十二月に入った。
俺の誕生日まで、後二週間と少し。
最寄り駅近くの路地裏。
薄汚れていて何もない、俺はこの暗く狭いこの場所を求めて来た。
「もうここも懐かしいな……」
散乱したゴミとゴミ袋を避けながら奥へと進んでいく。
あの時はBBBのライブ帰りで、家に帰る途中でここから見えたんだよな。
目の覚めるような桜色が。
「そうか、レイを拾ったのも冬だったし、もう一年近くなるのか」
レイと出会って一年。
たった一年しか経ってないとも言えるし、もう一年経ったとも思える。
それ程までにあいつと出会ってからの一年は濃密で、本当に色々な事があったんだ。
それもこれも、全部この路地裏から始まったんだ。
「あの時は本当に死んだと思ったよな、レイに血をやったまでは良かったけど、暴走したレイに襲われて……」
飢餓状態のレイに押し倒され、気を失うまで血を吸われた場所。
でもその後、自分を殺しかけた相手だって言うのに俺はレイに手を差し伸べて、一緒に来るかなんて誘って。
どんだけ好みの顔だったんだよって話だ。
まあでも、その通りか。
「あの時のレイは本当に可愛くて、綺麗で…………寂しそうだったんだ」
好みドストライクだった顔。
吸い込まれる様な瞳。
俺を見て怯える様な、縋る様な声。
気付けば手を差し伸べていたんだ。
「…………ごめんな」
お前の居場所を作ってやるって言ったのに、今その居場所を脅かしてるのは俺だ。
申し訳なかった。でも、俺はレイの言葉をちゃんと覚えてる。
『……ちゃんとカイトが一番幸せになる未来を選んでね』
「……ああ、わかってるよ」
レイの気持ちは聞かされた。
ヒナの気持ちも聞かされた。
そのうえで俺は、二人の気持ちを考えない様にする。
ちゃんと自分が一番だと思える答えを、幸せになれる答えを見つける。
それがあいつらの、俺に本当に望んでる事だから。
◇
次に訪れたのはヒナとの思い出の場所、最近も来たばかりの公園だ。
「やっぱり狭く感じるなぁ」
先日ヒナと交わした会話を思い出す。
昔はもっと余裕があった遊具の中も、今や座ったままで端から端まで届きそうだ。
俺個人としてはもう少し欲しい身長も、やはり子供の頃と比べれば圧倒的に大きくなっていたんだな。
『そんなカイトの身体は……後何年成長するんだろうね?』
「……ははっ、せめてもう五センチくらいは欲しかったんだけどな」
ヒナよりは大きいけど、レイにはギリギリ負けている。
あと五センチあればレイよりも高くなれるから是非もう一声と言いたい所だ。
「……いつまでだろうな」
人間は成長が止まっても身体に変化は起こる。
だが、今まで出会った吸血霊鬼を見ると、老化の類は一切無い。
ヒナが十年、二十年と歳を重ねても、俺の外見は変化しないんだろう。
「……そりゃ怖いよな」
自分だけが大人になっていく。
幼馴染はいつまでも若いまま。
その未来を知ってしまった時のヒナの恐怖はどれほどだっただろう。
共に成長出来る残り僅かな時間を独り占めしたいと願ったヒナの事を誰が責められるものか。
「俺は……どっちを選びたいんだ?」
ヒナの切実な思いを聞いて、俺の気持ちは大きく揺れた。
だがそれがどっちに揺れたのか、未だに自覚できていない。
ヒナの願い通り、ヒナの隣で時間を重ねるのか。
そのうえでレイの居場所であり続けたいと願うのか。
まだ俺の心は本音を見せてはくれなかった。
◇
レイとの思い出、ヒナとの思い出、どっちも数え切れないほど重ねてきた。
ひとつひとつ振り返る毎に、俺の心が紐解かれていく様で。
俺の本音に近付くと同時に、寂しくなっていった。
どちらかを選ぶという事は、どちらかを選ばない事だから。
レイの服を選んだブティック、あの時は大変な目にあったっけな。
あの頃からレイは俺に全てを委ねてくれていた。
俺に全幅の信頼を寄せてくれていたんだ。
ヒナとデートしたデパート、ここのネカフェでヒナにピアス穴をあけてやったっけ。
ヒナはいつだって必死に自分を捧げてくれていた。
俺の事を全力で振り向かせようとしていた。
ヒナとデートした時に寄った喫茶店。
そしてレイとレイのじいさんの再会を見届けた喫茶店。
ここにはヒナとの甘酸っぱい思い出もあるし、レイの過去が清算された温かい思い出もある。
あちこちで思い返す、二人との思い出。
それでもやっぱり、最近で一番色濃く残った記憶はあそこだろうか。
◇
「…………またこの廃工場に来るとはな」
ヒナが攫われ、みんなで助けに来て、協力して戦って、勝利を収めた場所。
俺が一度死んで、吸血霊鬼として生まれ変わった運命の場所。
