死に場所を探していた私は、2月の空の下、病院の屋上のシーツの海で、陽桜(ひお)さんと出会った。
儚げで死の気配を漂わせながらも、わがままにふるまう陽桜さん。新刊のミステリや、スタバの季節限定メニュー。言われるがまま買い求め、お見舞いとして病室に差し入れる私。陽桜さんに振り回される日々が始まる。
そんなある日、私のリスカ痕を見抜いた陽桜さんは、自らの胸の手術痕をさらけ出し、一つの提案をする。
「ねえ、茉莉花(まつりか)。いっしょに死んであげようか?」
死に場所を求める共犯者めいた私たちは、病室を抜け出し、水族館のナイトツアーに参加するが――

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flos † mortem † amantes

 [[rb:陽桜 > ひお]]さんが私に[[rb:提供 > サーブ]]する皿。

 2月は白のゼラニウム。

 花言葉は[[rb:偽 > いつわ]]り。[[rb:優柔不断 > ゆうじゅうふだん]]。あなたの愛を信じない。

 

          †

 

 しらない街のしらない病院。

 [[rb:包帯 > ほうたい]]まみれで白く汚れた私は、死に場所を探していた。

 セキュリティは[[rb:激甘 > げきあま]]で、受け付けやナースセンターで呼び止められることもなく、私は[[rb:労 > ろう]]せずして屋上まで[[rb:辿 > たど]]り[[rb:着 > つ]]けた。

 

 どこまでも青い空の下。

 洗い立てのシーツの群れが、[[rb:行儀 > ぎょうぎ]]よく並んで陽の光を[[rb:浴 > あ]]びている。

 

 [[rb:不格好 > ぶかっこう]]な金網は[[rb:張 > は]]り[[rb:巡 > めぐ]]らされておらず、[[rb:呆 > あき]]れたことに、胸くらいの高さの[[rb:手摺 > てす]]りだけが言い訳のように[[rb:設 > もう]]けられている。

 

 [[rb:手摺 > てす]]り[[rb:越 > ご]]しに地面を見下ろしてみる。

 3階建ての屋上から見下ろす景色は、どうにも[[rb:中途半端 > ちゅうとはんぱ]]で。

 下手な落ち方をすれば楽には死ねず、苦しむだけの結果に終わってしまうかもしれない。

 ため息まじりに[[rb:踵 > きびす]]を返し、[[rb:手摺 > てす]]りに背を預ける。

 

 目の前には、[[rb:車椅子 > くるまいす]]の少女がいた。

 シーツの海に[[rb:阻 > はば]]まれて、[[rb:見逃 > みのが]]してしまったのか。

 

 私より、2つほど年下だろう。

 薄い[[rb:桜色 > さくらいろ]]のパジャマの上に、クリーム色のカーディガンを[[rb:羽織 > はお]]っている。

 肌は病的に[[rb:蒼白 > あおじろ]]く、肩までの長さの髪も[[rb:色素 > しきそ]]が薄い。

 ほんの少しの[[rb:淡 > あわ]]い[[rb:彩 > いろど]]りがかえって、背後で[[rb:揺 > ゆ]]れるシーツより[[rb:透明 > とうめい]]な存在に感じさせた。

 

「飛び降りないの? [[rb:順番 > じゅんばん]]待ってるんだけど」

 

 大きな[[rb:榛色 > はしばみいろ]]の[[rb:瞳 > ひとみ]]に浮かぶ[[rb:輝 > かがや]]きと、細い声に含まれる[[rb:笑 > え]]みから、からかわれているのだとすぐに分かった。

 見られてしまった気まずさと、[[rb:絡 > から]]まれる[[rb:煩 > わずら]]わしさに、私が無言で立ち去ろうとすると、すれ違い際に手を[[rb:掴 > つか]]まれた。

 

「……何?」

「[[rb:黙 > だま]]っててあげようか?」

 

 少女の指の細さと意外なほどの熱っぽさに[[rb:戸惑 > とまど]]っていると、病院内に続く開きっぱなしの扉のほうから声がした。

 

「[[rb:陽桜 > ひお]]さーん? もう、また勝手に抜け出して」

「ごめんなさい。友達が来てたから、外でお話ししたくって」

 

 若い[[rb:女性看護師 > じょせいかんごし]]が、そっぽを向いた私を[[rb:怪訝 > けげん]]な顔で[[rb:眺 > なが]]めているのが分かる。

 

「天気は良くても風は冷たいんだから、あんまり[[rb:長話 > ながばなし]]はダメですよ?」

「はーい。だってさ、帰ろ?」

 

