「めそめそ……めそめそ……」
俺の告白を聞いたレイは俺の腕の中でしばらくめそめそしていた。
「……なあレイ、そろそろリビング行かね? 晩飯の用意……」
「や!」
「俺、シャワーも浴びたいんだけど……」
「や!!」
「そっかぁ……」
さっきからレイと離れようとすると、ものすごく嫌がられるのだ。
別にずっと離れる訳でもないのに。
「…………ずっと傍に居ていいんだよね?」
「そう言ったけどさ、これは傍に居るっつーか肌見放さずっつーか」
「言ったもんね?」
「…………はい」
俺が何を言ってもレイは俺から手を離さない。
強く抱きしめ、俺が離れる事を許さない。
「……相当な覚悟してたんだなぁお前」
レイの言動と部屋にあったキャリーケースを見れば、レイがどこかへ消えようとしていた事も、ずっと覚悟していた事もわかる。
それはきっととんでもない葛藤の末の覚悟があったのだろう。
そこへもう離れなくてもいいという言葉を俺からもらって、今まで押し殺してきた感情が全部表に出てきたんだろうな。
こいつは俺に似て、滅茶苦茶独占欲凄い寂しがり屋だからな。
「…………いいよ、全部受け止めてやる」
「…………うん」
「ただし、俺の事も全部受け止めてくれよ。俺も負けず劣らず寂しがり屋だからな」
「…………いつでもおいで」
お、ようやくレイの声が鼻声じゃなくなった。やっと泣き止んだか。
まだまだ離してくれる気は無さそうだが。
「まったく……」
いいぜ、ならこっちにも考えがある。
「…………ぺろっ」
「わひゃっ!?」
俺は唐突にレイの首筋を舐めた。
もちろんただ舐めたわけじゃない、麻酔をかけるためだ。
「晩飯にしたいのに行かせてくれねえんだもん、代わりに食われる覚悟くらいあんだよな?」
「あ…………ぅ、いいよ……」
「んじゃ、遠慮なく」
レイの許可も得た所で、引き続き麻酔をかけるべく舌を這わせた。
「っ…………ふぅ、ん……」
くすぐったがっていたレイの反応が徐々に落ち着き、麻酔が効いてきたことを確認すると、いつも通りレイの首筋に牙を立てた。
「じゅるっ、ちゅ…………」
吸血霊鬼にとって同族の血はマズいらしい。
しかし基準がわからない俺にとってはその限りではない。
むしろこうして好きな女の子の血を飲めるなんて、その事実だけで幸せだ。
そうか、だからレイはマズくても俺の血を飲み続けてくれたのか。
(……飲み続けてくれたってなんだよ)
俺もレイに求められるの、嬉しかったんじゃん。
「うい、ごちそうさん」
「……おそまつさまでした」
レイの首筋から顔を離し血液の礼を伝える。
レイの傷はみるみるうちに塞がった。やっぱり楽でいいね。
「で、まだ離してくれねーの?」
「も……もうちょっと……」
「へいへい…………あ、んじゃさ……」
レイはまだ離してくれない様だ。
困ったものだが、ふと悪戯心が湧いてひとつ提案をした。
「このまま俺の血もやるよ」
「へっ?」
「食べたかったんだろ? 俺の事」
「あっ!? やっ、あれは…………その!」
忘れていないぞ、俺が家を出る前に「かいとがたべたい」って言ったの。
レイの頭を優しく抱き寄せ、俺の首筋に近付ける。
「ほら、いいぞ。めしあがれ」
「あっ…………はっ…………」
面白いな、この状況にレイの頭がバグってる。
告白されて、抱き締めて、抱き締められて、血を吸われて。さぞ現実味が無い事だろう。
「…………あむ」
混乱はしながらも、レイは俺の肩に食い付いた。
もごもごと口を動かし、おそらくは麻酔をかけているはずだ。
(改めて見ると、小動物みたいだなこいつ)
俺より身長あるくせに、ヒマワリの種を頬張るハムスターみたいだ。
(…………さて)
俺達は恋人になったんだよな。
だったら、今まで我慢してた事も言っていいよな。
俺を離さないレイが悪いんだぞ?
