「あのクソ教師ィ……よくも俺のヒナを……」
今日はヒナと二人でまたあの喫茶店で昼飯を食おうと思っていた。
それなのに、ヒナは教師に呼び出されてどっか行っちまった。
単位も足りてる、成績もいい。素行だって悪くは無い。となれば悪い理由での呼び出しではないだろう。何らかで褒められたり協力を求められたり、まあそんな所だろう。
でも俺にはそんなの関係無いのだ!
「ヒナもヒナで褒められると満更でもなさそうだったし……」
あいつ、根本的にチョロいんだよな。
でもさ〜、彼氏との昼飯より優先する事なんてあんの〜?
いっぱいあるかぁ……。
「仕方ねぇ、一人で行くのちょっと申し訳ない気もするけど……」
先に俺を置いてったのはヒナだし、ヒナは別に何にも気付いてないしな。と言うか忘れてるし。
俺だって浮気するわけじゃない、ちょっと様子を見に行くだけだ。
勝手に出ていった家出娘のな。
◇
「いらっしゃいませ〜!」
俺は既にここの常連になっていた。
初来店が店に大迷惑な感じだったので、せめて沢山通って売上に貢献する。せめてもの罪滅ぼしだ。
それを抜きにしてもここのホットサンドは美味くて、素直に何度も来たいんだけど。
ま、正直な所、一番の理由は他にあるよ。
「すいません、いつものセットで」
「かしこまりました! 本日はカウンター席でよろしいんですか?」
「あ、はい…………今日は俺一人で……」
「かしこまりましたー!」
元気な店員には顔を覚えられてしまった。それくらいここへは通っているのだ。
いつも二人なのも覚えられているみたいだったが、今日はその気遣いが逆に苦しかった。
「……おまたせしました、ホットサンドセットとアイスコーヒーです」
「んおっ、あれ!?」
いつもの元気な店員さん……ではなく、運んできてくれたのはここの看板娘、
「………………」
「ふふっ、どうかなさいましたか? お客様」
「はぁ~っ…………やっぱりあの時は声作ってやがったな」
マジで気付かなかったんだぞ。
俺の中のお前の声はいつだって、明るく元気な高い声だったんだから。
「…………えへへっ、さっすがカイトだね。あれだけ頑張って隠してたのに気付いちゃうなんて」
数秒間のにらめっこの後、吹き出したレイナさんは俺の記憶の中のあいつのように微笑み、懐かしい声色で話し始めた。
「改めて久しぶり、カイト」
「お前こそ元気そうだな。安心したよ、レイ」
◇
「お一人ですか〜お兄さん」
「いや、あの」
「お隣失礼しますね〜」
レイはカウンターを出て俺の隣の席に着いた。
「お前仕事中だろ」
「休憩中だよ〜」
「んな適当な……」
「適当じゃないよ。あたしここのバイトリーダーだもん、休憩時間の管理もあたしの仕事」
「バイトリーダー!? お前が!?」
なんて事だ、あの甘えん坊のレイがバイトリーダーとは。
よく考えたらこいつ、家事全般結構完璧にこなせるくらい器用ではあるんだよな。イメージと違って。
看板娘ってのは伊達じゃなかったか。
「……すげえな、ほんと。ちゃんと頑張ってんじゃん」
「そうだよ、あたし偉いんだから」
「ああ、偉いよ…………」
俺はそう言ってレイの頭に手を伸ばし……。
「………………」
そのまま戻した。
「悪い」
「うん、カイトも偉いね」
「女の子の髪に気安く触れちゃマズイもんな」
「そうだよ。カイトは可愛い彼女も居るんだからね」
そうだ、こいつはレイ。俺の家族。
だけど俺には彼女が居て、レイは昔俺を好きだった女の子。
どんな権利があったらこいつの頭を撫でられるって言うんだよ。
「……てかさ、お前モテモテなんだろ? 俺と喋ってて大丈夫?」
「それはあたし? それともカイト?」
「もちろん俺」
