レイが居なくなった家は、本当に静かだった。
だけど俺が寂しがってるのを察したのか、ヒナが頻繁に遊びに来てくれて。
二人きりで家に居ると、自然と互いを求める機会も増えて。
ヒナと触れ合う度に心の傷が癒えていく気がして、ヒナも俺との時間を無駄にしたくないみたいで、最初は気恥ずかしかった行為も段々と慣れてきた。
毎回健気に俺の事を受け止めてくれるヒナのおかげで、寂しいと思う時間はぐっと減っていた。
それでもゼロとは言えないけど。
時は過ぎ、俺達は高校三年生になった。
高三と言えば進路相談。俺はヒナと一緒に進学を目指し、柄にもなく一生懸命勉強した。
毎日毎日頭が茹で上がりそうだったけど、ヒナの教え方が上手かったおかげで、夏休みが終わる頃には志望校のA判定を貰う事が出来た。
ヒナは宣言通り、どの大学想定でもA判定だった。参りました。
……紗霧ちゃんに志望校伝えた時はやけに焦ってたけど、あれはなんだったんだろうか。
俺の十八の誕生日、またヒナと二人きりで過ごした。
ヒナの誕生日は八月だし、晴れてお互い十八歳になった訳で、冗談半分本気半分で「もう結婚できるな」って言ったらヒナが倒れてしまった。せっかく二人きりだったのに、もったいない事をした。
本当はヒナにも渡したい物があったんだけど、クリスマスまでとっておくか。
という訳でクリスマス、ヒナに指輪をプレゼントした。今度はおもちゃじゃない、
婚約指輪のつもりだったけど、高校生の財布事情には限度がある。大人になったら改めて本格的なやつを贈るって言ったんだけど、ヒナは大泣きして喜んでくれた。
いつも勝手に左手の薬指にはめて俺の顔色を伺ってたヒナだけど、今回は俺の手ではめてやった。
ちなみに今回わかったんだけど、吸血霊鬼がダメなのは銀、純銀だけでプラチナは大丈夫らしい。
白銀が吸血霊鬼と相性悪くなくて良かったなって言ったら「どうせすぐ神上になるからどっちでもいい」って言われた。こいつめ。
そうして俺とヒナは共に過ごし、様々なイベントをこなし、歳を重ねて、成長する。
ヒナが願っていた通り、俺達は笑顔で思い出を増やしていった。
気付けばレイの似顔絵も、レイの誕生日とか正月とか、お盆くらいにしか出さなくなっていた。
…………なんかこれじゃ遺影みたいだな。生きてるよな? 元気でやってるよな?
まあ、俺達は元気にやってるよ。ヒナと二人でいっぱい楽しんでる。
だけどふとした時、ほんの少しだけ寂しくなる時があるくらいか。
どんだけヒナを好きになっても、お前を嫌いになってく訳じゃないからな。
そんな俺達も、今や大学二年生。
お前が居なくなってから、あっという間に三年が経ったよ。
◇
「くあぁ〜…………っ」
もう俺は誰にも血を与えてない。だと言うのに朝に弱いままだった。
吸血霊鬼になって貧血関係無しに夜型になってるんだろうな。
「ほら、そろそろ起きないと一限間に合わなくなるよ〜?」
俺の新しい同居人、愛する彼女が俺の部屋に起こしに来る。
ヒナは大学に進学すると共に、俺の家で共に暮らすようになった。
ヒナの両親も俺の親父も了承済み、正式なお付き合いだからな。
「うぅん……ねみぃ」
「ほら身体起こして、顔洗いに行くよ」
「んんぅ、ひなぁ…………」
「って、きゃあっ!?」
わざわざ俺を起こしに来てくれたヒナを抱き寄せ、ベッドに引き摺り込んだ。
本能のままにヒナの首筋に顔を寄せ、ぺろぺろと舐め始める。
「やっ、んっ! ちょ、ちょっと!? 朝からそんな……ひゃっ♡」
「れろ…………かぷっ」
「もう……しょうがないなぁ」
ヒナの首筋に牙を立て、朝一番に血を貰う。
「…………ぷは。やっぱヒナの血が無いと目が覚めねえよ」
「まったく、私の血をそんな気軽に飲めるの、カイトだけなんだからね」
ヒナの血は貴重な最高品質の血液で、時折紗霧ちゃん経由で吸血霊鬼用の献血に協力しているらしい。
ヒナの血液の成分を調べて、俺みたいな四半
つまり、医学界にとってもヒナの血は貴重なものになった訳だが。
