インターミドルは進む
インターミドルは、初日から激戦が続いていた。
ヴィヴィオちゃんたちのいる組では、ルーキーファイターのミウラ選手が、前大会でも名を馳せたトップファイターのミカヤ選手を破る大番狂わせを起こした。
続いて3回戦前の祝日。
リオちゃんのいる組では、ハリーちゃんとエルスちゃんによるトップファイター同士のプライムマッチが行われ、激しい攻防の末、ハリーちゃんが勝利。
そして、3回戦の試合日。
ジークのいる1組では、アインハルトちゃんとコロナちゃんの同門対決が行われ、アインハルトちゃんが勝利した。
さらに6組では、ヴィクターがうちのシャンテを圧倒した。
試合終了後、医務室へ運ばれたシャンテのところへ、俺とセインで顔を出していた。
ベッドに横になったシャンテは、試合の疲れよりも敗北の悔しさの方が大きいらしい。
俺とセインは試合終わりのシャンテをなだめていた。
「残念だったな」
「なんだよぅ……笑いに来たの?」
ベッドに横になったシャンテが、不貞腐れた顔でこちらを見る。
目元には悔しさが残っていた。
「一生懸命やったお前を笑うわけ無いだろ? よくやったよ」
「でもあれだけ大口叩いたのに負けちゃったし……」
「あのお嬢様もお前のこと褒めてるぞ〜」
セインが、ヴィクターのインタビューを見ながらシャンテを慰める。
「あんなの本気なわけねーじゃん。どうせただのリップサービスだよ」
だが、負けた悔しさが抜けきらないシャンテは聞く耳を持たない。ヴィクターがシャンテの健闘を評価していたことも、今の彼女には素直に受け取れないらしい。
「ならもう諦めるのか?」
「諦めないよ!」
そこは即答だった。
悔しさで俯いていたシャンテが、そこだけは迷いなく顔を上げる。
「なら、トップファイターの実力が……お前の求める強さの目標が定まった、意味のある負けだったんじゃないか?」
「でも勝たなきゃ誰も認めてくれねーんだ! 負けたら意味ねーんだよー!!」
堪えてたものが一気に溢れたのか、シャンテがシダバタと両手足をばたつかせた。
「あーいや、困ったなぁ」
あまりの聞く耳持たなさっぷりに、セインも手を焼いている。俺もどうしたものかと眺めていた時、医務室の扉がノックされた。
「失礼しますよ、シャンテ」
入ってきたのは我らが聖王教会上層部の騎士で、俺たちの上司でもあるカリムだった。
「なんでッ⁉︎」
シャンテが飛び上がるように顔を上げた。
「聖王教会代表の試合を私が見にくるのは当然じゃないですか」
「代表なんて、あたしが適当に言っただけで……それに負けましたし」
さっきまで騒いでたのが嘘のように、シャンテの声が小さくなる。
自分から勝手に「教会代表」を名乗って大口を叩いてしまったことを、今さら思い出したらしい。
カリムはそんなシャンテを責めることなく、ベッドのそばまで歩み寄った。
「敗北は恥ではありません。貴方が教会のために闘ってくれたことも無駄になんてなりませんよ」
カリムが優しくシャンテの手を取る。
「インターミドルは来年もありますし他にも魔法戦競技の大会はあります。今度は正式に教会代表として夢を叶えにいきましょう。師の恩に報いたいという貴方の気持ちも、きっと届きますよ」
ズバリと心の内を指摘されて、シャンテの顔が一気に赤くなる。
「あの、うちの師匠にはご内密に……本気で恥ずかいので」
「わかってます。シャッハには内緒ね」
カリムが微笑む。
「とはいえ、ヴィクターは年齢的にインターミドルは再来年まで。あと2年であの強さまで行きたいなら……シャッハの言うこと、もうちょっと素直に聴くんだな」
「それは……もっとハズい。でも善処する」
小さく呟いたシャンテに、セインが苦笑する。
本人としては相当恥ずかしいらしいが、それでも「善処する」と口にできたあたり、少しは前を向けたようだ。
その表情から先ほどまでの絶望的な悔しさは少しだけ薄れている。
「そ、そんな事より陛下の試合は!」
シャンテは照れ隠しのように話題を変えた。
「向こうの中継に切り替えようか」
セインが画面をヴィヴィオちゃんの試合へと切り替える。
シャンテのやつももう大丈夫そうだな。
そう判断した俺は、医務室を後にしようと立ち上がる。
「ファザー見てかないの?」
「タバコ吸ってくる」
タバコの箱をフリフリさせて医務室から退出した。
「もー!!」
背後からシャンテの声が飛んでくる。
シャンテは怒り、セインは呆れ、カリムは……笑って俺を見ていた。
「入らないで良かったのか?」
ドアが閉まったのを見計らって、扉の横に控えて聞き耳を立てていたシャッハに声をかける。
「野暮かと」
シャッハはどこか嬉しそうにそう答えた。
「そうか? シャッハからの言葉の方が良かったんじゃねぇか?」
「ですが、あの子が私に黙っておきたいなら、知らなかった事にしようかと」
「そうか」
「それにしても、あの娘には口うるさい上司と思われているとおもっていたのですが……嬉しいものですね」
