十二月十七日。明日は俺の誕生日。
ヒナの告白の返事を出す、タイムリミット。
俺の中には確かな答えが出ていた。
「かいと」
「ん……?」
登校すべく玄関で靴紐を結んでいると、珍しく早起きしたレイが俺の背後に立つ。
なんて、今日の早起きを珍しいの一言で片付けるのは冷たいか。
「…………今日、ヒナちゃんに返事するの?」
「ああ」
「…………もう、なんて言うか決まってるの?」
「…………ああ」
「…………そっか」
レイはそれ以上を聞いてこなかった。
聞けるわけないよな、怖くて仕方ないはずだ。
「学校終わったら屋上にヒナ呼び出して、そこで返事するつもりだ。だから帰りは少し遅くなる」
「うん、わかった」
「…………っ」
ふわりと、レイの両腕が背後から俺を抱き締めた。
いつもの様に甘えるでもなく、キスやハグを求めるでもない。
ただ寄り添う様に、俺を抱き締めた。
「……いってらっしゃい」
「ああ、いってきます」
いつもの様にレイの頭を撫でて、ゆっくりと立ち上がった。
ドアノブに手をかけ、学校へ向かった。
ヒナに聞かせる答えを胸に秘めて。
「…………ばいばい」
レイは最後、そう言って俺に手を振った。
◇
「…………はい、お弁当」
「ん、ありがと」
朝、教室にていつも通りヒナから弁当を受け取る。
「ヒナ、お前それ……」
「…………」
ヒナの目元にはうっすらと隈が出来ていた。
「……寝れてないのか?」
「寝れるわけないじゃない……」
「そう、だよな……」
聞くまでもない、俺のせいだ。本当に申し訳無い。
ヒナの頭を優しく撫でた。
「……ん?」
ヒナの髪が揺れ、耳たぶがチラリと見える。
そこにはよく見覚えのある、俺がプレゼントしたピアスがつけられていた。
本当にヒナはいつも俺の事考えてんだな。
「…………ヒナ」
「…………?」
周りに聞かれない様に耳元で囁く。
「放課後、屋上に来てくれ。そこで全部話す」
「っ…………」
ヒナの身体が強張る。
当然だ、聞きたいのと同じくらい聞きたくないだろう。それこそ夜も眠れなくなるくらいに。
それでも聞いてほしい。それだけ頑張って自分の心に向き合ったから。
「わかった……待ってるね」
「おう」
それだけを告げて、お互いに自分の席に向かった。
「…………大事な話か?」
「おう」
「カイト、今までで一番真剣な顔してるね」
「そうか、そう見えてるなら良かったよ」
アユとミノも流石に俺を問い詰める。
とはいえ俺が嫌がりそうな聞き方をしてこない辺り、大分気を使ってるな。
この二人にはちゃんと言っておくか。
「……先月、ヒナに告白された」
「うぇ!?」
「今日返事する」
「そ、そっか……」
アユが驚くのは予想通りだったが、ミノまで驚くのは予想外だった。
「そ、そうか。ようやくか…………委員長とカイトがな……」
「あれ、待ってよ。レイカちゃんは?」
「……あっ!?」
「…………大丈夫、レイも知ってる。そのうえで答えるんだ」
アユとミノは沈黙したまま俺を見つめていた。
二人にも今日の返事がどれだけ重たい答えか理解したのだろう。
旅行での様子を見ればレイもヒナも俺に好意を向けてる事に気付いてるだろうしな。
「……そっか」
「これ以上聞くのは野暮だな……」
アユとミノは立ち上がって、自分の席に向かった。
「頑張ってね、カイト」
「気張れよカイト」
「…………ああ」
必要以上に踏み込まない。二人の親友はただ俺の背を押した。
ありがとな二人とも、少しだけ勇気が湧いてきたよ。
◇
「━━キーンコーンカーンコーン……」
全ての授業が終わり、帰りのホームルームも終わった。
教室から次々に生徒が出て行き、片手で数えられる程度の人数まであっという間に減った。
その中に俺も、ヒナも居る。
「………………」
ヒナは一瞬だけ俺の事を見て、緊張した面持ちで教室を出ていった。
俺が頼んだ通り屋上に向かったのだろう。
「……よし」
不思議と震えはなかった。
俺は今日、誰かの為に行動するんじゃない。
俺の為、自分の為に行動するんだ。
そうする事が俺の周りのみんなの望みでもあるから。
「行くか」
ヒナの後を追いかけ、俺も屋上へと向かった。
◇
ガチャリと入り口のドアを開け、屋上に足を踏み入れる。
「……誰も居なくて良かったな。二人きりだ」
屋上のフェンスに手をかけ、風に髪をなびかせているヒナの元へ歩み寄った。
「なあ、ヒナ」
「……うん」