「知るか、ヒナは俺のだ。誰にも渡さねぇ……」
「ひゃん♡」
顔も名前もわからない、手が届く場所にも居ない、居るかどうかもわからない奴より俺の事を優先して欲しい。
この世界で一番ヒナを愛してるのは俺なんだぞ。
「カイトのヤキモチ妬き、独占欲凄いね」
「でも好きなんだろ、俺のこういうとこ」
「うん、だ~いすき♡」
俺を起こしに来たはずのヒナはベッドから出る事なく、俺に抱き着いてきた。
「起こさなくて良いのかよ」
「う〜ん、二限からでいいかなぁ」
「不真面目生徒…………」
「知ってるでしょ、私はみんなが思ってるより真面目じゃないの」
ヒナは俺の胸元に顔を押し付け、ぐりぐりと頬擦りする。
「もし留年しても、その時はカイトも道連れだもんね?」
「まあ、同じだけサボってるからな……」
ヒナがサボるのは俺がサボる時だけだ。
つったってそんな頻繁にサボってる訳じゃないぞ? マジで朝寝過ごした時とか起きれない時だけで、可能な限りちゃんと行ってるんだからな。
「…………やっぱ起きるよ」
「えぇ~?」
「なんでお前が嫌がってんだよ!?」
と思ったら今度はヒナがサボりモードだ。めんどくせぇ。
「起きろほら」
「抱っこして連れてってよ」
「ほう、しょうがねえな……」
「ぐえっ!?」
俺はわがままなヒナをお姫様抱っこ……ではなく、米俵を肩に乗せるかの様に抱えた。
「…………可愛くない」
「どんな姿でもお前は可愛いよ」
「今言われてもなぁ……」
何歩か歩いた所でヒナは自分の足で歩き出した。最初からそうしなさい。
発端は俺のせいだけどね。
「今日の朝飯何?」
「ベーコンエッグだよ」
「シンプルイズベストだねぇ、最高」
ヒナは元から料理が上手かったが、この数年で更に腕に磨きをかけた。
ベーコンエッグみたいにシンプルな料理ほど料理の腕が出るからな。
「んじゃ、とっとと食って行きますか」
「ふふっ、はいはい」
「いただきまーす」
俺達は最高の朝食を堪能し、家を出た。
◇
「…………眠い」
ヒナのおかげで今日は遅刻せずに出席出来たが、大学の授業と言うのは高校よりも眠くて仕方ない。訳わかんねぇんだもん。
後でヒナにわかりやすく教えてもらおう。
「うう、寒〜い……上着持ってくればよかったかなぁ」
隣で肩を擦って暖を取るヒナ。
「もう十一月だぞ、そんな肩出してたら寒いに決まってんだろ」
「秋服は着れる期間が短いの、可愛いのいっぱいあるのに……」
「そんで無理して着てる訳ね」
「だからストールとかで調整するんだけど……忘れてきちゃって」
「はぁ……」
俺は着ていたパーカーを脱いでヒナに羽織らせた。
「俺別に寒くねえから着てろよ」
「いいの?」
「ほら、俺みんなより体温低いから。マジでそんな寒くねえ。室内だし」
「…………えへへ、ありがと」
ヒナはパーカーに包まると、とても温かそうに微笑んだ。
「カイトのパーカー、あったかいね」
「そらよかった」
『え~? カイトの服借りればいいし要らないよ』
「っ…………」
「カイト?」
「…………いや、なんでもねぇ」
そうか。
まだ思い出すんだな、あいつの事。
そういやあいつ、せっかく服買ってやったのに結局俺のパーカーばっか着てたっけな。
…………まだ俺が買ってやった服、持ってんのかな。もう着れなくなったかな。
「じぃ〜っ……」
「おわ、なんすかヒナさん……」
「カイトが遠い目してたからさ、また別の女の事考えてたのかなって」
「……………………」
まいったなぁ、ヒナは本当に鋭い。
ヒナ相手に浮気とか絶対出来ねえんだろうな、するつもりもねえけど。
「……あの子の事?」
「……はい」
「はぁ……じゃ、許してあげる」
正直に答えた俺をヒナは寛大な心で許してくれた。
これで俺が嘘ついたり、レイ以外の事を考えていたら即座に祓われて母さんの膝枕行きだっただろう。
「その代わり!」
「はい!」
「帰ったらいーっぱい甘えさせてね」
「…………うっす」
そりゃ彼氏が別の女の事考えてたら寂しくなるよな。俺の落ち度だ。
