吸血霊鬼のレイカさん   作:ラティーシャ

71 / 89
第七十話【保健室の紗霧ちゃん・三】

 

 

「か、カイト!? どうしちまったんだよお前それ!?」

 

 目覚めてから初めての登校。俺にとっては数日しか空いて無いのだが、世間では一ヶ月以上経過していた。

 となれば仲の良いアユやミノに質問攻めにあうのは当然の流れだろう。

 しかも今の俺は髪も目も前と違ってるわけだから、聞きたい事は山程あるはずだ。

 

「えーっと……その、だなぁ」

 

 説明するのは簡単だ。髪も目も吸血霊鬼になってしまったから起きた変化、そう伝えればいいだけの話。

 問題はそれを二人が信じてくれるかどうかで。

 

「カイト? 言いにくい事?」

「………………いや」

 

 俺は旅行でアユに胸ぐらを掴まれた事を思い出した。ミノに殴られかけた事を思い出した。

 悩むのはやめよう。俺はこいつらに嘘も誤魔化しも言いたくない。

 

「色々あってさ、吸血霊鬼になった。この赤い目もその証拠だ」

「あんだって!?」

「なんと……」

 

 前髪を上げ、以前と色の変わった右目を二人に見せた。

 二人は吸血霊鬼にさほど詳しくは無いと思うが、俺がこう言えば信じてくれるだろう。

 

「一ヶ月以上休んでたのも、その変化で身体が色々大変でさ。目が覚めたのもつい最近なんだよ」

「色々かぁ。その色々も気になるけど」

「話すと本当に長くなる……」

「まあいいよ、嘘はついてないみたいだし」

 

 ミノは俺の態度を見て全部本当の事だと納得してくれたのか、無理に多くの事を聞こうとはしなかった。

 

「だからさ、いきなりこんな事言われて気味悪いかも知んねえけど、出来れば今まで通り……」

「なーに言ってんだよ! お前が無事ならそれでいいだろ!」

「っ……!」

「そうそう。中身はカイトのままみたいだしね」

「アユ、ミノ…………」

 

 アユもミノも、俺の説明を受けてなお態度が変わる様子は無かった。それどころか嬉しい事まで言ってくれる。

 旅行の時も思ったけど、こいつら結構義理人情に厚いよな。

 

「……俺、お前らの事大好きかも」

「うぇ!? 急にキモい事言うなよ!!」

「僕も好きだよ、カイト……」

「え?」

「ミノ…………」

「ウワァァァァ!?!? やめろやめろ!!」

 

 ふざけて熱っぽい視線を向け合う俺とミノの間に全力で割って入るアユ。本当に面白いヤツだなお前。

 

「安心していいですよ、二人とも」

「おっ、委員長」

 

 なんて馬鹿な事をやっていると、後ろからヒナが混ざってきた。

 

「どうしたんだよヒナ」

「大空くんと畑中くんを不安がらせない様にって」

「委員長? どういう事?」

「万が一カイトが暴れても、私がちゃんと始末しますから」

「ヒィッ!?」

 

 そう言ってヒナは胸元から十字架(ロザリオ)を取り出し二人に見せた。

 途端に全身に寒気が走り、じわじわと力が抜けていく様な感覚に襲われる。

 吸血霊鬼にとって十字架ってこんなにキツかったんだな。退魔師が常に持ち歩く訳だ。

 

「それじゃあ何かあったら委員長に泣き付くよ」

「ミノ!?」

 

 簡単に俺を売るミノ。さっき俺の事好きって言ってたのに!

 

「ま、まあ大丈夫だろきっと。カイトはカイトだろうし」

「アユ……」

 

 お前はお前で嬉しい事を言ってくれる。

 今の一言はヒロインポイント高いぞ、男だけど。

 

「そ、そういう訳だからよ! あんま物騒な事言わないでくれよ……」

「ふーん、カイトを好きな人っていっぱいいるのね……」

「あの、彼らは男ですよ?」

 

 もしかしてこいつ、アユとミノにすら嫉妬してんのか?

