切り倒された魔物の巨躯がボロ屑となって消えていく中、森には腐葉土と濃密な鉄の匂いが立ち込めていた。
大剣を肩に担ぎ直した大柄な男が、豪快に喉を鳴らして笑う。
「これも何かの縁というものよ。旅の衆、腹が減っておるなら吾輩たちの飯を食っていくといい。ちょうど先ほど、獲物を仕留めたところでの!」
「え、でも……」
気圧されたシュタルクが思わずたじろぐと、大男は問答無用とばかりに身の丈を超える巨剣の切っ先を地面へと突き立てた。
男の体からは魔力の放出が一切感じられない。にもかかわらず、巨剣の鍔元から淡い魔力の波紋が広がり、刀身を通じて地中へと奔流のように流れ込む。
ド、と鈍い地響きが足元を揺らした。
魔力の残滓が血のように残る下草や邪魔な雑木が、まるで意志を持った大地のうねりに押し流されるように外側へと除けられ、一行の足元を中心に、直径五メートルほどの綺麗な円形の平地が瞬く間に切り拓かれた。土は硬く踏み固められたように均され、中央には焚き火を据えるための手頃なくぼみまで設えられている。
「すげえ……一瞬で野営地が……」
シュタルクが目を丸くする前で、細身の次男が穏やかな笑みを浮かべ、腰の刀を軽く叩いた。
「驚かせてすまぬな。某は『シロガネ』。そしてこちらが兄の『クロガネ』、後ろにおるのが妹の『コガネ』でござる。見ての通り、この山林を根城に気ままに暮らすしがない兄妹よ」
「コガネだよ! よろしくね、お兄ちゃんたち!」
コガネは自身の背丈ほどもある豪奢な鞘の刀を大事そうに抱え込み、無邪気に笑って見せた。彼らはそれ以上、自分たちの素性やなぜこんな山奥にいるのかといった出自については特段、口にしようとしない。
焚き火に火が灯される間、フェルンとシュタルクはフリーレンの背後に寄り添い、小声で問いかけた。
「……フリーレン様。あの人たちの頭の角……本当に魔族ではないのですか?」
「うん。あれはオーガだね。ドワーフの一種だよ」
フリーレンは膝を抱え、平然とした調子で小声の解説を始めた。
「ドワーフの中でも特に大柄で、頭に角を持つ一族がいるんだ。ドワーフの例に漏れず強靭な肉体と優れた鍛冶の才を持っているけど……体質的に体内の魔力が極めて低くてね。本来、魔法を使うことは絶対にできないはずなんだよ」
「……ですが、先ほど魔法を使っていました」
フェルンが紫色の瞳を細め、整地されたばかりの地面を杖の先で突く。
「地面を隆起させたのも、水を刃にして放ったのも、間違いなく高度な魔法の行使でした。魔力を持たないというドワーフが、なぜあのような魔法を……」
「それにさ、あの腰に下げてる見慣れねえ片刃の剣……ありゃなんなんだ?」
シュタルクの純粋な疑問が耳に届いたのか、焚き木をくべていたシロガネが「ほう」と理知的な表情を崩した。
「そなたら、これに興味がおありか」
シロガネは腰から細身の片刃の刀を抜き身ごと外し、クロガネもまた背の大剣を下ろした。
「これは『カタナ』と呼ばれる武器でござる。遠い昔、東方の技術を取り入れて打たれた特異な剣よ。そして……」
シロガネは柄の留め具である小さな竹の釘――目釘を手慣れた指先で押し出し、滑らかな手つきで柄から刀身を引き抜いた。クロガネもまた、太い指先を器用に動かし、同様の所作をこなす。
外された柄の下から現れたのは、鉄の地肌が剥き出しになった平たい鉄の板――
「魔力を込め、特定の術式を封じ込めて鍛造されたもの……我らの郷・カグツチではこれを『妖刀』と呼んでおる」
「読めない文字ですね……記号でしょうか」
覗き込んだフェルンが眉をひそめ、シュタルクも首を傾げる。だが、フリーレンの翡翠の瞳がわずかに見開かれた。
「……古ドワーフ語だね」
「読めるのか、フリーレン?」
