる事なら、ヒナはいつか俺に話してくれるはず。だったらあれこれ考えても意味はない。
それに今はレイの誕生日の話し合いをしている最中だ、考えるならばレイの事だろう。
「うっし、行く遊園地とかルート取りとか、今のうちに色々決めちまうか!」
「さんせーい!!」
「まったくもう、はしゃぎ過ぎないでね?」
この時の俺は思いもしなかったんだ。
この遊園地が、俺達最後の楽しい思い出になるだなんて。