「━━ガチャ」
レイは見つからなかった。
どうしても見つけたかった。会いたかった。
……会えなかった。会うべきじゃないんだと思った。
だから一人、無様に帰ってきた。
「カイト、おかえり」
「ッ!?」
俺を出迎える声がしてバッと顔を上げる。
レイ、いつの間に帰ってたんだよ。
心配したんだぞ。
「ぁ…………」
「カイト?」
「…………ううん、ただいまヒナ」
違う。出迎えてくれたのはヒナだ、レイじゃない。
お前が待ってろって言ったから待っててくれたんだ、ヒナに失礼だろ。
「…………ヒナ」
「なあに? カイ……とっ?」
俺はボロボロの身体のまま、ヒナに抱き着いた。
俺のクソったれな身体は、あれだけ裸足で走り回ってたのに、がむしゃらにあちこち探し回ったのに、もう傷ひとつ残ってなかった。
それでも俺は、ボロボロだった。
一人で立ってるのもやっとなくらいに。
「ヒナ…………俺……」
ヒナに言っても意味はない。ヒナは全て忘れている。
レイの名前を、顔を、声を、性格を、思い出を。
何一つ覚えていないんだ。
「俺…………見つけてやれなかった」
それでも、もう無理だ。
ひとりじゃ、耐えられねえよ。
「すごく大切だったのに……家族だったのに……ヒナと同じくらい大切な奴だったのに、俺の為に…………ヒナの為に…………どっか行っちまったんだよ…………」
「カイト…………」
「俺…………どうしたらいいんだ…………」
何もわからないヒナに縋り、みっともなく涙を流す。
「俺…………どうしたらよかったのかなぁ…………」
ヒナがわかるわけない。
付き合ったばかりの彼女に情けない所を見せるんじゃない。
今までヒナの前では頑張って虚勢張ってたじゃないか。
「………………うぁ……」
そうだ、ヒナの前では。
でも一回だけ、自分の正体がわからなくて不安になって、本当に折れそうな時があって。
その時傍に居てくれたのは、レイだ。
俺に寄り添ってくれてたのは、レイだ。
なんでだよ、俺、お前が居なきゃとっくに折れてたんだぜ。
なんで居ないんだよ。
なんでお前が俺を折ろうとするんだよ。
お前が居なきゃダメだよ。
俺は…………。
「━━ぽたっ」
「…………え?」
俺の頬に涙が落ちた。
俺のじゃない、別の所から。
顔を上げた。
「…………あれ?」
「……ヒナ?」
泣いていたのはヒナだった。
俺と同じ様に、ヒナも涙を流していた。
「お、おかしいな……私、何も悲しくなんてないはずなのに、カイトの恋人になれて嬉しいはずなのに、なんで…………」
「ヒナ、お前…………」
「なんでだろ…………泣いてるカイトを見てたら、私も胸にぽっかり穴が空いたみたいな感じがして……」
そう言ってヒナは困惑したまま涙を拭っていた。
「……そうだよな」
おそらくレイは、ヒナの中から自分に関する記憶を全て消した。
でもレイの記憶を全て消したうえで成立するほど、ヒナの記憶にとってお前は浅くなかったんだよ。
全て無くしたら喪失感が残るくらいには、ヒナにとっても大切な奴だったんだよ。
きっとその喪失感が俺を見て引き摺り出されたんだ。俺の悲しみに共鳴する様に。
「…………最後まで迷惑な奴」
こんなにお前の事を好きにさせたんだ。
お前の忘れ方も教えてくれよ、レイ。
俺はお前の本名を知っちまった、だから俺の記憶は消せなかったんだよな。
本当に、残酷な呪いだよ。
「…………なあヒナ、長くなるかもしれないけど聞いてくれねえか?」
「……何を?」
「俺の家族の話…………俺とお前とずっと一緒に居た、一人の女の子の話だ」
◇
俺達は俺の部屋へ場所を移した。
