「待ってよカイト……歩くの早い!!」
大学の昼休み、俺はいつも通り行きつけの喫茶店に向かって歩いていた。
なんか邪魔なのも一緒だが。
「ついて来いなんて言ってねーけど?」
「ついて来るなとも言ってないでしょー!」
「勝手について来てる自覚はあるんじゃねーか」
ヒナが俺の後ろを必死に追いかけて来る。
本当は一人で行きたいんだけど、置いていくとうるさいからなぁ……。
「あなた達二人にしたら何し始めるかわかったもんじゃないもの!」
「店の中だぞ! 公共の場でそんな変な事しねぇよ!?」
「じゃあ二人きりだったら何かするんだ! 変態!!」
酷い言い掛かりだ。
大体二人きりだとして俺とレイが何したって構わねえだろ、恋人なんだぞ。
でもなぁ、レイ絡みで正論ぶつけると噛み付いてくるからなぁこいつ、文字通り。どっちかって言うと噛み付くのは
「はぁ……だったらはよ来いよ。俺は一分一秒でも長くレイと一緒に居たいんだから」
「ひゃっ!?」
俺はヒナの手を掴んでぐいぐい引っ張って歩いた。
「…………カイトってさ、レイカと付き合ってもボディタッチ減らないよね」
「キスはしなくなったろ」
それだってほとんどヒナからだったし。
「それ以外変わってないのも問題でしょうよ! こっ、こうやって手を繋ぐとか……」
「幼馴染でも手は繋ぐだろ」
「…………そういう所、本当にさぁ」
ヒナは俯いてごにょごにょと呟き始めた。
俺だってただの幼馴染や女友達と比べて距離近いのはわかってるよ。
だけどさ、あれだけ長い間傍に居て近い距離感を続けてて、レイと付き合ったからヒナはさようならだなんて、流石に冷た過ぎるだろ。
俺はレイを恋人にした。だからってヒナと冷えた関係になりたい訳じゃない。
そりゃ、ヒナが「振られた相手に優しくされたくない」って言うんなら今すぐやめるけどさ。
「……カイトの手、おっきいなぁ……ゴツゴツしてるし、力も強くて…………」
「……………………」
ヒナも悦ん……喜んでるし良いだろ。
「ほら、そんな事よりもう着くぞ」
ヒナとくだらないやり取りをしていると、俺達の前にお洒落な喫茶店が現れた。
可愛い看板娘と凶暴な番犬(俺)が居る事でちょっぴり有名になった喫茶店。
「いらっしゃいませ〜っ♪」
俺の可愛い可愛い彼女が働く喫茶店だ。
◇
「……あ! カイトだ〜♡」
カウンター越しにラブリーでチャーミングでキュートでビューティーなマイスイートエンジェルが俺に手を振る。
可愛い、変な笑いとよだれが出そうだ。
「よっ、今日も来たぜ」
全力でクールな彼氏を装い、軽く手を振り返す。
それを見てレイは再び無邪気な笑顔を俺に向けた。ぐへへ可愛すぎる。
「ヒナちゃんもいらっしゃいませ♪」
「ふん、お昼ご飯のついでに顔を見に来てやったわよ」
ヒナ、お前も何年経ってもそのツンデレは治らないのね。
「端のテーブル席空いてるよ〜」
「おう。いつものも頼む」
「は~い!」
俺とヒナはレイに案内された、一番端のテーブル席についた。
ここの席はバックヤードに一番近く、忙しくない時間はずっとレイが顔を出せる場所なのだ。
そして注文もさっきので終わっている。俺とヒナはいつもお気に入りのメニューが決まっているからだ。俺はホットサンドとアイスコーヒーのセット、ヒナは紅茶とパンケーキ。たまに追加でデザートを頼んだりもするが、それは食後だからな。
「〜〜〜♪」
厨房から可愛い鼻歌といい香りが漂ってくる。
レイは今やここの喫茶店のバイトリーダー、定番メニューなど慣れたものだ。鼻歌交じりにさらっと作ってしまう。
レイの手料理を好きなだけ味わえるなんて、ここは最高の店だな。
「…………うぇへへ」
「カイト、顔に出てる」
おっと、とうとう隠し切れずに頬が緩んでしまった。
大きなため息をついて呆れた視線を向けてくるヒナ。
「私に対してもそれくらいデレてくれればいいのに」
「レイは彼女なの、可愛くて当然だろ」
「ふんだ!! どうせ私は口うるさい幼馴染ですよ〜っ!」
「いや、お前だって可愛いよ」
「………………………………ふん」
こいつ忘れてんのか、俺がレイとヒナの間でどんだけ悩んでたのか。
確かに俺はレイを選んだけど、お前に抱いてた好意を否定するつもりもねえよ。