 [[rb:邪気 > じゃき]]はないが[[rb:欠片 > かけら]]の[[rb:誠意 > せいい]]も感じられない、軽い返事をする少女に[[rb:促 > うなが]]され、私は[[rb:車椅子 > くるまいす]]を押し屋上を後にした。

 

「……[[rb:脚 > あし]]悪いの?」

「ちゃんと歩けるわ。[[rb:周 > まわ]]りが心配性なだけ」

 

 見下ろす[[rb:薄 > うす]]い肩と、パジャマから[[rb:覗 > のぞ]]く細い手足から[[rb:推 > お]]すに、行き[[rb:過 > す]]ぎた心配のようにも見えない。

 視線に気づいたのか、[[rb:不意 > ふい]]に彼女は振り向き[[rb:尋 > たず]]ねた。

 

「名前は?」

「…………[[rb:茉莉花 > まつりか]]」

「ふうん。教えて、LINE」

「なんであんたに……」

「[[rb:口止 > くちど]]め[[rb:料 > りょう]]」

 

 結局私は彼女の病室まで[[rb:介助 > かいじょ]]を強いられたあげく、個人情報まで[[rb:握 > にぎ]]られることとなった。

 [[rb:安崎 > あんざき]][[rb:陽桜 > ひお]]。

 病室のネームプレートで、私は彼女の名前を知った。

 

          †

 

 3月の皿にはアルメリア。

 花言葉は[[rb:同情 > どうじょう]]。[[rb:共感 > きょうかん]]。思いやり。

 

          †

 

 早朝でも授業中でも夜中でも。

 彼女からのLINEは時間を問わず入るようになった。

 LINEだけでは済まなかった。

 新刊のミステリやスタバの新作など。

 寄り付きたくはなかったが、彼女のリクエストに[[rb:応 > こた]]え、私は[[rb:頻繁 > ひんぱん]]に病室に通うこととになる。

 

「お金払ってるんだからいいでしょ? 普通はお[[rb:見舞 > みま]]いする側が出すものなんだからね」

「来たくて来てるんじゃないよ!」

 

 [[rb:陽桜 > ひお]]さんは、ひと[[rb:口 > くち]]飲んだ[[rb:抹茶 > まっちゃ]]と桜わらびもちフラペチーノを押し付けながら、私のほうじ茶&クラシックティーラテを要求する。

 ケーキやドーナツでも同じことをされるので、病室に来る日はお昼や夕食を抜くはめになる。

 

「いつも食べきれないんだから、2人分オーダーしないで、[[rb:単品 > たんぴん]]シェアにしてよ」

「おねーさんのおかげで、いろいろ新作試せるんだから、[[rb:WINWIN > ウィンウィン]]でしょ?」

 

 年下かと思っていたのが、後になって2つも歳上だと[[rb:判明 > はんめい]]した。体が弱く[[rb:長期入院 > ちょうきにゅういん]]しているようだが、どんな病気かは聞き出せていない。

 

 [[rb:儚 > はかな]]く[[rb:可憐 > かれん]]な[[rb:見掛 > みか]]けだが、話していると、どこかざらっとした[[rb:手触 > てざわ]]りがある。

 建物への[[rb:無断侵入 > むだんしんにゅう]]など、騒ぎ立てられたところで、どうなるものでもない。

 LINEをブロックし、もう病院へ寄り付かなければ良いだけの話だ。

 

 私がそうしなかったのは、彼女から[[rb:仄見 > ほのみ]]える[[rb:希死念慮 > きしねんりょ]]が理由だった。

 

「ねえ、なんであの時、私が飛び降りようとしてるって思ったの?」

 

 ラズベリーパイの先っぽを[[rb:齧 > かじ]]る[[rb:陽桜 > ひお]]さんに、いつだか私は[[rb:尋 > たず]]ねてみたことがある。

 

「わたしも同じだから。……それ、リスカでしょ?」

 

 ジャムが付かないようにと、上げたブラウスの[[rb:袖口 > そでぐち]]から[[rb:包帯 > ほうたい]]が[[rb:覗 > のぞ]]いているのに気付き、私は無言で[[rb:袖 > そで]]を整える。

 [[rb:陽桜 > ひお]]さんはトッピングのラズベリーだけを[[rb:摘 > つま]]まみ、残りの皿を私に押し付けると、パジャマのボタンに指を掛けた。

 

「どうせ長くは生きられないのに、切り刻まれて傷だらけになるのはイヤなの。ねえ。わたしがいっしょに死んであげようか?」

 

 彼女の骨が浮くほど薄く[[rb:蒼白 > あおじろ]]い胸には、[[rb:痛々 > いたいた]]しい[[rb:手術痕 > しゅじゅつこん]]が残っていた。

 

