今回、独自設定が多数出てきます。
ご容赦ください。
「じゃあまぁ、オリヴィエについて話すその前に」
初めからずっと視線は感じていた。
ずっと俺たちを見ていた奴がいる。
食事をしている間も、古代ベルカの歴史について話している間も。そして、ヴィヴィオちゃんにオリヴィエの話をしようと決めた今も。
ずっとだ。
ずいぶん趣味の悪い奴だ。
人の会話を盗み聞きする趣味でもあるのか。それとも、ここにいる誰かに用があるのか。
どちらにせよ、本人の許可もなく覗き見とは、感心しないねぇ。
俺は何もない宙を睨みつけた。
「貴様! 見ているな!」
宙を指差す。
「なんだい急に」
ミカヤちゃんが呆れたような声を上げた。
まぁ、そりゃそうだろう。
傍から見れば、俺が突然、何もない空間に向かって叫んだようにしか見えない。
だが、俺にはわかる。
そこにいる。
姿は見えない。声も聞こえない。だが、確かにこちらを窺っている気配がある。
こちらを見ているということは、何らかの魔法的な接続があるはずだ。遠隔視認の術式か、観測用の魔導具か。方法まではわからないが、こっちを覗くための魔力の経路が存在する。
なら、その魔力を見つけて逆に辿ればいい。
方向、距離、魔力の残滓。
散らばった手掛かりを拾い集め、ひとつずつ絞り込んでいく。
「北北東に距離は10……12……いや」
もう少し先か。
「13Kmや。見 つ け た ぞ !」
『――!?』
声にならない反応が、遠くの気配から伝わった気がした。どうやら向こうも、俺に気づかれた事に気づいたな。
そのままそちらの方向に指を向け、魔力を指先に集める。小さな光が一点に凝縮され、周囲の空気がわずかに震えた。
「ファザーさん、何を⁉︎」
何って、そりゃ決まっているだろう。
覗き見している不届き者への制裁だ。
大丈夫。これ、自己防衛だから。
「狙い撃つぜ。はやてさん、ガラスの弁償宜しく」
「せんよ、自己責任でやってや」
はやてさんはこちらを見ながら、涼しい顔で即答した。
「…………」
「…………」
「……じゃあいいや」
次の瞬間、指先の魔力が霧散した。
光が消え、張り詰めていた空気も元に戻る。
「逃げたか」
俺は、相手がいた方向を見据えた。
つい先ほどまで感じていた気配は、もうない。
俺が居場所を特定したからか、それとも、こちらが攻撃の準備に入ったことを見たからか。
どちらにせよ、ネズミ一匹の気配は消えていた。
さて。
「もう一匹いるな? ちょうど逆方向、南南西か。距離は……」
『ちょっと待ったぁ!』
突如空中にモニターが現れる。
「ルールー⁉︎」
ヴィヴィオちゃんが驚きの声をあげる。
そこに映し出されていたのは、カルナージにいたルーテシアちゃんだった。
今はインターミドルに出てるからこっちに滞在してるんだっけ?
画面の向こうで、ルーテシアちゃんは少し慌てた様子で手を振っている。
「……ルーテシアちゃんが、覗きが趣味の娘だと思わなかった」
『ちーがーいーまーすー!』
ルーテシアちゃんが、頬を膨らませた。
『はやてさんに頼まれて、みんなの会話を盗み聞きする人がいないか、監視してたんですーっ!』
「……盗み聞きする人がいないか監視?」
『そうです!』
ルーテシアちゃんは、むっとした顔で頷いた。
『話の内容が内容なので……この部屋の周辺を確認して、不審な魔力反応がないか調べてたんです。そしたら、ひとつ気になる反応があって……』
俺ははやてさんを見る。はやてさんは手を合わせて謝罪のポーズをとっていた。
……いや話しといてくださいよ。
もし最初特定したほうがルーテシアちゃんだったら、今頃、吹っ飛ばしてたかもしれなかったんだから。
でも、という事は……
「最初のネズミは君の知人じゃ無いってことか」
『はい、もうちょっとで特定出来そうだったんですけど……まさか先に特定されるとは思いませんでした』
ルーテシアちゃんは、少し悔しそうに答えた。
つまり、こういうことだ。
俺たちを盗み見していた奴が一人。
その者を追っていたルーテシアちゃんが一人。
俺が感じていた二つ目の気配は、監視を行っていたルーテシアちゃんのものだったわけだ。