「あはははははっ!!」
知る人ぞ知る喫茶店、そこで働く百人斬りの看板娘と並んでニコニコ会話だなんて、近所の男共全員から殺意向けられちまうよ。
と言うか、こんな所ヒナに見つかったら冗談抜きに殺されるよ。俺もレイも。
「安心して、あたし今姿消してるから誰にも見えないよ」
「それはそれで俺が独り言やべー奴になるだろが!!」
レイは再びケラケラ笑い出した。
なんか、こいつに振り回されんのも久しぶりだな。
「……まあ、でもいいよ。こうやって久しぶりにお前と話せんなら」
「へぇ…………」
レイはカウンターに頬杖をついて、ニヤニヤしながら俺を見た。
「寂しかったの?」
「知ってんだろ、俺は寂しがり屋なんだよ」
「えへ、知ってる」
「わかってんなら聞くなよ」
「んーん、あたしが居なくて寂しがってくれたんだなぁって」
「当たり前じゃねえか」
昔、レイの腕の中でめそめそ泣いてた事を思い出す。
「ちゃんと面倒見るって言ったのによぉ、勝手に消えやがって……」
「あたしはペットじゃないって言ったでしょ」
「わかってたよそんな事」
レイの言い分もわかるが、レイの事をペットだなんて一度も思った事ねえよ。
大事な大事な家族だったんだ。
「この辺りに住んでんのか?」
「教えてあげなーい」
「うぇ」
「怪しい男に個人情報渡すなって、紗霧ちゃんに言われてるの」
「怪しい男ぉ? まあ怪しいか……」
彼女居る癖に喫茶店の店員に熱烈なアプローチかました奴なんて怪しさしかない。
「まあ俺んちは同じだからさ、気が向いたらいつでも遊びに来いよ。お前の部屋はヒナにあげちまったけど」
「ふーん…………やだ」
「はぁ!?」
せめてものお誘いも断られてしまった。
「んでだよ!」
「ヒナちゃん可哀想でしょ」
「うっ」
「ヒナちゃんと一緒に住んでて、どんな顔してあたしの事家にあげるの?」
「くっ、あのレイにド正論パンチ食らうなんて…………」
そうだな、これに関してはレイが百パーセント正しい。俺も軽率だった。
仕方ないだろ、行方不明だった家族と三年ぶりに再会したんだぞ、軽率にもなる。
「あたしに会いたいならカイトが来てよ」
「…………え」
「あたしはいつでもここに居るから……♪」
レイはそう言って不敵に微笑む。
「…………こいつ」
今、レイは昔と違う姿をしている。
髪は黒いし髪型も大人っぽい。よく見れば顔は大きく変わっていないが、メイクの仕方がとても手慣れている。モデルみてぇだ。
三年前はメイクした事も無かったくせによ。
「お前…………恐ろしくなったね」
今さっきヒナが可哀想っつってたくせに。
その彼女持ちの男を誘惑すんじゃねえっての。
悪魔みてぇな女だな、こいつ。
「綺麗になったでしょ?」
「お前は元から綺麗だったよ」
「っ…………そっか。えへへ」
妖しい笑みを浮かべたかと思えば、今度は素直に恥ずかしがる。
今の俺の言葉でも喜ぶのね、お前。
「…………ね、カイト」
「あん?」
「もしもの話なんだけどね」
レイは水の入ったコップを握りながら、水面に映った自分の顔を見つめていた。
「もしあたしがまだカイトの事忘れられなくて、夜一人で泣いてるって言ったら…………カイトはあたしのものになってくれる?」
「……………………」
そうだな。
考えた事が無いではなかった。
俺と同じ寂しがり屋のレイが一人で生活できてるのか。
寂しい寂しいって一人泣いてるんじゃないか。
心配した事が無いと言えば嘘になる。
「はぁ…………」
だけどな、やっぱり俺の答えは変わらないよ。
「ダメだな、俺の彼女はヒナだ」
俺が愛してるのはヒナだけだ。
あいつと生きて、共に歩んで、あいつが死ぬまで俺は傍に居ると決めた。
