八神はやて
4年前、機動六課という部隊を率いて『JS事件』を解決に導いた若き司令官。
そして、その事件の過程で起動した『ゆりかご』を止めてくれた、俺の——いや、
俺は、『ゆりかご』の本当の力を知っている。
あれが本気で動き出した時、何が起こるのか。その脅威を知っている。
オリヴィエの歴史を調べ、残された資料を読み、実際にその爪痕を見てきた俺だからこそ、あの兵器がただの古代戦艦などではないことを理解している。
だから、それを止めてくれた彼女にはいくら感謝してもしきれない。
もしこの世界に『英雄』なんて呼ぶのに相応しい人物がいるとするのなら、それはオリヴィエでもクラウスでも無く、目の前にいる彼女のことだ。
「あなたに知ってもらえてるとは光栄ですね。私もあなたに色々と聞きたい事、話したい事はありますが、まずは……」
俺は、片膝を地面について跪き、頭を下げた。
「……え?」
「あなたに多大な感謝と、その勇気に敬意を。ゆりかごによる被害がほとんど無かったのは、紛れもなくあなたのおかげです。このファザー、その恩は一生忘れないでしょう」
「ちょ、ちょっと……頭あげてぇな。私らは管理局員として、当然な事をしたまでなんやで?」
八神司令の困ったような声が返ってくる。
「謙虚だ……」
若く優秀な司令官だというから、もっとこう、『私についてこい』って感じのイケイケ系かと思っていたのだが、なんというか……ぽわぽわとした非常に愛らしい方じゃないか?
俺は立ち上がり八神司令に向き合う。
「あなたの……あなたとヴィクターの頼みという事なら、俺の知っているオリヴィエたちの歴史を開示しましょう」
「ほんま?」
「とはいっても、俺が知っているのは、あくまで書物から読み解いたものが中心です。古代ベルカの資料は欠損も多いですし、伝承と事実が混ざっているものもある。すべてが正しいと断言できるわけではありません」
「うん、それでええ。君が知っている歴史の知識は確かに必要やけど、それ以上に、君がその場に居てあげることが、2人にとって大切や」
「……俺が?」
「せや」
「いやいや」
思わず苦笑する。
「俺なんかいなくても、あの二人なら、なんだかんだいい感じに話をまとめていけるんじゃないですかね」
ジークは——
自分自身のことすら管理出来ない腹ペコ浮浪児。
アインハルトちゃんは——
ストリートファイトするくらいにはちょっと常識の欠けたポンコツ。
だから――。
「……いや、無理だな」
「自分で否定するんかい」
八神司令が、すかさず突っ込んできた。
「考えてみたら、あの2人だけに任せたら、途中で変な方向に話が飛びそうです」
ヴィクターもうんうんと頷いている。
「一生2人してあわあわしながら、進まない会話をしてそうです」
俺の言葉を聞いた八神司令が、くすくすと笑った。
「教会きっての問題児、だけど私の頼みなら多分聞いてくれるってカリムが言うとったけど、ほんまその通りやな。ちょっと疑って警戒してたんやけどな」
「カリムめ……」
余計なことまで喋りやがって。
教会きっての天才で、ハンサムで、思いやりのある神父って紹介してくれてたら、今頃八神司令は俺にメロメロだったかもしれないのに。
「……何を考えてますの?」
「別に?」
ヴィクターの視線が痛い。
「……まあいいでしょう。それよりファザー、あなたがそこまで八神司令に感謝してる理由。あなたに取ってゆりかごとはなんなんですの?」
「私も、それはちょっと気になるかな。ここまで個人に感謝されたんは初めてや」
八神司令も首を傾げる。
「私、そこまで君に何かしてあげられたかな?」
「……」
俺は胸元のタクティカリバーへ手を伸ばした。
デバイスを操作して、空間に一枚の画像が展開される。
そこに映っているのは、大きく抉れている大地だった。