ルーテシアちゃんも相手を追っていたが、相手の正確な場所や正体を確かめる前に、俺が先に居場所を割り出しちゃったってことだな。
「邪魔したか? 悪ぃ。ずっと見られてて不快だったからさ」
『いえ。どっちみち、私が特定しても逃げたかと思います』
逃げ足早かったからなぁ……
「なあ、見られてるの気づいてたか?」
「いえ、まったくわかりませんでした……」
ハリーちゃんが、隣にいるエルスちゃんに尋ね、エルスちゃんは、困ったように首を振った。
「彼、大したものだね。ますます興味深い」
「時折優れたところを発揮するのですから、不思議な神父ですわ」
ミカヤちゃんとヴィクターが感心した様に頷く。
「ウチはいつも通り、ファザーが奇行に走ったんかと思ったわ……」
ジークは後でデコピンだ。
どうやら、俺の探知能力はトップファイターもお墨付きの様だ。
ふふん。もっと俺を褒め称えろ。
そして酒とツマミを備えるんだ。
しかし、こういう手合いがいるとなると、今後も注意が必要だ。
インターミドルに出場している選手たちは、まだ若い。
実力のある選手ほど注目されるし、戦闘技術や魔法の特性を調べたい人間もいるだろう。
公開された試合を観戦したり、記録映像を分析したりすることまで否定するつもりはない。
選手の技術を研究すること自体は、競技の発展にもつながる。許容範囲内というやつだ。
だが、本人の許可なく会話を盗み聞きしたり、私生活まで覗き見したりするのは別の話だ。
情報を盗られることも問題だが、スキャンダルなんかも命取りになりかねない。
選手本人だけでなく、所属チームや関係者にまで迷惑がかかることだってある。
それに、今回のように古代ベルカの歴史や血筋に関わる話をしている場合、聞かれた内容によっては本人たちの安全にも影響しかねない。
後で覗き防止の魔導具でも作ってやろうか。
ただしジーク、テメェはダメだ。
「ついにおかしくなったのかと思ったぞ。いや、最初からお前はおかしな神父だったけどよ」
「いやー……へへっ」
照れるぜノーヴェちゃん。
「褒めてねぇよ!」
ソーナノ⁉︎
「すごいですね。どうやってわかったんですか?」
コロナちゃんが、興味津々といった様子で尋ねてきた。
ふふ、コロナちゃん。もっと褒めてくれていいぞ。
気分がいいから教えちゃおう。
「見てるってことは、こっちを観測するための魔力の経路がどこかにあるはずだからな。それを見つけて、逆に辿っていけばいいだけだ」
「簡単に言いますけど、相当高度な技術ですよそれ……」
そうかな……
確かに今回は、相手が長くこちらを見続けていたおかげで楽だったな。
「じゃあ、どうやって見られてる事に気づいたんです?」
今度はリオちゃんが疑問を投げかけて来た。
「感覚……だな。見られてるとなんかこう、ぬるりとした感覚があるだろ? それを感じたら周囲をスキャンするようにしてるんだ。そうすればはっきりわかる」
「そんな感覚わからないです……」
え?
ぬるりとした感覚じゃあわからない?
ぬるりとした感覚はぬるりとした感覚だよ。
……麻雀でもやって身につけろ。
「あの……私たちを見てた相手の方、13Km先にいるんですよね? そんな遠くまで砲撃が届くものなんですか?」
ヴィヴィオちゃんが、少し不安そうに手を挙げた。
「ここは高位置にあるし、相手の場所はわかったからな。あとは逆に、届くようにすれば良いだけだよ」
「超高密度に圧縮された……いや、超超超高密度に圧縮されとった砲撃やったな。確かにあれなら届くかもしれへんけど……」
はやてさんが、そこで言葉を切り、じとっとした目で俺を見た。
「……あんな高密度の砲撃の貫通力じゃあ、非殺傷設定なんて意味なさないで?」
「じゅ……13Km先なら大丈夫だから」
俺は震え声で言った。
流石にそこまで行く間に威力は削がれる。
「……あの、それって、途中で何かに当たったら……」
ヴィヴィオちゃんが、恐る恐る聞いてきた。
「アウトやな」
はやてさんが即答した。
「……」
俺は無言で親指をグッと立てて笑った。
「ファザーさん?」
ヴィヴィオちゃんの笑顔の圧が怖かった。
誰譲りだ?
