最初は普通に戦っていた。
経験も自力も勝るジークに、対策をして来たアインハルトちゃんがなんとか喰らい付いている。そんな試合だった。
だが、ジークが腕に防護武装を装着したあたりからアインハルトちゃんの様子はおかしくなっていった。
「エレミアァァ!!」
ジークの『鉄腕』を見たアインハルトちゃんが、怒りに身を任せるようにジークに突撃している。
その声には、いつものアインハルトちゃんにはない激情が混じっていた。
『鉄腕』
その武装を見た瞬間、アインハルトちゃんの中にある古い記憶が刺激されたのだろう。
クラウス・イングヴァルトの記憶。
そして、その記憶の中に残る――ヴィルフリッド・エレミアの姿。
目の前のジークと、遠い過去のヴィルフリッド。その二つが重なってしまったのだろうな。
そのせいで、彼女は今ここにいる自分ではなく、過去の記憶の中に引きずり込まれた。
鉄腕に完全にガードされ、自らの体がダメージを受けても構う事なく、無理やり回復してジークに向かっていく。
当然、そんながむしゃらな動きでは戦い方は疎かになり、ジークから反撃の一撃をもらってしまう。
『シュペーア・ファウスト』
その打撃が直撃してアインハルトちゃんは大ダメージを受けてリングアウトし、そのタイミングで第一ラウンドが終了。インターバルとなった。
今の彼女はジークではなく、記憶の中にいるヴィルフリッドと戦っている。
——まずいな。あのままでは、アインハルトちゃんが自分を見失う。
インターバル中、アインハルトちゃんは、セコンドのディエチさんやウェンディちゃん、コーチであるノーヴェちゃんの言葉まで、まるで耳に入ってないようだった。
普段なら、コーチであるノーヴェちゃんの言葉なら、少なくとも何かしら反応するはずだ。
それほどまでに、頭の中を過去の記憶に持っていかれている。
そんな様子をジークも見ていたのか、エルスちゃんのサポート受けて補給をしていた状態から、俺へと向き直った
「なぁファザー。彼女、なんとかしてあげられへん?」
「無理難題を言う……」
今の俺は、同じリングで戦っている相手でもなく、アインハルトちゃんのセコンドでもないんだぜ?
だが、流石に見ていられないというのは同じだ。
「インターバル開けてもあのままだったら出来るだけやってみるが、期待するなよ」
「ん、ありがと」
ジークは短く返すと、もう一度アインハルトちゃんへと視線を戻した。
こうしてインターバルは開け、第二ラウンドが始まった。
「君の望みは?」
ぶつかる前にジークが問いかける。
まるで、目の前にいるのが本当に『アインハルト』なのかを確認するように。
「全力のあなたに勝利する事。その上で、あなたのご先祖様について伺いたいことがあります」
「うん……ほんなら、試合終わったらあの神父とっちめて洗いざらい知ってる事吐かせよか。過去のことは誰よりも詳しいやろから」
「……そうですね、それに関しては協力します」
おい、さらっと俺にとって不吉な会話をするんじゃない。お前ら2人にとっちめられたら、口から違うもんを吐かされちまうわ。
……逃げよかな。
そんなことを考えている間にも、試合は続いている。
ジークがまたアインハルトちゃんを投げ、アインハルトちゃんはまた回復する。
そして、また無理にジークへ突っ込んでいく。
ちっ、ダメか……
しゃあねぇなぁ。
「アインハルトォ!! お前、俺が言った事全部忘れちまったんか!!」
「!!」
掟破りの相手セコンドからの助言。
なんとかしろと言われても、俺にはこれくらいしかできんぞ?
これまで何度も言ってきた、『お前はクラウスじゃない。お前はアインハルトだ。』という言葉を。
今度も、また同じ言葉を叩き込むしかない。
これで冷静さを取り戻せるといいんですが。
突っ込んでいったアインハルトちゃんは、ハッと顔をあげ反射的に後方へ飛び退いた。
直後ジークのカウンターが空を切る。指先からの光弾射撃の追撃も横にかわした。
「ファザーさん……」
「……落ち着いた?」
ジークが、アインハルトちゃんに確認をとる。
「はい……」
短く息を吐き、アインハルトちゃんは自分の拳を見つめた。他の誰でもない、自分自身の拳をだ。
「いつも言ってくれていました。私はアインハルトだと」
「ウチが戦いたいのも君やで? 覇王クラウスちゃう」
ジークの言葉に、アインハルトちゃんは一瞬だけ目を伏せる。
その言葉が、今の彼女にはよく分かるのだろう。
「信じてくれた周りの人たちも落胆させてしまいました……」
ノーヴェちゃんたちの顔を見る。
そしてもう一度、しっかりジークを見る。
「……ですので!」
構えを取り直す。
「あなたに勝ちます!」
「うん、その挑戦受けるで!」
その瞬間、試合の空気が変わった。
冷静になったアインハルトちゃんが再びジークに向かっていく。
相当対策をしてきたのだろう。今度はしっかりとジークの攻撃に対応して、ダメージも抑えている。
さっきまでの彼女とはまるで別人の様な動きだ。
いや、ようやくアインハルト本人が戻ってきたのだ。
「相手側から助けられちゃったッスねぇ〜」
「今は敵同士だってのに、あいつめ……」
ウェンディちゃんはいつもの調子へ戻り、ノーヴェちゃんが少し嬉しそうにこちらを見る。
その横で、ディエチさんが小さく笑った。
「今は相対していても、彼にとってはいつでも手のかかる妹分なんだよ、きっと」
「やけにファザーの肩を持つじゃないッスか」
「そこは手のかかる妹が3人もいますから」
「あたしもかよ⁉︎」
「もちろん」
向こうのセコンドにも元気が戻ってきたようだ。
ディエチさん、手のかかる妹達について語りあいませんか?