 いや、顔見ればわかる。ヒナも俺をからかってる。

 

「冗談よ。でも、カイトの事一番好きなのは……」

「…………え?」

「……私だからね? ちゅっ」

「「!?」」

 

 ヒナは二人が見ているにも関わらず、俺の頬にキスしてきやがった。

 

「また後でね」

「あ、おい!?」

 

 ヒナは去り際にそう言い残して自分の席に戻ってしまった。

 ヤバい、アユとミノ以外にも何人かこっちを見てる。今のも見られてたか。

 

「へぇ〜〜〜〜……」

「ほぉ〜〜〜ん……」

「……………………」

 

 すごい顔で俺を見ているミノとアユ。

 やめろニヤニヤすんな。

 

「……お、俺行く所あるから」

 

 ダメだ耐えられない。

 俺は鞄を持って二人に背を向けた。

 

「あれ? 授業受けねーの?」

「今日だけ保健室登校なんだよ。紗霧ちゃんにあちこちちゃんと診察してもらって、少し様子見したら今日は帰る」

「そっかぁ、仕方ないね」

「本当は真っ直ぐ来いって言われてたんだけど、挨拶くらいいいよな」

 

 紗霧ちゃんも俺の回復具合は知っているだろうし、そこまで口酸っぱく言ってこないはずだ。

 

「じゃ、また明日な」

「おう!」

「ばいばーい」

 

 俺は二人の友人に別れを告げ、教室を出た。

 向かうは紗霧ちゃんの居る保健室だ。

 

 

 ◇

 

 

「紗霧ちゃーん、入るぞ〜」

 

 保健室の扉を数回ノックし、一言断りを入れてから入室する。

 

「フワァ……」

「アァーーッ!?」

 

 紗霧ちゃんがふわふわしていた。

 雰囲気がとかじゃない、物理的に。

 

「あぁ〜、神上生徒かぃ〜……」

「何学校で浮いてんだよ!? 誰かに見られたらちょっとした騒ぎになるだろ!!」

「いやぁ、長年の肩の荷が下りたと思ったら気分が軽くてねぇ……」

「気分以外もふわふわしてんだよ!」

 

 掴んで降ろそうにももう少し届かない。俺も浮き方がわかれば楽なんだが。

 必死にジャンプしてなんとか紗霧ちゃんの腕を掴む事に成功した。

 

「うーん……」

「大丈夫かよそんなんで。俺より紗霧ちゃんの方が診察必要なんじゃねえの?」

「そうかもだねぇ……」

 

 俺に引っ張られて床に着地する紗霧ちゃん。

 とりあえず椅子に座らせた。

 

「……うーむ」

「あ? どうしたよ」

 

 紗霧ちゃんは俺の顔をまじまじと見ていた。もう診察は始まっているのだろうか。

 紗霧ちゃんの手が俺に伸び、前に垂らしている髪に触れた。

 

「失礼」

 

 そして何故か髪を結んでいた髪ゴムを外した。

 

「……なんで?」

「ふむ…………」

 

 行動理由が理解できずに困惑していたが、紗霧ちゃんの表情がやけに真面目だからからかうことも出来ない。

 紗霧ちゃんの言葉を待っていると、すぐに理由を話してくれた。

 

「今の神上生徒、昔の兄によく似ていてねぇ。髪の色まで近くなってしまって、不思議な感じなんだ」

「…………その、紗霧ちゃんの兄貴って」

「もう居ないさ、色々あってね」

「そうか……」

 

 そりゃそうか。紗霧ちゃんは一千四百年も生きてるんだもんな、家族全員生き残ってる方が難しいか。

 俺は自分の髪を一摘みする。赫黒く変色した俺の髪は、以前見せてもらった紗霧ちゃんの本来の髪の色に確かに近い。ばあちゃんも同じ色だったし、当時まだ吸血鬼と呼ばれていた頃のごく普通の髪色だったのかもな。

 

「そうだ、お姉さんの事をシャルハロッテと呼んで、頭を撫でてくれないかな」

「うぇ!?」

「いいではないか〜! お姉さん頑張ったんだよ〜?」

「いやそれはよーくわかってるけどさ……」

「お願いだよ〜お兄ちゃ〜ん?」

「うわ、キッツ………………」

 

 猫撫で声で俺をお兄ちゃんと呼ぶ紗霧ちゃん。鳥肌スタンディングオベーションなんだが?

 しかし紗霧ちゃんが本当に滅茶苦茶頑張っていた事はよく知っている。この程度の頼みなら聞いてやるのが筋ではないだろうか。

 千年以上生きてる上に成人女性の外見の紗霧ちゃんを妹と思うのは無理があるが、本人が満足すればそれでいいだろう。

 

「はぁ……いくぞ」

「わくわく……!」

 

 紗霧ちゃんの頭に手を乗せ、紗霧ちゃんではない本来の名前を呼んだ。

 

 

 

「…………よく頑張ったな。ありがとう、シャルハロッテ」

 

 

 

「……………………」

 

 紗霧ちゃんは黙って目を閉じていた。

 噛み締めているのか、記憶の中の兄と比べているのか、表情からは読み取れない。

 

