「次はあれかなぁ?」
レイが次に指差したのはメリーゴーランドだった。
馬やら馬車やら乗る所は沢山あるし、ちょっと恥ずかしいがレイが求めるなら頑張ってやろう。そう思っていたがレイの言い方が気になる。
「なんで疑問形なんだよ。レイが乗りたいやつ選べって」
「いや〜、次はあたしじゃなくて……カイトとヒナちゃんが一緒に遊ぶ番かなぁって」
「私達?」
レイは唐突にそんな事を言い出す。
いや、唐突という事も無いのだろうか。今日はレイのお祝いではあるが、レイの願いは俺達三人の思い出な訳だ。自分だけではなく俺やヒナにも思い出を作ってもらいたいのだろう。
「つってもお前置いて楽しむってのもなぁ……」
「あたしも乗るよ! あたしが馬車で二人が馬、後ろから見ててあげるからね!」
「逆じゃね!? 馬車のが広いだろ!!」
そう言ってメリーゴーランドを指差す。
確かに馬にも二人座れはするが、後ろの者が前の者にほとんど抱き着く体勢になる。一方馬車の方は余裕を持って並んで座れる。普通こっちではないだろうか。
「……だからじゃない?」
「ヒナ!?」
「むしろ狭い方が嬉しくない……?」
「ぐっ…………」
そりゃ家の中とか、デート中とかならわかる。でもここは遊園地、メリーゴーランド、レイの目もあるし他の客も山ほど居る。
そんな中で密着するのは嬉しさ以外にも様々な感情が浮かんでくる訳で。
「……かいと?」
「……………………やるか、馬で」
それでも嬉しさが勝った。
なんだかんだヒナを抱き締める機会なんてなかなか無いから、嬉しくない訳がないんだ。
「けってーい!」
俺が頷くのを見たレイは俺達の手を引き、メリーゴーランドの列へ引っ張っていった。
◇
「ヒナ、良いか?」
「ん……早く来てよ」
「お、おう」
まずは先にヒナが馬に跨る。それで馬を支えている柱に掴まるのが一人目の正しい姿勢だ。
そして二人目、一人目の腰に手を当ててほとんど抱き着く体勢になる。これがおそらく想定されている乗り方。
「ふへへ……」
「お前ェ……」
既に背後の馬車に乗り込んでいるレイがニヤニヤしながら俺達を見ている。気楽なもんだ。
だがもたもたしていると他の客の迷惑になるのも事実。意を決して馬に跨り、ヒナの腰に手を回した。
「ひゃっ!」
「わっ、すまん! くすぐったかったか?」
「だ、大丈夫……びっくりしただけだから、ちゃんと掴まって」
「ああ…………」
ヒナの許可も得て再び腰に手を回し、ぎゅっと抱き着いた。
程なくして全乗客の用意が整い、メリーゴーランドが動き出した。もうこの腕を離す事は出来ない。
「…………ちらっ」
「……? 〜〜♪」
レイの方を見ると目が合い、ニコニコしたレイが手を振ってきた。満足そうで何よりだよ。
「悪いなヒナ、レイのわがままに付き合わせちまって」
「大丈夫よ。っていうかあの子に振り回されるなんて今更でしょ?」
「ははっ、違いない」
俺の腕の中でヒナは顔を赤くしていたが、嫌がってはいないようで安心した。
「それにね、カイト…………」
「……ヒナ?」
ヒナが俺の腕を掴む。指先でちょんとつまむくらいの強さで。
「…………あの子に振り回されるのも、結構好きだから」
「へぇ……」
「なによぅ?」
「いや、お前ら本当に仲良くなったよなって」
初対面は殺し合い一歩手前。
次会った時は俺の取り合い。
そこからヒナが俺の家に料理を作りに来る様になって、顔を合わせる機会が増えて、次第に全員の仲が深まっていって。
旅行の時は一悶着あったけど、そのおかげでより仲良くなって。
「レイがこの三人で来たいって言ったのも、良くわかるよ」
「…………そうね」
「……ヒナ?」
一瞬、ほんの一瞬だけヒナの手が震えた気がした。
「どうした?」
「……ん、何かあったわけじゃないの」
「本当か?」
「うん。でも、もしよかったらもっとぎゅってしてくれない?」
「…………しょうがねえな」