          †

 

 4月の皿にはクレメオ。

 花言葉は秘密のひととき。

 

          †

 

「へぇ、[[rb:茉莉花 > まつりか]]。ずいぶんと気が[[rb:利 > き]]くようになったのね」

 

 呼び出しがなくとも病室を[[rb:訪 > おとず]]れるようになった私に、[[rb:陽桜 > ひお]]さんは[[rb:上機嫌 > じょうきげん]]な顔を見せた。

 お[[rb:見舞 > みま]]いの品を手渡しながら、私は[[rb:曖昧 > あいまい]]な表情を浮かべるしかない。

 

 病室にいなかったり、眠っていたり。

 呼び出しを受けていた頃とは違い、最近は訪問の3回に1回しか顔を合わせてはいない。

 

「食べて平気?」

「平気な分しか食べないよ」

 

 [[rb:陽桜 > ひお]]さんは、[[rb:固 > かた]]めのプリンの、チェリーと生クリームのトッピングだけを食べ、カップを私によこす。

 

「今日はちょっと顔色良い? 元気そうだね」

「[[rb:冗談 > じょうだん]]」

 

 面白くもないと言わんばかりに、すんと表情を消す彼女。

 もちろん[[rb:嘘 > うそ]]だ。私は[[rb:要 > い]]らぬ[[rb:気遣 > きづか]]いをしたと後悔する。

 

「それよりさ、[[rb:茉莉花 > まつりか]]はどこで死にたい?」

「どこでも同じでしょ。死ぬ[[rb:瞬間 > しゅんかん]]はぷつっと切れて終わり。[[rb:砕 > くだ]]けようが[[rb:朽 > く]]ちようが、あとは関係ないじゃない」

 

 [[rb:鼻白 > はなじろ]]んだ私に、[[rb:陽桜 > ひお]]さんはわざとらしくため息をつき、[[rb:哀 > あわ]]れむような[[rb:小馬鹿 > こばか]]にした表情を浮かべた。

 

「やれやれ。お[[rb:子様 > こちゃま]]だね[[rb:茉莉花 > まつりか]]は。わたしみたいにずっとお世話されてる[[rb:身 > み]]だとね、終わった後の自分の[[rb:身体 > からだ]]、どう[[rb:扱 > あつか]]われるか想像ついちゃうの。飛び降りや飛び込みなんかしたら、見てくれサイアクなだけじゃなく、たくさんの人の[[rb:迷惑 > めいわく]]になるでしょ」

 

 [[rb:屋上 > おくじょう]]では、自分だって飛び降りるような[[rb:物言 > ものい]]いしてたくせに。

 

「じゃあ、深い森の奥とか 海の底とか?」

「いいね。そういうの、悪くない」

 

 [[rb:悪戯 > いたずら]]っぽい笑みを浮かべ、[[rb:陽桜 > ひお]]さんは[[rb:操作 > そうさ]]したスマホの画面を見せた。

 

「[[rb:真那島水族館 > まなしますいぞくかん]]ナイトツアー?」

 

 こんな体調でお[[rb:出掛 > でか]]けして良いのかと思ったが、もちろん良くはなかった。

 次の週末の昼下がり。私は[[rb:陽桜 > ひお]]さんの[[rb:脱走 > だっそう]]の[[rb:共犯者 > きょうはんしゃ]]にされたのだ。

 

「大丈夫だって。[[rb:叱 > しか]]られるのは[[rb:慣 > な]]れっこだから」

「大丈夫じゃないって私は! 病室抜け出して屋上に出るのとは、わけが違うでしょ!?」

「でももう抜け出しちゃったもん」

 

 黒のフレアスカートにチェックのシャツワンピ。[[rb:若草色 > わかくさいろ]]のスプリングコート。私がいつも[[rb:普段使 > ふだんづか]]いを[[rb:揃 > そろ]]える量販店で[[rb:見繕 > みつくろ]]ったものだ。

 サイズは合っているはずなのにダボついて見える。私が持ち込んだ服に着替えた[[rb:陽桜 > ひお]]さんは、それでもいつもより少し大人びて見えた。

 

「行きつけのお店で[[rb:揃 > そろ]]えたんでしょ? [[rb:茉莉花 > まつりか]]も春らしい色にすれば良いのに」

「私はこれが好きなんです」

 

 黒のスリムパンツに白のブラウス、黒のベスト。いつものモノトーンコーデに[[rb:陽桜 > ひお]]さんは、唇の動きだけで「[[rb:中二病 > ちゅうにびょう]]」とケチをつけた。