「うーん、やっぱりそこまで似てないねぇ」

「はぁ~?」

 

 やっと口を開いたかと思ったらなんとも酷い事を言いやがる。

 

「よくよく考えればアイツの事をお兄ちゃんと呼んだ事など無いし、もっと身長もあったし、そこまで仲良くなかったからねぇ」

「なんだよそれ、前提から間違ってんじゃねえかよ」

 

 優しそうな兄の真似しろって言ってたのは紗霧ちゃんだ。その話じゃその時点で間違ってるみたいだが。

 

「しかし、こうやって誰かに褒めてもらう事も数百年ぶりだったからね、悪くない気分だよ」

「ならいいけどよ……」

 

 紗霧ちゃんは俺の前髪を払い、赤い方の目を見つめて微笑んだ。

 

 

 

「ありがとうね、カイト君(・・・・)」

「……ふぁえっ!?」

 

 

 

 突然の名前呼びに驚いて変な声が出てしまった。

 反射的に飛び退いてしまう。

 

「さ、紗霧ちゃん!?」

「ふふっ……」

 

 紗霧ちゃんはからかう様な笑みではなく、優しい微笑みを俺に向けていた。

 なんだこれ、まるでレイやヒナが俺に向けるみたいな。

 

「考えてもみたまえ。私達は命懸けで戦った戦友な訳だろう? 教師と生徒である以前に仲間なのだ。他の生徒が居ない時くらい名前で呼んでも良いとは思わないかな?」

「…………まあ、俺らは前から紗霧ちゃん呼びだしな、文句はねぇけど」

 

 文句はない。

 その慈愛の表情だけやめてほしい、変な勘違いするから。

 なんて言う訳にもいかない、絶対にからかってくるから。

 そんな俺の内心を見透かしているやらいないやら、紗霧ちゃんはケラケラ笑っていた。

 

「ハッハッハ! 落ち着かなそうだねぇ!」

「……やっぱり今まで通りにしてくれねえか?」

「残念だが、神上生徒がそう言うならそうしようか!」

 

 そう言って豪快に笑う紗霧ちゃん。

 

「…………ったく」

 

 元通りで本当によかった。

 でないと、レイとヒナに顔向け出来なくなる所だったから。

 

 ふざけてない素顔の紗霧ちゃんに名前呼びされてドキッとしたなんて、口が裂けても言えないからな。

 

 ◇

 

「それで、今回は悩みなど無いかい?」

 

 俺の身体に軽い診察をしながら、さらっと訊ねて来た。

 

「例えば……恋の悩みとかね」

「…………絶賛悩み中だ」

「わはは! そうだったねぇ!」

 

 こいつ、知ってるはずなのに聞いてきやがって。

 俺がまだ決めきれてない事も、ヒナを見てりゃわかるだろうに。

 悩みを聞く気があるのか、それとも人の恋バナが聞きたくて仕方ないのか。

 

「…………紗霧ちゃんにも聞いていいか?」

「ふむ、よかろう」

 

 そういや紗霧ちゃんも吸血霊鬼なんだよな。もしかしたら紗霧ちゃんの恋愛観も人と違うかもしれない。

 

「紗霧ちゃん的にもさ、無理に一人を選ぶ必要ってないと思うか?」

「ふむ……? らしくない質問だね」

「まあ、この前実家に帰って色々あったと言うか……」

 

 わかってる、紗霧ちゃんがどう言おうと俺は一人を選ぶつもりだ。

 ただ気になったのだ、紗霧ちゃんもばあちゃんと同じなのか。

 紗霧ちゃんは少し考えた後、意外にも真面目な顔で応えた。

 

「私は……一人しか愛した事はないよ」

「ふーん………………うん!?」

 

 俺は紗霧ちゃんの価値観を訊ねたつもりだった。

 しかし紗霧ちゃんから実際に帰ってきた返答は、紗霧ちゃん本人の恋愛遍歴だった。

 

「いや俺が聞いたのはそうじゃなくてっ…………てか、マジ?」

「無論わかっているとも。そしてマジだ」

 

 紗霧ちゃんはニコニコしていた。少なくとも思い出すのが辛いという感じではなかったが。

 

「どうして私が医者ではなく、学校の保健医として活動しているかわかるかい?」

「そういや確かに……紗霧ちゃんの知識量なら普通の医者でもやっていけそうだよな。もしかして、昔の恋人に関係あんのか?」

「正解、なでなでしてあげよう」

「いらん!」

 

 紗霧ちゃんの手を振り払う。紗霧ちゃんはケラケラ笑っていた。

 

「私が愛したのはとある学校の教師でね、後に理事長まで上り詰めた素晴らしい人だったよ」

「まあ紗霧ちゃんが惚れるくらいだからなぁ、只者じゃないとは思ってたけど」

「無論神上生徒もいい線行っているよ♪」

「うるせぇ!」

 

 今いい話してる所じゃないのか?