人の目がある場所で抵抗はあったが、メリーゴーランドならまだ合法か。そう自分に言い聞かせてヒナの事を抱き締めた。後ろからぎゅっと、全身で密着する様に。
うう、メリーゴーランドの外から黄色い声が聞こえてきた気もするが無視だ。俺達じゃないと思い込め。
「……ど、どうだ?」
「…………うん、あったかい」
「へ?」
ヒナは俺に抱き締められてあったかいと言った。
でも今の俺は吸血霊鬼だ、体温もヒナより低いしあったかいなんて事は無いはずだが。
なんて無粋なツッコミは野暮だった。
「…………あったかいよ。カイトはいつだって」
「……そうかよ」
ヒナがそう感じてるならそれでいいさ。
「…………ごめんなさい」
小声でヒナが謝ったような気がした。
どうして謝ったのか聞こうと思った時、メリーゴーランドが止まるアナウンスが響き渡った。
メリーゴーランドから降りた時、既にヒナはいつものヒナだった。
◇
「そろそろ日も傾いてきたな……」
三人で訪れた遊園地。開園時刻から遊び倒していた訳だが、楽しい時間はあっという間に過ぎるというもの。
ここに来た時は天高く昇っていた太陽も随分低くなり、空は赤く染まり始めていた。
「もう終わり……?」
「いや、後一個か二個くらいは乗れると思うけど」
終わりが近いとわかったら寂しそうな顔をし始めたレイ。
「…………そう、もう終わりなのね」
「……ヒナ?」
いや、ヒナも同じ様に寂しそうな、切なそうな顔をしていた。
わかるよ、顔には出してないけど俺だって同じだ。もっとここに居たいって思うし、楽しみたいって思う。
三人ともまだ帰りたくないって思うくらい今日は楽しかったんだ。
「…………レイ、最後何乗るか決めてろよ。俺はちょっと売店見てくるから」
「え? うん」
俺はレイにそう告げて、ちょうど視界に映った売店に向かった。
◇
「ほらよ」
俺は小さな売店の紙袋をレイとヒナに手渡した。
「これは?」
「開けていいぞ」
「私にもいいの?」
「おう、なんなら自分用にも買っちまった」
そう言って俺も紙袋を一つ持って見せた。
ワクワクした顔で紙袋を開けるレイ。続いてヒナも紙袋を開けた。
「わ! 可愛い指輪だ!」
「私も同じ……カイトも?」
「ああ。つってもおもちゃの指輪だけどな」
紙袋から出てきたのは三人同じデザインのおもちゃの指輪。
他にも候補はあったのだが、ヘアピンは以前旅行の時に買ったし、ストラップやキーホルダーを付けるものをレイは持っていない。レイはピアス穴もあけられないから候補から外れ、ネックレスもヒナは
「子供向けかなーと戻ったんだけど、何か思い出に残したいと思ってさ。ほら、俺とレイは写真にも写らないだろ? せめてみんなで同じ物をって思ったんだけど……」
「うれしい! ありがとうカイト!!」
「おわぁっ!?」
喜んでもらえるか不安だったのだが、レイは大喜びで飛び付いてきた。
前までは押し倒されていたが踏ん張れているのも身体の変化か。
「私も……嬉しい。ありがとね、カイト」
「へへっ、どういたしまして」
ヒナも照れ臭そうに笑っていた。ハズレじゃなかったみたいで一安心だ。
「んで、最後何乗るか決めたのか?」
「うん! あのね…………」
レイはある方向を指差し、俺とヒナの視線を誘導した。
レイの指先が指し示していたアトラクション、今日最後になるであろうアトラクションは、遊園地の中でも一番存在感を放つ大きな円を描いていた。
「…………なるほどね」
そう、観覧車だ。
◇
「…………なるほどね」
観覧車に乗り、しばらく三人だけの空間が続く訳で、メリーゴーランドの時みたいに第三者からの目線は気にならなくなる。
だから観覧車といえばロマンチックなシチュエーションが起こりやすいと相場は決まっているのだが。
「…………それが目的だったわけね」
「え、えへへ…………」
レイは俺の膝に乗り、いつもの吸血時の体勢をとっていた。