「いつかね」
……あれ?
俺、声に出してないよね。
まあいい。
そして、アインハルトちゃんのカウンターが、ジークにクリーンヒットした。
初めてのアインハルトちゃんのまともに入った一撃に、会場が沸く。
そして—————ジークが、切り替わった。
エレミアの神髄
エレミアの一族に蓄積された戦闘技術と経験が、本人の意思より先に身体を動かしているような状態。
その強大すぎる力を、ジークは未だコントロール出来ていない。
アインハルトちゃんが先ほど『記憶』に引っ張られたのとは、また違う。
こちらは、積み重ねられた『技術と経験』
だか、それもまた自分自身を見失う危険を孕んでいる。
「ガイスト・クヴァール」
対象を消し飛ばす系の魔法である、イレイザーを纏った一撃が、リングを削り取る。
間一髪かわしたアインハルトちゃんのバリアジャケットも、引き裂かれたように消失している。
そのままジークは止まらない、続け様にアインハルトちゃんの四肢への連撃。その攻撃により、四肢の感覚麻痺が起き、アインハルトちゃんは膝をつく。
そしてジークは、動けない相手にトドメを刺すべく、振りかぶって大技を繰り出そうとする。
マズイな。
力に飲まれるな。恐れるな。
さっきそう言ったろうが、あのバカ。
このままじゃ、どっちにとっても取り返しがつかなくなる。
「ジーク!! 俺の声聞こえてるよなぁ!!」
「ッ!!」
俺が叫んだ次の瞬間、ハッとしたような表情を浮かべたジークは、ほんの一瞬だけ動きが止まり、その一撃の威力を大きく落としてアインハルトちゃんへと放った。
それでも十分な威力だったが、その一瞬で四肢の麻痺から回復したアインハルトちゃんは、その一撃を大きなダメージ無く受け流した。
クラッシュエミュレートすら貫通する今の一撃がアインハルトちゃんへ直撃してたかと思うとゾッとする。
「ウチ、また……」
ジークが、一撃を放ったほうの手を見る。その表情には、自責の念が浮かんでいた。
自分が相手に何をしようとしていたのか。それを、今になって理解したのだろう。
けれど、次に俺を見て言った。
「ありがとな、ファザー」
どうやらジークも元に戻ったようだ。
それを確認して、ひとつ大きくため息をつく。
世話の焼ける奴らだ。
「全くどいつもこいつも、そんなにご先祖様が好きならもうご先祖様と結婚すればよろしい。エルスちゃんもそう思うだろ?」
「あの……私は全く話についていけないのですが」
あー……
エルスちゃんはあの2人の内情とか知らないんだっけ?
「ああ……あの2人はな…………」
「………………」
「………………」
「……あの?」
「話すのめんどくせぇ」
「今の時間何だったんですか⁉︎」
「試合中に話終わんねぇんだよ。めんどくせえし」
「2回言った⁉︎ 信じられません、こんな人が由緒ある聖王教会の神父なんて」
エルスちゃんさぁ……ちょっと固くない?
「もしかして神父は全員未婚で、シスターは全員処女だと思ってる? 古いぜその考え方」
「しょしょしょ⁉︎ 突然何をハレンチな事を言い出すのです!! セクハラ! セクハラです!!」
真っ赤になったエルスちゃんが抗議してくる。
ちょっと潔癖っていうか……悪い男に騙されそうな免疫の無さだ。大丈夫かな?