 

 はしゃいでいた[[rb:陽桜 > ひお]]さんだったが、[[rb:最寄 > もよ]]りの駅にたどり着くまでに[[rb:力尽 > ちからつ]]き、何度も[[rb:小休憩 > しょうきゅうけい]]を[[rb:挟 > はさ]]んだ。

 ナイトツアーだけに参加するにしても、[[rb:入館時間 > にゅうかんじかん]]には間に合わなければならない。

 

「やっぱりやめる? いま帰ればちょっと[[rb:絞 > しぼ]]られるだけで済むだろうし」

「イヤ! 同じ怒られるなら、ナイトツアー見ないと意味ないじゃん!」

 

 息が[[rb:荒 > あら]]い。

 いつも[[rb:蒼白 > あおじろ]]い[[rb:頬 > ほほ]]を[[rb:染 > そ]]め、[[rb:駄々 > だだ]]をこねる[[rb:陽桜 > ひお]]さんだったが、飲み物を買った[[rb:自販機 > じはんき]]の前にしゃがみ込み、動く気配がない。

 

「ほら。早くしないと、[[rb:受付時間 > うけつけじかん]]過ぎちゃうよ」

 

 [[rb:根負 > こんま]]けした私がしゃがみ込み背を向けると、[[rb:陽桜 > ひお]]さんは待っていたかのように、おぶさってきた。

 

「[[rb:茉莉花 > まつりか]]優しいから好きー」

「はいはい」

 

 思った以上に軽い。

 彼女の[[rb:薄 > うす]]い身体から伝わる熱の高さは、奇妙なほど私の胸をざわつかせた。

 

 何を今さら。

 死にたいふたりが、死の[[rb:疑似体験 > ぎじたいけん]]へと向かっているというのに。

 

「[[rb:茉莉花 > まつりか]]ぁ」

「なんです?」

 

 右の首筋に熱い息を感じる。

 続く鋭い痛み。

 

「いだだだだッ! 何すんの!!?」

 

 振り落としてやろうかと思ったが、[[rb:陽桜 > ひお]]さんは手足を[[rb:絡 > から]]め、しがみ付いて離れない。

 

「ああもう、血が出てる!」

「自分で傷付けてんだから、わたしが付けてもいいでしょ?」

「いきなり[[rb:噛 > か]]みついといて、なにその言いぐさ!」

「…………ごめん。ごめんね」

 

 [[rb:噛 > か]]みついた首筋に顔を埋め、[[rb:陽桜 > ひお]]さんは[[rb:囁 > ささや]]くように[[rb:謝罪 > しゃざい]]の言葉を[[rb:紡 > つむ]]ぐ。

 

 なんなの、もう。 

 

 胸の中のもやもやが、熱と共に[[rb:陽桜 > ひお]]さんに伝わり、[[rb:見透 > みす]]かされてしまったようで。

 水族館に付くまでの私は、まるで[[rb:暴風雨 > ぼうふうう]]で荒れる[[rb:大海原 > おおうなばら]]に、[[rb:粗末 > そまつ]]ないかだで放り出された[[rb:漂流者 > ひょうりゅうしゃ]]の気分だった

 

          †

 

 [[rb:焦燥 > しょうそう]]する私の目の前の皿にはスノードロップ。

 花言葉はあなたの死を望みます。

 

          †

 

 開始を30分遅らせる手続きをする必要があったが、なんとか受付時間には間に合った。

 体力を[[rb:温存 > おんぞん]]した[[rb:陽桜 > ひお]]さんは、私に荷物を押し付ける代わりに、イルカの描かれたカップに入ったソーダフロートと、青いソフトクリーム[[rb:両方 > りょうほう]]を、ちびちび味わっている。じきにどちらも私に押し付けられることになるだろうけど。

 

「ずいぶん人が少なくなったね」

 

 昼の[[rb:観覧時間 > かんらんじかん]]が終わり、夜の[[rb:時間帯 > じかんたい]]に変わるタイミングで、館内の照明・BGMだけでなく、[[rb:客層 > きゃくそう]]も入れ替わった。

 家族連れから若いカップルへ。その中でも[[rb:希死念慮 > きしねんりょ]]にまみれた女ふたりは、間違いなく私達だけ。

 

 [[rb:光量 > こうりょう]]を[[rb:抑 > おさ]]えた青い[[rb:水槽 > すいそう]]を泳ぐ、[[rb:影絵 > かげえ]]の魚たち。

 ひときわ暗い通路の[[rb:両脇 > りょうわき]]には、タカアシガニやダイオウグソクムシが、[[rb:無愛想 > ぶあいそ]]なまま[[rb:水底 > みなぞこ]]に[[rb:沈殿 > ちんでん]]している。

