「ふんふんふ~ん♪」
浴室の中に機嫌良さそうなレイの鼻歌が響く。
俺の膝の間で。
「随分ご機嫌じゃねえか、何の歌だ?」
「最近ハマってる昼ドラの曲!」
「あ…………そうなんだ…………」
わかっていても、レイの口から昼ドラとか言う単語出てくると身構えちまうな。
「えへへ、こうやってカイトが一緒にお風呂入ってくれるなんて思わなくて」
そう、俺達は今、たいして広くもない浴槽の中に二人で密着しながら入っていた。
レイの背中が俺の胸板にぴとりと寄りかかる。
「前までは間違いが無いように絶対追い出してたけど、これからはそんなの気にしなくてもいいからな」
「あたし、カイトの女だもんね♪」
「…………彼女ね」
なんでわざわざ乱暴な言い方を選ぶんだよ。俺がそう言った事あるみたいじゃん。
『……俺の女に手ェ出すな』
あちゃ~言ってた〜。
思い出しちゃった〜。
「…………しっかしお前、本当に髪長いな」
レイの髪はとても長い。前も長けりゃ後ろも長い。
テンション上がって動きまくるから水面に浮いた髪が何か別の生き物みたいになってる。
「……サラサラだなぁ。ケアとかしてんの?」
「してないよ、お金かかるから」
「ですよね」
メイクした事ない奴が髪のケアなんて考える訳ねえか。
必要無いじゃなくてお金がかかるからってのが健気で可愛いけど。
「…………欲しいって思った事はあんの? コンディショナーとか、普段のメイク道具とか」
「え? うーん…………」
「別にお前が言ったもん全部買うとかじゃねえから、素直に答えてくれると嬉しい」
俺に気を遣って遠慮しているレイの気持ちは美しい。
だけどただの居候じゃなくて彼女になったんだ。少しくらい本音出したって罰は当たらないってもんだ。元々レイのわがままで怒る気もないけどな。
「…………気にはなった事あるけど、やっぱりそこまでかな。このままでもカイトは可愛いって言ってくれるし」
「そっか。まあお前は可愛いし綺麗だしな……」
どさくさに紛れてレイの髪に顔を突っ込む。
何故かミント系のいい匂いもするしな。
「それにね、今度紗霧ちゃんにお仕事紹介してもらおうと思ってるんだ」
「なんだって!?」
驚いてレイの髪の中から顔を出す。
レイが仕事!? 一人で!?
パパ心配だよ!!
「あっ、来年からね! 四月になったらあたし、中学校卒業した人と同じ歳で扱ってくれるから、簡単なアルバイトくらいなら出来るかなって思うんだ。カイトが学校行ってる間も暇じゃなくなるし、お金も稼げるし、良い事かなって思うんだけど…………だめ?」
「俺に止める権利はねえさ、レイがやりたいってんならやるべきだ。でも、やっぱり心配だな…………」
「大丈夫! あたしこう見えて結構色々出来るよ!」
確かにレイはのほほんとしてる様に見えて、じいさんの所で家事全般は叩き込まれてる。物覚えも決して悪くない。
専門職とかでなけりゃすぐに慣れるだろうけども。
「…………レイが家に居ない時間が出来るの、嫌だなぁ」
「わぁっ…………♡」
背後からレイをぎゅっとする。
「平日の昼間に、最初は少しずつやるから大丈夫だよ。カイトが帰ってくる頃にはあたしも帰れる所探すつもり」
「でもよぅ、俺のレイが知らない奴と話してるの……もにょもにょする……」
そんな事言っては何も出来ないのだけど、自分の気持ちは誤魔化せない。
俺の知らないレイが増えていくのは嬉しいと同時に寂しくもある。
「…………いっそ鳥籠の中に閉じ込められたらな」
「ひゃあぁ~…………♡」
おっとつい本音が。
レイは喜んでるみたいだしセーフか?
「う、うーん……ならやっぱりお仕事探さないとだね。紗霧ちゃんに話しておこ」
「ならやっぱりって……なんだよぉ」
それじゃまるで俺の事寂しがらせたいみたいじゃねえか。
嫌いか? 俺の事嫌いか? 病むぞ?
「だってぇ」
「…………ん?」
レイはくるりと振り向くと、両手をまっすぐ俺の方へ伸ばして、まるで俺を誘うかの様に微笑んだ。
「カイトの事ちょっと寂しがらせた方が、その分だけあたしに独占欲ぶつけてくれそうだし…………♡」
「……………………ほォ?」
コイツ、これ俺の事本気で誘ってんなァ?
煽って、誘って、本当に悪い女だお前は。
「━━ガバッ!」
「ひゃんっ!?」
「…………ちゅっ」
「ん〜っ♡」
悪い事言う口は黙らせないとな。
俺はレイを抱き寄せて口を塞いだ。
「お前がその気ならそれでもいいよ、どうせいつかは慣れなきゃいけねえ事だし。その代わり……」
「…………その代わり?」
「三年後をお楽しみに」
「ちぇ〜っ!」
レイはぶーぶーと不満を漏らしながら再び背を向けて寄りかかってきた。
「…………てゆーかカイト、こうやってあたしと一緒にお風呂は入っててさ、そういう気分にはならないの〜?」
「そういう?」
「えっ…………えっちな気分とか!」
「バカ言ってんじゃねーよ」
こちとら余裕のある年上彼氏ですよ?