「そういや今日はまだだったけどさ、帰ってからだと思ってたよ」
「う、うん……でもせっかくならカイトの血も思い出と一緒に覚えていたくて」
「まあここならいいけどよ……」
そう、いつもなら構わない。だがここにはもう一人居るのだ。
「…………相変わらずすごい体勢ね」
「…………ね」
ヒナのじと目が刺さって痛かった。
レイの吸血をヒナに見られるのは初めてではないのだが、やっぱりこれは人に見せるもんではない。
「あーむ…………」
「でもお前はあんまり気にしないんだよな……」
レイはいつも通り俺の首筋を舐め始めた。もごもごと麻酔をかけ、そのうち牙を突き立てる。
レイはいいかもしれないが、俺とヒナは気まずい視線を交差させていた。
「……初めてレイカを見たのもその体勢だったわ」
「屋上のか?」
「ええ、あの時は本当に……一瞬で頭に血が上ったわ……」
「はは……大変だったよな」
ヒナからしたらずっと好きだった相手に知らない女、しかも大嫌いな吸血霊鬼が食いついてたんだ。今思えばヒナを怒らせる為の地雷全爆破みたいなシチュエーションだった。
さっきも思ったが、よくもまあここまで仲良くなってくれたよ。
「……ぷぁ、ごちそうさまカイト」
「おう」
「……カイト?」
俺はレイの頭を優しく撫でて微笑みかけた。
そういえば今日は楽しむばかりで、面と向かって言ってやってないと思ったから。
「十五歳の誕生日おめでとう、レイカ」
「わひゃっ…………!」
いつもの「レイ」ではなく、彼女本来の「レイカ」と呼んだ。初めて呼んだかもしれない。
でも今日は大事な日だからな、ちゃんと祝ってやりたかった。
「はわ、はわわわわわわ…………」
「……? レイ?」
「だ、だめだよカイト……ちゃんと呼ばれるの、すっごいドキドキしちゃう……」
「ははっ! いいじゃねーか今日だけだ、思う存分ドキドキしとけ!」
そんなに大喜びだとは思わなかった。
だったらこれからも誕生日の度にやってやろうか、レイカ呼び。来年も再来年も。
「……ふーん」
「…………ん!?」
そんな俺達のやり取りを見ていたヒナは、急に胸元を緩め始めた。
「ヒナ!? 何やってんだお前!?」
「ごめんなさいね、今日はカイトの為じゃないの」
「そ、そっか…………いや俺の為ってなんだよ」
そう言いながら首筋を露わにしたヒナが両手を広げる。
「レイカ、私からもプレゼント」
「……ふぇ?」
「私の血……飲んでみない?」
「っ…………」
なるほど、ヒナの目的はそれか。
ヒナの血は最高品質、何度も聞いた話だがレイは俺の血以外まともに飲もうとしなかった。俺を治療してた時に麻酔と出血、止血は担当してたみたいだけどそのくらいだ。
レイも俺の血にこだわりを持っていたみたいだったが、レイはどう応えるのだろうか。
「…………いいの? ヒナちゃん、血吸われるの嫌だと思ってたけど」
「レイカだから言ってるの。レイカの方こそ、カイト以外の血で良ければなんだけど、どうかしら?」
「…………なら」
レイは少し悩んだ末に、ヒナの膝の上に乗った。
まったく、体勢はそれじゃなくたっていいんだぞ?
「い……いただきます」
「ふふっ、どーぞ」
レイはヒナの首筋に舌を這わせ、ヒナはそんなレイの頭を優しく撫でる。普段の俺とレイと同じだ。
「んっ……ぁ」
ヒナの口からくすぐったそうな声が漏れる。
今更なんだけどさ、俺見ててもいいの? これ。
自分が見られるより他人の、しかも女の子同士の吸血を見てるのはなんだかとても悪い事をしてる気分になった。
「かぷ、ちぅー…………」
「どうかしら、やっぱり私の血って美味しいの?」
「うん、すっごく美味しい」
「カイトより美味しい?」
「………………………………う、うん」
「ふふっ、そうなんだ♪」
「おいコラ」
さらっと何聞いてんだコイツ。
わかってんだよ俺の血がマズイ事は!
