「…………で、いつまで泣いてんだよ」
俺はヒナに告白した。ヒナからの告白の返事として、俺もヒナと恋人になりたいと伝えた。
感極まったヒナは俺にしがみついてしばらく泣いていたが、いつまで経っても離してくれない。
「だってっ……もしこれが夢で、手を離したら覚めちゃうかもって思ったら……」
「だーから夢じゃねえって言っただろ。いつからそんなしおらしくなったんだお前」
ヒナの髪をかき分け、あらわになった耳にかぷりと噛み付く。
「…………いたい」
「だろ? 現実なんだよ。俺の言葉も、気持ちも」
「…………うん!」
ようやく笑ったかと思ったらまた俺にしがみつく力が増してしまった。
逆効果じゃねえか。
「……ねえ、カイト?」
「あん?」
「それじゃ明日は、私と二人っきりで過ごしてくれるの?」
「…………あー、そういやそんな話だったな」
ヒナは遊園地での告白の時、誕生日は二人きりで過ごしたいと言った。
俺と同じ時間を過ごせる貴重な機会を大事にしたいんだろう。
「…………でもさ、その為にはもう一人、ちゃんと話しなきゃいけない奴が居るだろ?」
「…………レイカ」
「そうだ、あいつにもちゃんと伝えなきゃいけない」
俺はヒナと恋人になった。だからヒナと二人の時間が増える。
レイは悲しむだろう。嘆くだろう。暴れるかもしれない。嫌がるかもしれない。
だけど最後はちゃんと納得してくれるはずだ。俺が一番幸せになれる未来を選べと言ってくれたのはレイなのだから。
俺は信じてる、レイは俺の選択を尊重してくれると。
「まだ現実味がねえって言うならもう少しゆっくりしてろ。俺は帰ってレイと……」
「わ、私も行く!」
「え?」
「す、少しは休んでいくけど……ちゃんと私の口からもレイカに伝える」
「……そうか」
ヒナは目をこすり、まっすぐな目でそう言った。
ヒナにとってもレイは大切な相手なんだ、中途半端な言はしたくないんだろう。
「わかった、来るの待ってるよ」
「うん」
「んじゃ……また後でな」
俺はヒナの手を離し、一人立ち上がった。
「ぁ…………」
しかし相変わらず寂しそうな顔をしやがる。
しょうがねえな、俺の彼女は。
「……ちゅっ」
「ひゃ!?」
「また後でって言ったろ。物欲しそうな顔してんじゃねえよ」
不意打ち気味にヒナの頬にキスしてやった。
少し照れくさかったが、ようやくいつものヒナの顔になった。
「もう行くから、早めに来いよ」
「…………はーい」
俺はヒナを一人屋上に残し、レイの待つ自宅へ向かった。
◇
「……………………へへ」
カイトにキスされた頬を指でなぞる。
「夢じゃないんだ……私なんだ…………♪」
ずっとずっと好きだったカイト。
私の傍に居てくれたカイト。
吸血霊鬼になっちゃったカイト。
それでも私を選んでくれたカイト。
「嬉しい…………嬉しいなぁ……」
完全に浮かれていた。
さっきまでは怖くて泣いて、今度は嬉しくて泣いて。いつからこんなに泣き虫になったのだろう。
カイトの事を考えるだけでどんどん溢れてしまうのだ。
「……でも、喜んでばかりもいられないわよね」
カイトの言っていた通り、私達以外にもう一人きちんと話さなきゃいけない人が居る。
私と同じ、カイトの事が大好きな女の子、レイカ。
恋敵であると同時に、私にとっても大切な友達。家族と言ったっていい。
そんなレイカへの説明責任をカイトだけに押し付けるわけにはいかない。
それにレイカの誕生日の終わり際にあんな事を言ってしまったのを、改めて謝らないと。
「━━ザッ」
「……えっ?」
カイトを追いかけよう。そう思った時、誰も居ないはずの屋上で足音がした。
それも入り口の方ではない、まるでフェンスを飛び越えてきたみたいな。
驚いた私は振り向き、さらに驚くことになった。
「そんな……なんでここに…………?」
「………………」
彼女は悲しげに微笑んだ。
そしてたった一言、私に向かって口を開いた。
「…………ありがと」
◇
「…………あれ?」
ガチャガチャと家の鍵を回していると違和感に気付く。
「鍵…………開いてる?」
鍵を回した手応えがなかった。
つまり俺が開ける前から鍵が開いていた。
まあ家にレイがいるならなんの心配もないのだが、俺は確かに鍵を閉めて登校したはずだ。
「……………………」
恐る恐るドアノブを回した。
「ただいま」
扉を開け、静かな部屋の中に声をかける。
「…………」
しかし返事がない。