ベッドで並んで座って、鼻声のまま語った。
俺がレイと出会った時の話。
レイとヒナが出会った時の話。
二人とデートしたり、旅行に行ったり、力を合わせて戦ったり、俺の実家に行ったり、遊園地に行ったり。
本当に色んな事を話した。
どの話を聞いてもヒナはいまいちピンときていなかった。
それでも、黙って俺の話を聞いていた。
俺の手を離さずに聞いていた。
「この指輪、わかるか?」
遊園地にてお土産にと、俺が三人分買ったおもちゃの指輪を見せた。
「これ……持ってる。遊園地でカイトがくれたんだよね」
「どうして遊園地行ったか覚えてるか?」
「………………ごめんね、わからない」
「…………そうか」
俺との間の記憶はちゃんと残っていた。
俺が吸血霊鬼になった事も、一緒にどこかへ行った記憶もしっかりあった。
だけど、レイに関する記憶だけがすっぽりと抜け落ちていた。
「でも、本当に大切だったのね、その子の事」
「ああ……ヒナと同じくらい大事な家族で……」
「ううん、私にとっても」
「……ヒナ?」
ヒナはポケットから俺と同じおもちゃの指輪を取り出し、指にはめた。
「……記憶が無いって事は、その子吸血霊鬼だったんでしょ? 私の記憶の不自然な穴、その全部に吸血霊鬼が居たなんて、少し前の私じゃ考えられないよね」
「……そうだな、その通りだ」
「じゃあ、本当に仲良かったんだろうなぁ……」
物思いにふけるように天井を仰ぎ見るヒナ。
「…………何も思い出せないなんて、寂しいな」
「まったく……覚えてても忘れてても寂しくさせるなんて、悪い吸血霊鬼だよな」
「ふふっ、本当にね」
レイ、お前が居なくなった理由はわかるよ。
ヒナは俺との時間を欲しがった。それはレイが居たらどうあったって減るもんだ。
そこで俺がヒナを選んだなら、身を引いて二人の時間を作らせるのは、理屈はわかるよ。
だけどやっぱり、感情がお前の選択を否定してる。
理屈なんかどうでもいい、俺はお前と一緒に居たかったよ。
朝起きたら「おはよう!」って言ってくれて。
出かける時は「いってらっしゃい!」って送り出してくれて。
帰ってきたら「おかえり!」って笑いかけてくれて。
血を与えたら「ごちそーさま!」って感謝してくれる。
お前の笑顔がもう見れないなんて、辛すぎるよ。
「……………………」
なんて、やっぱり俺のわがままなんだろうな。
レイは俺の事が好きだと言ってくれた。だけど俺はヒナを選んだ。
そんな相手と一緒に暮らすのは、レイにとっても辛かったのかな。
自分には手の届かない相手と家族を続ける事は、レイにとって苦痛だったのかな。
俺は……レイの「居場所」を壊したんだな。
「…………かいと」
「……ヒナ?」
静かに涙を流し始めた俺を、ヒナがそっと抱き締める。
「わっ……」
それだけじゃない、共にどさっとベッドに倒れ込んだ。
ヒナの泣き顔が目の前に迫る。
「ヒナ? お前何して……」
「今までは
ヒナの手が俺の頬に触れる。
そのまま首、胸元へと滑っていく。
「……
「っ…………!」
恋人と二人きり、ベッドの上。
今までみたいに人の目を気にする事も、互いの関係に躊躇う事も無い。
もう何も止める理由が無い。
「いや、でもっ……こんな時に……」
「こんな時……だからじゃない?」
「え……?」
「だって今のカイト、見てられないもん。寂しそうで、辛そうで、手を離したら消えてしまいそうなくらい弱ってる」
確かに自覚はあった。
口の中がカラカラに乾き、指先が冷たくなり、まともに力がはいらない。
すぐにでも灰になって崩れそうな程弱っている自覚はあった。
「だからって……」