 合間合間にふざけないとやってられないのか?

 別に紗霧ちゃんに惚れられたって嬉しく……う、嬉しくねえよ!

 

「そんな彼の近くで働きたかった、単純な理由さ。それからあちこちの理事長ともパイプを繋げてくれて、以降必要に応じて各地の学校を渡り歩ける様になったのだ。それが大体四百年前かな」

「四百……」

 

 なるほど、前に紗霧ちゃんが年齢を誤魔化した時に言っていた四百年と言う数字はあながち適当に出てきた訳でもないんだな。

 

「……で、紗霧ちゃんはその人以外に誰かに惚れた事は無いのか」

「ああ、何度かときめいた事はあるが彼程ではなかったし、必要も感じていなかった。いつ死ぬかも分からなかったし、そんな暇もなかったからね」

 

 紗霧ちゃんは一千四百年もの間、【銀血】(シルバリオブルート)を倒す為に準備を重ねていた。その道は決して穏やかな物では無かっただろう。

 逆にそんな紗霧ちゃんが惚れたっていうたった一人の男、一体何者だったんだろうか。

 

「神上生徒も知っての通り、吸血霊鬼の間では人間の様に一人と添い遂げるという常識は無い。だがそれは複数人を愛さなければならない訳でもない。付け加えるなら神上生徒は人でもあった訳だから、他人の認識なんて気にするだけ無駄というものだよ」

「…………そうだよな」

 

 元々自分の考えを曲げるつもりはなかった。

 それでも紗霧ちゃんの一途な所を見れたのは収穫だった。

 

 ◇

 

「つってもよ、もうすぐレイの誕生日だからそれまでは難しい事考えない様にしてんだ」

「ほう!」

 

 そろそろ答えを出さなきゃならないとは俺も思っている。しかしそれはもう少し先だ。

 迷ったままではレイの誕生日に全力で向き合えないから。

 

「レイの奴さ、俺とヒナと三人で遊園地に行きたいって言っててさ。可愛いよな」

「むふふ、それはそれは本当に可愛らしい事で」

「そういう訳だから紗霧ちゃんの事は誘えねえんだけど、悪いな」

「いや、なんでお姉さんを誘う話になるのか」

「……言われてみりゃそうか」

 

 なんか最近ずっと紗霧ちゃんと行動してた気になってたが、あれは目的が一致してたからだ。それも俺にとってはついこの前だけど、みんなにとっては一ヶ月以上前の事だ。すでに日常に戻ってる頃合いだ。

 それに学生として遊園地に教師誘うの変だろ、旅行の時はチケット余りと保護者代わりっていう大義名分があったけどよ。

 

「お姉さんの事はいいから、三人で目一杯楽しんでくるといい」

「ああ、羨ましくなるくらい楽しんできてやるよ」

 

 紗霧ちゃんには帰ってきてから土産話でも聞かせてやればいいだろう。

 紗霧ちゃんはそういう話聞くの好きそうだしな。

 

「……いや本当にね」

「んあ?」

 

 なんだろう、急に紗霧ちゃんの顔が真剣なものに変わる。

 

「どうしたんだよ、真面目な顔して」

「三人で……それは何時までも続く関係ではないだろう?」

「っ…………」

「旅行での件もあった事だ、神上生徒が二人のどちらかを選んだ時、再び揉めるのは目に見えている」

 

 確かに紗霧ちゃんの言う通りだ。

 旅行の時レイとヒナはもう揉めないようにしようと決めたらしいが、あの時よりも俺達の仲は深まっている。また誰かが耐えきれなくなる可能性は高い。

 でも、だからこそだ。だからこそ三人で楽しく笑える時間は無駄にしたくない。全力で楽しんでやる。

 どんな未来を選んでも、振り返るだけで笑顔になれる様な思い出にしてみせる。

 

「……余計な心配だった様だね」

「ああ、覚悟の上だ」

「ならばお姉さんから言うことは何もないさ!」

 

 紗霧ちゃんは豪快に笑うと、勢い良く親指を立てた。

 

 

 

「レイカ君に最高の誕生日をプレゼントしてあげたまえ!」

「へへ、おうよ!」

 

 レイとヒナに最高の思い出を。

 紗霧ちゃんにはワクワクする様な土産話を。

 そして俺自身、自分の本音と向き合うきっかけを。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。