まるで巨大な何かに、地面そのものを削り取られたような傷跡。
土は剥がれ、地形は大きく変わっている。
そしてそこには草木がない。
周囲には自然が戻りつつあるというのに、その場所だけは長い年月を経てもなお、生々しい爪痕を残している。
「これは……?」
八神司令の声が、僅かに低くなる。
「これは……古代ベルカの戦争で、ゆりかごの主砲が着弾した場所です。いくつかの資料を付け合わせ、近隣の村からも伝わっている口伝を聞きました。まず間違い無いでしょう」
「……」
「今だに荒れた大地が戻ることなく、草木も生えない。あの兵器が残した傷跡です」
俺も、目に刻みつけるようにもう一度その画像を見る。
そこにあったはずの土地が、そこに生きていたはずの人々の暮らしが、兵器の一撃で失われた。
あの風景を見れば、そう考えずにはいられない。
「俺は、この場所をこの目で見てきた」
ヴィクターも黙って画像を見る。
八神司令も、何も言わない。
2人共、声を失っていた。
「4年前、再びゆりかごが動いた時、これがもし街中に……人がいるところに撃たれていたらと思うとゾッとしてな。あの時は気が気じゃ無かった」
あの巨大な兵器が本気で地上を焼こうとしたら、都市へ攻撃していたら、どれだけの人間が死んでいたのか。
考えるだけでも恐ろしい。
「だから」
俺は、八神司令を見る。
「ゆりかごを止めてくれたあなたに、とても感謝しているんです」
「……」
「あなたにとっては、管理局員として当然のことだったのかもしれません」
俺は少し笑う。
「でも、俺にとっては違う」
そして、もう一度だけ頭を下げる。
「あなたが止めてくれたことで、今の平和がある」
あの戦艦の本当の力を知る者が、どれだけいたのか。
ニュースなどでもゆりかごは、市民の不安を煽らないためか、現存の艦隊より少し強力な古代戦艦程度の扱われかただった。
たが。
俺にとってアレは——戦争の象徴だ。
「だから、俺はあなたに感謝している」
顔を上げる。
「それだけですよ、八神司令」
「さよか……」
八神司令は、当時を思い出すかのように目を閉じた。
「あん時は、やれ戦力過剰だの、予算の使いすぎだのと上に散々責められてなぁ……」
苦笑しながら続ける。
「ゆりかご攻略の作戦の時も、担当だからって外部戦闘の指揮任されて、けど戦場が混迷しすぎて、思うように全体を動かす事が出来へんかった。せやからもうニ度とあんな部隊作るもんかって思っとったんやけど……」
自分の働きを誇るでもなく、当時の苦労を笑い話のように語る。
それでも、その笑顔の奥には、あの事件で背負ったものが残っているように見えた。
そして、目を開けて俺を見た。
「私たちにそこまで感謝してくれる君のような人がおるなら、設立は間違いや無かったって思えるわ。……また何かが起こったら、もう一度司令をやってみようともな」
八神司令はにっこりと笑った。
かわいい。
「かわいい」
「ちょっ! 年上をからかうもんやないで」
おっと、心の声が漏れた。
「すみません、つい本音が」
「もう、誰にでもそんなこと言うたらあかんよ」
ちょっと頬を膨らませて抗議してくる。
……やっぱり可愛いな。
「ファザー、あなたという人はまったく」
「嫉妬かヴィクター? 君の事はいつでも美人だと思ってるよ」
「それがダメなのですわ!」
「今私が、誰にでも言うたらあかんて言ったばかりやん」
「美人は褒めずにいられない。俺の悪い癖」
「わかってるなら直しなさいな」
むっ……わかってないな。
ヴィクターも恋愛に関してはまだまだ子どもということか。
「何を言うか、恋は先手必勝だぞ。仲を深めてからなんてモタモタしていたら、他の誰かに横から掻っ攫われるかもしれないじゃないか」
「なんで恋愛講座が始まったんですの?」