たとえレイの願いでも、それだけは聞けない。
「…………そっか」
俺の答えを聞くと、レイは嬉しそうに微笑んだ。
「うん、それでよし♪」
満足そうに微笑んだ。
「でもね、もしヒナちゃんとすっごい喧嘩して、ヒナちゃんに嫌われちゃったらいつでも呼んでいいからねぇ」
「えっ」
あれ、おかしいな。
たった今まで無邪気に笑ってたのに、急に悪魔みたいな笑顔に……。
「その時は、カイトがヒナちゃんの事忘れられるまで、いっぱいいーっぱい愛してあげるからね……♡」
「……………………はいはい」
「えへへっ♪」
即座に元の笑顔に戻るレイ。
昔のレイはこういう言動を無意識にしてたけども。
成長した今のレイは、どっちなんだろうな。
真相を知るのはレイだけだ。
◇
「んじゃ、そろそろ戻るよ」
スマホを開いて時間を確認する。
この辺りで帰らないと午後のコマに遅れてしまう。
名残惜しくはあるが、レイはいつでもここに居るらしいしな。
ヒナに怒られた時にでも顔を見せようか。
「もう行っちゃうの〜?」
「…………彼女持ちにそういう事言うなや」
「えへへっ」
甘えた声で俺を引き止めるレイ。
ふざけろ、勝手にどっか行ったのお前だろが。
「お前もさ、モテモテなんだろ? どっかでいい男捕まえろよ」
「え〜? それは無理かなぁ」
「なんで」
「…………心に決めた人が居るから」
「ッ…………!?」
何だよその顔。
何だよその理由。
誰の事だって聞けるほど無神経じゃなかった。
「だからね、少なくともあと百年はフリーかなーって思うよ」
「百年…………?」
「そ、百年」
「……………………」
百年。大体人の寿命を簡単に表す時に使われる時間。
なんで最初にそんな事を思ったか。
レイの言葉の意味を理解してしまったからだ。
「お、お前…………」
半分引きながらレイの顔を見る。
レイはまた不敵な顔で俺を見つめていた。
「ね、かいと」
レイは昔懐かしの囁き声で、俺の耳に爆弾をねじ込んでいった。
「百年後、待ってるね♪」
それだけ言って、レイはカウンターの裏へ帰っていった。
「…………あぁ~もぉ~」
確かに俺はヒナが死ぬまで傍に居ると言った。
その後の事は何も言ってなかったけどさ。
あいつ、吸血霊鬼の寿命を振りかざしやがって。
「どこまで本気だったんだ、あいつ……」
恐怖半分、嬉しさ半分だった。
あいつ、まだ俺の事好きだったんだ。百年待てるぐらい。
長い人生で一人だけを愛した紗霧ちゃんの近くに居るらしいしな、あいつもそれくらいの事はやりかねない。
とは言えヒナの寿命まで計算に入れてんのは何と言うか、ヤンデレの域じゃねえか?
ヒナはまだピチピチの二十歳だぞ、縁起でもない事言いやがって。いやレイ自身は何も言ってねえんだけど。
「…………まあいいや」
どっかズレてるけど愛情だけは感じる。
俺の知ってるレイそのものだ。
「そういう事なら百年待っててもらおうじゃねえかよ」
俺は心からヒナを大事にしてやる。
蝶よ花よとお姫様みたいに扱ってやる。
人類最高記録になるくらい健康に長生きしてもらう。
そんで誰よりも幸せな人生を歩んでもらうんだ。
「ヒナを大事にしろって言ったのはお前だからな」
俺も早く戻ろう。愛する彼女の所へ。
昼飯放置させた分、埋め合わせに甘えさせてもらうからな。
◇
「……………………」
ただ、ふと思ってしまった。
俺はヒナを選んだ。でも、レイの事も同じくらい大切だった。
もしかしたら、あったのかな。
「……俺がレイを選んだ未来も」
◇
◇
◇
To Be Continued
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