年下の彼女と一緒に風呂入って、ちょっと妖艶に煽られたからって、簡単に負けると思ってるんですか?
俺は後ろからレイを抱き締め、逃げられない様にして囁いてやった。
「なるに決まってんだろ、男子高校生だぞ」
「んんっ!?!?!?」
正直に答えると思わなかったのか、レイが身をよじって逃げようとする。
残念だったな、人の頃ならまだしも吸血霊鬼になった俺の力を簡単に振りほどけると思うなよ。
「俺は約束したから、お前が十八になるまで手を出さない様にしてるだけ」
「か、かいと…………ッ!?」
レイが真っ赤な顔で湯船を見つめている。
入浴剤入れてるから何も見えないよ。
「でもな、それは理性で蓋してるってだけで、内心はどちゃクソ興奮する事もあるんです。顔も中身も大好きな彼女ですよ〜?」
「は、離し…………」
離さないよ。
改めてちゃんと釘を刺すまではな。
「三年後が楽しみだよ。なあ…………レイ?」
「……………………ぁい」
ようやくレイも反省した様だ。真っ赤な、真ッッッ赤な顔で俯いたまま動かなくなってしまった。
健全な男子高校生を煽った罰だ、しばらく悶々とするがいいさ。
ああ、本当に楽しみだ。
◇
「ほら、来いよレイ」
風呂も済ませ、後は寝るだけの状態。
そんな俺達にはずっと繰り返してきた日課が残っている。吸血だ。
いつも通りソファーに腰を掛けてレイを迎え入れる準備をしていたのだが。
「……レイ?」
レイがもじもじしていて近寄って来ない。
ちょっとからかいすぎたか。風呂から出ても顔が赤いままだ。
「血、要らねーの?」
「欲しいけど……」
「じゃあ来いよ」
「…………あう」
「ははーん…………」
マジで照れてるな。露骨に密着しすぎたか。
普段自分からはあんなに来る癖に、キャパ超えると面白いぐらいしおらしくなるよな。
そこがまた可愛いっていうか、嗜虐心を煽るんだけど。
「しょうがねえなぁ」
「やっ……!?」
俺はね、もうレイの彼氏な訳です。
今までより距離近くなっても問題ないんですよ。
俺はレイの身体をひょいと抱き上げ、ソファーに連行した。
いつだか羨ましがってたお姫様抱っこだ、喜べよ。
「ほい」
「ぅ…………」
レイを膝の上に座らせ、いつもの様に向き合う。
真っ赤な顔のレイを間近にすると、もっといじめたくなってくるな。
今日は俺も貰っちゃおうかな。
「ほら、飲むんだろ? 来ていいぞ」
「……うん」
「俺も貰うけどいいよな?」
「…………うん」
俺達は互いに首筋を出し、顔を近付けた。
「…………かぷ」
「あむ」
お互いの首筋に食い付き、麻酔をかけて牙を立てる。
もう何度も繰り返してきた。レイと会ってからほぼ毎日か、百回じゃきかねえな。
(…………でも、よく考えたらこれ絵面ヤバいよな)
男女が抱き合って、お互いの身体に牙を刺し合って、相手の血液を摂取し合う。
これ、もしかして結構やらしいか?
「ちぅーっ……」
おどおどしながら必死に血を吸うレイ。
やっぱり小動物みたいだ。
そんなレイの柔肌に牙を立てるの、最初こそ抵抗があったけど、今はむしろ……。
(……レイは俺のものって刻み付けてるみたいで、ドキドキする)
レイが毎日俺の血を吸ってたの、こういう気持ちもあったのかな。
俺達、相手に求める恋愛観は大分似てるからな。
寂しがりで独占欲が強い。性癖が逆なくらいか。
「……ぷあ」
「ごちそうさま、レイ」
「カイトも、ごちそうさま……」
お互い首筋から顔を離す。
そうなれば、レイの緩んだ胸元が視界に入るわけで。
(刻み付ける…………ね)
吸い寄せられる様にレイの胸元に顔を寄せる。
「ひゃ!? な、何してるのカイト!?」
「いやさ、前にレイとヒナに滅茶苦茶キスマーク付けられたことあったろ。あれも広い意味じゃ傷だけど、吸血霊鬼にも付けられんのかなーって思ってさ」
「まっ、やめっ…………くすぐった、ひゃん!!」
レイの制止も無視してレイの胸元に吸い付いた。
「ちゅーっ…………」
「や〜〜ん!!」
そういや俺からキスマーク付けた事無いな。
あれ、どんくらい吸い付けばキスマークになるんだ?