朝早起きだったから寝ているかもしれない、聞こえなかっただけかもしれない。
そんな訳無いのはこの一年で充分わかっていた。
俺のただいまにレイが反応しなかった事なんてほとんどない。今日に限って偶然が重なるなんて事は考えづらい。
「…………レイ?」
レイのじいさんと会った日の事を思い出す。あの日はじいさんの刺客がレイとヒナを攫ったんじゃ、なんて笑えちまう妄想で不安になってたっけ。
あの頃からもうレイとヒナ、結構仲良かったよな。
「━━ガチャ」
なんて考えながら、家中の扉という扉を開けてまわっていた。
レイの部屋、俺の部屋、風呂、トイレ。どこを探してもレイの姿が見えない。
荒らされた形跡はないから泥棒とかではないと思うが、その程度の事はなんの安心材料にもならなかった。
「…………」
リビングのソファーに腰を下ろす。
「……大丈夫、大丈夫だ」
今日は特別な日になる、みんなわかっていた。
だからレイも落ち着かなくて外をうろついてるんだろう。
俺も帰りは遅くなるかもと言ってあったし、レイの帰りが遅くてもおかしくない。
そう自分に言い聞かせて、胸に広がる不安を押し殺していた。
「そのうち帰ってくるよな……早く戻ってこいよ、レイ……」
しかし、俺の不安を煽るかの様に、時間だけがどんどん過ぎていった。
日が傾いても、月が出ても、だんだん俺の身体が震え始めても、レイは帰ってこなかった。
◇
「━━ガチャ」
「ッ!?」
玄関の扉が開かれ、大急ぎで玄関に向かった。
「レイッ!!」
「きゃっ!?」
しかしそこに居たのはレイではなく、後で来る様に言っておいたヒナだった。
「あっ、ああ……ヒナだったか、悪い」
「もう。後で行くって言ってたでしょ?」
「悪かったって……」
そうだ、俺が勝手にレイだと思って早とちりしただけ。ヒナは何も悪くない。
「……どうかしたの? 凄い慌ててるみたいだけど……」
「いや、別に…………って、誤魔化す意味ないよな……」
とっさに強がろうとしてしまったが、ヒナ相手に今更すぎる。
それにレイの事はヒナにとっても無関係じゃない。共有しておくべきだろう。
「実はさ、俺が帰ってからずっとレイの姿が見えないんだ」
「……えっ?」
「元々あんまり一人で出かける奴でもねえし、そりゃ今日くらいはそういう気分なのかもしれないけどさ、こんな時間まで帰らねえと心配でさ……」
言葉にすると余計不安になってきた。
あいついつもふわふわしてるから、適当にぶらついて道に迷っていたらどうしようかとか、一人で泣いてないだろうかとか。
あいつも吸血霊鬼だから不審者に襲われるとかは心配してないけど、だからって心配する理由が無くなるわけじゃない。
「もしさ、もう少し待っても帰ってこなかったら二人で探しに行こう。お互いにあいつの行きそうな場所に心当たりがあれば共有してさ…………」
「……………………」
「ヒナ?」
どうしたんだろう、ヒナの様子が何かおかしい。
どうしてそんな困惑した顔で俺を見てるんだ。
「カイト…………何言ってるの?」
「何って、レイの事だよ。心配だろ? いつも家に居たのに急に居なくなるんだから……」
「それよ……」
「…………え?」
ヒナは俺の顔を見つめ、とある質問を投げかけた。
「さっきからカイト、誰の話をしてるの?」
「……………………は?」
時が止まったかの様に思えた。
ヒナの口からそんな言葉が出てくるなんて思ってなかったから。
「ヒ、ヒナ…………? お前一体、何言ってんだよ……?」
震える両手でヒナの肩を掴み、縋り付くように叫んだ。
「レイだよ! レイカ!! 俺と一緒に住んでた、ヒナとも仲良かったレイだよ!! 俺をからかってるんだよな? お前らだって仲良かったもんな!? なあ!!」
「ちょっ……痛っ!!」
「っ…………ご、ごめん!!」
「う、ううん…………大丈夫」
気付けばヒナの肩に指が食い込む程に力を込めてしまっていた。
慌ててヒナから両手を離す。
「…………でも、なんであんな事言ったんだよ。ヒナだってレイの事大切に思ってただろ…………?」
それでも、震える声でヒナに問い続けた。
そんな訳無いと思いながら、そうとしか考えられない可能性が俺の頭を支配していた。
否定してほしかったのだ。ヒナの口から、その可能性を。
「…………ごめんなさいカイト」
俺の願いは届かなかった。
ヒナの言葉は、俺の希望を粉々に砕くだけだった。
「…………