「ファザー、後でガイストや!」
「ヘァッ!!」
攻防の中でこちらに近づいたジークが、さらっと恐ろしい事を言ってくる。
そして——
「ファザーさん、後で断空拳です!」
「ふおお⁉︎」
次の攻防の中、同じようにこちらに近づいたアインハルトちゃんも、俺をぶちのめそうという発言をしてくる。
「では私がバインドで拘束をかけましょう」
「あ……悪魔たん」
エルスちゃんまで協力的なのかよ。
だがもちつけ……ぺったんぺったん。
落ち着くんだ。3人に勝てるわけが無い。
だが、聖王教会には伝統的な戦いの発想法があってな……一つだけ、この状況を打破する戦法があったぜ。
すなわち……
逃げるんだよォォォ──────ッ!!
俺は、脱兎の如く逃げ出そうとした。しかしその瞬間バインドをかけられ、敵前逃亡は失敗した。
「どこへ行こうというのです。まだ試合は終わっていませんよ!!」
……くそ。
試合が終わったあと、俺の命があるのか心配になってきた。
そんな不安を抱えた俺の横で、リング上の二人は再び向き合う。
さっきまで過去に引きずられていたアインハルトちゃんも、エレミアの神髄に飲まれかけたジークも、今はもう自分自身の意思で相手を見ている。
「全くウチらはよお似とるなぁ。あの不良神父に拾われて、お前はお前だって説教されて、この試合でそろって暴走して……」
「なんだかんだ言っても面倒を見てくれて、私達を私達と見てくれる。だから、揃ってあの人の言葉で戻ってこれた……」
リング上だというのに、2人は笑い合う。
過去に引きずられた少女と、力に飲まれた少女。
その二人が今は、自分自身として相手を見ている。
「せやから!」
「ですので!」
そして、揃って構え直した。
「勝つのはウチや! 勝って居候続けて、これからもタダ飯もらうんやぁ!!」
「勝つのは私です! 1番の妹の座は誰にも渡しません。私のものです!!」
おいィィィ!!
リング外にいる俺がめっちゃダメージ受けてるんですけどォォォ!!
音声拾われてねぇよなぁぁぁ!!
2人の打ち合いは凄まじいものになっていく。
互いに相手の一撃を、受け、いなし、反撃の一打を繰り出す。
そこには、ただ自分自身の意志で勝利を求める2人の少女がいた。
至近距離でのインファイトの応酬に、会場にも熱が入る。互いに一歩も引かない。経験も、技術も、力も、すべてをぶつけ合う。そして、その熱が最高潮へ達した。
「オォォォォォッ!!」
「ハァァァァァッ!!」
互いの拳同士がぶつかり合う。
衝撃がリングを揺らした。
そして——
自力で勝るジークが、アインハルトちゃんの拳を弾き飛ばした。
そのまま追撃の一撃を放つ。
アインハルトちゃんの身体が大きく吹き飛ぶ。
勝負は決した。
ジークリンデ・エレミア。
世界代表戦優勝者としての実力を持つ少女が、最後まで立ち向かったアインハルト・ストラトスを下し、勝利を収めた。
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試合後、「じゃあ後は任せた」と、その後の対応をエルスちゃんに放り投げ、俺は会場の外のベンチへ腰かけて、背もたれにもたれかかり、空を見上げていた。
口にはいつも通りタバコ——ではなく、真三角のおにぎりが突き刺さっていた。
「世知辛れぇ……」
会場周囲も禁煙であり、口元寂しさに仕方なく、さっき握ったおにぎりを咥えていた。
「食いづれぇ……」
確かに食べにくい。エドガーが「食べる人のことを考えて」って言ってたのはこれかぁ……
今日の俺はだめだめだ、もうちょいなんかできたかもと考えてしまう。
そんな弱った状態の俺に影が差した。
「何項垂れておりますの?」
「ヴィクター……」
ヴィクターは俺の顔を覗き込んだあと、隣に座った。
「ジークのところに行かなくていいのか?」
「不本意ながら、不良娘に任せてきました。ミヤカさんも行ったようなので大丈夫でしょう」
そうか……
ジークのことを任せられる間柄か。
あいつも、もっと周りを頼ればよかったのによ。
そうすりゃ今頃、力をコントロール出来てたかもしれんのに。
そんなことを考えながら、残りのおにぎりを口へ放り込む。
「なので、もう1人の心配な方を見にきたという訳ですわ」
「もがもが」
「食べてからで」
とりあえずおにぎりを食べきる。そして、呆れるヴィクターに向き合う。
「ごめんな……おまえに任されたってのに、たいしたことはしてやれなかった」
「そんなことはありませんわよ」
ヴィクターは静かに首を横に振った。
「一瞬でしたけど、エレミアの神髄の力をコントロール出来ていました。ジークがあの力を自分の意思でどうにかできたのは、初めてのはずです」