お前の事をこんなに愛おしく思わせたのはお前なんだから。
「…………好きだ」
「ぷぁっ!?!?」
レイが牙を立てた瞬間、耳元でそう囁いてやると、面白いぐらいにレイの身体が跳ねた。
「かっ、かいと!?」
「ほら、なーにやってんだよ。牙抜いたら傷塞がっちまうぞ?」
「だ、だってかいとが…………」
「そら早く」
「…………うぅ」
レイは顔を真っ赤にしながら再び首筋に牙を立てた。
「ふふっ」
お前は今まで散々俺の理性を揺さぶってきた。
恋人になる前から恋人みたいな誘惑を散々かましてきたんだ。
恋人になって我慢する理由がなくなった俺の、復讐の時間だ。
「可愛いよ、レイ」
「……っ!?」
「綺麗だし、いい匂いするし、やっぱり顔がドストライクでさ。最高の女だよな」
「あぅぁ………らめ…………!」
一生懸命牙を抜かない様に抗議しているが、果たしていつまで持つかな。
「好きだレイ、大好きだ。愛してる。もう離さない、逃がさない、お前は俺の物だ。どこにも行くな、行かせない。俺の全部お前にやるから、お前の全部俺にくれ」
「…………!! …………!? っ…………!?!?」
囁く度にレイの身体がビクンビクン震えて面白い。でもほとんどお前が今まで俺に言った事と変わらないんだぞ。俺が気にせず言える立場になったってだけで。
「ほら、ちゃんと噛んでないと牙抜けちまうぞ〜? 血も飲まないと、流れて勿体ないだろ。ちゃんと飲めって」
「んぅ……! んむ…………っ!?」
「…………あ」
楽しくなってきてどんどんからかいのギアを上げていたら、何かが俺の肩にぽたぽたと落ちてきた。
「や、え!?」
少しいじめすぎた。レイがぽろぽろと泣いていたのだ。
途端に血の気が引く俺。
「な、な〜んて!! 食事中に横でこんなに喋られたら集中出来なくて当然だよな!? も、もう黙るから!! ゆっくり飲ん…………」
「…………ぷぁ。ごちそうさま」
「レ………………い…………」
俺から顔を離したレイの顔を見て、謝罪の言葉が吹き飛んだ。
「…………ふぁ」
涙目でうっとりと俺を見つめ、口の端から血を溢すレイの表情はとても妖艶で、蠱惑的で、そのうえでどこか幼さが残ってて。
つい見惚れてしまったんだ。
「…………かいとのいじわる」
「あ、すまん。やり過ぎたよ……」
「…………でもね、かいとにほめられるの、いじめられるの、きもちよかった」
「……………………」
レイの顔が近付く。
「…………またしてね」
レイの唇が俺の唇と交わる。
恋人になっての初めてのキスは、血の味がした。
(…………なるほど)
これが俺の血の味か。
確かにクソまずいな。
◇
「…………かいと」
「おん?」
ようやく俺を解放してくれたレイと並んで座り、二人でぼーっとしているとレイの不安そうな声が俺の名を呼んだ。
「ヒナちゃんの事、どうするの?」
「んー…………」
レイがヒナの事を心配するのは当然か。
元々俺だけでなく、ヒナの幸せも願っていたからレイは姿を消そうとしていたんだ。
「……厳しい様だけど、放っておく」
「えっ…………」
「俺は俺の為にレイを選んだ。それがヒナを傷付ける事なんて百も承知だ。それでも俺は自分に正直になる事を決めたんだ。レイもヒナもそれを望んでると思ったから」
流石にあのヒナの取り乱し様は予想外だった。
あそこまで俺の前で感情を露わにするなんて。
ヒナの絶叫も俺が死んだ時ぐらいの勢いだった。
「俺だってヒナに負い目はあるよ。俺が生きてるのも半分はヒナのおかげだし、散々世話になった。泣かせたかった訳じゃ無いんだ。でもな、俺が必要以上に接触するのもあいつを苦しめるんだよ」
自分の好きな相手が、自分に優しくしてくるのに、自分の気持ちは届かない。
そんなの、いくらなんでも残酷過ぎるじゃないか。
「かいと、あたし…………」
「絶対に変な事考えるなよ」
レイの手を強く握った。
