オラッお前もTS魔法少女になるんだよ! 作:インク追従体
ㅤ────星が堕ちた。
ㅤその星は青く、眩しいほどに光り輝いて。
ㅤ幼い体に不相応なドレスを着た、ふつうの女の子だった。
「いやー、助かったよ。マジで。ありがとね。おにーさん救急とかやってる人?ㅤ心肺蘇生とかしてくれちゃった感じ?」
「俺……まだ高校生。何も……」
「あ、そーなの。ごめんねー、今ちょっと見えなくてさ」
ㅤと、彼女は言った。彼女自身の血で真っ赤になった顔をこちらに向けて。目が開いているのかすらわからなかった。
ㅤ初めて見た。遠い宇宙からやってくる侵略者を追い返す正義の味方。なぜか愛らしい少女しかなれないとされる。
ㅤ魔法少女だ。
「そーだ、サインいる?ㅤわたし有名な方だからさー、自慢できるよー」
「い、いら、ない」
「あはは。ごめんねー」
ㅤなぜかもう一度謝った魔法少女は、笑顔みたいな形の顔をして手を振る。「じゃーね、親切な高校生のおにーさん。早く逃げなきゃだめだよー」
ㅤ咄嗟に出た制止の声も届かず、彼女はもう一度跳んだ。
ㅤもう堕ちてはこない。
ㅤ彼女は最強の魔法少女だからだ。
☆
ㅤ突然だが、わたしは魔法少女だ。しかもただの魔法少女じゃない、勧誘用魔法少女である。
ㅤ皆さんご存知の魔法少女。敵と戦い人類を守ることを生業とする謎多き不思議な少女たち。それになれと。勧誘する役目を持っているのが、何を隠そうこのわたしだ。
ㅤ魔法少女っていうのは命を擲つものだから、当然そういう奴を選ばなきゃならない。要するに命が惜しくない奴。人のために動ける奴。そして。
「底抜けに優しい。ねえキミ、正義の味方に興味ない?」
「は……?」
ㅤぱちくりと瞬いた目がつぶらで大きい。こりゃ変身後はとてつもない美少女魔法少女になりそうだぜ。ルッキズムを気取る気はないけど、やっぱり魔法少女はかわいくなきゃね。
ㅤその子は野良猫に餌をやっているところだった。野良の動物に無責任だと誹るなかれ、数日前から猫の飼い方を調べまくっていたのをわたしは知っている。
ㅤなぜって、同じ学校だから。
「入学式から目ぇ付けてたんだよねー。キミ、魔法少女になろうよ!」
「は、はあっ?ㅤ何言って……というか誰!?」
「名乗るほどの者ではありません……と言いたいところだけど!ㅤ特別に名乗ってあげよう!ㅤわたしは!」
ㅤ鈴鳴大学附属高校中等部三年三組、誘井ミドリ。
ㅤくるりと舞って、ポーズをとって。目の横でピース。
「魔法少女、ミラクル☆ヴェールだよ!ㅤ末永くよろしく、新しい魔法少女ちゃん!」
「いやっ、待って!ㅤ魔法少女になるなんて言ってないし!ㅤ第一、」
ㅤ顔を上げて、少年は叫んだ。
「僕は男だ!」
「知ってる知ってるー!ㅤ中等部二年五組の笹木ハルカくんだねっ?ㅤかわいい顔と毒舌で有名な!ㅤまさか猫ちゃん好きだったなんてね」
「うっ、うるさいな……別にいいだろ!ㅤあんたは誰なんだよ!ㅤ僕の知り合いか?ㅤ入学式から見てたとか言ってたな。となると候補は校内の人物……教師……先輩……クラスメイト」
「あっ」
ㅤマズい方向に行き始めた。わたしが冷や汗をかいたところで、タイミングよく空が揺れた。
ㅤ文字通りだ。地面が揺れたんじゃなく、晴れ渡る青空が不穏な音を立てながらがたがた震え出した。予兆だ。
「ほら、来ちゃうよハルカちゃん!ㅤ変身しなきゃ!ㅤ変身って言って!ㅤね!」
「ちゃんって言うな!ㅤ大体なんで僕が!ㅤあんたがどうにかしたらいいだろ、魔法少女なんだから!」
「無理だよおわたし弱いもん、だから強くなれそうな子を誘ってるんじゃん」
「知らねえよ!」
ㅤわちゃわちゃ言っているうちに空にヒビが入る。隙間から覗く暗黒は別次元の宇宙。
ㅤ敵が来た。魔法少女の出番だ。
「ほらあ来ちゃったじゃん。世界の危機なんだよー変身しようよーこの辺魔法少女足りてないんだよー」
「っもう本当に、知らないって……!」
ㅤあくまで拒否か。そりゃそうだよね。わたしも突然世界を守る戦士になれとか言われて流されるままこんなことしてるわけだけど、自分が少数派なことは知ってる。というか、男が魔法少女って意味わかんないもんね。