ヒナは真っ直ぐ俺の方へ向き、両手を胸の前で握り締めていた。
その表情は怯え、震え、歯を食いしばって耐える様に立っていた。
「……はは、本当はここでの思い出とか話してから言おうと思ってたんだけど……さっさと言った方が良さそうだな」
「そっ…………! …………ん、うん」
そんな事は無いと言いたかったのだろうか。心の準備がしたかったのか。
最終的には今すぐ答えを聞く気になったみたいだが。
「すぅ……はぁ……」
高鳴る胸を落ち着ける為に深く息をする。
何度か繰り返し、頭も心も落ち着いた。
もう準備は必要ない。
俺の思いの丈をヒナにぶつけよう。
「この一ヶ月さ、あちこち辿って心を整理してたんだ。レイとの出会いや、ヒナとの思い出とか」
「…………」
あ、やっぱさっさと伝えたほうがいいかもな。
レイって言った瞬間にヒナの顔が一瞬歪んだ。
ごめんな、そんな顔させたかった訳じゃないんだ。
「でもそのおかげでさ、やっと俺の本心に気付けたんだよ」
「…………うん」
「…………ヒナ」
俺は前に進み、ヒナの目の前に立った。
震えるヒナと視線を合わせて、真っ直ぐに。
(…………ったく)
我慢できずに泣いてるじゃねえか。まだ何も聞いてないってのに。
そんなに怖いのに、逃げずに俺に向き合ってくれてありがとう。
そんなに辛いのに、関係を進める勇気を持ってくれてありがとう。
「…………俺は」
そんなヒナだから俺は。
「神上灰人は誰よりも、白銀陽向が好きです」
お前と添い遂げたいと思ったんだ。
「………………………………えっ?」
ヒナの瞳が丸く見開く。
「ほ…………ほんと?」
「ああ」
「ゆめじゃない……?」
「ふっ、俺の顔つねってもいいぞ」
「…………ふにっ」
本当につねってきた。
しかし、ヒナとは思えないほど力が入っていない。
「くすぐってぇよ」
「…………ゆめじゃないんだ」
ヒナの目から涙がこぼれる。
次から次へ、こぼれ落ちた涙が屋上の床に染み込んでいく。
「うそ……ほんと? でも、でも………………っ」
「うるせーな」
混乱するヒナを抱き締めて無理矢理黙らせた。
もう好きだって伝えたし、ごちゃごちゃ話しても大丈夫だよな。
「……俺はいつも迷ってばっかだ。必死になって選んだ道が間違ってたり危険だったりする事もあった。それでも俺が今こうして生きていられるのは、そんな俺の手をヒナが引いて、正しい道に連れ戻してくれたからだ。これからも俺はたくさん迷うと思う、たくさん間違えると思う。だからさ、俺が間違えない様にずっと隣で見張っててほしい。見守っててほしい」
自分の心の奥の奥。本当に俺が欲しいものは何なのかを考えた時、俺の事を支えてくれるしっかり者の手だと思った。
俺にとってのそれは間違いなくヒナの事だ。
俺はヒナに傍で支えて欲しい、間違えたら叱って欲しい、その代わりヒナが折れそうな時は俺が支えるんだ。
将来俺との成長に差が開いたとしても、寂しさなんて感じる暇無いくらいに笑顔にしてみせる。
「俺と付き合ってくれ、ヒナタ」
「……………………ぐすっ、はい……」
涙声で途切れ途切れになりながら、ヒナは首を縦に振った。
「わたっ……わだしも…………かいとが…………すき……っ!」
「うん」
「ずっと……いっしょに、いて…………」
「死ぬまで一緒だ」
「ひぐっ…………うれしい、やった…………うっ、うぁ…………」
「ああもう、顔がぐちゃぐちゃだぞ」
大きな声でわんわん泣いているヒナの目元を袖で優しく拭う。
拭いたそばから涙が溢れてくるけど、きっとそれは悲しさとかじゃなくて。
張り詰めていたものがなくなった反動なんだろうと思ったら、可愛くて、愛おしくて。
「…………ヒナ」
「あぅ…………?」
ヒナの身体を抱き寄せて、ゆっくり顔を近付けた。
「顔、あげてくれねぇ?」
「あっ…………」
「今度は再生液がどうとか言わねぇからさ」
「……………………ふふっ、はい」
俺の意図を理解したヒナは、くしゃくしゃの笑顔でつんと唇を差し出した。
「……ありがとうヒナ、大好きだ」
「…………ん、ちゅっ」
俺は初めて、一切他意の無いキスをヒナと交わした。
ただ相手の事を求めるキス。好きな人と繋がる為のキス。
今までヒナに散々奪われてきた俺の唇だけど、自分の気持ちに向き合って理解してからのキスはまた違った。
十二月十七日。十六歳最後の日。
神上灰人と白銀陽向は、正式に恋人になった。