「だったら出会ってすぐに相手に好意がある事を伝えた方がいい。その場で相手に既に他の誰かがいるかも確認できるしな」
俺の恋愛観を語ると、2人は目を丸くしていた。
どうやら、ただの女好きが口から出まかせを言っていると思われていたらしい。
失礼な。俺だって、それなりに考えているのだ。
「なんか間違ってない気がしてきたわ……」
「意外にもちゃんとした理由があったのですわね」
理解してもらえたようだ。
では、話を戻そう。
「では納得はいただけたと言う事で、2人の話し合いはどことでやるんだ?」
「人数も人数やから、大きめな場所を押さえてあるで。ついでに食事も用意させてもらったわ。……強引な話の戻し方やったな」
俺は切り替えの速さには定評があるからな。
「食事……」
素晴らしい。
ジークが大人しく出来そうだ。
「……で、酒は?」
「こらファザー!」
「あるで!」
「八神司令愛してる! 結婚しましょう!!」
「靡いたなぁ、お酒で」
八神司令が、呆れたように笑う。
「古代ベルカ史なんてな。酒、飲まずには語れない!! もんなんだよ」
へへ……酒、酒。
「いい加減になさい! あなたジークの事何も言えませんわよ」
……俺が……ジークと同じ?
はっはっは、いやいやまさか……
「……マジ?」
「マジですわ」
「なん……だと……」
衝撃の事実にショックを受けて項垂れる俺に、八神司令がくすくすと笑い、問いかけてくる。
「そもそもどうしてそんなお酒好きなん? 飲み始めたの、今年からって訳やないやろ?」
「……飲み始めた理由が、さっき話したことなんで。あの時俺はゆりかごに突撃しようとして……まぁ、突撃は全力でカリムに止められたんですが」
あの時俺は若かった。
それでも押し通ろうとする俺は、カリムから、八神はやてという司令官が機動六課を率いて『ゆりかご』を止めに向かっていると聞かされても、すぐには納得できなかった。
自分も何かをしなければならない。そう思って、無理を通そうとした。
まぁ、行くなら自分を斬ってから行けとまで言うカリムに、俺は完全に動けなくなったのだが。
「4年前やで? まだ10代前半やろ?」
「ええ、14くらいだった。不安、恐怖、焦り、そういった感情から、つい教会の食堂に保管してある酒に手を出してからですね」
最初飲んだときは美味いとも思わなかったな。
状況が状況だったし、ただそれらから逃げられれば、それだけでよかった。
「まだ続けてんのは、つまんない事考えなくて済むからです」
酒を飲めば、少しだけ頭が軽くなる。
考えすぎなくて済む。
眠れる。
俺は、その時間に甘えている。
だから、やめられない。とまらない。
「それはつまり――」
「はい」
「教会の酒を勝手に飲んだ、と?」
「……」
「しかも、14歳くらいだった?」
「そうですね、既に神父でした」
ヴィクターは額を押さえた。
「あなた、私より年上でしたのね」
「そこかいな」
はやてさんは思わず吹き出した。
「大事なところですわ」
「14歳で酒飲んでたことの方が大問題やと思うんやけど……」
「まあ、その辺はほら……ファザーですから」
「納得していいところなんか、それ?」
八神司令は笑いながら首を振った。
「シャッハが言うとった、チャランポランの不良変態クズ神父ってのが現実味を帯びてきたわ」
そう言って、八神司令は面白いものを見つけたかのように笑った。
「酒飲みで、女好きで、仕事サボって、口も悪くて……」
「ひどい言われようだ」
「でも、人が本当に困ってる時には絶対に放っておかん」
その声は、少し柔らかくなる。
「そういう人なんやろ? ファザー君は」
「俺、そんな立派な人間じゃないですよ」
手が届く距離に助けを求める相手がいるのに、何もしないのは後味が悪い。
たとえ何も出来なくても、素通りしてその後ずっとモヤモヤしているよりずっといい。
