天才刀鍛冶と三本の妖刀の話   作:龍改二

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第13話 最初の工房と小さな案内人

 

大階段の登り口へと続く広大な石畳の広場には、秋の乾いた風が吹き抜けていた。

遠く谷底から響く鍛冶の槌音に混じって、鋭く澄んだ乾いた音がリズミカルに空気を震わせている。

 

かつてシュタルクが門番と激突したその場所で、二つの影が木剣を交えていた。

 

「まだまだじゃの、コガネ。息が上がっておるぞ。もう立てなかろ?」

 

着流しの裾を乱すこともなく、アカガネが木剣の切っ先をぴたりと妹の喉元へと突きつけていた。その足取りには寸分の揺らぎもなく、琥珀色の瞳は厳しくも穏やかな光を湛えている。

 

対するコガネは、肩で激しく息を乱し、額の小さな二本の角に汗を滲ませながらも、折れた木剣の柄を両手で握り直して地面を強く踏みしめた。泥に汚れた膝を震わせ、爛々とした瞳で姉を睨み返す。

 

「ま……まだ戦えるもん! 立てるよ……っ!」

 

強がりを口にするその声音にはかつての底知れぬ狂気はなく、ひたむきに前を向こうとする年相応の少女の熱が宿っていた。

 

ふいに、アカガネの耳が小さく揺れ、木剣を引いて広場の入り口へと視線を移した。

 

「……客人のようじゃな」

 

息を整えながら振り返ったコガネは、階段の下に立つフリーレンたちの姿を認めるなり、気まずそうに木剣を背中に隠し、ぽっと頬を赤らめて視線を逸らした。

 

「あ……エルフのお姉ちゃん……」

 

「元気そうだね、コガネ」

 

フリーレンの平坦な挨拶に、アカガネは薄く笑みをこぼし、木剣を傍らの武器棚へと戻した。

 

「見ての通り、少しは筋が通るようになってきたところよ。……立ち話もなんじゃ。入れ」

 

通された大広間は、以前と変わらぬ静謐さに満ちていた。

磨き上げられた板張りの床に秋の白い外光が差し込み、庭園の白砂利が眩しく照り返している。上段の間に腰を下ろしたアカガネの前に、フリーレンは先ほど買い取った拳大のタマハガネを静かに転がした。

 

鈍い光を放つ黒銀の塊を、アカガネは怪訝そうに見つめる。

 

「タマハガネか。……それがどうしたというのじゃ?」

 

「さっき、街の刀鍛冶から話を聞いてきたんだよ」

 

フリーレンは膝の上に両手を置き、淡々とした口調で切り出した。

 

「数年前、クロガネとシロガネが命を落とした戦争の時、魔族には別働隊がいた。街の守りが薄くなった隙を突いて、蔵に備蓄されていた大量のタマハガネを奪い去っていったそうだね」

 

「……ああ」

 

アカガネの顔に、わずかな苦みが差した。

 

「それは事実じゃ。蔵番たちが皆殺しにされ、鉱石が持ち去られたことは把握しておった。じゃが……当時は兄上たちを失い、国の防備を立て直すことで手一杯での。魔族の狙いなど、ただの略奪の延長としか捉えておらなんだ」

 

「魔族はね、鍛冶なんてしないんだよ」

 

フリーレンの翡翠の瞳が、冷徹な光を宿す。

 

「奴らにとって価値があるのは、すでに完成された強力な武器や、自らの魔力を誇示するためのものだけだ。未加工の硬い石塊なんて、魔族にとってはただの邪魔な荷物にすぎない。……それをわざわざ軍勢を割いてまで盗ませた黒幕がいる。三本の伝説の妖刀を餌にして魔族を動かし、カグツチを襲わせた何者かがね」

 

「……な、に……?」

 

アカガネの煙管を持つ指が、小さく震えた。

 

「妖刀を打つためには、このタマハガネが絶対に必要だ。手持ちの素材が尽きたから、魔族を使ってこの街の備蓄を奪わせたんだよ。……今もどこかで、奪ったタマハガネを使って妖刀を打ち続けている奴がいる」

 

静寂が、広間を氷のように凍りつかせた。

アカガネの琥珀の瞳が大きく見開かれ、やがてその奥底から、信じがたい事実に対する激しい怒りと、底知れぬ虚脱感が滲み出していった。

 

「兄上たちが命を散らし……コガネがあのような呪縛に狂わされた、あの忌まわしき戦争が……ただ、妖刀を打つための鉱石を盗み出す陽動にすぎなかったと……? そんな、下らぬ理由のために……!」

 

握りしめられたアカガネの拳が、板張りの床を軋ませた。

その隣で、縮こまるように座っていたコガネもまた、小さな手をきつく握り締め、唇を噛み切らんばかりにして俯いている。

 

「……だから、調べたいんだ」

 

フリーレンはアカガネの激昂を遮ることなく、静かに問いを重ねた。

 

