第七十五話B【告白】
「……………………」
十二月十七日。
カイトの誕生日の一日前。
気付いたら朝になっていた。
一睡もできなかった。
寝れるわけなかった。
だって今日、カイトはきっと。
「…………かいと」
ヒナちゃんと恋人になる。
◇
玄関から足音がする。
カイトが家を出る時間になった。
あたしは無意識に部屋からカイトを見送りに出てきた。
だってこれがカイトと話せる最後の時間かもしれないから。
「かいと」
「ん…………?」
靴紐を結んでいるカイトが下を向いたままあたしに返事をする。
寂しい。カイトの顔が見たい。
見てくれないって事は、もう見えてないって事かな。
やっぱり、カイトはヒナちゃんを選ぶんだろうな。
「…………今日、ヒナちゃんに返事するの?」
「ああ」
「…………もう、なんて言うか決まってるの?」
「…………ああ」
「…………そっか」
カイトは振り向かない。あたしを見ない。
まるで自分の決心を曲げない様にするみたいに。
(…………かいと)
こっちを見てよ。
笑いかけてよ。
行かないでよ。
あたしだけのものになってよ。
振り向いて、捕まえて、壊れるまで抱き締めてよ。
他の事なんて考えられなくなるくらい、あたしにカイトを刻み付けてよ。
(…………だめ)
言えない。
言っちゃいけない。
カイトはきっとヒナちゃんを見捨てられない。
ヒナちゃんはあたしが居たら幸せになれない。
あたしは二人にいっぱい思い出をもらったんだから。
二人にいっぱい幸せをもらったんだから。
これ以上を望んじゃいけない。
それが一番、カイトとヒナちゃんの幸せだから。
「学校終わったら屋上にヒナ呼び出して、そこで返事するつもりだ。だから帰りは少し遅くなる」
「うん、わかった」
「…………っ」
だから、これが最後。
カイト……あなたの前から居なくなる前に、居なくなる勇気を出す為に。
ほんの少しだけ、カイトの温もりを頂戴。
「……いってらっしゃい」
「ああ、いってきます」
カイトがいつもみたいにあたしの頭を撫でる。
ゆっくりと立ち上がって、ドアノブを握る。
(ああ…………行っちゃうんだ)
このドアを開けたら、外に出たら、きっとカイトにはもう会えない。話せない。触れられない。
声を聞く事も、触れてもらう事も出来なくなる。
最後の姿を、この目に焼き付けて。
「…………なあ、レイ」
「……えっ?」
不意に声をかけられ、変な声が出てしまう。
大丈夫かな、泣き声になってなかったかな。
「なっ、なぁに?」
「ちょっと聞いておきたくてさ」
外へ出る前にカイトが振り向いた。
いつもの優しい顔をあたしに見せてくれた。
「レイ、今夜何食いたい?」
「へっ!?」
そんなの考えてなかった。
カイトとはここでお別れするつもりだったから、晩御飯の事なんて考える余裕なかった。
「………………ぅ、あ」
だめ。言わないで。
そんな事言っても困らせちゃう。
あの時みたいなふざけてる場合じゃないんだから。
「…………が、いい」
でも、がまんできない。
だってあたしが欲しいのは、いつだって同じなんだから。
「かいとが……たべたい」
「……………………ははっ」
カイトは笑ってた。
そして、一度あたしの方に近寄ってもう一度頭を撫でてくれた。
「…………んじゃ、楽しみに待っててくれ」
優しい顔で撫でてくれた。
「あ…………ぅ、うん」
カイトはそれだけ言い残して、外へ出ていった。
◇
「うぅ…………」
どうしよう。
あたしは今、紗霧ちゃんにもらったキャリーケースの前に座り込んで唸っていた。
今日、あたしはカイトが学校に行ってるうちに家を出て、行方をくらますつもりだった。
カイトとヒナちゃんが恋人になるなら、あたしは絶対に邪魔だから。
「でも……カイトが待ってろって言ってた」
楽しみに待ってろって。
あたしに夜まで待ってろって。
どうしてカイトがあたしにそんな事を言ったのかはわからない。でも、あたしはカイトの待ってろって言葉にうんって言ってしまった。頷いてしまった。
カイトに嘘はつきたくない。
「…………今日だけ、あと一日だけ、ここに居よう」
カイトは明日も学校に行く。
ヒナちゃんと二人きりで過ごすと思う。
だったら居なくなるタイミングは明日もある。
なら明日出ていけばいい。そうすればカイトに嘘つかなくてすむ。もう少しだけカイトと一緒に居られる。
「…………かいとぉ」
そう思ったら、あたしの足は勝手にカイトの部屋に向かっていた。
「…………えいっ」
カイトのベッドに飛び込む。
カイトの枕に顔を埋めて、カイトの毛布に包まれて、あっという間にカイトの匂いで満たされる。
「……ねえ、かいと」
どうしてあんな事言ったの?
あんな事言ったらあたしがどこにもいけなくなるの、わかっててやったのかな。
どうしてもあたしに家に居て欲しい理由があったのかな。
「……かいとったら、悪いんだ」
女の子はあんな事言われたら期待しちゃうんだよ。
カイトはあたしがカイトの事好きなの知ってるんだから、気を付けなきゃいけないんだから。
カイトが悪いんだからね。
「…………すき」
かっこよく出ていこうと思ってたのにな。
帰ったら覚悟しててよ、カイトが後悔するくらい食べちゃうんだから。
美味しく頂いちゃうんだから。
◇
「…………んぅ、ぁ」
いつの間にか寝ちゃってた。
昨日の夜一睡もできなかったから、思いっきり寝ちゃってたみたい。
それにしたって寝すぎたかも、部屋の中が薄暗くなってる。もしかして夕方なのかな。
「お、ようやく起きたな」
「うぁっ!?」
よく見るとカイトがあたしの頭を優しく撫でていた。
「おはよう、ねぼすけ」
「あわ、あわわわわわ……」
カイトの部屋で、カイトのベッドで寝てた事がバレた。
や、でも怒るならあたしを見つけた時に怒るよね。カイトはあたしを撫でてくれてた。じゃあ怒ってないのかな。
「…………あれ?」
そこでようやく気が付いた。
カイトだ。カイトだけなのだ。ヒナちゃんが居ない、他に誰も居なかった。
「何探してんだ」
「えっ、だって……」
「ヒナなら居ねえぞ」
カイトはさらっと答える。
困惑するあたしに微笑みかけながら、少しだけ寂しそうな顔をして言った。
「ヒナの告白は…………断ってきた」