ヒナはレイの事だけは大目に見てくれるけど、それでも寂しいものは寂しいはずだ。
寂しがらせたのが俺なら慰めるのももちろん俺の仕事だ。今日は帰ったらうんと甘やかしてやらないと。
「今日…………っ?」
ふと、スマホを取り出して今日の日付を確認する。
「カイト?」
「……いや、特に何かある訳じゃねえよ」
そう、今日は十一月九日。別に俺達には何もない。
ただあいつの、レイの誕生日ってだけだ。
◇
「やーっと昼かぁ……」
ぐいーっと身体を伸ばし、座りっぱなしで凝り固まった身体をほぐす。
吸血霊鬼になってもこういう細かい所は人と変わらないんだな。
「お昼どうする?」
「今日は急いでたから弁当無いしな」
筆記用具を鞄にしまいながら、ヒナと昼飯の相談をしていた。
どこか食べに行くのは確定として、どこにするか。
この大学は電車で三駅、地元じゃないからそこまで詳しくない。ほとんどヒナの弁当だったし。
「…………なあなあ、今日もあの喫茶店行くだろ?」
「当たり前じゃん! あの子居るかなぁ」
「…………ん?」
悩んでいると、後ろの席から話し声が聞こえてきた。
こいつらも昼飯の相談だろうか。場所は決めてるみたいだったが。
「あそこの料理美味いけど、やっぱ看板娘のあの子目当てな客多いよな〜」
「そうそう! 滅茶苦茶可愛くてさ〜、俺今度声掛けてみようかな……」
「やめとけ〜? あの子に告って振られた男、余裕で三桁いくらしいし」
「マジで!? ぐあ〜高嶺の華〜!!」
なんだよ、穴場かと思って聞いてたら店員目当てかよ。聞き耳立ててて損した。
俺にはヒナが居るからな、もうその辺の女じゃときめかねえよ。
冷静にスマホを開いて近所の食事処を検索した。この方が早い。
「いやでも! 恋は諦めてはならない! 俺にはオッケーしてくれるかもしんないし!」
「前向きなのは良いけど、店やその子の迷惑にはなるなよ? 後、あの子吸血霊鬼みたいだから銀とか十字の物とかつけていかない様気を付けな」
「おうよ!」
へえ、吸血霊鬼か。
まあやや珍しくはあるけど、俺自身吸血霊鬼だし居る所には居るよな。それに余裕で百人斬りするくらい可愛いなら吸血霊鬼でもおかしくねえか。吸血霊鬼ってのはどいつもこいつも超絶美人だし。
…………後天的に吸血霊鬼になった俺も急にイケメンになったりしないか?
いいよ、俺にはヒナが居るもん。
「カイト、どこか良い所見つかった?」
「うーん、レビューに頼るしかねえかなぁ」
このまま座っていても腹が減るだけだ。いっそ適当に選んで運試しと行ってもいい。
後ろの席の二人も立ち上がって、その喫茶店に向かう様だ。
「会えるの楽しみだなぁ! 吸血霊鬼のレイちゃん!!」
「…………………………………………あ?」
時が止まった。
「あっ、カイト!?」
気が付けば俺は立ち上がってその二人に向かって歩き出していた。
「いや、あの子の名前はレイちゃんじゃなくて……」
「なあ、ちょっといいか!?」
「うわあ!? な、なんだ!?」
「えっと、神上……だっけ?」
「俺の事はいい、その喫茶店の場所教えてくれねえか!?」
俺も成長した。興奮のあまり相手に掴みかからない様な冷静さは身についていた様だ。
それでも落ち着けるのには限界がありそうだ。
「頼む、大事な事なんだ!!」
「あ、えーっと!?」
「ちょ、ちょっと待ってな。スマホでマップ開ける?」
「おう!」
俺は急いでスマホを開く。閉じたばかりのマップはすぐに起動した。
「俺達が話してたのは…………ここだ」
俺の差し出したスマホの画面をしばらく見て、あるポイントに旗を立ててくれた。
「ありがとう!! 今度飯奢る!!」
「あっ!! ちょっと!?」
「うわ、速っ!?」
俺は急ぎで感謝を伝え、全力で走り出した。
「あ、あいつ彼女置いて女の子に会いに行ったぞ……」
「ヤバそうだね……俺達は別の所にするか」
「…………ねえ」
「ヒィッ!? 神上の彼女さん!」
「私にもその喫茶店、教えてくれる……?」
「よ、喜んで……」
◇
(レイ………………お前なのか?)