「しょうがないか……」
「え?」
「じゃ、笹木くん、ばいばーい。犬にでも噛まれたと思って忘れてよ」
ㅤ翔ぶ。飛翔は魔法少女の基本機能なわけだから、わたしみたいな激弱魔法少女でも敵にたどり着くくらいはできる。できるんだけど……。
ㅤ広がりつつあるヒビから体を乗り出しているそいつを眺めた。全身の大きさは十階建てのマンションくらいだろうか。そのうちの三割程度を占める頭部には落書きみたいな顔がついていた。安っぽいおもちゃみたいな下手な笑顔が恐怖を誘う。
「……どうしたもんかなー」
ㅤこの辺りの魔法少女はわたし含め四人。残りの三人は間に合うだろうか。どれも同年代くらいの学生で、この時間に手が空いているかは微妙なところ。鈴中は今日は午前授業だったんだよなー。
ㅤわたしは弱い。たぶん目の前のこいつよりは。だから、釣られてくれるだろう。
ㅤ言語化できない呻き声を上げている地球外生命体は、地球のエネルギーを奪うために次元の壁を超えてはるばる襲撃しに来ているらしい。つまりエネルギーの塊である魔法少女は格好の餌だ。
「ほーら鬼さんこーちら、手ーの鳴ーる方へー」
ㅤ空のヒビから地面へ降り立つ前に、わたしがすべての狙いを引き受ける。
ㅤ手が迫る。握られそうになるのを飛んで回避する。胴体の部分についた口の中で不揃いな歯がガチガチ嫌な音を立てていた。うわキモ。
ㅤ突然だが、魔法少女というのは魔法が使える少女なわけだから、当然このわたしも魔法を使う。ちっぽけで役に立たないけど、まあ魔法には変わりない。
ㅤ【千里眼】。それがわたしの使う魔法。敵の弱点、遠くの景色、色々なものを見通すことができる。できるんだけど……。
「本体が弱くちゃ世話ないんだよねー」
ㅤ手持ちのステッキで腹ン中にビームなんか撃ったりしちゃっても、奴さんに効いたそぶりはない。ん、なんか当たったか、ああお前ね、みたいなレベルである。ちょっとしたヘイト稼ぎくらいにしかならない。
ㅤそれでも、街やそこに住む人に危害が及ぶよりマシだろう。住民の避難は完了しているみたいだけど、建物の破壊も極力防ぎたいところで……
「ん!?ㅤ笹木くん避難してなくね!?」
ㅤ完了していなかった。魔法少女の素質がビシビシありそうな件の少年、笹木ハルカくんが地面にへたりこんでこちらを見上げている。えっもしかしてパンツ見えてる?ㅤ違うっぽいな、顔的に。
ㅤ腰が抜けたのかもしれない。となるとヘイト稼ぎのわたしは彼に被害がないよう、離れた場所に飛ぶべきなんだけど……。
ㅤ無理か。
ㅤ首を傾げて、顔のすぐ横を通り抜けた攻撃に苦笑いする。わたしって、いつもこんなジリ貧の戦場ばっかりだなー。弱いから仕方ないんだけど。
「────!ㅤ────」
ㅤ敵と相対しながらも、下では笹木くんが口を開けて何事か叫んでいる様子が視える。わたしってば千里眼だから、視界の外で起きてることも視えちゃうんだよね。何言ってんだろ。逃げ遅れたから助けて欲しいとかかな。もうちょっと待ってほしい。わたしの自慢の魔法少女が来てくれるまで。
ㅤだからそれまで、集中するんだ。
ㅤ右。上。下から来るから蹴って飛び上がる。次は上下の挟み撃ち。その次は体当たり。握り潰し。四方八方からの……あ、これは避けられない。受けとこ。
「うわー、いっててて……」
ㅤアスファルトの地面を盛大に転がりまくる。このままだと敵は街に降り立っちゃうから、すぐまた空に「どうして」
「笹木くん?」
「どうして、そこまで」
ㅤあー。
ㅤこいつ、魔法少女向いてないな。
「だって、魔法少女だからね☆」
ㅤ見込み違いだ。わたしとしたことが。
ㅤ人の傷にそんな顔をする奴は、魔法少女になるべきじゃない。
「早く逃げなきゃだめだよー!」
「あっ、待っ」
ㅤ飛び上がる。空中のわたしに攻撃が命中した。危ない危ない、もう少し地上に長居してたら街がめちゃくちゃになるところだったぜ。代わりにわたしは今めちゃくちゃだけどな!
