「なっ…………えっ?」
意味がわからなかった。
なんでカイトがヒナちゃんの告白を断るの?
なんでヒナちゃんを置いてきたの?
なんでカイトはそんな寂しそうな顔をしてまで、あたしの傍に居てくれてるの?
「んだよその顔、嬉しくねえのか?」
「あ、当たり前だよ!」
あたしはカイトに幸せになって欲しい。でも同じくらいヒナちゃんにも幸せになって欲しかったんだ。
カイトに振られたら、ヒナちゃんはどうなっちゃうのか。
「なんで断ったの? なんで、あたしの前に居るの…………?」
「あー…………やっぱあのキャリーケースはそういう事か」
「っ!?」
カイトが知らないはずの情報がカイトから出てきて驚く。
「レイを探して一回部屋に入ったらさ、パンパンのキャリーケースが置いてあって何事だよって思ったんだが、お前本気でどこか行くつもりだったんだな」
「えっと……」
「俺とヒナをくっつける為に」
どうしよう、どんどん言い当てられて言葉が出ない。
なんでカイトは全部わかっちゃうんだろ。
「カイトは……ヒナちゃんの事好きじゃないの?」
「んなもん、好きに決まってんだろ」
「じゃ、じゃあなんで…………」
「…………はぁ、お前は変な所ばっか鋭くて、普段は抜けまくってたもんな」
カイトの手があたしの頭をわしゃわしゃと撫でる。
いつものカイト。いつもの感触。いつもの温もり。
だめだよカイト。そんな事されたらあたし、もう一人じゃ居られなくなっちゃう。
「あのな、レイ。俺はな…………」
◇
「レイの方が好きだ。だから、お前とは付き合えない」
学校の屋上。
震えながら俺の言葉を待つヒナに、無慈悲にも本音をぶつけた。
「っ…………」
ヒナの顔がどんどん絶望に染まっていく。
胸元で両手の拳を力いっぱい握り締めていた。
必死に何かに耐える様に。
「…………そっか」
ヒナの言葉は簡素だった。
普段通りを装うみたいに。
無理矢理笑顔を作っていた。
「なら、仕方ないね!」
「ヒナ? お前……」
「私は負けちゃった、素直に認めなきゃね!」
後ろを向き、俺に表情を見せないヒナ。
だが顔を隠しても、声の震えは隠せていない。
「カイトは正直に断ってくれたんだもん! これ以上引き留めたら迷惑だよね!」
「待てよヒナ、俺は……」
「カイトの恋人になれないのは残念だけどさ! いっそこれで私も新しい……恋に…………」
ガリガリっとフェンスが軋む音がする。
震えているのだ、ヒナの手が。
「…………やだぁ」
「…………!?」
ヒナの声色がガラッと変わる。
虚勢を張った明るい声ではない。
今にも泣き出しそうな、か弱い声。
「やっぱり……やだよぉ…………」
「ヒナ…………っ!」
「やだっ……やだやだやだぁ!!」
ヒナがまっすぐ俺のもとへ飛び込んでくる。
しがみつき、縋り付き、大粒の涙を流しながら叫んだ。
「どうしてぇ……どうして私じゃだめなの!? 私はカイトの事ずっと、ずっとずっとずっと!! ずーっと大好きだったのに!! レイカよりもずっと長く、カイトの近くに居たのに!! どうしてレイカなの…………どうして私じゃないのよっ!!!」
「…………ごめん」
「謝らないでよっ!! 謝るくらいなら私を選んで……私を彼女にしてよぉ…………私、カイトじゃなきゃだめだよ……カイトの傍に居たいよ……!! 私の事、愛して欲しかった……抱き締めてキスして欲しかった!! 私、いっぱい頑張ったのに……ピアスもあけたのに……一生カイトの事忘れられないんだよ……? 責任、取ってよぉ…………」
「……………………」
俺はヒナの頭を優しく撫でた。
それは、
でも、それ以上は出来ない。
俺とヒナは、
「ぐすっ…………優しく、しないでよ」
「ごめん」
「優しくするなら、抱き締めてよ……キスしてよ……私が好きだって囁いてよ」
「…………ごめん」
「だから……謝らないでよ…………っ」
ヒナは俺の謝罪を嫌がった。
だけど謝る以外に俺にどうしろっていうんだ。
今の俺にヒナの望みは何一つ叶えてやれないって言うのに。
「…………やっぱりだめなんだ」
「……………………」
「……だったら、早く帰ってよ」
「ヒナ?」
とんっ、と俺の事を屋上の入り口の方へ突き飛ばすヒナ。
ヒナの目元は真っ赤に腫れていて、涙で顔がぐしゃぐしゃだった。
「レイカが待ってるんでしょ……早く帰りなよ」
「でもお前……」
「これ以上!! 私の好きな人の顔を、手の届かない人の顔を!! 私に見せないでよッ!!」
「……………………」
俺はヒナに背を向けた。