 

「いいね、こいつら」

 

 イルカの泳ぐトンネルでも反応の[[rb:薄 > うす]]かった[[rb:陽桜 > ひお]]さんが、初めて笑みを浮かべ[[rb:指 > ゆび]]さした。

 

「何万トンもの水圧に[[rb:押 > お]]し[[rb:潰 > つぶ]]されて、真っ暗な中、マリンスノーが[[rb:降 > ふ]]るようなのを期待してたけど」

「カップルが喜ぶ[[rb:見世物 > みせもの]]にはならないよ」

 

 ひとり2枚の毛布を受け取り、[[rb:寝転 > ねころ]]がって[[rb:水槽 > すいそう]]を眺められるコーナーに入る。

 

「ひと[[rb:晩 > ばん]]過ごせるイベントもあるそうだけど、さすがにそれは警察呼ばれる騒ぎになるね」

 

 元気になって、[[rb:外泊 > がいはく]]できるようになってから――言いかけて口ごもる。

 [[rb:陽桜 > ひお]]さんは元気にはならない。死に場所を探しているんだから。

 

「さっきの子たち、もう誰にも見られずひっそりとは死ねなくなったね」

 

 [[rb:水底 > みなぞこ]]の[[rb:甲殻類 > こうかくるい]]たちのことだと気付くまで、少し時間がかかった。

 [[rb:疲 > つか]]れが出たのか、[[rb:陽桜 > ひお]]さんは目を閉じている。

 どう[[rb:応 > こた]]えれば良いのか分からないまま、私は青く照らされる彼女の横顔を見つめる。

 

 [[rb:陽桜 > ひお]]さんのことは最後まで私が見てるよ。

 

 そう伝えるため手に[[rb:触 > ふ]]れようとしたとき、私は[[rb:陽桜 > ひお]]さんの[[rb:呼吸 > こきゅう]]がおかしいことに気が付いた。

 けひゅけひゅと[[rb:咳 > せ]]き[[rb:込 > こ]]むような息づかい。

 

「[[rb:陽桜 > ひお]]さん?」

 

 [[rb:眉 > まゆ]]は軽くひそめられ、[[rb:目蓋 > まぶた]]は閉じたまま。

 [[rb:陽桜 > ひお]]さんは意識を失っている。

 

 [[rb:内臓 > ないぞう]]を冷たい手で[[rb:絞 > しぼ]]られる感覚。

 [[rb:脳 > のう]]が目の前の[[rb:現実 > げんじつ]]の[[rb:理解 > りかい]]を[[rb:拒 > こば]]む。

 

「[[rb:陽桜 > ひお]]さん、[[rb:陽桜 > ひお]]さん!! やだ、死んじゃやだァ!!」

 

 [[rb:連 > つ]]れであるにもかかわらず、[[rb:焦 > あせ]]るだけで役にたたない私は、[[rb:駆 > か]]け[[rb:付 > つ]]けたスタッフが[[rb:陽桜 > ひお]]さんの呼吸を確認し、おっとり[[rb:刀 > がたな]]で[[rb:駆 > か]]け付けた[[rb:救護員 > きゅうごいん]]に[[rb:搬送 > はんそう]]されるまで、ただ取り乱し[[rb:泣 > な]]き[[rb:喚 > わめ]]いていた。

 

 [[rb:陽桜 > ひお]]さんが[[rb:緊急搬送 > きんきゅうはんそう]]された先の病院で、私は初めて[[rb:陽桜 > ひお]]さんのお母さんと対面した。

 

「娘がご迷惑をおかけしました」

 

 [[rb:罵声 > ばせい]]を[[rb:浴 > あ]]びせられるのを覚悟していた私に、[[rb:小柄 > こがら]]なお母さんは[[rb:深々 > ふかぶか]]と頭を下げた。

 [[rb:大事 > だいじ]]に[[rb:至 > いた]]らず、ベットに寝かされていた[[rb:陽桜 > ひお]]さんは、そっぽを向いたまま目を合わせてはくれなかった。

 

          †

 

 5月の皿にはテッセンと[[rb:勿忘草 > わすれなぐさ]]。

 花言葉は甘い[[rb:束縛 > そくばく]]。私を忘れないで。

 

          †

 

 私が最後に[[rb:陽桜 > ひお]]さんと会ってから2週間が過ぎた。

 