痕になるくらいだから結構ガッツリいくんだよな。
こんなもんだろうか。
「……………………」
顔を離して絶望した。
俺の唇が触れていた場所には何の痕跡も残っていなかったのだ。
「そりゃそうか……牙が刺さってた場所もすぐ塞がるんだもんな」
ダメ元だったとはいえ残念だ。
「せっかくレイに俺のものだってマーキング出来ると思ったのにな?」
「そ、そんな事しなくたって、あたしはカイトのだよ……」
「いやいや、お前がバイト始めたら毎朝キスマークだらけにしてやろうと思ってたんだよ。悪い虫が寄らねえ様に」
「ふえぇぇぇ!!?!?」
半分は冗談だけど。そんな事したらレイが恥ずかしい思いをしてしまうからな。
「まあ出来ないもんは仕方ねえや。それよりレイ、もう寝ようぜ」
「あ、うん……」
俺はレイを膝から下ろし、自分の部屋へ向かおうとした。
「かっ、かいとぉ……」
しかし、か細い声で鳴くレイに袖を掴まれてしまった。
「なんだ?」
「あ、あのね? 今日はカイトと一緒に寝たくて……」
「おう、いいぞ。俺もそのつもり……」
「そっ、それで……またお姫様抱っこしてほしいなって……」
「…………ほっほ〜う?」
一回しおらしくなると、本当に可愛いねぇこの子。
俺はレイを軽く抱き上げ、にっこりと微笑んだ。
「仰せのままに、お姫様」
「……………………えへへ♡」
照れながらも微笑むレイがとても可愛らしかった。
◇
「ぎゅーっ…………♡」
当たり前の様にレイを俺のベッドに連れ込み、一緒に横になる。
「もうベッドの中でぎゅーってしても怒られないんだね!」
「まあ限度はあるけど」
「限度?」
「何でもねえ、普通に抱きつく分にはいいよ」
口が滑った。ちょっと俺の方も理性の紐を固く締めないとまずいな。
「カイトからはぎゅーってしてくれないの?」
「俺からぁ?」
「あたしはいつでもオッケーだよ!」
「うーん…………」
レイは両手を広げて俺を待ち構えている。
レイのお望み通りそのまま飛び込んでも良かったのだが、ぶっちゃけハグはもう沢山したからな。
ベッドの中ではどちらかと言うとこっちのほうが良かった。
「…………ん?」
俺はレイの手を握り、指を絡めた。
正真正銘、恋人繋ぎ。
「俺はこっちがいいな」
「…………うん、あたしも好き」
絡めた指に力を込め、レイも俺の手を握り返した。
互いの温もりが手全体から伝わる。
「レイはひんやりだな」
「カイトもひんやりだねぇ」
この時期は寒いから温かいほうが恋しいのだが、そんな事思う暇もなく胸が高鳴って体温が上がる。
「懐かしいなぁ、前からカイトって手は繋がせてくれたよね」
「そうだったな……なんだかんだ許しちゃってた気がする」
元々顔が好みで拾った女の子。
そんな子が手を繋ぎたいと言ってきて、振り払える訳ないんだよな。誰も見てないならなおさら。
「…………実はさ、ずっと言って無かった事があるんだ」
レイの顔がきょとんとする。可愛いな。
「俺、お前を拾うまで家に一人だったんだよ。たまにヒナは顔見せに来たけど、家で一人だと音楽聴くくらいしかやることなくてさ。今じゃ考えられねえよな、こんな寂しがりの俺が一人暮らしなんてさ」
「そっか、あたしが来るまでカイトだけだったんだもんね」
「拾う時にも言ったよな、一人暮らしで寂しかったって。アレ結構本音だったんだなって今なら思うよ」
レイの手を握る手に力がこもる。
「だけどレイが来て、ヒナが来る日も増えて、前よりうんと賑やかになった。もう誰かが居なくなるなんて考えたくもねえ。レイと一緒になれて良かったけど、ヒナも変わらず接してくれて良かったよ……」
「わぁ…………っ」
「俺と出会ってくれて、ありがとう」
レイの手の甲に軽くキスをする。
愛しさと感謝と、切なる願いを込めて。
「もう離さないからな……百年、千年、ずっと一緒だ」
「はい。ふつつかものですが、よろしくお願いします……♡」
俺達は手を繋いだまま、軽くキスをした。
そのままベッドの中で他愛ない会話をして、気付くと二人とも眠りに落ちていた。
◇
「いってぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!!!!!!」
翌朝、強烈な痛みと自分の悲鳴で目が覚めた。
寝ぼけたレイが俺の肩に噛みつき、あまりの力に血が滲み出ていた。
「前にもこんな事あったなァ!!? 起きろレイ!!!!」
「かいと〜…………も〜はなれないからにぇ〜…………」
「離れろ!!!!!!!!!」
目の前でこんだけ叫んでいるのにレイの意識は全く覚醒しない。
引き剥がそうにもレイの顎の力は凄まじく、無理に引き剥がせば肩の肉ごと持っていかれそうだった。
「離さないとは言ったけど…………こんな形は望んでねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
そこからレイが目覚めたのは、俺の悲鳴を聞いて突入してきたヒナに