「……………………」
十二月十八日。本日はわたくし、神上灰人君十七歳の誕生日でございます。
そんな記念すべき日の朝、私は滝の様な冷や汗をかいていました。
「おはよう、カイト」
「……………………オ、オハヨウ」
俺の家に、美少女がお祝いに来てくれたのだ。
「誕生日おめでとう」
髪をバッッッッッサリ切った白銀陽向ちゃんが。
◇
とりあえず、玄関先で立ち話もなんなのでリビングに上がってもらった。
「レイカは?」
一言目にはいつもの挨拶。
二言目には誕生日祝い。
三言目にレイカの事を訊ねてきた。
「まだ寝ております……」
「そっか、じゃあ私が最初のお祝いって事ね?」
「えっと…………そうなりますね」
昨夜は俺がちょっと強めに警告したら、レイのやつオーバーヒートして寝ちまったんだよな。
だから日付変わるまで起きて、誕生日と同時におめでとうみたいな事はなかった。
「ふふん、さっそく私の一勝ね」
「…………なあ、俺も聞いていいか?」
レイより先に祝えてご満悦のヒナに疑問をぶつける。
「お前、その髪…………」
「ああ、これ?」
ヒナは自分の毛先を指でいじる。
昨日まで綺麗なストレートのロングだったヒナの髪は、肩より少し上のボブカットになっていたのだ。長さにしたら半分以下だ。
「ほら、失恋と共に髪を切るってよくあるじゃない。アレよ」
「ふぐぅっ!?」
それを振った本人には言わないんですよ普通。
あなたのせいで私の髪短くなっちゃったとでも言う気ですか。
その通りなんでしょうけども。おお胸が痛い。
「……似合ってない?」
「いや、そりゃ似合ってるとは思うけど……」
「可愛い?」
「…………そりゃ、可愛いとは思うよ」
「ふふん、そう♪」
ヒナはご機嫌そうに微笑んだ。
「やっぱり私にすれば良かったって後悔した?」
「してねぇ」
「ちぇっ、即答かぁ」
今度は拗ねた様な顔をするヒナ。
なんだ、いつも通りだ。いつも通り過ぎる。
ありえないだろ、昨日の今日で。
「…………で、何しに来たんだよ」
「何って、朝ごはん作りに来たんだけど」
「はぁ!?!?」
「驚きすぎじゃない? いつもそうしてたじゃない」
「驚くに決まってんだろ!?」
俺はお前の事振ったんだぞ。
あれだけ必死に俺の事を求めたお前を。
時間が経てば立ち直れるとは信じてたけど、一晩は早すぎるだろ。
それに、飯作ったり弁当作ったり、そう言うのは俺を落とす為のアプローチだっただろ。
「……俺はもう、ヒナと付き合うつもりはねえんだぞ?」
それなのに、今まで通りなんてお前に願える訳無いだろ。
「黙って」
「黙ァ!!?!?!?」
黙れ!?
今黙れっつったかコイツ!?
「私言わなかったっけ、カイトがレイカを選んでも諦めないって」
「言ってたけど……」
「いくらカイトに振られたからって、初日から諦めてたら情けないじゃない」
「…………本気かよ」
ヒナはメンタル強いと思ってたよ。
こんなダイヤモンドメンタルだとは思ってなかったよ!
あれっぽっちじゃダイヤモンドは砕けないってか!!
「散々泣いたらスッキリしたわ。言いたい事も全部言ったし、レイカへの懸念も無くなったわけだから。むしろ前より積極的になれそう」
「えぇ…………」
「それにそれくらいじゃないと、略奪愛なんて狙えないでしょ?」
ヤバい、ヒナの笑顔が怖い。
コイツは本気だ。本気でレイから俺の事奪う気でいやがる。
「…………一生独身になるぞ」
「そうはならないわ、カイトが旦那さんになるんだからね!」
「ならねえっつってんだろ!!?」
ダメだ、まるでめげない。こいつ無敵か?
くそう、こうなったら少々下品だが、アレを教えるしかねえか。
「…………いいかヒナ、よく聞けよ?」
俺は深呼吸して、震える身体に酸素を送った。
自分でも最悪だと思うが、今のヒナを黙らせるにはこれしかねえんだ。
行くぞ!!
「ふぁ〜……かいと、おはよ…………」
「俺はなぁ、レイが十八になったら一晩中抱き潰すって決めてんだ!! あの美人を堪能する前に別れられる訳ねえんだよ!!」
「あっ」
「………………へっ?」
「……………………」
俺の口から最低の宣言が飛び出た後、俺の口から間抜けな声がこぼれ落ちた。
首だけをギギギと動かし、背後から聞こえてきた声の主の方へ振り向く。
「かっ…………かかかか、かい、か…………」
「やっ、やぁ〜レイ…………」
顔を真っ赤にして震えるレイ。
探せ、ここから入れる保険を。
考えろ、ここから助かる方法を。
「…………お、おはよ〜マイスイートハニー……」
「かいとの変態ッッッ!!!!!」
「━━ドゴッ!!!!」
「がぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!」
俺は初めてレイのビンタをモロに食らった。
首と胴体が泣き別れするかと思うほどの衝撃だった。
吸血霊鬼になってて良かったと今日ほど思った事はなかった。
◇
「お、おはようヒナちゃん」
「おはよう、レイカ」
気まずそうなレイと、普段通りのヒナ。
首が百八十度回ってる俺。
「……早く治しなさいカイト」
「━━ゴキゴキゴキ」
「アァーーーー!!?」
やめてください! 簡単に死なないからって痛いものは痛いんですよ!?