 LINEも[[rb:途絶 > とだ]]えたままで、こちらのメッセージも[[rb:既読 > きどく]]が付かない。

 意を決して[[rb:陽桜 > ひお]]さんの病室――今にして思えば病院ではなく[[rb:療養所 > りょうようしょ]]だったのだろう――を[[rb:訪 > たず]]ねてみると、病室のネームプレートは取り外されていた。

 [[rb:陽桜 > ひお]]さんと初めて会った屋上で、声を掛けてきた[[rb:看護師 > かんごし]]さんを見掛けたが、気付かれる前に逃げ出してしまった。

 

 取り返しのつかないミスを犯してしまったのは分かるのに、どうすれば良いのかが分からない。

 [[rb:勉学 > べんがく]]には身が入らず、かといって手首に[[rb:傷 > きず]]を増やす気にもなれない。

 

 からっぽな気持ちのまま、胃の底を[[rb:炙 > あぶ]]られるような[[rb:感覚 > かんかく]]を味わい続ける私の元に、ようやく[[rb:陽桜 > ひお]]さんからのメッセージが届いた。

 

『じぶんでメッセを送れなくなった時のために、これを書いています。友達への[[rb:一斉送信 > いっせいそうしん]]の設定だけど、わがままなわたしには友達は一人しかいません。だから、これを読むのはあなただけです。安心して。』

 

『はじめてあなたと会ったとき、わたしは、「死にたがりやの[[rb:馬鹿 > ばか]]な子がいる」。そう思いました。無理やり生かされているわたしの前に、これ見よがしにリスカ[[rb:痕 > あと]]をつけて現れるなんて。[[rb:情 > じょう]]で[[rb:縛 > しば]]って[[rb:道連 > みちづ]]れにしてやろうかとも思ったけど、どうせこの子は死なないだろうなって。』

 

『だから、もっといい[[rb:嫌 > いや]]がらせを思い付きました。「この子に[[rb:傷 > きず]]をつけてやろう。見るたびわたしのことを思い出すから、消えるまでずっとわたしのことを覚えている」。今まで友達なんて作ったことなかったから、うまくできなかったかもだけど、死ぬことに[[rb:憧 > あこが]]れるような子に[[rb:取 > と]]り[[rb:入 > い]]るのは簡単でした。だって、わたしがそうだったから。』

 

『うまくいったと思っていたのに。』

 

『失敗したと気付いたのは夜の[[rb:水族館 > すいぞくかん]]。あなたが「死んじゃいやだ」と泣いてくれた時です。なかば[[rb:意識 > いしき]]はなかったけど、わたしにはちゃんと聞こえていました。とても[[rb:恥 > は]]ずかしくて、病院ではあなたの顔を見ることができなかったけど。』

 

『あなたのせいで、わたしは「もうちょっと生きたい」、そう思うようになってしまいました。』

 

『これから、ずっと[[rb:逃 > に]]げていた手術を受けます。[[rb:先延 > さきの]]ばしにしたせいで、[[rb:成功率 > せいこうりつ]]は低くなっているそうですが、[[rb:自業自得 > じごうじとく]]なので受け入れます。』

 

 

『手術が成功したら、改めてわたしとお友達になって下さい。あなたのセンスはクソダサいので、わたしが服を選んであげます。』

 

 

 

 

『もしも手術が失敗したら、肩の[[rb:傷 > きず]]が消えるまでの間は、わたしのことを覚えていてください。([[rb:噛 > か]]んじゃってごめんなさい)』

 

          †

 

 

[[rb:イヌホオズキ > 嘘つき]]

                  

                                 

                          [[rb:黄色いカーネーション > 軽蔑]]

 

     [[rb:オダマキ > 愚か]]

                               [[rb:トリカブト > 人間嫌い]]

 

 

[[rb:グラジオラス > 不誠実]]

                            [[rb:椿 > 罪を犯す女]]

 

                    [[rb:黒のチューリップ > わたしを忘れて]]

 

 

           [[rb:キンセンカ > 別れの悲しみ]]

[[rb:黒百合 > 呪い]]

   

                                                             [[rb:ホテイアオイ > 揺れる心]]

 

 

    

                      [[rb:紫苑 > あなたを忘れない]]

 

 

 

 

 

         [[rb:ユーフォルビア > あなたにまた会いたい]]

 

          †

 

 声を上げて私は泣いた。

 からっぽだと感じたのが[[rb:嘘 > うそ]]のように涙があふれ出し、子供のように泣き続けた。

 

 泣き疲れて眠った私は、起きてすぐシャワーを[[rb:浴 > あ]]び身を[[rb:整 > ととのえ]]えた。いつもの[[rb:癖 > くせ]]で黒い服に手を[[rb:伸 > の]]ばしかけ、考え直してすみれ色のワンピースを選んだ。