「セインにシャンテ、良い弟子じゃないか」
「私には勿体無いくらいです」
「逆だろ」
「え?」
「あいつらにとって勿体無い師匠がシャッハなんだよ。自信持っとけ」
「……ファザー」
シャッハが少しだけ目を細める。
普段なら、ここで何か一言くらい皮肉が返ってくるところだ。
だが今日は何も言わなかった。ただ、閉じた医務室の扉を見つめている。
その横顔は、師として弟子たちを見守る一人の女性のものだった。
「……ありがとうございます」
「はは、俺は何もしてないだろ。ただ事実を言っただけだ」
トーナメントなんざ、優勝者以外は全員負けを経験するものだ。
けれど――負けたから終わりというわけじゃない。
今日のシャンテのように、そこから何かを掴めるなら、それもまた、こういった大会を戦う意味なのだろう。
……まあ、俺は選手じゃないから関係ないけどな。
「そんな目を潤ませた状態でここにいたら、出てきたシャンテに気取られるぞ。一緒にヴィヴィオちゃんの試合でも見に行こうや」
シャッハの肩を叩き、移動を促す。
「ふふ、タバコはいいのですか?」
手に持っていた煙草の箱を見て、何食わぬ顔でそれを懐にしまう。
「この建物、全館禁煙だったわ」
「最初から知っていたでしょう? 本当に……お節介ですね貴方は」
「たまたまだ」
そう、
「では、そういうことにしましょう」
「そういうことが起こるのが、たまたま、だろ?」
俺たちはそう笑い合いながら、観客席へ向かっていった。
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ヴィヴィオちゃんの試合は、壮絶な打ち合いだった。
相手は以前、初参加ながらトップファイターを破ったミウラ選手。互いに一進一退の攻防が続いたが、試合を制したのは収束系魔法・ブレイカーによる蹴りという大技を持つミウラ選手だった。
大会ルールのクラッシュエミュレートによる競技上のダメージ判定とはいえ、最後の一撃は凄まじかった。
ヴィヴィオちゃんはその一撃を受け、試合後もしばらく意識を失っていた。
それでも、しばらくしてヴィヴィオちゃんの無事が報告される。
医者が対応していることも確認できたので、俺たちもひとまず胸を撫で下ろした。
そして、元気を取り戻したリオちゃんと、トップファイター同士のプライムマッチを制したハリーちゃんの試合が始まった。
リオちゃんは春光拳という特殊な流派による戦い方で善戦するも、トップファイターの壁は厚く、敗れてしまった。
これで、チームナカジマの初等部の三人は、それぞれこの大会で敗北を経験することになった。
こうして、3回戦までの試合日程は終了した。
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そうして翌日。
俺は、シャンテを後ろに乗せて、バイクを走らせていた。
「ファザーもっと飛ばしてー」
「違反を促そうとすんな」
「いーじゃんかよー、私のためのツーリングだろー!」
「ったく、振り落とされんなよ?」
俺は呆れながら、バイクのアクセルを開けた。
「ヒャッハー!!」
シャンテのテンションも上がる。
……無理してんな、まだ昨日の敗北が尾を引いているか。とはいえ、今のシャンテに「無理すんな」とも言えんしな。
そうしてしばらく走っていると、見知った集団がベンチに腰掛けていたのを見つけたので、バイクを止める。
「あれ、陛下たちじゃん」
「ごきげんよう。思ったより元気なさそうだな」
「あはは、わかります?」
「空元気です」
「悔しさが今になって押し寄せてきて……」
ヴィヴィオちゃん、リオちゃん、コロナちゃん3人が、肩を落として集まっていた。
「みんな褒めてくれた……頑張った、立派だったって」
ヴィヴィオちゃんが立ち上がって夕日を見る。
「……でもさ、やっぱり勝ちたかったよね」
その言葉は、2人だけでなくシャンテにもかけられているように感じた。
シャンテは何も言わず、ヴィヴィオちゃんたちを見つめている。
「……あたりまえだよ」
「コーチや応援してくれるみんなに喜んで欲しかった」
リオちゃんとコロナちゃんも、目に涙を浮かべて立ち上がり、ヴィヴィオちゃんの後ろへ並んだ。
「そうだよね……もっともっと……勝ちたかったよね」
振り返ったヴィヴィオちゃんの目は、大粒の涙で溢れていた。
それを見て堪えきれなくなったリオちゃんとコロナちゃんも泣き出し、3人は膝をつき声をあげて大泣きした。
その様子を見て、シャンテも悔しさが溢れてきたのか、目元を拭った。
「お前も泣いてこい」
シャンテの背中を押す
「あたしは別に……」
「ここにはシャッハもカリムもセインも居ねえよ。全部吐き出しちまえ」
「黙ってて……くれる?」
「誰にもいわねぇよ。今日泣いて、明日は笑え」
シャンテは下を向いて黙りこむ。やがて、小さく息を吸い込んだ。