そこまで細かく説明してやろうかとも思ったけど、顔真っ赤で俯いたので理解してくれた様だ。
「俺は欲張りで寂しがりだからな、お前の事除け者にするつもりはねえよ。お前が嫌がらない限り、ずっとまとわりついてやる」
「わかってるわよ…………でもなぁ」
「んだよ、やっぱ嫌なのか?」
「んぅ、そうじゃなくて…………あ」
ヒナが何か言いかけた所で、愛しい彼女が姿を見せた。
「おまたせしました! ホットサンドのセットとパンケーキ、アイスコーヒーと紅茶でーす♪」
「お、来た来た」
レイが注文をトレーに乗せて、俺達のテーブルに運んできた。
「あたしも休憩入っちゃうね〜」
「おう、待ってるよ」
レイはそう言ってエプロンを畳みながら裏へ入っていった。
「……んで? 何言いかけてたんだ?」
「…………レイカが来てから改めて話そっかな」
「おん? そうか?」
ヒナはジト目で俺を睨みながら紅茶を口に運んだ。
「熱くねーの?」
「…………熱い」
何やってんだか。
◇
「カイトっていい男よね……」
レイも揃って三人でテーブルを囲み、開口一番ヒナが口にしたのはそれだった。
「…………は?」
いきなり何言い出すんだこいつ。
「カイト、かっこいいよね〜♪」
「いやいや、同調しなくていいから」
ヒナの呟きに笑顔で賛同するレイ。
レイにそう言われるのは嬉しいけど、いやヒナに言われても嬉しいけど、脈絡が無さすぎる。
「最近ね、一応ちゃんと交友関係も広げてるのよ」
「ほう」
先程の呟きの補足をする様にヒナは語りだした。
ヒナはいつも友達が多い。俺達みたいに何でもかんでもさらけ出せる相手がどのくらい居るかは知らないが、コミュニーケーション能力は高い方だからな。……俺と違って。
そんなヒナがわざわざ広げてると宣言するんだ、そういう深い仲の友人を作ろうと頑張っているのだろう。
「その、このままだと本当に一生独り身の可能性もあるから」
「あ~、はいはい。なるほどね」
ヒナは俺の事を諦めていない。死ぬまで狙い続けると宣言していた。
しかしそれも三年前、若気の至りと言う言葉もある。大学生活二年目も終わりにさしかかって流石に焦りが見えてきたという所か。
ヒナと会う時間が減るのは寂しくもあるが、ヒナも健全な恋愛が出来るというのなら俺は応援するのみだ。
「頑張れよヒナ、応援し…………」
「……ダメなのよ」
「え?」
なんだ、ヒナが頭を抱えだした。
うまく行っていないのだろうか、恋人探し。
「何がダメなんだよ」
「どうしてもね、比べちゃうのよ。カイトと……」
「俺と?」
「ずっと好きだったのよ? 仲の良い男の子は居ても、話してるとついカイトの事考えちゃうの」
「…………そ、そうですか」
いや、そりゃヒナが俺の事をどんだけ好きだったかは理解してるし、まだ続いてるんだろうなってのも察してる。
だからって面と向かって言われるとな。
「カイトの方が優しかったなとか、カイトの方がかっこよかったなとか」
「ふ、ふーん…………」
「カイトはかっこいいから仕方ないよね」
「くっ、この泥棒猫が…………今からでもよこしなさいよカイト!」
「だめ〜♪ カイトはあたしの♡」
「キィーーーーッ!!!」
俺を巡ってレイとヒナが言い争っている。君達本当に変わらないねそういうの。
「しかしよ〜? 俺が言うのもなんだけど、無理に急いで相手探す必要もないんじゃねえの?」
「私もそう思ってたんだけどね……その、最近思う所があって」
そう言うとヒナはもじもじしながら縮こまってしまった。
なんだ思う所って、両親に孫でもせがまれたか。早いだろまだ。
「…………この間、レイカの誕生日の次の日かな、カイトの家行ったじゃない」
「「ビクッ!?」」
俺とレイの身体が一瞬で強張る。
危ない所だった。もう少しでコーヒーカップから手を離す所だった。
「ソ、ソウダネ」
レイの誕生日、十八歳の誕生日。
俺はレイの事を、それはもうこれでもかってぐらい抱いた。性的に抱いた。三年間の思いを全てぶつけるつもりで。
翌朝、何も着ていない俺とレイが同じベットで寝ている所に鉢合わせしたヒナが死にかけのセミみたいになってたのも記憶に新しい。
え? アレ見て思う所があったの?