全力で走った。
(俺の知ってるレイなのか?)
吸血霊鬼の全力で走った。
(いや、もし本当にレイだとして、どうすんだ?)
ものの数分で目的地周辺に辿り着いた。
(…………知るか、会った後の事なんかどうでもいい)
噂の喫茶店を探し、注意深く辺りを見渡す。
(俺は…………レイに会いたい!!)
この辺りの筈なんだ。
どこだ、どこなんだ。
そのレイってのはどこに居るんだ。
「……………………っ」
一瞬だけ目の覚める様なピンク色が見えた気がした。
足が止まった。
吸い寄せられる様に視線を向けると、そこには一件の喫茶店が。
ガラス越しに見える店内には、確かに一人の店員が客の対応をしていた。
勝手に足がそこへ向かっていた。
◇
「レイッ!!!」
店に入るなり大声で叫んだ。
この喫茶店は穴場らしく客は数人しか居なかった。それでも店内にいた全ての視線を集めてしまった。
「………………?」
一人の店員が俺の方へゆっくりと振り向く。
「レッ…………あ……」
振り向いた店員は深紅の瞳で、驚いた顔で俺を見つめていた。
だけど、俺の知ってるレイとの共通点はそれだけだった。
眩しい程の黒髪、所々ピンクのメッシュが入っている髪を低い位置でひとつにまとめている。
モデルの様な体型に、エプロンの胸元には「
そうか、この人が噂の看板娘。
吸血霊鬼のレイか。
「……お客様?」
「あっ! いや、すみません。急に大声で、迷惑でしたよね……」
レイナさんは低く落ち着いた声で俺に話しかけてきた。
いきなり店に駆け込んできて大声で叫ぶ。即つまみ出されてもおかしくないくらい迷惑な客だ。優しい声で対応してくれるなんてとんでもなくいい人だ。
「他のお客さんも、すみませんでした!!」
俺は店内の数人の客に向かって深く頭を下げた。
この店の客は朗らかな人が多いみたいだ、みんなニコニコと俺の謝罪を受け取ってくれた。
「大丈夫ですよ、ここのお客さんはみんな優しい人ばかりですから」
「そ、そうみたいですね…………」
「一名様ですか?」
「あ! えっと……後からもう一人来るかも」
「かしこまりました。ではテーブル席にどうぞ」
レイナさんはこんな俺にも優しく対応してくれた。
案内されて席に着く。
ああ、ヒナになんて言って謝ろう。いやまずはこの場所を教えてやらないと。
「…………レイって、私の事ですか?」
「へっ!?」
「それとも、誰か探してたんですか?」
「あー…………」
あんだけ派手な登場したんだ、そりゃ気になって当然だ。
迷惑もかけたし、この人には聞く権利があるだろう。
「……家族、だったんです」
「だった?」
「どっか行っちまったんですよ。結構仲良かったんですけど、俺に愛想尽かしちゃったんですかね」
はははと笑いながら語る。
レイはそんな事思ってないだろうけど、この人にそんな複雑な事言っても仕方ないからな。
「……そんな事ないと思いますよ」
「え?」
そう思ってたのに、レイナさんは俺の言葉を優しく否定した。
「だって、あんなに必死になる程思っていたんですよね? だったら、お相手だってあなたの事が大切だったはずですよ」
「…………そう、ですかね」
「そうに決まってます」
そう言って微笑むレイナさん。
優しい人だな、こんな俺にも寄り添ってくれて。
いや本当に、背中蹴り飛ばして追い出したっていいんですよ? こんな迷惑客。
「でも、あんまり他の女の子にうつつを抜かしてちゃダメですよ?」
「へ?」
「ふふっ、ほら」
レイナさんは笑いながらガラスを指差した。
「…………げっ!?」
「がるるるるるるる…………」
ガラスの向こうには怒りに満ちたヒナが牙を剥いて俺を睨みつけていた。
俺がヒナに気付いた事を確認すると、ヒナは店内に入ってきた。
ヤバい、滅茶苦茶怖い!!