 

「[[rb:陽桜 > ひお]]さんの、[[rb:安崎 > あんざき]][[rb:陽桜 > ひお]]さんの住所を教えてください!」

「えぇ~……」

 

 [[rb:腹芸 > はらげい]]なく[[rb:直接的 > ちょくせつてき]]に[[rb:個人情報 > こじんじょうほう]]を[[rb:尋 > たず]]ねられ、[[rb:陽桜 > ひお]]さんを担当していた[[rb:看護師 > かんごし]]さんは、あからさまな[[rb:当惑 > とうわく]]を見せた。

 

「あのね、[[rb:個人情報保護法 > こじんじょうほうほごほう]]ってものがあってね、聞かれたからと言って――」

「お願いします!」

 

 しつこく食い下がる私に構うことなく[[rb:事務室 > じむしつ]]に入った[[rb:看護師 > かんごし]]さんは、聞こえよがしにぼやきながら、[[rb:受付窓口 > うけつけまどぐち]]から[[rb:覗 > のぞ]]けるデスクで[[rb:事務仕事 > じむしごと]]を始めた。

 

「あー、[[rb:陽桜 > ひお]]さん急に[[rb:退院 > たいいん]]しちゃったから、[[rb:書類整理 > しょるいせいり]]出来てなかったなー。えーっと、実家の住所は――」

「ありがとうございます!」

「んー? なんのことかなー?」

 

 モニタに映し出された[[rb:安崎家 > あんざきけ]]の住所を記憶し、病院を飛び出す私に、[[rb:看護師 > かんごし]]さんは背中越し親指を立てて見せた。

 

 ひと駅先。お[[rb:屋敷 > やしき]]が並ぶ山の手の[[rb:区画 > くかく]]。

 親にとっては、娘の悪い遊びに付き合い、[[rb:死期 > しき]]を早めた[[rb:悪友 > あくゆう]]でしかないかもしれない。

 それでも、一度会った印象だけで、お[[rb:墓参 > はかまい]]りを拒絶されるほどの[[rb:悪印象 > あくいんしょう]]は、[[rb:抱 > いだ]]かれていないはずだと期待した。

 

 電車に乗る前に、駅前の花屋に入る。お目当ての花は、探すまでもなく目に付く場所に並んでいた。

 花束を手に電車に[[rb:揺 > ゆ]]られた私は、スマホに表示した地図を頼りに[[rb:陽桜 > ひお]]さんの家を探す。

 家はすぐに見つかったが、[[rb:延々 > えんえん]]続く白い[[rb:塀 > へい]]と、[[rb:黒塗 > くろぬ]]りのリムジンにのみ[[rb:相応 > ふさわ]]しい鉄製の[[rb:門扉 > もんぴ]]が私を[[rb:威圧 > いあつ]]した。

 

 ……もっとこう、[[rb:郵便配達 > ゆうびんはいたつ]]や[[rb:宅配便 > たくはいびん]]の人が出入りする、[[rb:勝手口 > かってぐち]]的なものがあるはず。

 

 白い[[rb:塀 > へい]]を[[rb:反時計回 > はんとけいまわ]]りし、人の出入りするサイズの[[rb:扉 > とびら]]を見付けた私は、それでも[[rb:正門 > せいもん]]に対した際の半分ほどの[[rb:緊張 > きんちょう]]を[[rb:保 > たも]]ったまま、チャイムを鳴らした。

 

『はいはーい。ママー、ハンコどこー?』

 

 懐かしい、どこか聞き覚えのある声。

 [[rb:木製 > もくせい]]のつっかけサンダルの[[rb:足音 > あしおと]]が[[rb:響 > ひび]]いたあと、扉を押し開けたのは[[rb:陽桜 > ひお]]さんだった。

 

 声を作り、[[rb:上品 > じょうひん]]なあいさつをするつもりだった私は[[rb:半口 > はんくち]]を開けたまま。

 [[rb:色素 > しきそ]]の薄い細い髪を雑に[[rb:結 > ゆ]]った[[rb:陽桜 > ひお]]さんは、寝ぼけまなこで頭を[[rb:掻 > か]]きかけたまま。

 お[[rb:互 > たが]]い顔を見つめ合い、たっぷり5秒は[[rb:経 > た]]った後、すごい勢いで扉が閉まった。

 

「ちょっと、どうして閉めるんですか!!」

『なんで? なんで[[rb:茉莉花 > まつりか]]がいるの!?』

「それはこっちの[[rb:台詞 > セリフ]]! そっちこそ、なんで生きてるんですか!?」

『なんで生きてるって[[rb:失礼 > しつれい]]な――って、あれ? ……あーッ!?』

 