絶対ロクでもないじゃん。
「私もね、その……いい年な訳です。カイトより先に二十歳になったし、世間的にも大人かなって感じなんですよ」
「…………それで?」
「近くにこんなにかっこいい男の子が居て、彼女とよろしくやってるのかなって思うとね、色々と溜まっていくものもある訳なのよ」
「…………まあ、わかるよ?」
ずっと仲の良い三人組。その内二人が恋人で、その関係が一線超えた所を目の当たりにしたヒナ。
こうして俺やレイと顔を合わせてれば、嫌でもその時の事を考えてしまうのも無理はない。
問題は別にある。
「…………なんで今それを話した?」
ヒナがそれを俺に話した。
一体何を考えていやがる。
「…………ねえ、かいとぉ」
ヒナが顔を赤くしながら俺の顔を覗き込む。
「…………私と浮気しない?」
そして、とんでもない事を口走りやがった。
「する訳ねーだろ!」
速攻で否定する俺。
当たり前だろ目の前に彼女居んだぞ、何堂々と浮気宣言してんだよ。
「カイトはなんとも思わないの!? こんなに可愛くていい身体してる幼馴染が色々持て余してるのよ!? 少しは慰めてやろうとか思わない訳!?」
「彼女居んの!! ここ!! ここに居るの可愛い彼女が!! 百億歩譲って居ない所で提案しろ!! 許可するつもりもねえけど!!」
「でへへ、可愛い彼女で〜す♪」
レイはご機嫌な様で一安心だが、彼女目の前に居る男に浮気提案するバカがどこに居んだよ。レイが悲しんだらどうするつもりだ。
「お願い! 先っちょだけ! 先っちょだけでいいから!! 哀れな幼馴染を慰めると思って!!」
「先っちょとか言うな、生々しい!! つーかそれ男側のセリフだろ!?」
「じゃあ言ってよ!!」
「言わねーよ!!!」
おいおいやめてくれよ、いくら客少ないからってまだ真っ昼間ですよ。お店の人に怒られたらどうするんですか。
ここに居たわお店の人。
「ほら、レイからもなんとか言ってやってくれよ」
「…………う〜ん」
「え…………レイ?」
いつもみたいに「あたしのだからだめ」とかなんとか言ってヒナを黙らせてくれ、そう願ってレイの方を見たんだが何やら様子がおかしい。
この状況で何を悩む必要があると言うんだ。
「あの、レイさん?」
「う〜ん、ヒナちゃんかぁ…………」
レイは少し考えると、ヒナ以上にとんでもない事を口走った。
「……ヒナちゃんになら、ちょっとくらいカイトの事貸してあげても、嫌じゃないかなって」
「……………………あ?」
ぽかんとしていた。
「…………へっ?」
言い出しっぺのヒナも言葉に詰まっていた。
ニコニコと微笑んでいたのはレイだけ。
「「……………………えっ?」」
俺とヒナは顔を見合わせていた。
◇
「あのさ、レイ……ヒナも……」
「…………」
その日の夜、俺の部屋。
ベッドに座るのは俺と、風呂上がりで髪のしっとりした艶っぽいレイ。
そして、同じく風呂上がりのプルプル震えて赤くなっているヒナ。
「よーし、準備完了だね!」
「お前…………」
ヒナを見てみろよ、どこが準備完了してんだよ。
借りてきた猫みたいになってんじゃねえか。
「……ヒナ、無理してねえか?」
「むっむむむ、無理だなんてそんな……!」
レイの恐ろしい提案により俺の部屋へ連れ込まれたヒナ。
あれよあれよとレイに背を押され、身を清めた姿で俺の前に座っている。
そりや言い出したのはヒナだけど、まさかヒナもいきなりこんな事になるなんて思ってもみなかっただろう。
「レイ……」
「だってあたし、カイトの事大好きだけど、ヒナちゃんも大好きだよ。ヒナちゃんもカイトの事大好きで、あたしの事も大好きでしょ?」
「えっ!? そっ、ん…………」
ヒナもパニクり過ぎて素直になっちゃったじゃん。
「で、カイトはあたし達の事大好きでしょ?」
「…………まあ」
「じゃあ、三人でしてもいいかなって!!」
良い訳あるか!! お前の倫理観どうなってんだ!?