ヒナ、お前はまだ俺の事を好きって言ってくれるのか。
こんなに酷い扱いをした俺の事を、真正面から振った俺の事をまだ好きだと。
ヒナの言う通り、俺は今ここに居るべきでは無いんだろう。
「…………またな」
一言別れを告げて、俺は屋上を後にした。
「……………………はぁ、っ」
扉を閉め、その場にへたり込む。
「……本当にごめんな、ヒナ」
ヒナがどれだけ俺を好きか知っていた。
ヒナとは小さい頃からずっと一緒だったんだから。
そんなヒナの思いを今、俺ははっきりと拒絶した。
理由はすごく単純で、ヒナより好きな奴が居るから。
ヒナを泣かせてでも、レイを幸せにしてやりたかったから。
「…………ぁぁぁぁっ」
「…………?」
扉越しに、屋上から声が聴こえる。
「あぁぁぁあぁぁああぁあああぁあぁぁぁぁっ!!!!!!!!!」
「…………」
俺はここに居てはいけない。
俺はレイを選んだんだ。もう、ヒナに寄り添う資格はない。
俺は静かにその場を去った。
◇
「そんな…………」
カイトはヒナちゃんの事を置いてきた。
あたしの方が好きだと言って。
「レイ、ヒナが泣いたのは俺のせいだ。お前には何の責任もない」
「そんな事っ!?」
カイトはあたしの手を握って、あたしが下手に興奮しない様に落ち着けてくれた。
「…………なんでそこまでしてカイトはあたしを選んだの?」
「言ったろ、お前の方が好きだから……」
「ヒナちゃんの事も好きだったんでしょ? ヒナちゃんの事泣かせてまで、傷付けてまであたしを選んだのは…………なんで?」
「なんでって言われてもな…………」
あたしはカイトに幸せになってほしい。
でもそれは、あたしの傍でなくてもよかった。
ヒナちゃんの事を傷付けてまであたしが幸せになる必要はなかった。
知りたかった。どうしてカイトがそこまでしてあたしを選んだのか。
「…………何度も言わねえぞ」
「うん」
「…………お前は」
カイトは真剣な目で、あたしの目をまっすぐ見つめて言った。
「レイは……俺の居場所だからだ」
「っ!?」
居場所。
あたしがずっと欲しくて、カイトがくれたもの。
カイトはあたしの大切な居場所だった。
そんなカイトの居場所が、あたし?
「レイ、俺はずっとお前と暮らしてて、いろんな所を見てきた。無邪気なレイ。バカなレイ。食いしん坊なレイ。妖艶なレイ。自分よりも周りのやつの事を考えてる、優しいレイ。そんなお前と毎日一緒に暮らしててさ、いつしかお前が俺の生活の一部になった……いや、俺の人生の中心にお前が居たんだ」
「…………」
だめだよカイト。
それ以上は言っちゃだめ。
ヒナちゃんが泣いてるんだよ、苦しんでるんだよ。
それなのに、これ以上そんな事言われちゃったら嬉しくなっちゃう。
期待したくなっちゃう。
「俺はさ、お前が辛そうにしてるとすぐにわかっちまうんだよ。どうしてだろうな、きっとずっとお前の事見てるからだと思うんだけど……ある時ふと思ったんだよ。もうレイにこれ以上そんな顔してほしくねえなって」
心臓が高鳴る。
身体がかあっと熱くなる。
我慢出来ずに、涙がじんわり溢れてくる。
「言ったよな、俺が一番幸せになれる道を選べって。よーく考えてさ、俺の幸せにはレイが隣で笑っててくれないとダメだって気付いたんだよ。楽しそうなレイ、嬉しそうなレイ、俺がしょげてる時は優しく包んでくれる、天使みたいなレイ。いろんな笑顔を俺の隣で見せてほしい」
カイトがあたしの事を優しく抱き締める。
カイトの腕の力はとても強くて、必死で、あったかくて。
絶対に離したくない、そんな気持ちが伝わってくる様だった。
「だからさ、レイ」
ああ、そっか……。
「恋人として、これからもずっと俺の傍に居てくれ」
あたし、カイトの隣に居てもいいんだぁ……。
「…………はい」
カイトの身体に手を回す。
あたしと違ってがっしりしたカイトの身体。
抱き締めるとすごく安心するカイトの身体。
「ぐすっ……はいっ…………」
吸血霊鬼になって、あたしに近付いたカイトの体温。
でもどうしてだろう、前みたいにカイトはぽかぽかするんだ。
「ひっく……ずびっ…………うぇ…………」
あれ、おかしいなぁ。
嬉しいはずなのに。喜んでるはずなのに。
涙が止まらないや。
「……うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「…………よしよし」
あたしは、カイトの彼女になった。
あたしは、カイトの居場所になった。
あたしは、本当の意味でカイトの家族になった。