まさか、あの優しそうななのは女史な訳あるまいし。
……オリヴィエか? あの野郎め。
「あの、えと……」
今度はアインハルトちゃんか。
何か言おうと、こちらを見ている。
ここまで来たら、遠慮せずになんでも言ってみんしゃい。
「あう……聞きたかった事、全部聞かれてしまいました」
かわいい。
俺は無言でアインハルトちゃんを撫で回した。
「ふ、ファザーさん……っ」
アインハルトちゃんは茹でタコになった。
ヨシ!
「仕方ねぇ。結界を張るか」
「結界?」
はやてさんが首を傾げた。
「ああ。盗聴、盗撮、遠隔視認、それから魔力反応を利用した追跡。とりあえず、その辺りをまとめて防げるようにする。会話の内容を外に漏らさないための簡易的な情報防護結界だな」
「簡易的、ねぇ……」
はやてさんが、なんとも言えない顔をした。
俺が結界を張ると言ったら、張るんだよ。
『ちょっと待ったぁ!』
天丼か?
空中のモニターから、ルーテシアちゃんが身を乗り出すようにして声を上げた。
『それだと私まで監視できなくなっちゃいます!』
「結界を張って外から見れなくすれば、お役御免じゃない?」
『せっかくだから、私もオリヴィエの話聞きたいなーって。……ダメですか?』
顔を傾げ、両手を傾げた顔の横で合わせる。
ちょっと年相応に可愛くおねだりされた。
……この娘、理解してやってるな?
「……じゃあ、ルーテシアちゃんだけ結界抜けられるようにするか。デバイスと魔力の情報送って。ほかの奴が勝手に入り込めないように、そのデバイス情報と魔力が揃ってる時だけ、結界通れるように経路作るから」
『はい、今送ります』
「オッケー、確認した。じゃあ結界を調節するからちょっと待ってくれ」
俺たちは端末をガタガタと叩きながら、情報をやりとりする。
ルーテシアちゃん本人の魔力だけで判定するのは、あまり安全とは言えない。魔力の偽装や変質、あるいは他人による模倣の可能性もある。だから、デバイスの識別情報と魔力の特徴を組み合わせる。
もちろん、それであらゆる偽装を防げるとまでは言わないが、大分マシになるだろう。
俺は内容を確認し、必要な情報を術式に組み込んでいった。
範囲はこの部屋全体。そのうえで、ルーテシアちゃんだけ通信できるようにする。
「よし、結界展開っと」
展開と同時に、ルーテシアちゃんのモニターが一度消え、再度現れた。
「状況は?」
『問題ないでーす』
画面の向こうで、ルーテシアちゃんが手を振った。
よしよし。
「ふぅ、いい仕事したなぁ。疲れたし帰るか」
「ちょいちょい。これからが本番やろ」
ダメだったか……
てか、はやてさんってだいぶノリがいいよな。
……みんな期待した目で俺を見やがって。
覚悟を決めなければならないようだな。
「起きろ、タクティカリバー」
胸元の、剣と十字架が合わさったようなデザインのデバイス。タクティカリバーを、2度ほど指でトントンと叩き起動を促す。
すると、デバイスに淡い光が灯る。
『……………………』
「…………あれ? おーい、起きろ」
反応がない。
「なんだよ、拗ねてんのか?」
『1ヶ月も眠らされていれば拗ねもします!!』
タクティカリバーから堰を切ったような抗議の声が飛び出した。
しばらく人格をスリープモードにしといたからなぁ……
「だってお前、小言がうるさいんだもん」
『某は
「お前は俺の母ちゃんかよ」
『某が主人殿の母君など畏れ多い事を!』
こいつはこいつで俺のことを本気で心配しているのだろう。俺の生活態度から体調管理まで、何かにつけて口を出してくるのも、結局は俺を案じてのことだ。
そこは理解している。理解しているが……
やっぱうるせーんだよなぁ、コイツ。
「タクティカリバーって喋れたんですか⁉︎」
「……初耳です」
ヴィヴィオちゃんは目を丸くし、アインハルトちゃんの目には明らかな驚きが浮かんでいる。
『某はベルカ式アームドデバイス、タクティカリバーです。宜しくお願いします、小さなレディ達』
先ほどまでの怒りはどこへやら。タクティカリバーは、やけに丁寧な口調で少女たちに挨拶した。
こういうところだけは、本当にそつがない。
「は、はいっ! 高町ヴィヴィオです」
「アインハルト・ストラトスといいます」
「ウチは知っとったよ」