しまったこいつ十八歳になったばっかの吸血霊鬼だ!! 人とは決定的に違うんだ!!
「ヒナも、その……初めてなんだろ? レイの素っ頓狂な言葉に付き合う必要ねえんだぞ?」
「…………いや、その。私は別に嫌がってる訳じゃなくて」
「…………えっ」
さっきまで震えていたヒナが俺に視線を向ける。
「…………あっ」
その時、俺は全てを悟った。
ヒナは恐怖や緊張で震えていた訳じゃない。
「カイトに相手してもらえるなら、レイカに見られてもいいかなって……」
武者震いしてやがった。
ヒナの目がギラギラしている、餌を前にした捕食者の目だ。
「━━ドサッ」
「…………え?」
二人に押し倒された。
二人の吸血霊鬼よりもケダモノみたいな目をしたヒナと、俺たちに挟まってご満悦なレイに。
「あの…………ヒナさん、俺彼女居まして……」
「その彼女の許可は得たわよ」
「レイさん? 彼氏が別の女と関係持とうとしてるんですが……」
「あたし達は元からずーっと仲良かったよ」
「あっ…………そうっすね…………」
えっ、マジで言ってんの?
俺、本当に今から二人の相手すんの?
しかもマズいと思ってんの俺だけ?
多数決は二対一で俺の負けか、そうか。
「えっと…………」
今にも俺の唇を奪おうと息を荒げるヒナ。
俺の腕に抱き着いて逃がす気がないレイ。
そうか、今の俺は据え膳か。
「ふぅーっ……ふぅーっ……」
据え膳は黙って食われろ。ヒナと初めてのキスの記憶が蘇る。
あの時もレイがヒナに譲ったんだっけな。
本当に君達は仲が良いんだから。
バカ野郎、仲が良いにも程があるだろ。
「…………わかった」
この前レイにあんだけ欲望をぶつけた俺には絶対言えない言葉なんだけど、今の状況でそれ以上の言葉が見つからなかった。
せめてものお願いを。
「……優しくしてください」
俺の言葉を最後に、飢えた獣の様なヒナがレイと共に俺の捕食を開始した。
◇
「━━チュンチュン!」
翌朝。
窓の外から差し込む光と、小鳥のさえずりで目が覚める。
「…………」
周りを見て、頭を抱える。
本来ならあるまじき光景。
同じベッドで眠る二人の女の子。
「……………………やっちまった」
母さん、俺は悪い息子だ。
彼女が居るのに幼馴染にも手を出しちまった。いや出されたのは俺なんだが、俺が食われたんだが。
「はぁ…………」
隣で眠るレイとヒナの頭を撫でる。
レイと付き合う前まではそこそこあった光景。いやそれもおかしいんだけどさ。
かつて優柔不断で二人を苦しませた俺への試練か。
「うぇへへ、かいと……♡」
「んっ、うぅん…………かいと」
幸せそうに笑うレイと、俺に頬を寄せるヒナ。
「もしかして、これからもたまにこういう事あんのかなぁ」
そりゃ三人仲が良いのは嬉しいけどさ。
ここまで親密になっちゃうのはマズいだろって。
もう遅いか。
「…………いいのかなぁ」
ちょっと後ろめたさは感じつつ、二人と寝たのは嬉しかったなと言うか、楽しかったなと言うか、満足感に包まれている俺も居た。
だってそうだろ、両手に花だ。男の夢ってやつだ。
面倒な前提を忘れてしまえば喜んでしまう様な単純な生き物なのだ。
「しょうがねえなぁ……」
元々周りからの目なんて気にするタイプじゃない。気にするのは精々この二人の気持ちくらいだ。
その二人がこれで幸せだって言うのなら。
「……とことん可愛がってやろうじゃねえか、お前ら」
「ほわぁ…………」
「ん?」
「これがオラオラ系カイトね……」
「あっ」
しまった、こいつら起きてやがった。独り言聞かれたじゃねえか。
「言質取ったわよカイト」
「まずはおはようじゃない?」
「可愛がってね、かいと♡」
「おはようだよね?」
誤魔化そうとする俺の言葉を無視し、俺の手に縋り付くヒナとレイ。
待ってください、休日とはいえまだ朝ですよ。
「あ、あはは…………」
どうやら俺の夜は続いてるらしい。
二人からちゃんと解放されたのは昼過ぎだった。