ただそれだけだ。
本当に、それだけ。
そんな俺を見る八神司令の笑顔に、俺もつられて笑ってしまう。
ゆりかごを止めた英雄。
俺が勝手にそう思っていた相手は、思っていたよりずっと普通で、ずっと親しみやすい人だったようだ。
「いい笑顔ですわよ」
ヴィクターが、少し意地悪そうに言う。
照れ隠しに顔を逸らした。
すると、八神司令が俺の横顔を見て、ぽつりと呟いた。
「……若いつばめかぁ」
「八神司令⁉︎」
「はやてって呼んでぇな、ファザー君」
そう言って、イタズラっぽく笑い、俺の腕に自分の腕を絡めた。
「はやてさん?」
「んもう。『はやて』」
「ちょ、ちょっと⁉︎」
ヴィクターが素っ頓狂な声を上げ、さらに『マジですの……?』とか言っている。
その横で、俺とはやてさんは顔を見合わせて、揃って笑った。
「「なんてな、冗談さ、ヴィクター」」
「キィイイイイイ!! あなたたちィ!」
キレたヴィクターに兜砕をくらった。
……俺だけが。
だが流石に3回目だ。シールドを顔前に8枚、地面に2枚貼る事で今度は完全にダメージを防いだし、顔面もちろん埋まる事は無かった。
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対話の場は、夜景が綺麗なホテルの上階だった。
大きな窓の向こうには、ミッドチルダの街明かりが広がっている。この景色だけでも、いい肴になりそうだ。
じゃあ、ジークとアインハルトちゃんの話を聞くために集まった、イカれたメンバーを紹介するぜ。
まず俺。
そして当人のジークとアインハルトちゃん。
ヴィヴィオちゃんとヴィクターとはやてさんの古代ベルカ関係者。
あとはアインハルトちゃんの関係者のノーヴェちゃん、コロナちゃん、リオちゃん、ミウラちゃん。
ジークのインターミドル仲間のエルスちゃん、ミカヤ選手、ハリーちゃん。
そのハリーちゃんの取り巻きのリンダちゃん、ルカちゃん、ミアちゃん。
以上だ。
……多い多い多い。
ちょっとした話し合いの場じゃなくて、もはや会合だろこれ。
話を聞きたいやつらがこれだけいるって事か……
ともあれ、話の前にまずは会食だ。
テーブルの上の酒を見つけてグラスにつぎ、2つ手に取る。そして、はやてさんのところへ向かった。
「どうですか、はやてさん」
「ほな、ひとつ貰おうかな」
俺の差し出したグラスをはやてさんが受け取る。
それから、俺たちは互いのグラスを軽く持ち上げた。
「では、平和に尽力してくれているあなたたちに」
「君たちの将来が明るいものであるように」
「「乾杯」」
グラスが軽く触れ合い、澄んだ音が響いた。
俺たちは笑い合い、それぞれ一口飲む。
良いものだ、酒に理解ある人がいてくれるのは。
俺の周りの奴らは、酒に興味がない、理解出来ないって感じだからなぁ……
つまらぬ、だ。
「はわー……なんだか大人なやりとりです」
その声に顔を向けると、目を輝かせてこちらを見ている少女がいた。
どうやら、俺とはやてさんの乾杯が、ずいぶんと大人っぽく見えたらしい。
「ミウラ? どうしたん?」
「あっ、はい。はやてさんの分、とってきました」
そう言って、料理の乗った皿をはやてさんに渡す。
「ありがとな、ミウラ」
はやてさんは皿を受け取り、ミウラちゃんに優しく笑った。
なるほど。こうして見ると、はやてさんがこの子たちに慕われている理由も分かる気がする。
「はやてさん。この可愛らしい子を紹介してくれませんか?」
「か、かわっ⁉︎」
ミウラちゃんの顔が一気に赤くなる。
良い反応だ。
褒め言葉に慣れていないのか、それとも単純に照れ屋なのか。どちらにせよ、実に初々しい。
「このこはミウラ。うちの家族が教えてる子なんよ。……ほらミウラ、ご挨拶」