 [[rb:不意 > ふい]]に[[rb:手応 > てごた]]えが消え、私が恐るおそる[[rb:扉 > とびら]]を引くと、[[rb:陽桜 > ひお]]さんはしゃがみ込み、両手で顔を[[rb:隠 > かく]]し、プルプル[[rb:震 > ふる]]えていた。

 

「あ、あれ?……メッセ、届いた?」

「届きました」

「……メッセ、読んじゃったの?」

「読みましたよバカ! だから来たんでしょ、このバカ!」

「2度もバカって言った! こっちだって大ダメージ受けてるんだから!」

 

 開き直り[[rb:逆 > ぎゃく]]ギレをかます[[rb:陽桜 > ひお]]さん。

 

「どうせ[[rb:予約送信 > よやくそうしん]]の[[rb:解除 > かいじょ]]し忘れとかでしょくだらない。こっちがどれだけ心配したと思ってるの!」

「わたしだって、あの時は正直な気持ち書いただけなんだから!!」

 

 恥ずかしい[[rb:文面 > ぶんめん]]を思い出し、[[rb:追 > お]]い[[rb:打 > う]]ちを受けたのか、蒼白い[[rb:陽桜 > ひお]]さんの顔が[[rb:首筋 > くびすじ]]まで赤く[[rb:染 > そ]]まっている。

 くたくたのオーバーサイズの白いTシャツには、[[rb:筆書 > ふでが]]きで「[[rb:不労所得 > ふろうしょとく]]」の文字。どこで買ってくるんだ、こんなTシャツ。

 

「……その花は?」

「[[rb:貴女 > あなた]]のお墓参りに行くつもりだったんですよ。[[rb:高価 > たか]]かったんだから!」

「わたしに? もらって良いの?」

 

 いまさら引っ込めるのも[[rb:収 > おさ]]まりが悪い。私は[[rb:押 > お]]し[[rb:問答 > もんどう]]で落としてしまった花束を[[rb:拾 > ひろ]]いほこりを払うと、[[rb:仏頂面 > ぶっちょうづら]]で[[rb:陽桜 > ひお]]さんに差しだした。

 

「ふうん。5本の[[rb:薔薇 > バラ]]。……ふぅん」

 

 [[rb:抑 > おさ]]えきれない喜びで、だらしないにやけ顔になる[[rb:陽桜 > ひお]]さん。……こ、こいつは!

 

「『あなたに会えて本当に良かった』?」

「――――!!」

 

 だからお[[rb:見舞 > みま]]いに花を持って行くのを[[rb:避 > さ]]けていたんだよ!

 花言葉でのやり取りなんてポエミーな行為、言葉で直接伝えあうより[[rb:数倍 > すうばい]]恥ずかしい!

 

「それじゃあ、わたしからも」

 

 彼女に負けないぐらい[[rb:赤面 > せきめん]]しているはずの私に、[[rb:陽桜 > ひお]]さんは花束から1本だけ抜き取り、4本になった[[rb:薔薇 > バラ]]の花束をよこした。

 

 4本の[[rb:薔薇 > バラ]]の花言葉は『死ぬまで気持ちは変わりません』。

 

 残った[[rb:薔薇 > バラ]]を顔に近づけ、うっとりと口付けるようにして香りをかぐ[[rb:陽桜 > ひお]]さん。

 

 1本の[[rb:薔薇 > バラ]]の花言葉は『[[rb:一目惚 > ひとめぼ]]れ。あなたしかいない』

 

「あいた! なんで[[rb:蹴 > け]]るの!?」

「うるさい、バカ!」

 

 本当はぶん[[rb:殴 > なぐ]]ってやりたいが、それはもっと元気になってからだ。

 

「[[rb:病 > や]]み[[rb:上 > あ]]がりなんだからもっと[[rb:労 > いた]]わってよー。そうだ、ほら。またどこか連れて行ってあげるからさ」

「[[rb:費用 > ひよう]]はともかく、連れて行くのは私みたいなものじゃない!」

「死ぬ気はないけど、ほんとに[[rb:樹海 > じゅかい]]も見てみたいんだよ」

「ひと駅ぶん歩ける体力付けてからほざいてください。その前に、服を買いに行かなきゃでしょ!?」

 

          ††

 

 私が[[rb:陽桜 > ひお]]さんに[[rb:提供 > サーブ]]する皿。

 6月は黄と赤のゼラニウム。

 花言葉は[[rb:偶然 > ぐうぜん]]の出会い。あなたがいて幸せ。

 

 

                                END.


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