天才刀鍛冶と三本の妖刀の話   作:龍改二

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第3話 鍛冶の国カグツチ

 

差し出された肉と堅焼きのパンを胃に収め終える頃には、木立の隙間から差し込む白光は天高く移ろい、朝の冷気が薄れ始めていた。

 

「カグツチへ行くなら、この尾根伝いに獣道を東へ進むといい」

 

クロガネが身の丈ほどもある巨剣『アギトマル』を背の革帯へと器用に括り付けながら、太い指先で遥かな山並みを指し示した。

 

「険しい岩場が続くが、迷わず歩けば、谷間に立ち上る煙が見えてくるはずだ。吾輩たち山歩きに慣れた者なら数刻だが……まあ、足元のおぼつかぬ者でも、日が暮れる前には着くであろう。がはは!」

 

「道中は足場が悪いゆえ、崖沿いの崩落には気をつけて行かれよ」

 

シロガネもまた、整えられた刀の下げ緒を帯に結び、涼やかな一礼を寄越す。

その背後で、コガネは抱え込んだ豪奢な刀の鞘を胸に押し当て、小さな二本の角を揺らしながら無邪気に手を振っていた。

 

「バイバーイ! 気をつけてね、お兄ちゃんたち!」

 

「おう、ありがとな! 助かったぜ!」

 

シュタルクが気安く手を振り返し、一行は魔法で拓かれた円形の広場を後にした。

 

少し歩き、生い茂る針葉樹の影が三兄妹の姿を完全に覆い隠したところで、シュタルクは後頭部に両手を組み、ふうと息を吐き出した。

 

「いやあ、助かったな。見た目はちょっとゴツくてビビったけどさ、サッパリしたイイ人たちだったじゃんか。飯まで分けてもらってさ」

 

「……そうですね。ウデの立つ戦士のようですし、敵意を向けられなかったことは幸いでした」

 

フェルンは杖を握り直しながら、整然とした足取りを崩さずに応じる。

 

すぐ後ろを歩く師の翡翠の瞳は、前方の険路を捉えたままどこか別の思考を巡らせているようだった。

 

「フリーレン様、何か気になることでも?」

 

「ん? ううん、なんでもないよ」

 

フリーレンは視線を足元に落とし、小石を爪先で軽く蹴りながら淡々と歩く。

 

「ただ、ドワーフの作った武器を見るのは、いつだって面白いからね」

 

それ以上の言及はなかった。

シュタルクの踏み出す軽快な足音と、乾いた風が針葉樹を鳴らす葉擦れの音だけが、静かな山林に響いていた。

 

幾重にも重なる岩肌の尾根を越え、鬱蒼とした木立の切れ間へと辿り着いた時、突如として視界が開けた。

 

すり鉢状に窪んだ巨大な盆地。そこに広がっていたのは、大陸中央部の街並みとは明らかに毛色の異なる、異様な活気を帯びた都市であった。

 

重厚な石組みの土台の上に、黒漆塗りの木材と反り返った瓦屋根が連なる独特の建築群。空を覆うのは雲ではなく、無数の工房から吐き出される濃密な灰色の煤煙だった。風に乗って運ばれてくるのは、硫黄と焼けた鉄、そして冷水が急蒸発した際に生じる特有の金属質な匂い。

 

はるか昔に東側諸国からこの険山へと移り住んだとされるドワーフの支族――オーガたちの国、『カグツチ』。

 

通りを行き交う住人たちは、誰もが屈強な体躯を誇っていた。男女を問わず額には無骨な二本の角が生え、粗末な麻の仕事着から覗く腕や首筋には、長年の鍛冶仕事で鍛え上げられた分厚い筋肉と火傷の痕が刻まれている。彼らは一様に、腰や背中に細身の片刃の剣――『カタナ』を()いていた。

 

「すげえ……みんな角が生えてる。本当にドワーフの街なのか、ここ……」

 

圧倒されたシュタルクが周囲をキョロキョロと見回す中、カン、カン、とリズミカルに大気を震わせる澄んだ打撃音が、一行の耳を捉えた。

 