ㅤ基本的に、インフラや人間に対する被害があればわたしたち魔法少女の負けだ。世間ではそういうことになってる。
ㅤこれまでの魔法少女たちが有能すぎたこともあり、街が破壊されたり、一人でも死傷者が出たりしたら大目玉、ブーイング、炎上の嵐になってしまう。だから守るってわけじゃないけど、それはちょっと避けたいよね。
ㅤ手足が折れても、血反吐を吐いても空は飛べるし遠くも視える。魔法ってすげー。
「はー、早く来てー、誰でもいいから」
「誰でもいいって酷くね!?!?」
ㅤ瞬間、閃光が走った。
「ってうわ、血ヤバ!ㅤヴェールさんまたボコボコにされてるじゃないすか!ㅤなんでそんな弱いんですか!ㅤ逆に尊敬っす」
「ちょ────っとは心配してくれても、いいんだけどなー?」
ㅤあっぶね、意識飛びかけた。完全に気が抜けた。
「遅いよー……」
「主役は遅れて登場、ってヤツっす!ㅤ魔法少女銀糸、ここに見参!ㅤ後は任せてください!」
ㅤ銀を基調としたフリフリの衣装を身にまとい、すっかり慣れた仕草で胸を張る魔法少女。
ㅤわたしが勧誘した魔法少女のうちの一人、銀糸だ。
ㅤ銀糸は強い。わたしの500倍くらい強い。だから今回の敵は大丈夫。
ㅤ……。安心したら眠くなってきた。やばいやばい、寝たら変身解けちゃう……。
ㅤ敵を銀糸に任せて、わたしはゆったり地面に降りた。もはやわたしは用済みだ。時間稼ぎはできたし、上出来だろう。
ㅤ呆然とした顔の笹木くんの目の前に降りて、わたしは手を差し出した。一人で立てないのかもしれないと思ったからだ。
ㅤ大丈夫、ちゃんと折れてない方の手だ。足は両方やられたから宙に浮きながらだけど。うん?ㅤじゃあわたしが立ててないってことになるのか?ㅤウケるー。
ㅤ魔法少女は回復が早い。この程度の怪我なら丸3日くらいで治るはずだ。それまでの辛抱だよねっ。
「魔法少女……」
「うん……?ㅤ立たないの?」
「け、怪我人の手を借りなくたって、立てる」
「震えてんじゃん。無理しちゃダメだよー?」
「どの口が……」
ㅤこの口だ。憎まれ口らしきものを叩くようになった笹木くんは、少しずつショックから回復し始めているらしかった。何がショックだったか知らんけど。やっぱ怖かったかな、敵。最初はそうだよねー。じきに慣れるんだけど。
ㅤ結局自力で立ち上がった笹木くんは、未だ恐怖に震えた目でわたしを見た。わたしを!?ㅤなんでー!?
「魔法少女、っていうのは、いつもあんな……」
「そうだよー。知らない?ㅤアングラなサイトとかでわたしたちの戦闘シーンがよく出回ってるらしいけど」
「知るわけないだろ」
ㅤ正確にはわたし一人のだけど。なぜなら、ここまでボコボコにやられているのはわたしくらいだから。うーん、世の中変態ばっかりだね。
「そんで、本題だけど。最後まで聞いてほしい。まず笹木ハルカくん、キミには魔法少女の才能があります」
「……」
「ほら、男女とか年齢とか関係ないのが魔法だからさ。で、外宇宙からの敵は地球のエネルギーを目当てにやって来てるわけなんだけど、魔法少女は地球の中で一番強いエネルギーを持っています。よって狙われます」
ㅤさっきまでのわたしみたいにな!ㅤ空を見上げると、銀糸はわたしが逃げ回るしかできなかった敵を粉々にしているところだった。格差……。
「それは変身しなくても同じ。魔法少女の才能がある、それだけで、あいつらにとってキミには他の人間よりも高い価値がある。そういうわけで、キミ今携帯持ってる?ㅤGPS入れていい?」
「どういうわけだよ!?」
ㅤそういうわけだ。
「笹木くん、キミは狙われやすいんだよ。魔法少女にならないなら、キミには自衛手段がない。だからわたしたちが守る。そのために位置情報を共有してほしいってわけ」
「嫌すぎる……」
ㅤ失礼な。こんなに嫌悪感を丸出しにされるのは久しぶりだ。
ㅤ魔法少女って巷じゃかなり人気なんだけどな。今、空中で勝利の高笑いを響かせている銀糸なんか、最近は期待のニュービーだ。テレビで特集も組まれていた。わたしは当然ゼロだけど。弱いからね。
「うーん。じゃあ、一週間後にまた聞くよ。魔法少女になるか、魔法少女に守られるか。選んでおいで」
「……他に、選択肢は」
「ないよ。じゃ、またねー」
ㅤいい加減に眠すぎる。わたしは急いで飛んで帰った。今日が金曜日でよかったよ、本当に……。
ㅤ笹木ハルカくん。向いてないキミが、魔法少女にならないことを祈ってるよ。