俺の汚い悲鳴が家中に響いた。
「ヒナちゃん、あの、あたし…………」
「…………ねえ、レイカ」
「っ…………!!」
ヒナは俺の頭を押さえながら、レイの顔を見ずに質問した。
「朝ごはん、何食べたい?」
「…………えっ」
レイはしばらく黙っていた。
しばらく悩んで、考えて。
「…………たまごやき」
「ふふっ、了解」
素直に食べたいものを伝えた。
ヒナは嬉しそうに、いつもみたいに笑っていた。
◇
「美味しい?」
「美味しい!」
「そう、よかった」
ヒナ特製の玉子焼きを食べてご機嫌な俺とレイ。
そんな俺達を見て満足そうに微笑むヒナ。
何も変わらない、いつも通りの俺達だ。いつも通り過ぎた。
「……もう一回聞かせろ、ヒナ。本気なのか?」
「何度聞いても答えは変わらないわよ。私はカイトを諦めない、私の恋人はカイト以外考えられないもの」
ヒナの動きと共に髪が揺れる。
ヒナの耳たぶが、俺のあげたピアスが一瞬だけ視界に映った。
「だからこれからもこうやってカイトにご飯作りに来る。でも勘違いしないでね、レイカの分も作るのはついでだから。カイトの分だけ用意してたら感じ悪いじゃない」
「…………そうかよ」
どの口が言ってんだか。
最初にリクエスト聞いたのも、嬉しそうに答えたのもレイじゃねえか。
これでレイがついでは無理があるだろ。
なんて、今更言うつもりもねえけど。
「ありがとヒナちゃん! えへへ……」
「……ええ、どういたしまして」
その笑顔はなんだよ、なんて突っ込むつもりはねえけど。
「……さっきも言ったけど、俺はもうレイと離れるつもりはねえからな。ヒナになびくつもりもねぇ」
「か、かいと……♡」
「そう言っていられるのも今のうちよ。私、本当に死ぬまで諦めないから。それに……」
「うおっ!?」
ヒナがテーブルに身を乗り出し、ぐいっと顔を近付ける。
「……恋人どうこう抜きにしても、やっぱりカイトとは一緒に居たいの」
「……………………そうかよ」
俺と一緒に成長したい。元々ヒナの願いはそれだ。
確かにそこだけ切り取れば、恋人である必要はないからな。
「……それならもう何も言わねぇ」
「うん、そうして」
「レイも、またヒナが邪魔してくると思うけど、気にすんなよ」
「……えへへ、わかった」
レイ、嬉しそうだな。
当然か、俺と付き合ったらヒナとは会えなくなるかもってずっと悩んでたもんな。
久しぶりにこうやって笑いあえて、楽しいんだろう。
(…………そうか)
そういやレイとヒナが顔合わせるの、遊園地以来か。
そりゃ二人とも嬉しそうな訳だ。
「さて、カイトの許可も得た訳だし……?」
「…………は?」
気付くとヒナが俺の傍に近寄っていた。
そして腕を掴むと、そのまま抱き締めた。
「は!?」
「あーーっ!?」
「これからは思う存分カイトを誘惑するんだから♪」
ヒナの胸の感触が俺の腕に伝わる。
「カイトどう? レイカは平たいからこういうの味わえないでしょ」
「だから俺はもう彼女持ちだっつってんだろ!?」
「わかってて当ててんのよ!!」
「なお悪いわ!!」
「ヒナちゃんずるい!! あたしもぎゅーっ!!」
「レイ!? お前も怒っていいんだぞ!?」
「…………まあヒナちゃんなら、ぎゅーくらいならカイトの事貸してあげてもいいかなって」
「レイ!!?!? お前がそんなんだと示しがつかねえだろ!!?!!」
「なら遠慮なく、ぎゅーーーーーーーー!!!!」
「ヒナもやめろっつってんだろ!!!」
俺達は全員、己の中の本音を全力でぶつけ合った。
その結果関係は進展したが、やってる事は何も変わらなかった。
レイの懐が広いからか、ヒナの精神が強靭だからか、結局俺が二人とも大事だったからか。
まあ、なんでもいいや。
「でもかいと、ヒナちゃん甘やかした分、あたしの事も愛してね?」
「お、おう! もちろん甘やかしまくってやる!」
「えぇ~? カイト、私は?」
「お前は部外者ッ!!!」
「何をー!!!」
この三人で、また笑えてるのなら。