「うん。時間をかければ、なんとかね。昔のドワーフの文字だから、現代の文字とは文法も構成も全然違うんだ」
フリーレンが小さく顎に指を当て、鉄肌に刻まれた複雑な彫り込みを凝視する。すると、クロガネが白い歯を見せて笑った。
「がはは! エルフの知識人にも読めんとはな! 吾輩のこの業物には『顎丸』――アギトマルと刻まれておる。大地を噛み砕く刃よ!」
「
誇らしげに語る二人の兄。
その傍らで、末妹のコガネは自身の刀をぎゅっと胸に抱きしめたまま、焚き火の影に隠れるように座っていた。その刀の柄を解いて見せようとする気配は微塵もない。
「へえ……すげえな。魔法が使えない種族でも、剣の力で魔法を放てるのか」
戦士としての興味を刺激されたのか、シュタルクが焚き火の向こうのクロガネに向かって身を乗り出した。
「なあクロガネさん、あんたのそのデカいアギトマル、どうやって振ってんだ? これだけ刃が厚くて重いと、遠心力で身体が持っていかれちまうだろ。初動の重心移動のコツとか、どうやって踏ん張ってんのか教えてくれよ」
前衛戦士として、純粋な技術への問いかけだった。
しかし――。
「…………」
クロガネの顔から、一瞬にして表情が消えた。
まるでゼンマイの切れた機械のように、豪快だった男の瞳が虚空を見つめ、口を半開きにしたまま完全に静止する。その瞳には何の光も宿っていない。
「……クロガネ、さん?」
シュタルクが不審そうに眉を寄せる。
沈黙が数秒ほど続いた後、カチリと音を立てて意識が戻ったかのように、クロガネは唐突に破顔した。
「わ、わはははは! 何をごちゃごちゃと小難しいことを聞いてくるか! 気合いと根性よ! 振れば当たる、当たれば砕ける! わしに小難しい戦術の話など聞くな!」
大音声の笑い声。だが、その声の調子はどこか上滑りしており、戦士としての具体的な回答は何一つ含まれていなかった。
フリーレンはその様子を冷徹な目で見つめ、今度はシロガネへと静かに言葉を向けた。
「ねえ、シロガネ。私たちはこの先のカグツチの街へ行こうとしてるんだけど……今のカグツチの情勢はどうなっているの? 何か争いでもあるの?」
理知的な次男なら、街の現状を知っていると思った。
だが、問いを投げかけられたシロガネは、ぴたりと刀を拭う手を止めた。
「…………」
またしても、不気味な空白。
シロガネの涼やかな瞳が焦点を失い、まるで記憶の引き出しを空っぽのまま引っ掻き回しているかのように、唇を微かに震わせるだけで一言も発することができない。
空気が異様に凍りつき、焚き火の爆ぜるパチパチという音だけがやけに大きく響く。
その張り詰めた沈黙を切り裂いたのは、甲高い少女の声だった。
「もうっ! 兄様たちはお喋りがヘタクソなんだから!」
コガネがぷくっと頬を膨らませ、二人の兄の間に強引に割り込んできた。
少女はクロガネの逞しい腕をぺちんと叩き、シロガネの肩を揺さぶる。
「兄様たち、カグツチのことなんて昔のことで忘れちゃったんだよ! それに戦い方なんて、強いんだからそれでいいの! それよりお腹空いたでしょ! お肉焼けたよ、ほら、食べよ!」
強引すぎるほどの幕引き。
だが、妹にそう言われた瞬間、二人の兄はまるで呪縛が解けたかのように、判で押したような元の表情へと戻った。
「おお、そうであったなコガネ! 飯だ飯だ!」
「ふふ、コガネの言う通りでござるな。無粋な話はここまでと致そう」
何事もなかったかのように肉を取り分ける兄たちの姿を、フェルンは息を潜めて観察し、フリーレンは無言のまま手元の杖に指を這わせた。
戦術の理屈を知らない戦士。
故郷の情勢を語れない知者。
そして、二人の会話が深入りしかけると、それを遮る幼い妹――。
森林を抜ける山風が、焚き火の煙を揺らし、三人の間に漂う目に見えない歪な気配をフリーレンの肌へと運んでいた。