ヒナと恋人になった。
レイが姿を消した。
ヒナと身も心も一つになり、寂しさの穴を埋めてもらった。
色々な事が起こりすぎた翌日、神上灰人十七歳の誕生日。
「はい……そうです、カイトです」
俺は、ヒナの両親に電話口で頭を下げていた。
◇
事の発端は数分前、裸エプロンとかいうとんでもないご褒美スタイルでヒナが朝食を用意してくれていた所。
「あっ…………お父さん?」
無断で一晩家を空けた娘を心配したヒナのお父さんからヒナに電話がかかってきたのだ。
「えっとね、今日もカイトの所でね? その……」
ヒナは一生懸命説明していた。
元々顔馴染みの家庭だし、ヒナの両親はそんなに厳しい人じゃない。とはいえ無断外泊は心配して当然だ。
今回もヒナが両親に説明しておしまい。そう思っていたのだが、今回はどうしてもじっとしていられなかった。
「……ヒナ!」
「えっ、カイト?」
「お、俺に代わってくれねえか?」
「…………いいけど」
今回は俺の為に一番を共にしてくれたのだ、ここで任せきりというのは筋が通らない。
俺の口から説明する必要がある、そう思ったんだ。
「もっ…………もしもし! お電話代わりゃりっ、代わりませ、ました。カイトです……!」
◇
俺は伝えるべきと思った事をかいつまんて話した。
ヒナと正式に付き合った事。
俺がハチャメチャに落ち込む事件が起きた事。
そんな俺に付き添ってヒナが泊まってくれた事。
流石に「娘さんをいただきました」とバカ正直には言えなかったけど、誠意を持って説明した。
途中で親父さんもお袋さんも笑っていたけど、それだけ俺の事を信用してくれてるって事だろうか。
日頃の行いに感謝した。
「…………ふぅ」
通話終了ボタンを押し、静かになったスマホをヒナに返した。
「お父さん、なんだって?」
「…………やっとかって」
「ふふっ、お父さんらしい」
親父さんには「ようやくくっついてくれたか」と笑い飛ばされ、お袋さんには「ヒナタをよろしくね」と頼まれてしまった。
もちろんその期待には応えるつもりだが、改めて言葉にされると緊張するものだ。
「期待してるよ、あなた♡」
「…………気が早い」
「わぴゃっ!」
甘えた事をぬかすヒナのこめかみをいつも通り押さえつける。
「…………っ」
『うえぇぇぇぇぇぇん!!!!!!』
『……おかえりなさいあなた! ご飯にする? お風呂にする?』
『それともあたぁぁぁぁぁぁあああああ!!?!?!?!!?!?』
『……あ゙ーっ!?』
いつも通り。
それは、レイに対するいつも通りだろ?
(…………そりゃすぐには抜けねえよな)
ヒナのおかげでかなり楽になった。
だからって、完全に癒えたわけじゃない。
それでも。
「……ちゅ」
「んむっ!?」
手を持ち替えて目隠しみたいにしたまま、ヒナの唇を軽く奪った。
レイはもう居ない。もう会えない。
その代わりに、ヒナが今までよりずっと傍に居てくれる。
ヒナを頼れ。もう少し、自分の足で歩けるくらい立ち直れるまで。
「えへへ、目隠しキスってドキドキするね」
「お望みとあらばいくらでもしてやるよ」
「わーお、オラオラ系だね」
「…………そうだな」
俺は時折オラオラ系らしい。
レイがそう言って喜んでたよ。
「んで、今日どうする」
「何が?」
「学校。平日だろ」
俺はカレンダーを指差す。
残念な事に俺の誕生日は平日だ。冬休みには少し早いし普通に学校がある。
一応優等生の委員長なヒナはサボる訳にもいかないだろう。
「サボろっかな」
「やっぱな…………いやいや!?」
全然予想外だった。
こいつ笑顔で堂々とサボり宣言しやがった。
「大丈夫よ、少し休んだくらいじゃ私の成績には響かないから」
「お前…………俺絡みでサボり過ぎだろ」
「カイト絡みでしか休んでないの」
それは真面目なのか。ツッコミを入れようとして辞めた。
そう言えばこいつ、周りが思ってるほど真面目じゃないって自覚あったもんな。
「それに言ったでしょ? カイトの誕生日は二人きりがいいって」
「…………あー、そうだったな」
俺の誕生日は二人きりで過ごしたい。
それがあの遊園地でのヒナの告白の内容だった。
「…………んじゃ俺もサボるしかねえじゃん」
「そうなるね。嫌?」
「思うところが無いでも無いが、まあ自分への誕プレだと思うよ」
「よーし、決まり♪」
ヒナは満面の笑みで俺に飛び付き、ぎゅーっと抱き締めてきた。
「じゃあ今日一日、ずっとイチャイチャするからね!」
「…………その前にさ」
「…………何?」
一度ヒナを引っ剥がし、冷静に諭した。
「…………服着ようぜ?」
「あ…………」
ヒナは俺の言葉で自分が裸エプロンのままだということを思い出した様だ。
流石にヒナも俺から離れて身体を隠す。
「わ、私は一日このままでも……」
「じぃ〜っ…………」