「このカグツチの街以外に、カタナを打てるような場所はある? 溶鉱炉があって、大量のタマハガネを運び込んで鍛造ができるような、人知れぬ工房の心当たりは」

 

アカガネは荒い息を整え、重い頭を抱えるようにして目を伏せた。

 

「……古い記録の片隅に、伝承めいた記述ならある。千年前、シュウハクが東側諸国からこの険山へ移り住んできた初期の頃、街ができる前に自ら山奥に構えていたとされる『最初の工房』の存在じゃ。奴はそこで妖刀の鍛造法を確立したとされておる。じゃが……あまりに昔の話ゆえ、その場所までは記録に残っておらん。霊峰のどこか、としか記されておらぬのじゃ」

 

「記録がないのでは、探しようがありませんね……。山狩りをするには、この山林は広大すぎます」

 

フェルンが困惑したように眉を寄せる。シュタルクも腕を組んで唸り声を上げた。

 

その時だった。

 

「……あのね」

 

下座の隅から、遠慮がちな、しかし澄んだ声が上がった。

全員の視線が、小さく手を挙げたコガネへと集まる。コガネは姉の厳しい視線を受け止めながら、記憶を辿るようにぽつりぽつりと話し始めた。

 

「兄様たちと山賊をやってたとき……霊峰の奥の、誰も近づかない深い霧の谷を通りかかったことがあるの。崖が切り立ってて、魔物も寄り付かないような険しい場所なんだけど……その岩陰の奥に、真っ黒な煙を吐き出してる、すごく古い石造りの工房があったよ」

 

コガネの双眸が、遠い日を見つめるように細められる。

 

「あの時、クロ兄様が『あそこには近づくな、禍々しい気配がする』って言って、引き返したの。……あそこなら、カグツチから少し離れた山の中にある。私、場所を覚えてるよ」

 

「それは本当か、コガネ!?」

 

アカガネの張り詰めた声が、静寂の支配する大広間に木霊した。

女領主は身を乗り出すようにして妹を見つめた。その琥珀色の瞳には、長きにわたり国中の古文書を漁り、長老衆と議論を重ねても決して突き止められなかった「開祖の足跡」が、思いがけぬ形で零れ落ちてきたことへの動揺が露わになっていた。

 

「う、うん……本当だよ」

 

コガネは姉の気迫に圧されて少し身を縮め、角を伏せるように首を竦めた。

 

「山林を抜けて、誰も通らない細い谷をずっと下っていったところ。霧が濃くて、硫黄の臭いがして……あそこだけ、草木が全部枯れてた。クロ兄様がすごく嫌な顔をして私を担ぎ直したから、よく覚えてるもん」

 

「待っておれ」

 

アカガネは素早く立ち上がると、奥の書庫へと駆け込み、すぐに長大な巻物を抱えて戻ってきた。

畳の上に勢いよく広げられたのは、カグツチ周辺の山脈とタマハガネの鉱脈、そして危険地帯を克明に記した古い羊皮紙の広域地図であった。等高線と幾何学的な記号が細密に引かれ、ところどころに古ドワーフ語で鉱山の名が書き込まれている。

 

「ここがカグツチじゃ。そしてこれが、先日我らが行った修道院のある峰。コガネ、どの谷じゃ? この北東の断層か、それとも西の涸れ沢か?」

 

アカガネが細い指先で紙面を突くが、覗き込んだコガネは眉根を寄せ、小首を傾げるばかりだった。平たく描かれた記号の羅列を前にして、少女の視線は完全に泳いでいる。

 

「……えーっと。線がいっぱいあって、ぜんぜん分かんない」

 

「ぬ……地図が読めぬか」

 

「当たり前でしょ、山賊だったんだから! 木とか岩の形で覚えてるの!」

 

ぷっと頬を膨らませたコガネは、立ち上がると大広間の奥、縁側の外へと駆け出した。

 

「たぶん、屋敷の裏から大体の場所が見えるよ。谷の底だから直接は見えないけど、あのお山とあのお山の間、ってことなら指差せるもん」

 

一行は顔を見合わせ、少女の小さな背中を追って屋敷の裏手へと移動した。

 

縁側を抜け、かつて鉄箱に乗せられて空へと打ち上げられた、あの断崖絶壁の突端へと出る。

遮るもののない高台からは、冷涼な秋の突風が吹き荒び、眼下に広がる針葉樹の樹海を波のように揺らしていた。見上げる霊峰の山並みは、切り立った灰色の岩肌を剥き出しにし、重く垂れ込めた雲をその頂に突き刺している。

 

コガネは崖の縁まで平気な足取りで進むと、風に乱れる髪を押さえながら、北西に聳える二つの峻険な岩峰を小さな指先で指し示した。

 

「あのね、あの二つの尖った岩山があるでしょ? あの間をずっと奥に降りていった底。あそこ、昼間でもずっと白く靄がかかってて、底のほうから煙が上がってるの。あの辺りだよ」