「はっ、はい! ミウラ・リナルディです」
「ファザーだ。勿論試合は見てたよ。そこにいるミカヤ選手やヴィヴィオちゃんを破って快進撃を続けてる超新星だ」
「そんな、ボクなんてまだまだで……」
……この子、本当に謙遜が癖になってるんだな。
本人としては、偉そうにしたくないとか、自分より強い相手がいるとか、そういう気持ちなんだろう。
実際、競技者なら上には上がいるという現実を嫌というほど知っているはずだ。
けれどな。
「行き過ぎた謙虚さはかえって相手をバカにすることになるぜ。なら、君に負けた相手はそれ以下になってしまう」
「そ、そんなつもりじゃ……」
そういうつもりで言ってないのは分かっているけどね。
でも、本人にそのつもりがなくても、言葉というのは相手に届いた先で別の意味を持つことがあるものだ。
「なら、もうちょい自信を持っても良いとおもうぜ、俺は」
自分を低く見積もることが、必ずしも美徳になるわけじゃない。
「皆さんによく言われます、自信を持てと。でも、なかなか出来なくて……」
困ったように視線を落とすミウラちゃん。
なるほど。
周りから何度も言われて、自分でもそうしたほうがいいとは思っている。
けれど、どうしても胸を張れない。自分自身のために自信を持つというのが難しい。という訳か。
「……自分のために自信を持てなくても、人のためになら持てるんじゃないか?」
「……人のため、ですか?」
「君は、君が破ってきた人たちと互角以上に戦えるくらいには強い。なら、その人たちはこれだけ強かったんだと自信を持って伝えるために戦う。どうだ?」
「戦ってきた相手は強かったと伝えるため……」
ミウラちゃんは、ゆっくりと言葉を繰り返した。
彼女だってファイターだ。リングの上でぶつかり合った相手が、弱い人間だったわけじゃないことくらいは分かるはずだ。
勝った側だからこそ、相手がどれだけ強かったのかを語れることもある。
「勝利は相手を否定することじゃない。相手の強さを知ったうえで、それでも自分が勝ち取った結果だ。だから、君が勝った相手の強さまで背負ってやればいい。そうすりゃ、少しくらい胸を張ってもバチは当たらんだろ」
ミウラちゃんが小さく拳を握った。
「……ボク、頑張ってみます!」
まぁ、人間、他人に言われたからって、そんな簡単に変われる訳じゃない。
俺が「自信を持て」と言ったところで、明日から急に自信満々になれるわけでもないだろう。それなら、世の中の悩みの大半はなくなっている。
だから、これで全部解決したなんて思っちゃいない。
けれど、最初の一歩くらいにはなったかもしれない。
……タブンネ。
「なら、まず自信をもらえる相手がここに2人いるんじゃないか? 早速もらってきたらどうだ?」
俺は視線でヴィヴィオちゃんたちのほうを示す。
自分が倒した相手に、改めて「強かった」と言ってもらう。それなら、俺がいくら言葉を並べるよりも、ずっと本人の自信につながるだろう。
何よりヴィヴィオちゃんは無意識にそういうことができる天使だ。
相手の努力を認め、相手の強さを認めることに、妙な意地を張らない。
さすが、俺の妹(妹では無い)。
「ハイ!」
元気の良い返事をして、ミウラちゃんはまずヴィヴィオちゃんのところへ向かって行った。
その背中を見送ると、黙って聞いていたはやてさんが、面白そうに俺に言った。
「なかなか神父っぽかったで?」
はやてさんが俺を茶化す。
「神父の説法ではなく、ただの一般論だと思いますが……」
と言うより適当だ。
この間のアインハルトちゃんへの発破以来、適当な口車が上手くなってる気がする。
相手の考え方を少しずらして、別の方向から見せてやる。
言葉にすると大層なことをやっているようだが、俺自身はそこまで深く考えていない。
詐欺師、本当に向いてんのかな?