大通りの一角にある、吹き抜けになった巨大な鍛冶工房だった。

 

熱気で陽炎が揺らめく工房の中央、赤々と燃え盛る炉の前に立つ老いたオーガの刀匠が、金箸で掴んだ一振りの刀身を金床の上へと据え置いたところだった。

刀身は熱によって橙色に発光し、細身の優美な反りを描いている。

 

「あれは……」

 

フェルンが足を止め、杖を握る手に微かに力を込めた。

 

刀匠が振り上げたのは、常人の胴ほどもある巨大な鉄の槌だった。しかし、その槌はただの鉄塊ではなかった。黒ずんだ槌の打面から側面にかけて、細緻を極めた発光する文字の羅列が彫り込まれている。

 

「古エルフ語だ」

 

フリーレンが小さく呟いた。

魔導書の半数近くに使われているとされ、魔法使いとして大成を目指すものが必ず修めるという、太古の時代のエルフ文字。

 

槌が振り下ろされる。

 

カァンッ!カァンッ!と、金属と金属が激突する硬質な轟音とともに、火花が激しく散った。

だが、飛び散ったのは鉄粉の火花だけではなかった。大槌に刻まれた古エルフ語の刻銘から、青白い魔力の奔流が溢れ出し、熱せられた刀身の奥深くへと無理やり流し込まれていく。

 

叩くたびに、鉄が締まる音とともに、大気中の魔力が歪曲して軋む音が混ざる。

槌を振るう刀匠自身には、やはり魔力など微塵も感じられない。しかし、術式が刻まれた槌そのものが、叩きつける物理的衝撃を魔力変換し、赤熱した鋼の結晶構造の隙間へと魔法の術式を直接定着させていくのだ。

 

ドワーフの鍛冶技術と、エルフの魔法体系の融合。

幾度も槌が叩きつけられ、刀身が橙から鈍い赤銅色へと冷めていくにつれ、そこに込められた魔力の密度は危険な領域まで圧縮されていった。

 

「ふんッ!」

 

刀匠が一喝し、仕上がった刀身を傍らの巨大な水槽へと一気に突き入れた。

 

――ジュウウウウウウッ!!、と。

 

凄まじい水蒸気が白煙となって工房を満たし、激しい気化熱の突風がフリーレンたちの前髪を揺らした。冷水の中で鋼が急冷され、不可逆の硬度と魔力を完全に閉じ込める『焼き入れ』の儀。

 

立ち込める白煙を切り裂くように、刀匠が水槽から一本の抜き身を引き抜いた。

波打つような刃文が浮かび上がった、冷たく澄み渡る白銀の片刃。

 

刀匠は何を確かめるでもなく、引き抜いた勢いのまま、無人の工房の虚空へ向けてそのカタナを一閃させた。

 

澄み切った風切り音が響く。

 

その直後、刀身の切っ先から放たれたのは、眩い光条だった。

魔力によって編み上げられた複数の光の槍が、意志を持つかのように弧を描き、鍛冶場の天井近くの空間を縦横無尽に踊り狂った。激しい魔力の熱波が工房を吹き抜け、光の槍は空中で一瞬静止したのち、パァンと涼やかな音を立てて光の粒子へと霧散した。

 

「……カタストラーヴィア」

 

フリーレンの口から、淡々とした声が零れ落ちた。

 

裁きの光を放つ魔法。

一級魔法使い選抜試験の際、老練の魔法使いデンケンが切り札として放った、極めて高度な光の攻撃魔法。

 

魔力を持たぬオーガが、ただ一振りの刃を薙いだだけで、その大魔術が完全に再現されていた。

 

刀匠は何事もなかったかのようにカタナを水で洗い、冷徹な目で刃の出来栄えを検分している。

その横顔を見つめるフリーレンの翡翠の瞳に、薄い影が落ちていた。

 

立ち込める白煙と、天井を焦がしたカタストラーヴィアの余光が、淡い燐光となって薄暗い工房の梁に消えていく。金属の焼ける鋭い匂いと、冷水から立ち上る湿り気のある鉄気が、肌にまとわりつくように重かった。