それでしばらく引きずってたんだから!
出会う吸血霊鬼全員からお墨付きもらうヒナの血と比べるんじゃねえよ!!!
「ぷは……ごちそうさまヒナちゃん」
「はい、お粗末様でした…………ぎゅーっ」
「ふぇっ!?」
ヒナは吸血を終えたレイの身体を抱き締めた。
レイは突然の抱擁に困惑していたが、ヒナは構わずレイの頭を撫でていた。
「…………ごめんなさい、レイカ」
「えっ……なん……」
「それと、誕生日おめでとう」
「えっ? えぇっ?」
レイに血を与え、ぎゅっと抱き締めるヒナは何故か謝罪していた。
メリーゴーランドの時と同じだ。何も謝るような事をしてないのに、急に謝罪を口にする。
本当にどうしたのだろうか、今日のヒナは少しおかしい。心から楽しみつつ、何かに怯えているような。
「ねえ、レイカ。私……あなたの事が大好きよ」
「ひゃ!?」
「レイカは私の事……好き?」
「えっ!? う、うん! ヒナちゃんの事も大好きだよ!!」
「そっか…………そっかぁ」
レイの返事を聞いたヒナはとても嬉しそうで。
とても幸せそうで。
ほんの少しだけ、苦しそうだった。
◇
「今日は楽しかったね!」
「そうだな」
観覧車が一周し、俺達はレイを挟んで仲良く手を繋いだまま遊園地の出口に向かっていた。
名残惜しいが、それだけ今日という日が楽しかったという証明でもあって。
みんなして同じおもちゃの指輪をつけて歩くくらいには浮かれていた。
「……………………」
ただ一つの懸念点を除いて。
「ヒナ、どうかしたのか?」
「っ…………えっ?」
「今日のヒナ、なんか変だぞ」
ずっと気になっていた事、帰る前に聞くべきだと思ってついに訊ねた。
「変な事無いわよ、私はいつも通り……」
「急に謝ったのは、何に対してだ?」
「…………それは」
「それに時々、辛そうにしてたぞ」
何もないなら謝る必要はない。
何もないなら辛い顔はしない。
ならば、何かあったはずなのだ。ヒナの心を痛める何かが。
「…………なんで気付いちゃうかなぁ」
「無意識だったのかよ」
「当たり前でしょ、今日はレイカの為にも楽しむつもりだったんだから…………」
「……ヒナ?」
ヒナはレイの手を離すと、俺の前に立ってまっすぐ俺を見た。
「……ごめんなさい、二人とも。本当は帰ってから伝えようと思ってたんだけど」
「ヒナ? 何を……」
「でも……カイトが気付いちゃったから……」
ヒナは俺とレイを交互に見て、まっすぐに俺を見つめた。
そして、何度も深呼吸をして、震える手で胸元を掴み、今にも泣き出しそうな瞳を向け、まっすぐに言葉を紡いだ。
「私、やっぱりカイトの事が好き。大好き。愛してる。私と付き合って……私をカイトにあげるから、私のものになってください」
「……………………は」
時間が止まったような気がした。
俺も、ヒナも、レイも、その場に立ち尽くしていた。
言葉が出なかった。
「私……もう待てない。カイトの誕生日までに返事がほしい」
「まっ、待てって……」
「待てないのっ!!」
「っ!?」
ヒナを落ち着かせようと声をかけるが、遮られてしまった。
「…………この三人も楽しかった。だけど次は……カイトの誕生日は私、カイトと二人きりがいい」
「ひ、ヒナちゃ…………」
「…………ごめんね、レイカ」
困惑するレイの方を向いたヒナは、堪えきれずに涙を流していた。
涙を流しながら、辛そうに笑っていた。
「だけど私…………やっぱりカイトの事が好きなんだ」
それ以上、誰も言葉は発せなかった。
ただ遊園地の閉園時間を知らせるメロディーが俺達の焦燥感を刺激していた。