「な~にやってるのかなぁ…………?」
「ヒッ!? いやあの、これはですねその……」
「私の事置いていって、こんな美人さんに会いに来たんだ?」
「違うんです! そうなんだけど違うんです!!」
ブチギレ状態のヒナと平謝りを続ける俺を、レイナさんが笑いながら眺めていた。
「あははっ……大丈夫ですよ彼女さん。私は彼の探してる人じゃなかったみたいですから」
「そ、そうなんですか? なら良いですけど……」
「ほっ…………」
レイナさんのフォローによってヒナはようやく怒りを収めてくれた。
マジで助かった。俺もうこの人に頭上がらないんだけど。
常連になって売上貢献しようかな。
「いやほんと、次から次へと迷惑かけてすみません」
「大丈夫ですよこのくらい。私、賑やかな方が好きですから」
レイナさんはヒナにもメニューを手渡すと、おしぼりを二つ並べてくれた。
そしてカウンターに戻る前に、再び微笑んでくれた。
「それじゃ戻りますね」
「ああ、色々ありがとうございました。えっと……レイナさん」
「いえいえ。それじゃまたね、カイト」
本当に綺麗な人だ。顔も心も。
うっとりしちまいそうだ、俺にはヒナが居るのに。
「ふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」
「…………はっ!?」
俺にはヒナが居るのに!!!
真横に居るのに!!!
「な~によ、カイトのバカ! デレデレしちゃって本当に……」
「ご、誤解だって!! デレデレなんてしてな……して……してないから!!」
「そんなに言い淀んでても説得力無い!」
「いや本当にその通りです……」
俺はテーブルに頭を擦り付けて謝罪した。
「ほ、ほら! 身体はヒナの方が凄いじゃん!?」
「ねえ! なんでいつも言い訳する時の言葉選びが最悪なの!?」
うわーん!! 余計怒らせてしまった!!
俺は本気でそう思ってるのに!!
「マジでごめんって…………でもヒナ以外と付き合おうなんてこれっぽっちも思えないからさ…………」
「どうだか〜? 私がいない間に名前教えるくらい気に入ってたみたいだし?」
「名前? いやあの人名札付けてただろ! それ見ただけだよ!!」
「そうじゃなくて、あの人カイトって呼んでましたけど?」
「へ!?」
確かに呼ばれてた気がする。それも気安く「カイト」って。
でも違う誤解だ冤罪だ! 俺は彼女を差し置いて初対面の女性に自己紹介するほどチャラくない!!
「そんな、教えてるわけねーだろ!」
「じゃあなんでカイトって呼ばれてたのよ!」
「んなの俺にもわからな…………」
『あっ! カイト〜!』
「……………………」
なんで今、あいつの事思い出した?
『ごめぇぇぇぇぇぇぇん!!!!!! ゆるしてかいとぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!』
どうしてあいつの声がこんなに頭の中で響いてんだ?
『あ、かいとぉ……』
『ふあぁ~……かいとおはよ~』
『ごちそーさま! ありがとうカイト!』
『うぇぇぇぇぇぇん!! がいどぉぉぉぉぉぉぉ!!!』
『それじゃまたね、カイト』
「……………………」
なんで忘れてたんだろうな。
人の声って結構簡単に忘れちまうもんなんだな。
でも、思い出すのも早かった。それだけ染み付いてたんだろう。
それだけ、ヒナに向き合えてたって事だろう。
「ん……? ねえ、カイト?」
「……いや、なんでもねえ。それより本当にごめんな? お詫びにここは俺が出すから」
俺はメニューを開いて食いたい物を決めた。
ヒナも渋々俺に続いて注文を決めた。
「すいませーん」
「ただいまお伺いします!」
呼ばれて来たのはまた別の店員だった。レイナさんではない。
「ホットサンドのセット二つ、アイスコーヒーとオレンジジュース一個ずつで」
「かしこまりました!」
「あ、ちょっと待ってください」
俺は鞄のポケットからある物を取り出した。
「これ、さっきレイナさんが落としてたんです。渡してあげてください」
「わかりました、ありがとうございます!」
店員さんはにこやかにカウンターの奥へ戻っていった。
「……カイト?」
「どうした?」