今、ヒナの誘いに乗るのは簡単だ。
でもそれはレイを失った悲しみをヒナで埋めるという事だ。
行き場のない感情をぶつけてヒナを利用する事だ。
そんな酷い事、俺には……。
「……それでいいんだよ」
「っ!?」
ヒナの両腕が俺の頭を優しく包む。
「ぶつけていいんだよ、カイトの気持ち全部受け止めてあげるから」
「ヒナ、お前…………」
「それにね、私もカイトに埋めてほしいんだ、ぽっかり空いた胸の穴」
ヒナの心の穴。
俺と同じく、レイを失って出来た喪失感。
「…………そっか」
失った誰かの温もりは、別の誰かの温もりじゃないと埋められないのか。
「…………いいのか? 初めてだろ」
「カイトじゃなきゃやだよ」
「今日の俺……凄く乱暴にしちまうかもだぞ」
「ふふ、カイトに乱暴にされるの、好きだよ」
「……途中で別の女の名前口走るかも」
「それは〜、ちょっと嫌だけど……」
情けない事ばかり言う俺の頭を、ヒナは微笑みながら撫でてくれた。
「…………今日だけ、許してあげる」
聖母の様な微笑みで、俺を包んでくれた。
「…………ありがと、ヒナ」
俺がダメな時に支えて欲しい。
ヒナは俺の言葉通り支えてくれるんだ。
だったら今日は、甘えよう。
「きゃっ……」
全てをヒナに委ね、軽くのしかかった。
重いだろうに、ヒナは俺の背中に優しく手を回した。
こんな俺を受け入れてくれたんだ。
「…………大好きだ」
「私もカイトの事、愛してる。ずっとずっと……愛してる」
◇
「んっ…………うぅ」
朝日が眩しい。
カーテンを閉め忘れたみたいだ。快晴の日の日差しはまぶたの上からでも容赦なく俺の瞳を照らしやがる。
それとも俺が特別日差しに弱いのか。
「…………ふぁ」
身体を起こし、辺りを見渡す。
「……静かだ」
家の中の静寂が、俺以外の住人の消失を物語っている。
レイが居なくなったのはタチの悪い悪夢では無かった様だ。
「…………おわっ!?」
ベッドから這い出ようとした所で、ようやく違和感に気が付いた。
何も着ていなかったのだ、服を。
よく見れば俺の服はベッドの下に散乱していた。
もう一人分の女子の制服と下着と共に。
「そ、そうか…………」
俺は、隣で寝息を立てる愛しい人の姿を確認する。
俺と同じく服を着ていなくて、髪もすごく乱れていて、綺麗な肌には所々引っ掻き傷があって。
シーツには所々赤い血の跡がこびりついていた。
「…………本当に乱暴にするやつがあるかよ」
いくらヒナが受け入れたからって限度がある。
でもそれらはすべて、俺の為に。
「……せめて治しといてやろう」
口の中で再生液を作り、ヒナの背中に出来た傷跡を舐める。
一晩経った傷だったが、吸血霊鬼の再生液はヒナの背中を綺麗なものに戻してくれた。
「寝てる彼女に手を出せるくらいには元気になったんだね」
「だぁっ!?」
咎められたと思い、ベッドの上で飛び退いた。
「おっ、起きてたのかよ!?」
「本当はね、少しカイトの寝顔を眺めてたんだ」
ヒナはシーツを片手に身体を隠して起き上がった。
「どう? もう大丈夫?」
「…………わからねぇ」
ヒナの前では元気な所を見せたかったが、やはり一晩で吹っ切れるほど簡単な問題ではなかった。
それでもかなり楽になったのも確かで。
「けど、お前が傍に居てくれりゃ大丈夫だと思う」
「ふふ、そっか」
そう言うとヒナはご機嫌そうに俺にキスをした。
「あ、言い忘れてた」
「ん?」
「大事な事だよ」
ヒナは自らの前髪を整え、無邪気に俺に笑いかけた。
それはまるで、あいつみたいに。
「おはようカイト! ……誕生日おめでとう♪」
俺に前を向かせる灯火になってくれた。