「ふぐっ、うわぁぁぁぁぁん!!」
そして、堰を切ったように泣き出した。
そのままヴィヴィオちゃんたちのところへ駆け寄り、四人で泣き続ける。
そうだ、泣け泣け。
それだけ熱中できるものを見つけられたなら、それは人生の宝だ。この悔しさをバネに、成長していくと良い。
それはかけがえのない経験で、必ず将来の糧になる。
こいつらの将来が楽しみだ。
俺はタバコに火をつけて、泣きじゃくる4人を見守った。
……さて、状況を客観的に見てみよう。
泣きじゃくる幼女(10歳)3人と、少女(14歳)1人。
それを笑顔で見ている男性(推定大人)1人。
「ヒソヒソ。鬼畜神父よ」
「ヒソヒソ。子供4人を泣かせてるわ。何をしたのかしら」
いやちがっ!
だが、訂正するより早く肩を叩かれる。
「君、ちょっと話を聞かせてくれるかな?」
「俺は悪くねぇ!」
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インターミドル4回戦の日。
今日はジークとアインハルトちゃんの一戦がある。
俺はジークのセコンドなんだがどうすっかな……
そんな事を考えながら、選手控え室でジークとヴィクターが話す横で、エドガーからおにぎりの作り方のコツを教わっていた。
「丸い方がいいかと思ってたけど、三角の方が食べやすいし持ちやすいのか……」
「ええ、食べる方のことを考えてこそ……です」
「これでどうだ?」
一度丸く握ったおにぎりを、三角に握り直して見せた。
自分ではかなり上手くできたつもりだったのだが、エドガーはおにぎりをじっと見つめ、それから僅かに首を横に振った。
「……見事な三角形ですが、角は丸くした方が良いかと」
「よくできたと思ったんだがな……。おにぎり、奥が深いな。侮れん料理だ」
俺は正三角形となり、角も尖った自分のおにぎりを見つめた。
おにぎりって難しいな。
そんな風に考え事を放棄していた俺に、横からジークが声をかけてくる。
「なぁファザー」
「あん?」
「この試合、ウチのセコンドについてて欲しいんよ」
少し考える。
今回のジークの相手はアインハルトちゃん。どちらも俺にとっては放っておけない相手だ。
だからこそ、片方のセコンドにつくのは気が引ける。
「俺はどっちにも情がある。ふさわしく無いだろ?」
「せやからや。アドバイスとかはええねん。一番近くでウチらの戦いを見てて欲しいんよ。ウチらを繋ぐ人として」
ジークはそう言って、まっすぐ俺を見る。
「……わかった」
ジークの真剣な眼差しに押され、了承する。
その顔を見ていると、こいつなりにアインハルトちゃんのことを気にしているのが分かる。
「強い思いがあるんやろーね。辛い思いや寂しい思いをしてきたんかな?」
ジークが悲しそうな顔をする。
格闘家の先輩として。そして、同じ時代に生き、面識もあったであろう祖先を持つものとして。アインハルトちゃんの背負っているものを、ジークなりに感じ取っているのだろう。
「勝っても笑わないのはそのせいやろか。その辺どうなん、ファザー?」
「アインハルトちゃんは、覇王クラウスの記憶を継いでるみたいだからな。正直、お前と直接相対したら、ヴィルフリッドの姿を重ねちまうかもしれん。祖先から引き継いでるものはお前より重いのかもな」
ジークもエレミアの一族に積み重ねられてきた、長い年月の戦闘経験や技術を引き継いでいる。
それもまた、本人が望んだわけではないものまで背負わせるには十分な重さだ。
だが、他人の記憶なんて、そいつの人生を経験させらせてるようなもんだ。
まだ心も身体も不安定な中学生にはいささか重い。
だから、知ったこっちゃねぇって言えればいいんだけど、アインハルトちゃんは真面目すぎるんだよ。
「さよか……」
「せやで」
「ファザー、ウチいま真面目な話をしとるんやけど」
ジークの声に、若干の呆れが混じる。
だが受け入れろ。
「馬鹿にしてんだよ、ご先祖様に振り回されてる奴らをな。お前もだぞ、ジーク」
「ウチは別に……」
「『エレミアの神髄』」
「っ!」
ジークの肩が跳ねる。
その状態に入ったジークは、ほぼ無意識で技を繰り出してしまう。過去にはそれで、クラッシュエミュレートを貫通して相手を怪我させてしまった事もあるらしい。
「その力にビビってんだろ? だからコントロール出来ないんだ。強大な力を、恐れながら使いこなせるもんかよ。まず恐れるな、向き合え」
「ファザー、うちのことも気にしてくれてるんやね」
さっきまでの真剣な表情から一転し、ジークが少しだけ嬉しそうに俺を見る。
「俺がそんな薄情に見えるか?」
「みえる」
……Take2だ
「俺がそんな薄情に見えるか? お前も心配に決まってるだろ」
「ん……ありがとな、ファザー」
今度はジークは素直に笑ってくれた。
最初からそう言え。
「やり直しましたわね」
「ええ、やり直しましたね」
外野ァ!