「…………ごめんなさい、やっぱりまだちょっと恥ずかしい」
「よろしい」
謝るな、それが正常なんだ。それが健全なんだ。
俺達は部屋に戻り、それぞれの服に着替えた。
(……………………)
この男は、さっきまで裸同士だった癖に、ヒナの着替えには視線が吸われてしまって。
(……本当にでっかいなぁ)
我が身にもたらされた幸福を噛みしめるのだった。
◇
「それでさ、カイト」
「ん?」
二人で何かするでもなく、ソファーで並んで喋っていると、急にヒナが緊張した声色で訊ねてきた。
「カイトって、血を吸う必要あるよね」
「…………あー、まあな」
一昨日までは毎日レイに血をやっていた。
何日か置きに俺もレイから血をもらっていた。
そうか、このままだと俺は飢餓状態まっしぐらな訳だ。
そうなるまでヒナが放っておくわけ無いけど。
「これからはさ、私の血をあげるから……いつでも言ってね」
「そうだな、助かるよ」
俺はヒナを膝の上に乗せて、向き合う様に座らせた。
「…………かいと?」
「あん?」
「この体勢…………何?」
「何って…………あ」
ヒナに言われて思い出す。
そういや俺とヒナの吸血スタイルは異常に距離が近いんだった。
レイの事を忘れてるって事はこれも忘れてるよな。
「…………嫌か?」
「へっ!?」
「俺にこの体勢で血を吸われるのは嫌か?」
「いっ、嫌じゃないよ……?」
「ならいいだろ」
俺、やっぱオラオラ系なのかもしれん。
さもこれが普通とでも言わんばかりの言い草でヒナを丸め込んだ。
本当は俺がこの体勢で血を貰いたいだけなのにな。
「痛かったら言えよ」
「……どーしよっかな」
「言えや」
こいつ本当にMなんだな。
やめてくれよな、女の子痛がらせて悦ぶ趣味なんかねえんだから。
『カイトの前限定の変態ならどう?』
「…………」
まあ、悪い気はしないよ。
「…………んんっ?」
「どうだ、触ってんのわかるか?」
「もうわかんないかも」
「あいよ」
麻酔が効いたみたいだ。ヒナの言葉を信じて牙を立てる。
「……………………」
「じゅるる……」
ヒナは痛がっていない。強がりという感じもしない。
だったらありがたく血をもらうだけだ。ヒナの首筋から適量の血を口に含む。
「…………ごく」
なるほどな、ヒナの血が美味いってこういう事だったのか。
レイの血しか意識して飲んだ事はなかったが、確かにこれは一度飲んだら同族の血なんて飲めなくなるだろうな。
「…………ちゅ」
ヒナの傷口を塞ぎながらふと考える。
レイはよく俺のクソまずいらしい血にこだわっていられたな。
他にも色んな血の味を知ってただろうに。それこそヒナの血だって。
そんなにレイは俺の事、好きだったって事かよ。
「……ほい、終わったぞ」
「むぅ、全然痛くないね」
「なんで残念そうなんだよ」
何故か頬を膨らませて俺を見るヒナ。
「つか終わったから降りていいぞ」
「えー?」
「降りろ!」
血をもらっておいて言うのもなんだが、いつまで経ってもヒナが降りてくれない。
「カイトは私の事食べたのに、私には食べさせてくれないの?」
「…………は?」
「ズルいわよね」
「…………は???」
ガシッとヒナに肩を掴まれ、グイッと顔を近付けるヒナ。
「私もカイト食べちゃってもいいわよね」
「ちょ、まっ!?」
「じゃ、いただきまーす……あむ、ちゅ」
「んむむーーー!?!?」
ヒナは宣言通り俺の唇に食らいつき、深い深いキスをかましてきた。
唇を貪られ、舌を奪われ、まさに美味しくいただかれてしまった。
まあ、お互い様ということにしておこうか。
◇
「ヒナってさ、進路とか決めてんの?」
落ち着いた所でヒナに訊ねてみた。
「どうしたのよ急に」
「いや、これからはずっとヒナと一緒に居たいって思ったらさ、大学とかも同じ所行きたいなって」
「へ、へぇ〜……」
素直な気持ちを伝えたところ、ヒナは恥ずかしそうに顔を伏せた。
改めて恋人みたいな事を言い始めると、まだ慣れてない所に不意打ちを食らうのだろう。
アレだけの事をしておいて今更だと思うけどな。
「でもなぁ、特に決めてないのよね」
「そうなん?」
「カイトが良ければ「お嫁さん」でもいいけど?」
「それは…………アリなのか?」
「……ひ、否定してくれないと、流石に照れちゃうんですけど」
お嫁さんか、それも悪くない。
だけどヒナの願いもあるし、せっかくだからもっと恋人らしい事がしたい。
大変かもしれないけど、ヒナとのキャンパスライフも楽しそうだ。
「進学なら、カイトが行けそうな所目指しなよ」
「はぁ~?」
「だって私、大抵の所ならA判定貰えそうだもん」
「……まあ、お前ほどの成績の奴がそう言うなら」
学校サボりながら言う事でもないが、ヒナは本当に成績優秀なんだよな。
俺はどこまでのレベルなら良い判定貰えるかな……E判定じゃねえぞ?