そんな事を考えながらグイッと酒を煽り、グラスを空にした。
という事で酒をつぎ直していると、またも声をかけられる。
「聞き耳を立てさせてもらったが、なかなか良い話だったよ。私としても、自分を倒した相手には簡単に負けてほしくないからね」
振り向くと、そこにいたのはミカヤ選手だった。
抜刀居合を得意とする剣士で、インターミドルでも実力者として知られている。
顔を合わせるのは初めてだし、結局誰も紹介してくれなかった上、ジークやアインハルトちゃんの事がゴタゴタしてて口説きに行く機会の無かった相手だ。
それが向こうから声をかけてくれるなんて……
人生、何が起きるか分からないものだな!
「聖王教会神父のファザーだ。あなたの事はうちのディードやオットーから聞いているよ。えらい美人の剣士さんがいるってな。……飲むかい?」
「ミカヤ・シェベルだ。私もその2人から君の事は聞いているよ。とんでもない不良神父がいるってね。……競技者だからね、辞めておこう」
そりゃ残念。
「2人とはどこで知り合いに?」
「ノーヴェちゃんから妹たちだと紹介されてね」
「なんだよノーヴェちゃん。俺にも紹介してくれればよかったのに」
「お前絶対ミカヤちゃんを口説くからダメだ」
彼女が心配なのか、いつの間にかやってきたノーヴェちゃんが即答した。
「こんな美人を口説くなんて、当たり前の礼儀だろ?」
「私としては殿方に褒められる機会なんてそうそうないから満更ではないよ」
ミカヤ選手は、涼しい顔でそう言って微笑んだ。
これは意外な反応だ。
ノーヴェちゃんの言うことを真に受けて、最初から警戒される可能性も考えていたのだが……。どうやら、褒め言葉そのものを嫌がっているわけではないらしい。
「ほらな、ノーヴェちゃん。本人も満更じゃないってよ」
「ミカヤちゃん……ウソだろ?」
「私だって乙女だって、前に言っただろう? 嬉しいのさ。ノーヴェちゃんは私が嬉しいと思ってることを、一緒に喜んでくれないのかい?」
「うう……」
ノーヴェちゃんがたじろぐ。
はっはーん、そういう事か。
親友が男に口説かれているのを見て、面白く無いという気持ちになっているのだ。
「妬いてんな、ノーヴェちゃん?」
「へぇ……それは彼に? それとも私に?」
ミカヤ選手が、楽しそうに首を傾げる。
こっちもこっちで、なかなか性格がいい。
「んな訳あるかっ!」
ノーヴェちゃんが勢いよく否定した。
……ああ、そういえば。
俺、ノーヴェちゃんを口説いた事はなかったな。
スバルちゃんにそっくりだったせいで、そういう対象として考えたことがなかったし、だいたいランスターさんが一緒に居たからな……。
「機嫌なおしてくれよノーヴェちゃん。そうだ、今度デートに行こうぜ」
ノーヴェちゃんの顎を軽く持ち上げて、その瞳を覗き込みながら口説いた。
「デートなら親友の私とだよな?」
すると、ミカヤちゃんがノーヴェちゃんの肩を抱き、耳元で囁く。これは予想外の援護射撃だ。
「からかうなっ!」
ノーヴェちゃんはその髪の色以上に真っ赤な顔になりながら、俺たちから飛び退いた。
男勝りなのにあんまり免疫が無いのか。
……可愛いとこあるじゃん。
「おいおい……俺は本気だったんだぜ?」
女性を口説く時『は』いつだって本気だ。
「私も冗談では無かったが……」
ミカヤちゃんも残念そうに肩をすくめた。
「ミカヤちゃん。振られたもの同士、今度2人でどこか行かないかい?」
「そうだね、傷の舐め合いをしようか」
おお、デートの約束まで取り付けたぞ。このまま恋人まで一直線だ。
「もう、いつまで他の人と話してるんですか」
「今日はウチらのために来てくれたんやろが」
そう思っていた矢先、両腕をグイと、不満顔のアインハルトちゃんとジークに引っ張られた。
「お料理とお酒は私が持ちますので、いきましょう」
ヴィヴィオちゃんまで⁉︎
「ほら」
「行きますよ」
「ゴーゴーです」
そうして俺は、あっという間に3人に連行されてしまった。
3人に勝てる訳ないだろ!!
馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!!
「ミカヤちゃん、Help!」
「後で連絡してくれたまえ」
3人には勝てなかったよ……
ミカヤちゃんは笑顔で俺を見捨てた。ほんと、良い性格してるな。
でもまぁ……デートの約束は取り付けたし、良いとしよう。
ノーヴェちゃんに感謝だな。
……今度、本気で誘ってみるか。
「さてみんな〜、食べながらでええからちょう聞いてな」
俺が3人の機嫌をとりながら、たわいもない話をしていると、はやてさんが集まった目的を話し始める。
「みんなも知っているとおり、今日戦った2人には少し複雑な因縁がある」
始まるか……
会場の空気が、ほんの少しだけ変わる。皆がはやてさんの言葉に耳を傾けていた。
「『黒のエレミア』の継承者ジークリンデと『覇王イングヴァルド』の末裔アインハルト。二人を繋ぐのは聖王女オリヴィエ」
数人の視線がヴィヴィオちゃんに集まる。
……そこにいるのはオリヴィエじゃなくてヴィヴィオちゃんだぜ?
「かつて戦乱の時代を一緒に生きたベルカの末裔が今この時代にまた集まってる。それにこの場には雷帝ダールグリュンの血統ヴィクトーリアがいるし、ここにはおらへんけどもうひとり——旧ベルカ王家直系の子がいる」
ここにいない、もうひとり。
冥王イクスヴェリア。
かつて封印されていた彼女は、偶然の出来事から目覚めた後、機能不全を起こし、マリアージュ事件を引き起こした。
現在は教会で保護されているが、いまだ眠り続けている。
「これが偶然なのか、何かの縁や導きの結果なのかはわかれへん。そやけどこれはあくまで老婆心というか……大人側の心配としてなんやけど、これだけ濃密な旧ベルカの血統継承者たちが一堂に会するゆーんはちょっぴり気にかかるところなんや」
……偶然という言葉は便利なものだ。
説明できないことを、ひとまず偶然という箱に入れておく。
それで納得できるなら、それも一つの答えだろう。
……箱の中身は消えないがな。
「インターミドル中の大事な時期や……みんなが事件に巻き込まれたりせえへんように私たちも守っていきたい。そのためにも二人が過去のことを話し合う会に私も参加させてもらいたいんよ」
はやてさんはジークとアインハルトちゃんを見て言った。
「同じ真正古代ベルカ継承者同士……行きたい場所や探したい資料があるなら私も全力で協力するよ」
「「「はい!」」」
はやてさんの言葉に、ジークとアインハルトちゃん、それにヴィヴィオちゃんが顔を見合わせ、元気のいい返事が3つ重なった。
「そこのファザー君もな」
わしが……!!?
俺はあくまで2人の話を聞いて、必要なら知っていることを話して終わりのつもりだったんだが⁉︎
今日だけだと思ってたんだ。俺がそんな面倒な仕事を引き受けるかどうかは、また別の話である。
3人から『あれが知りたい』『ここに連れてって』と詰め寄られる未来が見える……
やめてくれ 降参だ
はやてさんは、そんな俺の反応を見て楽しそうに笑っていた。
……この人、絶対に分かっていて言ったな。
なぜ俺が、こいつらを導くようなマネをしなくちゃならないんだ!
……神父だからか。
転職しようかな……学歴無いから無理か。
——そんな葛藤をしている俺の横で、アインハルトちゃんによる、覇王クラウスの記憶の物語が始まった。
ミウラ、ミカヤと顔を合わせるタイミングはここしか無いと思い、歴史の授業まで行けませんでした。
次話に持ち越しです。