ったく。全くどいつもこいつも俺を心配させやがって。俺の胃を痛めつけるのがそんなに楽しいのか。
アインハルトちゃんだってそうだ。さっきちょっと顔を出したら、『チャンピオンと知り合いだったのですね。なんで教えてくれなかったんですか?』って白い目で……
……回想間違えた、この部分じゃねえわ。
これはジークに威厳が無いのが悪い、たまにあいつが10代最強ってのを完全に忘れることがある。だから全てジークのせいだ。
そうじゃなくて、アインハルトちゃんの目が、出会った頃に近い目をしていた。おそらくジークに対して何か感じるものがあるのだろう。
『アインハルトちゃんとして戦ってこい』『俺はクラウスじゃなく、アインハルトちゃんの味方だ』
そう言ってきたのだが、その目は戻らなかった。
「自分ではない誰か」と無関係ではいられない2人。記憶と技術・経験という違いはあれど、ご先祖から厄介なものを引き継がされた、どこか似ている2人。
全く世話の焼ける奴らだ。
どうしてこんな面倒な拾い物をしちまったんだ俺は。
まぁ、ヴィクターやランスターさん、ディエチさんらに出会えたから後悔はしていないが。
「ジーク、戦う前に一つだけ言っとく」
「ん?」
「お前はジークリンデだ。ヴィルフリッドでも、他の先祖でもねぇ」
「……大丈夫、わかっとるよ」
表情は落ち着いているが、本当にわかってるのかね。
俺から言えるのはこれくらいだが、大丈夫だろうな?
「チャンピオン。そろそろ入場準備を!」
エルスちゃんがやって来て時間を告げる。
彼女はジークに頼み込んで、セコンドになったらしい。
俺も毎回セコンドにつけるわけじゃ無いから、大変助かった。
「ちょっと待って、これ食べてから」
ジークが残りのおにぎりを口へ詰め込む。
「そんなに急いで食べたら喉に詰まるぞ」
「おにぎりを食べるくらいの時間はありますよ!」
だがジークは口いっぱいにおにぎりを頬張ったせいで、咀嚼が上手くいかなくなってしまっている。
さっきまでの真面目な空気はどこへ行ったんだ。
そんな様子を見て、呆れながら俺はエルスちゃんに自作おにぎりを見せる。
「エルスちゃんも食べるか? エドガーじゃなくて俺が作ったやつだけど」
「えっ……? では、折角なのでいただき真三角⁉︎」
エルスちゃんが受け取ったおにぎりを見た瞬間、固まった。そして何とも言えない顔でこちらを見る。
『ちょっとこれは……』と、俺作おにぎりは突き返されてしまった。
……やっぱ、角が丸い方がいいのか。
エドガーが何も言わず、静かに頷いた。
「ご馳走様。エドガー、おいしかったで。ほな、行ってくる」
「光栄です」
「ええ。頑張って!」
おにぎりを食べ切ったジークがバリアジャケットを纏い、会場へ向かう。
その背中を見ながら、ヴィクターに声をかけられる。
「ファザー、2人を頼みますわよ」
「荷が重いねぇ」
俺とエルスちゃんもジークへ続いて会場へ向かう。
何事もなけりゃいいんだけど……
頼むぜ聖王さま。
……いややっぱ今の無し、あいつ役に立たねえもん。
どっかに願いを叶えてくれる宝石とか本とか落ちてないもんかね。
無いか、そんな便利なモノ。
さて、どうなるか。
どうも今回は嫌な予感がするんだよなぁ……