ジーク、お前は家に入り浸ってるからだろうが。得意げに自慢する事じゃないぞ。
「タクティカリバー、俺がまとめたオリヴィエについてを話してやれ」
『あれは主人殿が長い月日を掛けて、多くの資料と現地調査の数々を纏めあげたもの! この様な大勢の場で不用意に見せるものではありません!』
確かにオリヴィエに関する資料は、古い記録を集めただけのものではない。俺自身が教徒集めの旅と称して各地に足を運び、土地に残る景色を見て、近隣の村々に伝わる伝承や絵を調べ、記録同士を照らし合わせてきたものだ。
何年もかけて積み重ねた調査の結果であり、簡単に人へ渡していいものではない。
……だからこそ、だ。
「この場だからだよ。よく見てみろ」
俺は胸元のタクティカリバーを持ち上げ、宙にかざした。
そして、周囲にいる面々を示すように、ゆっくりと手を動かしていく。
全員が古代ベルカの歴史と無関係ではいられない人間たちだ。
『……なるほど』
「納得したか? 彼女たちは知っておくべきだろう」
『わかりました』
短く返事をしたあと、タクティカリバーはその場にいる全員へ向けて、改めて言葉を続けた。
『皆様。これよりお話しする内容は、他言無用でお願いします。いずれ、この資料を提出することがあるかもしれませんので』
その言葉に、場の空気がわずかに引き締まる。
『では、始めましょう』
タクティカリバーは、いつもの俺への小言とはまるで違う、静かで改まった声を響かせた。
『これからお話しするのは、我が主ファザーが集めた、オリヴィエに関係する530件の資料。それに、主人殿自身が現地へ赴いて見た景色、近隣の村々に伝わる伝承や絵――それらを照らし合わせ、整理したうえで浮かび上がってきた、聖王オリヴィエという人物の姿です』
「資料の少ない古代ベルカの、それもオリヴィエに関係するものだけで530件も調べたなんて……」
コロナちゃんが感心した様に言った。
まぁ正確には、オリヴィエ本人について直接記録した資料だけじゃない。クラウスやヴィルフリッドなどの関係性が濃い者たち、当時の周辺事情を記したものなども含めてだ。
『ただし、ここでお話しする内容のすべてが正しいと断言できるわけではありません。記録には食い違いがあり、伝承には語り継がれる過程で変化したと思われる部分もあります。どうか鵜呑みにせず、皆様自身が考えるための材料としてお聞きください』
タクティカリバーは一度言葉を切った。
『また、資料は現在も編纂中です。今後、新たな記録が見つかることや、これまでの解釈が変わることも考えられます。その点は、あらかじめご容赦ください』
その場のみんなが頷いた。
タクティカリバーは空間に大きくモニターを展開し、俺の作った、分厚い本の形をしたオリヴィエについてまとめた原稿を映し出した。
『とはいえ、人1人の一生。一晩で語り尽くせるようなものでもありません。特に重要なところ、覇王やエレミアに関するところを重点的にお話しましょう』
元々は、アインハルトちゃんとジークの話し合いの席だ。
それなら、2人に関係ある所を絞って話すのがいいだろう。
『オリヴィエ・ゼーゲブレヒト。当時の王の三女としてゆりかご内で生まれた、正当な第三王位継承者でありました。
ゆりかご内で産まれた子には「聖王核」という魔力補助コアが埋め込まれ、強靭な肉体と巨大な魔力。ゆりかごの「玉座の王」の資格を得ます。
これが王位継承権を持つものの証です』
「その聖王核ってののお陰で、聖王サマは強かったんだな」
ハリーちゃんが口を挟む。
聖王核があったから強かった。
間違いではない。だが、それだけで片づけるのも違う。
『はい。ただし、オリヴィエだけでなく、当時の中枢王家の者達はおおむねゆりかご内で生まれ、聖王核を持っていました。
記録から見るに、その中でも、オリヴィエの魔導士としての才能は際立っていたと考えられます』
タクティカリバーは説明を続けた。
『さて、生まれから話したのはここが大きなポイントの1つだからです。
彼女の生まれと同時に母親が亡くなっています。
これは、母親の持っていた聖王核かそのままオリヴィエの体内に吸収された為と言われています。つまり、オリヴィエの聖王核は埋め込まれたものでは無いという事ですね。