 

フリーレンが杖を立て、翡翠の瞳を細めて遠方を凝視する。

双眸に微かな魔力を集め、長距離の探査を試みるが、示された谷の深奥は自然の濃霧と、微弱な鉱毒を帯びた地熱のガスによって視界が遮られていた。遠目にはただの険しい死の谷にしか見えない。

 

「……確かに、人が住めるような場所じゃないね。街道からも完全に孤立している。千年間、誰も気づかなかったとしても不思議じゃないよ」

 

「位置が割れれば十分じゃ」

 

満足そうに頷いたアカガネが、腰の妖刀シマカゼの鍔を親指でカチリと弾いた。その口元に、凶悪なまでの自信と好戦的な光を宿した笑みが浮かび上がる。

 

「よし来た。また妾が送ってやろう。ひとっ飛びじゃ」

 

「……はい?」

 

背後で、シュタルクの引きつった裏返りの声が響いた。

恐る恐る視線を巡らせたシュタルクとフェルンの目に飛び込んできたのは、断崖の先端、空中に突き出た鉄のレールの始点であった。

 

そこに、あった。

つい先日修道院の手前で山肌に突き刺さり、木っ端微塵に砕け散ったはずの、あの無骨極まりない鉄の箱が。

何事もなかったかのように新品同様の分厚い鉄板で組み上げられ、車輪を軋ませてレールの上に鎮座している。しかも、その側面には黒々と太い筆跡で、何やら威勢のいい文字列が書き殴られていた。

 

『竜巻飛車・弐号機』――。

 

古ドワーフ語で記されたその文字を、シュタルクもフェルンも読むことはできない。しかし、並んだ文字の放つ禍々しい威圧感と、中央の台座に穿たれたシマカゼを突き刺すための穴を見るだけで、それが何を意味しているのかを察するには十分すぎた。

 

「な、なんで……なんで予備があるんだよ……!?」

 

シュタルクが顔を青ざめさせ、後ずさりしながら両手を激しく振る。

 

「あの時、完全にバラバラになっただろ!? なんで全く同じやつがもう一台置いてあんだよ! なんか書いてあるけど、絶対ロクな意味の文字じゃねえだろあれ!」

 

フェルンもまた、前髪を風に散らしながら、一切の感情を削ぎ落とした氷のようなジト目で鉄箱を見据えていた。木製の杖を胸元で抱きしめ、静かに、しかし断固たる拒絶の意志を込めて口を開く。

 

「……フリーレン様。私は、あれには二度と乗りません。あのような非人道的な拷問器具に身を委ねるくらいなら、どれほど険しい山道であろうと自らの足で歩きます」

 

「うん、私もそう思う」

 

フリーレンはあっさりと頷き、すでに鉄箱の横でシマカゼを構え、やる気満々で歯を見せて笑っているアカガネに向かって、掌を向けて制止した。

 

「せっかく用意してくれたところ悪いけど、アカガネ。丁重にお断りするよ」

 

「なんじゃと? 遠慮することはないぞ! 弐号機は初号機よりも竜巻の噴射口を二倍にしておるゆえ、さらに速く飛べるはずじゃ!」

 

「そういう問題じゃないんだよな……」

 

シュタルクが頭を抱えて呻く。

 

「目的地は深い霧の谷底なんだろ? そんなもんで突っ込んだら、岩壁で擦れておろし金みたいにミンチになっちまう! 命がいくつあっても足りねえって!」

 

「奇襲にもならないしね」

 

フリーレンが淡々と言葉を継いだ。

 

「あんな轟音と竜巻を撒き散らしながら突っ込んだら、谷に潜んでいるかもしれない魔族やシュウハクに、遠くから『今から行きますよ』って教えてるようなものだよ。隠密に近づいて、工房の周囲の状況を偵察する必要がある」

 

理路整然とした大魔法使いの指摘に、アカガネは拍子抜けしたように刀の柄から手を離し、不満そうに腕を組んで息を吐いた。

 

「むう……戦術の理としては一理あるな。つまらんのう」

 

「助かった……本当に助かった……」

 

シュタルクが胸を撫で下ろし、フェルンも微かに安堵の息を零した。

 

「コガネ、案内を頼める?」

 

フリーレンが問いかけると、少女は腰に下げた折れた木剣を揺らしながら、誇らしげに小さく胸を張った。

 

「うん! 任せて、お姉ちゃん。険しい道だけど、歩いて案内してあげる!」

 

「コガネを連れて行くんじゃな。……頼んだぞ、客人たち」

 

アカガネの真摯な眼差しに見送られ、一行は背負い袋の紐を締め直した。

鉄箱という悪夢を回避した三人と一人のオーガの少女は、屋敷の裏手から続く急勾配の山道へと足を踏み入れ、硫黄と濃霧の立ち込める霊峰の深奥を目指して歩き出した。

 

 

 

 

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