みんながみんなを助け、俺が目覚めるタイムラグこそあったけど、誰一人欠ける事なく生きて帰れた。
この場所に来れば自分の気持ちに気付けるかと思っていたけれど、流石に甘かったらしい。
「…………悪趣味だな」
【銀血】がかつて座っていたガレキの玉座に腰を下ろす。
「だけどあんな奴でも、女の趣味だけは良かったな」
ヒナを攫って、レイを嫁にしようとして。俺の大好きな女二人に手を出そうとしたんだから。
あいつの場合、二人の内面は何も知らなかっただろうけどさ。そんな奴にも魅力的に映ってしまうくらい、レイとヒナは良い女って事で。
「……ここでぶっ倒れて、レイに助けてもらって、終わった後はヒナに助けてもらって」
レイもヒナも自分の命を顧みずに、ちっぽけな一人の男の命を救う為に文字通り全てを賭していた。
レイが居て、ヒナが居たから俺が居る。
「俺が二人居たらなぁ……」
俺が二人だったらレイの傍に居ながら、ヒナの傍にも居てやれるのに。
レイの居場所で居てやりながら、ヒナとの大事な時間をずっと一緒に重ねてやれるのに。
「…………バカか」
逃げ道を探すな。
そんなにうまい話があればこんなに悩んではいない。
それにもう逃げないと決めただろ、くだらない事を考える暇があるなら二人の事を考えろ。
自分の事を考えろ。
「ここに居てもまとまらねえな…………後はどこに行くか……やっぱあそこか?」
ガレキの山から飛び降り、廃工場を後にした。
もう外は暗くなっていたが、どうしても行きたい場所が残っていたのだ。
俺は辺りが暗くなったのをいい事に、住宅地の屋根を飛び越えて最短距離で目的地に向かった。
……俺ももうだいぶ人間やめてきたな。
◇
「到着……っと」
見慣れた校舎、毎日通っている俺の学校。
塀も壁もひょいっと飛び越え、あっという間に屋上へ侵入成功する。
逆に鍵を持ってないので校舎内には入れないが、俺が来たかったのは屋上だからそれでいい。
「夜の学校って変な感じだな」
屋上の入り口の上に腰掛け、学校の敷地内を見渡す。
誰一人生徒の居ない校舎は静寂に包まれ、風の音だけが俺の周りを包んでいた。
「……ここでレイとヒナが出会ったんだよな」
考えうる限り最悪の出会いをした二人。
それが今じゃあそこまで仲良くなるなんてな。
あそこまで相手の事で苦しむ様になるなんてな。
「…………」
もう目は逸らさない。
二人が喧嘩したのも、仲良くなったのも、今苦しんでるのも、その中心に俺が居たからだ。
逆に言えば、俺の傍にはいつも二人が居た。
「…………よっと」
寝転がって星空を見上げる。
なんの因果か、綺麗に輝く二つの星が目にとまった。
まるで俺に寄り添うレイとヒナの様で。
『だってあたし、カイトの事大好きだもん』
『でもあたし、どうしてもかいとを取られたくない』
『カイトがなんだって、あたしは離れない、見捨てない、嫌わない、一人にしない』
『……あらためて、おかえりなさい♪』
『……ちゃんとカイトが一番幸せになる未来を選んでね』
無邪気で、天然で、幼くて、危なっかしくて、臆病で、人見知りで、寂しがりで、食いしん坊で。
誰よりも俺の幸せを願ってくれている女の子、鬼咲麗華。
『一回だけ、今だけでいいから、私の事もぎゅってして?』
『私がカイトの事どれだけ好きか知ってほしいから。一生カイトを忘れられなくしてほしいから。お願いしてるんじゃない……』
『カイトならきっと間違えないよ』
『据え膳は黙って食われてなさい』
『ばか、ばかっ……かいとのばか……ばーか……』
真面目で、頑張り屋で、厳しくて、優しくて、チョロくて、必死で、世話焼きで、不器用で。
誰よりも俺の事を信じてくれている女の子、白銀陽向。
二人と共に過ごしてきて、俺は二人に告白されて、俺も二人の事が大好きになった。
色んな人の恋愛観を聞いた上で、俺は人間として一人を選ぶと決めた。
様々な奇跡が重なって、俺は選択の時を迎えた。
「……その相手との未来を想像して、自分が幸せそうかどうか」
親父は俺にそう言った、幸せな自分を想像できるかどうかだと。
レイは俺に言った、俺が幸せになる未来を選んでねと。
ヒナと居る俺、レイと居る俺、間違いなくどちらも幸せだろう。
そのうえで俺が、俺自身の幸せを願うなら、それは……。
◇
「……………………」
立ち上がり、夜の街を見下ろす。
ヒナと共に生まれ育ち、レイと出会い過ごしたこの街を。
「…………ありがとな、二人とも」
ここまで随分悩んだ。
何度も二人を苦しめ、何度も悩ませた。
でもそれもこれで終わりにしよう。
「俺…………ようやくわかったよ」
俺が一緒に居たいのは、添い遂げたいのは。
目を閉じて浮かぶ顔が、一人になった。