「俺はお前を選んだんだ。さっきも言ったろ、どこにも行くな、行かせないって」
「でも…………」
「でもじゃねぇ、お前はもう俺のもんだ。もし居なくなってみろ、お前がどこに居ようと必ず見付け出して抱き締めてやるからな」
「…………はい」
レイは何故か頬を赤く染めて俺の腕にしがみついた。
あ、いやそうか。こいつ俺にオラオラされると喜ぶんだっけ。
「ま、だからさ、レイはレイの幸せを求めていいんだよ。俺も俺の幸せを考えるから」
「…………うん、わかった」
俺もヒナが明日からどう来るか全く予想がつかない。
いつも通り……とはいかないだろうな。俺とは距離を置くのか、逆に前よりも積極的になってレイから俺を略奪しようとするのか。
旅行の時は俺がレイを選んでも諦めないと言ってたけど、実際の所は明日になってみないとわからない。
だけど、どう来られようとヒナが強い奴だって事はわかってる。時間はかかるかもしれないが、必ず立ち直ってくれるはずだ。
信じよう、俺の幼馴染の精神力を。
◇
「…………ん、むぅ」
「ん?」
なんだ、急にレイがもじもじし始めた。
「と、ところでさ。カイトは誕生日……何か欲しいものある?」
「え? いや特には……つーかお前、何か用意出来んのかよ」
レイの気持ちはありがたいが、レイはずっと居候だ。
自由に使える金もなければ何かを買う余裕もない。
そんなレイが俺にプレゼントって言っても、肩叩き券とかになるだろ。
「……あたしは、カイトのもの」
「う、うん」
自分で言っといてなんだが凄い発言だな。
「カイトのものなら、カイトが好きにしていいんだよ」
「…………うん」
まずい、流れ変わってきたな。
「…………かいと」
レイは着てるパーカーのチャックを下げ、胸元を緩めた。
「た、誕生日プレゼントに…………あたしの事好きにしていいからね……?」
「…………そうか」
前からずっと可愛いと思ってたレイ。
ただの同居人から恋人になったレイ。
前よりも親密なスキンシップをしてもよくなった。レイもそれを理解してるんだろう。
俺の事をそこまで信用してくれて、嬉しい話だ。
俺も男だ、レイにこう言われて喜ばない訳がない。
「…………びくっ」
レイの肩に触れると、レイは小さく身体を震わせた。
「レイ…………ありがとな」
俺はレイに感謝を伝え、にっこりと微笑んだ。
「でもまだダメだな」
「…………え!?」
そしてきっぱりとレイの提案を否定した。
「だってそうだろ、お前自分の年齢言ってみろ」
「…………じゅうご」
「俺も十六、明日でようやく十七な訳だ。お互いまだまだ子供だな」
「で、でもぉ!!」
「でもじゃありません!!」
抗議するレイにぴしゃりと言い放つ。
「えっちな事はお互い十八歳を超えてからです」
「えーっ!?」
「当たり前だろが。年上としてそこは譲れません」
最初にレイが俺に実年齢を明かしたくなかった理由、こうして恋仲になった今なら改めてわかった気がするよ。
で、レイがそういう事に興味津々なのもな。ラブコメと昼ドラの見過ぎだお前は。俺が学校行ってる間にテレビ見てるんだから仕方ない所あるけどさ。
「うぅ……あとさんねん……」
「諦めろ、俺も我慢するから」
「はぁ〜い…………」
あーあ、レイがしおれてしまった。
でもこれだけは譲れない。それが保護者であり年上彼氏としての責任だ。
それだけレイの事を大切にしたいんだ。
「めそめそ……めそめそ……」
「……………………」
とはいえ、自分だけお預け食らってるみたいにめそめそされるのも癪だな。
「レイ」
「あ…………何?」
ちょっと一発、釘刺しとくか。
「…………その代わり、三年後は本気で容赦しねえから覚悟しとけよ」
「ア…………ワッ…………」
渾身の本音をドスの利いた声で囁いてやった。
「……………………ハイ」
「よろしい」
効果は抜群だったみたいだ。