そのため、オリヴィエは「奇跡の子」などと言われる一方で、「母の命を吸って産まれた鬼子」とも言われていたようです』
タクティカリバーの声は淡々としていた。
だが、その言葉が意味するものは軽くない。
生まれた瞬間から、祝福と忌避。その両方を背負わされたということだ。
本人が望んだわけでもない。何かを選ぶことすらできない、生まれたばかりの赤ん坊だったというのに。
それでも、人はその子に意味を与えた。
奇跡だと持ち上げ、鬼子だと忌み嫌い、王位継承者としての価値を測った。
――それが、オリヴィエの人生の始まりだった。
『では、少し飛びます。時期は定かではありませんが、オリヴィエはまだ物事がつくかつかないかという幼い頃に、魔導事故にあった様です。
そのせいで両手と臓器の一部を失い、子をなせない身体になりました』
タクティカリバーは、資料の記述を一つずつ読み上げていく。
このあたりは、記録から読み取れる内容にも限りがある。
事故が起きた正確な時期も、原因も、どこまでが当時の記録に明記されているのかも、すべてがはっきりしているわけではない。
それでも、彼女が幼い頃に大きな身体的損傷を負ったことは、オリヴィエという人物を考えるうえで無視できない事実だった。
『推察になりますが、おそらくそれが「ゆりかご」の王になる事を決意した大きな理由なのでしょう』
「母への負い目だけじゃない。子を成せないオリヴィエが未来に何を残せるか。そう考えた結論が『平和』だったんじゃねぇか。俺はそう思ってる」
俺は、そこで口を挟んだ。
これは資料に書かれていた事実じゃない。
俺が、集めた資料を読み、各地に残る伝承を調べ、それらを照らし合わせたうえで考えた、一つの推察だ。
オリヴィエが本当は何を考えていたのか。
その答えを、俺は知らない。
だから、断言するつもりもない。
だが、もし彼女が母親の死と自分の生を重ね、王家の一員として未来に何を残せるのかを考えていたのなら。
——その答えとして、平和を選んだ可能性はある。
自分が子を成し、次の世代へ何かを残すことができないのなら、せめて自分が生きている間に、争いのない未来を作ろうとしたのかもしれない。
……馬鹿げた結論だ。
自分の身体に起きたことや、母親の死への負い目を背負い、それを埋め合わせるかのように、世界の未来まで自分一人で引き受けようとしたのだとしたら。
そんなものは、あまりにも重すぎる。
それに、平和を作るためなら何をしてもいいわけじゃない。
どれだけ立派な願いを掲げようと、そのために誰かを犠牲にするのなら、その犠牲までなかったことにはできない。
俺は、オリヴィエのそんなところが受け入れられない。
「うう……幼少期のオリヴィエ様に、何かよかった事は無かったんですか?」
その生い立ちに同情したミウラちゃんが、涙を浮かべながら聞いてきた。まぁ、ここまでの話だけならあまりにも救いがない。
『そうですね……怪我の功名というには大きすぎる代償ですが、上姉との仲は改善したようです。大怪我をしたオリヴィエの命を必死に繋ぎ止めようと動いたのは上姉だったらしく、この事故以降、仲の良い姉妹になったとか。
それを思わせる2人のやり取りの手紙が複数見つかっています』
タクティカリバーがオリヴィエが姉に宛てた直筆の手紙、姉からオリヴィエへの返事の手紙を映し出す。
内容は、シュトゥラで今日何があったかという、たわいも無いもの。
それを度々姉に送るくらいには、上姉に懐いていたのだろう。
姉からの手紙にも、日常についての話と、オリヴィエからの手紙の内容に対する意見、感想などが綴られている。
私的な内容のため、姉については全て「マリー姉さま」と書かれていた。姉からの手紙でも自分の事を「マリー」と綴っている。
おそらく愛称だろう。残念ながら、姉の本名はわからない。
手紙の中にあったのは、今日あった出来事を伝えたい妹と、それに返事を書く姉の姿だった。
こういう記録が見つかるたび、歴史上の人物も俺たちと同じ人間だったんだと実感する。
「それまでは姉妹仲は良く無かったんですか?」
『母の死の原因となったオリヴィエを受け入れられなかったのでしょう。ただ、彼女が産まれた時はまだ姉たちも幼かったはず。感情の整理をつけられなかったと見るべきです』