 

刀匠が冷水から引き上げたばかりの白刃を見つめているところへ、白いケープの裾を揺らしながら、フリーレンが何のためらいもなく足を踏み入れた。

 

「フリーレン様、勝手に入ってはいけません」

 

「おいおいフリーレン、職人の仕事場だぞ……」

 

背後からかかるフェルンの窘めるような声も、シュタルクの引きつった制止も、まったく耳に入っていない様子だった。すたすたと金床のすぐ側まで歩み寄ると、首を傾げて刀匠の手元を覗き込む。

 

「ねえ、おじさん。そのカタナはそれで完成?」

 

不意に間近からかけられた少女のような声に、老いたオーガの刀匠がぎょっとして太い眉を跳ね上げた。金箸を金床の脇へ置き、煤で汚れた手拭いで首筋の汗を無造作に拭う。

 

「あん? エルフの客人か、珍しいな。……工房に勝手に立ち入ると危ねえぞ」

 

「ほら怒られた」

 

工房の入口で立ち往生していたシュタルクが、肩をすくめて小声でぼやいた。だが、フリーレンは退く気配も見せず、澄ました顔で刀身に宿る微かな魔力の脈動を見つめている。

 

老刀匠は呆れたように息を吐くと、荒々しい指先で抜き身の峰を軽く弾いた。澄んだ金属音が工房に反響する。

 

「まあ、まだまだ完成には遠いな。合い取りとか鍛冶押しとか、色々あんだよ。ここから歪みを取って、荒砥を当てて姿を整えて……研ぎ師に回すまでにも山ほど手間がかかるのさ」

 

「ふーん。魔法が出たら完成じゃないんだ」

 

フリーレンは小さく呟き、壁に掛けられた古エルフ語の刻まれた大槌へと視線を走らせた。

 

「妖刀……魔法の剣か。やっぱり、ただの魔導具とは違うね」

 

一般的な魔導具であれば、術式を定着させた核を組み込み、魔力の流路を繋げばその時点で機能としては成立する。しかしこのカタナは、物理的な鍛造の工程そのものが魔術の構造と不可分に結びついていた。鋼の組成を整える作業が、そのまま魔法の術式を安定させる儀礼となっている。ドワーフの偏執的なまでの鍛冶技術がなければ、決して成立しない代物だった。

 

思考を切り替えるように、フリーレンは淡々とした調子で本題を切り出した。

 

「私たち、死者が蘇る魔法の噂を聞いてきたんだけど、何か知らない?」

 

その言葉が出た瞬間、刀匠の表情から職人特有の気安い緩みが消えた。額の二本の角の下にある厳めしい眼光が、怪訝そうに細められる。

 

「死者だと? 死んだ奴が歩き回るわけないだろ。そんな不吉な化け物話、どこで仕入れてきやがった」

 

不快そうに鼻を鳴らし、男は金箸を荒っぽく鉄桶に戻した。

 

「それに、魔法の話なら俺たちゃカラッキシだ。槌に刻まれた文字の意味も、先祖代々の型として叩き込んでるだけで、理屈なんざ知りやしねえよ。……そういう小難しい話なら、領主様に聞いてくれや」

 

工房の外で控えていたフェルンが、静かに一歩前に進み出た。

 

「領主様はどちらにいらっしゃるのですか?」

 

「街の北にある屋敷だ。階段を登りきった一番高い場所にある。門番がいるから、説得して入れてもらえ」

 

刀匠はそれ以上語る気はないとばかりに、手にした鉄槌を別の作業台へと放り出し、手でしっしと払う仕草をした。

 

「ほら、行った行った。仕事の邪魔だ」

 

煤煙の漂う鍛冶場から追い出されるようにして、一行は再び大通りへと戻された。見上げれば、すり鉢状の街の最深部から北の崖上へと続く、長い石段が視界に入る。その頂には、黒漆の木材と幾重にも重なる瓦屋根で威容を誇る、一際巨大な館が聳え立っていた。

 

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