「なんだか凄く嬉しそうだな〜って」
「可愛い彼女とお洒落な喫茶店でデートしてるからかな……」
「叩いていい?」
「許して……」
ヒナのご機嫌取りは全力で行うとして。
そっか。俺、そんなに嬉しそうにしてたか。
「まあ、なんつーのかな……無事でよかった……的な?」
「はぁ?」
「それよりさ、午後の授業だけど、サボってこのまま帰らね?」
「良いけど……なんで急に?」
「そんなんヒナのご機嫌取り…………」
「…………」
「じゃなくて! ヒナと二人っきりになりたくて!」
危ないねぇ、口を滑らせすぎだぞ俺。
「……ただ、これからはもっとヒナの事考えてやれそうだなって思っただけだ」
「…………ふ〜ん? よくわかんないけど」
ヒナは不思議そうな顔をしていたが、すぐににっこりと笑ってくれた。
「カイトが嬉しいならそれでいいよ♪」
本当にいい女だよな、ヒナ。
細かい事は置いといて、俺の幸せを素直に祝ってくれる。
やっぱり大好きだ。
(…………俺もさ、お前が元気ならそれでいいよ)
段々いい匂いがしてきた厨房の方を向いて、小さく微笑んだ。
「なあ、ヒナ」
「なあに?」
「…………大好きだ」
「…………えへ、私も♪」
俺は目の前の女の子を幸せにするから。
俺もこの子と幸せになるから。
幸せになってくれってお前との約束、ちゃんと守るから。
お前も心配しないでくれ。元気でいてくれ。
お前も幸せになってくれ。
「これからもずっと、俺と一緒に居てくれよな」
「こちらこそ、頼まれたって離れてあげないんだからね♪」
俺達は歯の浮くようなセリフを互いに投げ合った。
それでも、お互い幸せそうに笑い合った。
「カイト、大好き♪」
ヒナの太陽の様な笑顔がとても眩しかった。
俺の、俺だけの、自慢の太陽だ。
◇
「…………はぁ~っ」
びっくりした。
急にレイって呼ぶんだもん、前みたいに返事しちゃう所だった。
紗霧ちゃんは「あの辺りの大学に通うみたいだ! 気を付け給え!」って言ってあたしに変身のやり方を詳しく教えてくれたけど、正解だったよ。
三年間大丈夫だったから油断してた、バレなくて本当に良かった。
なんとか大人っぽく低い声で喋れたけど、気付かれてないよね?
「レイナさ〜ん!」
「あっ、はーい!」
同僚の子があたしを呼ぶ。
なんだろう、代わりにメニュー聞きに行ってくれたのはありがたかったけど、カイトに何か言われたのかな。
「これ、さっきのお客様が落とし物ですよって」
「えっ? 落とし物……?」
なんだろう、ぱっと自分の身体を確認しても心当たりはない。
何も落としてないと思うけど。
「はい、これです」
「………………あ」
手渡されたのは、小さなヘアピン。
「…………」
「レイナさん? …………あ! もしかして新手のナンパですかね!? あの男〜、あんなに可愛い彼女連れておいてレイナさんにまでぇ…………」
「あっ! ち、ちがうの! そうじゃなくて!」
あたしはヘアピンを受け取り、大事に大事に抱き締めた。
「…………あたしのだよ、あたしが落としちゃったんだ。ずっと前に……」
「え? ずっと前……?」
混乱させちゃった。
でも嬉しかったんだ、まだ持っててくれた事が。
嬉しかったんだ、あたしに気付いちゃった事が。
嬉しかったんだ、気付いたうえで何も言わなかった事が。
「大事な、物だったんだ…………」
あたしは持ってちゃダメだと思ってた、カイトからの贈り物。カイトからヒナちゃんへの愛が減っちゃうと思ったから。
でも、カイトとヒナちゃん幸せそうだった。
幸せになってねってあたしとの約束、守ってくれてた。
もう、あたしが持っててもいいって事だよね?
あたしもカイトの思い出持ってていいって事だよね?
「…………どうかな、似合ってる?」
ヘアピンを髪につけた。
初めてこのヘアピンを貰った時みたいに。
「バッチリですよ!」
「そっか……よかった!」
ねえカイト、あたしは頑張ってるよ。
紗霧ちゃんも気にかけてくれるし、たまにはおじいちゃんにも会ってるの。
それなりに幸せな日々を送ってます。
だからカイト、ヒナちゃん、どうかお幸せに。
あたしはこの思い出があれば生きていけるから。
「本当に……よかった♪」
たまーにでいいから、二人の元気な顔を見せてね。