「いいのかよ、俺に合わせて」
「他に何を目指して進学しろっていうの?」
「そらなりたい職業とか、欲しい資格とか……」
「カイトのお嫁さん♪」
「…………わかった、もう聞かねえよ」
進路の相談はヒナと一緒にする事にしよう。
そうすりゃ勉強も教えてもらえて一石二鳥だ。
「…………ありがと」
「何が?」
「私に合わせてくれた事」
「いや、ヒナの学力にはとてもじゃねーけど……」
「そっちじゃなくて、一緒に居てくれようとしてる事」
ヒナの頭が俺の膝にぽすんと置かれる。
嬉しそうにはにかみながら俺を見上げて、感謝の気持を伝えた。
「私との時間を大切にしてくれて、ありがと」
「……当たり前だろ」
実際の所、俺が後何年成長するのかわからない。もしかしたらもう成長しないかもしれない。
ヒナと共に成長出来る時間がどれだけ残ってるのかもわからない。
ヒナが一番恐れていたのは、俺を置いて自分だけ歳を重ねる事。
俺はそんな悩み吹き飛ばすくらいヒナを幸せにすると決めたんだ。ヒナが楽しくなる為ならなんだってするつもりだ。
「どうだ? 俺の膝枕の感想は」
「うーん…………」
ヒナの頭を撫でながら、ニヤけ面で聞いてみる。
ヒナはしばらく考えた後、苦笑いで答えた。
「……硬いね!」
「へっ…………だろうよ」
予想通りの返答だ。
実際の膝枕は硬いって相場は決まってんだよ。
俺、レイ、母さん調べだ。
◇
「ねぇ、帰らなきゃダメ?」
夕食も済ませ、いい時間になった所でヒナを追い出そうとケツを叩いた。
本当に叩いたわけじゃないぞ?
「ダメに決まってんだろ、昨日だって親に黙って泊まったんだから、今日はちゃんと帰れ」
「でもぉ、まだカイトの誕生日だし……」
「昨夜前借りしただろ」
「前借り!?」
俺の誕生日が来る前に俺の事独占してたんだから我慢して欲しい。
俺を大事にしてくれるのは嬉しいが、大事な人は他にも居るだろ。
「…………家族はちゃんと大事にしなきゃダメだぞ」
「…………そうだね、わかった」
俺がそう言うとヒナはすんなり諦めた。
(そうだ)
家族は大事に、大切な事だぞ。
大事な奴がいつまでも当たり前に居るとは限らねーんだからな。
「あ、でもさ」
「うん?」
「もう来週にはクリスマスだろ? そしたらまたデートしようぜ」
「………………うん!」
別れ際にもう一度ヒナを抱き締め、キスを交わしてから別れた。
◇
「…………」
一人になった俺は、レイの部屋の扉を開けた。
机、クローゼット、タンスの中、色んな所をひっくり返し、ある物を探す。
程なくして目的の物を発見し、大きく広げた。
「……親父、やっぱり絵上手いな」
実家から帰る前、親父からレイが受け取ってるのを見ていた。
親父が描いたっていうレイの似顔絵。
まるでレイがそこに居るかの様にそっくりだった。
「…………あ、ダメだ」
俺は大丈夫だ、ヒナと一緒に前を向くよ。
そう伝えたかったのに、レイの顔を見たら勝手に涙が滲んできてしまった。
「……本当に寂しがりなんだなぁ、俺」
ごしごしと袖で涙を拭き、再度レイに向き合う。
「俺さ、しばらくはお前の事引き摺ると思う。十年引き摺るかもしれない。今日だって何度もお前の事、事ある毎に思い出しちゃってさ。失礼だよな、すぐ近くにヒナが居るのに。だけどさ、お前はそれを願ってないんだよな。俺が心の全部でヒナと向き合う事を望んでるんだよな。わかってる、わかってるよ……俺はヒナが好きだ、だから全力でヒナを幸せにする。お前の為にもしてみせるよ。だからこうして、時々お前の顔を見たくなる事があってもさ、怒らずに受け入れてくれよ。勝手に居なくなったお前も悪いんだぞ?」
絵の中のレイは当然何も言わない。
椅子に座って、優しく微笑むだけ。
いい表情を描いてくれたな。サンキュ、親父。
「……それじゃ、次引っ張り出すのは明日か、一ヶ月後かわかんないけど、なるべく早くレイ離れ出来るように頑張るよ」
レイの似顔絵をクローゼットの中にしまいながら、別れの挨拶をした。
「…………じゃあな、レイ」
ヒナと一緒に前を向くために。
俺は過去の思い出に、そっと蓋をした。