「おまえがガイられた時は?」
確かあいつ、初めて俺たちが会った時、ヴィクターをガイったって言ってたぞ。あれ、自分の意思でやったと思うんだが……
「コホン……初めてのはずです」
「あっ、はい」
触れてはならないらしい。
ヴィクターの視線が微妙に泳いでいる。
「覇王っ子に関しましても……」
「アインハルトって呼んでやってくれ」
「……そうですわね」
ヴィクターは少し笑って頷いた。
「アインハルトに関しても、あなたの声で、記憶に呑まれていた状態から戻ってこれたのでしょう? だから、あなたが何も出来なかったなんて事はありませんわよ」
もっと一緒にいてやれば。
もっと強く言っていれば。
そういう後悔は確かにあるが、それで何か変わったのかと言われれば、そうだと自信を持って言える訳じゃ無い。
今日の二人を見ていて思った。
たぶん――一番必要なのは時間だ。
たとえご先祖に呑まれても、『お前はお前だ』と言ってやれるほどの相手が、長く付き添ってやること。
自分では自分を見失いそうな時に、それでも自分を自分として見てくれる人間がいること。
今日一日、言葉をかけただけで全部解決するような問題じゃない。
明日も、その次の日も。
また記憶に飲まれた時に、同じ言葉をかけてやる。
その積み重ねが、いつか本人の中に残っていく。
それが、未熟な奴らには必要なんだろう。
だから——
「ヴィクターはすごいな」
「なんですの? 急に……」
このお嬢様が眩しいくらいに尊敬できる。
「ヴィクトーリア・ダールグリュン。雷帝の血を引く子孫。でも君は、『雷帝の子孫だから私はこうあるべき』と自分を縛らない。」
ヴィクターは黙って俺の話を聞いてくれている。
「その血を誇りにこそすれ、雷帝のように生きようとはならない。自分自身を見失わない。あくまで、『ヴィクトーリア・ダールグリュンという自分』として生きている。……尊敬するぜ。」
「……私とて、ここに至るまで色々あったのですわよ?」
「わかるさ、偉大なご先祖様なんて持ったら、どう生きたって比較しちまう。それを乗り越えてここにいる事、それを含めて尊敬しているんだ」
ヴィクターはしばらく何も言わなかった。
普段なら、「当然ですわ」だとか「もっと褒めてもよろしくてよ」だとか、そんな言葉の一つくらい返してきそうなものだ。
だが、今日は違った。静かに空を見上げている。
その横顔には、普段の誇り高い彼女とは少し違う、どこか遠いものを見ているような表情があった。
「……あなたは、本当に変な神父ですわね」
「よく言われる」
「神父らしくないのに、こういう時だけ妙に神父らしいことを言う」
「褒めてる?」
「半分くらいは」
「半分かよ」
ヴィクターが小さく笑った。その笑みには、いつもの気丈さとは少し違うものがあった。
「ですが……そういうあなただから、ジークもアインハルトも頼るのでしょうね」
「ご先祖のことで悩んでるバカどもに、おまえの爪の垢……いや、爪ごとのませてやりたいな」
「はぁ……少し真面目な話をしたかと思えばすぐこれなんですから」
ヴィクターがため息と共に頭を押さえる。
「まあ、俺がいつまでも塞ぎ込んでいてもしょうがないしな」
「ええ、その通り。今のあなたを見たら、あの2人が責任を感じてしまいますわ」
「んじゃまぁ、切り替えっか」
立ち上がってひとつ伸びをして、服に手を突っ込んだところで思い出す。
禁煙か……
「ヴィクターの車の中で一本吸わせてもらえない?」
「うちの車をタバコ臭くしたら許しませんわよ!!」
露骨に項垂れて見せる。
それを見たヴィクターは、「仕方ないですわねぇ」と呟いた。
「じゃあ!」
「もちろん『ダメ』ですわ!」
俺の顔がぐにゃあと崩れる。
オホホホと、それを見たヴィクターは嘲笑する。
……俺で遊んでやがる。
ちくしょう!!好きだ!!ヴィクター。
ひと通り俺をからかったヴィクターは、真剣な顔になり俺に向き合う。
「この後、ジークとアインハルトの対話の席を設けてありますの。あなたも来てくださいまし」
対話か……今日のことをいつまでも持ち越さない為には、必要なことだろう。なるべく早く行った方がいいというのもわかる。
「そこで、君の知っている事を話してあげて欲しいんよ。あの2人と……彼女らを心配する周りの人たちの為に」
突然割り込んできたその声の方に顔を向けると、そこには——
「初めまして、時空管理局海上司令、八神はやてです。君の事はカリムからよう聞いとるよ」
俺の恩人が立っていた。
※アインハルトとジークが原作より早く元に戻っている為、原作よりアインハルトのダメージが減っているのでアスティオンに余裕があり、試合展開が少し変わっています。