母親を失った姉たちにとって、オリヴィエの誕生がどう見えていたのか。そこにどんな感情があったのか、残念ながらそれを知ることはできない。
ただ、最初から憎しみだけで結ばれていた姉妹ではなかったのだろう。
幼い子どもたちに、母親の死を受け入れろというのも酷な話だ。
まして、その死と妹の誕生が結びついてしまったのなら、簡単に割り切れるはずもない。
それでも、時間をかけて関係を築き直すことはできた。
少なくとも、手紙はそうした可能性を示している。
『余談ですが、この事故が決め手となり、オリヴィエは一時的に王位継承権を失っています。……結局は後年、彼女をゆりかごに乗せるため、継承権は復活するのですが』
「ずいぶん勝手だね。継承権を奪っておいて、誰も乗りたがらなかったゆりかごに乗ると言ったら返すなんて。
……まるでオリヴィエを道具の様に扱っている様だ」
「ゆりかごに乗って得られるものは栄光。失うものは命。
誰もやりたがらない所にオリヴィエが手を挙げたんだ。継承権なんざ、喜んで返すだろうよ。
政治の世界なんて真っ黒さ、ミカヤちゃんには向いて無いかもな」
「そうだね。そんな人間になるくらいなら、足を踏み入れたくは無いかな」
「ですって、はやてさん」
「なんで私に話を振るのかわからへんなぁー」
若くして管理局の二佐まで登り詰めた人だ。政治には無縁じゃいられないだろうし、腹芸はお手のものだろうによ。
……あのふわふわした笑顔からは想像出来ないがな。
怖い怖い……
でも、俺はそんな女性も素敵だと思うよ!
……まぁそれは今はどうでもいい。次だ。
『次は、そうですね……ヴィルフリッド・エレミア。彼女とのとの出会いは……』
「やはりリッドは女性……」
まだ性別が引っ掛かってたんかい。
「アインハルトちゃん。これ俺が書いた文章だから。女性として扱われている資料が多いから、ひとまず女性にしてあるだけだ。
もし、性別がはっきりわかる記録が見つかったら修正する」
「す、すみません」
アインハルトちゃんは、少し恥ずかしそうに目を伏せた。
『コホン。ヴィルフリッド・エレミアとの出会いは……よくわかっていません』
「わかっとらんのかい!」
ご先祖の扱われ方が雑だったためか、ジークが思わず突っ込んだ。
ここまで大仰に資料を並べておいて、肝心の出会いが不明とは、子孫である本人からすれば納得しづらいだろう。
だが、わからないものはわからないのだ。
『はい。彼女とどこでどうやって出会ったかはわかっておりません。ただヴィルフリッドは、彼女の父が作成を依頼された義腕をゼーゲブレヒト家へ届けにきた様です。それが、オリヴィエの最初の義手となった様ですね』
「さっきアインハルトちゃんの話にも出てきたな。新しい義腕を作る前の最初のエレミアの義腕。精密でとても嬉しかったって言ってたやつだ」
『ともあれ2人は出会い、ヴィルフリッドはオリヴィエに乞われて、食客扱いとしてゼーゲブレヒト家に滞在し、異国の話や技術を伝えた様です。』
「食客?」
「臣下とお客の中間くらい……居候みたいな感じですね」
ハリーちゃんの疑問に、エルスちゃんが答えた。
「居候……」
その言葉に、俺はジークをじっと見る。
「……なんか言いたいことありそうやね」
その視線に気づいたジークが、こちらを睨み返した。
どう見てもコイツが「食客」って感じではでは無いなぁ……。
「いけ、ジーク」って言っても、俺の為に闘ってはくれんだろうしな。
「クラウス殿下は、まだ出てきませんの?」
ヴィクターの問いに、タクティカリバーは投影していた資料を切り替えた。
『では、オリヴィエのシュトゥラ留学まで進めましょう。
オリヴィエは表向きには「留学」という形でシュトゥラへ送られています。実態としては、同盟強化のための人質ですね』
「留学という名の人質か……」
ミカヤちゃんが、あからさまに嫌そうな顔をした。
「国同士の関係を維持するために、王族の子供を差し出す。昔からある話とはいえ、気持ちのいいものではないな」
「まあ、王族の宿命みたいなものだな。ましてやこの頃は継承権も失っているし」
王族として生まれた以上、本人の意思とは関係なく、国のために利用されることもある。ましてや、この頃のオリヴィエは王位継承権を失っている。
王族としての価値を失ったわけではないにせよ、政治的な立場が以前とは変わっていたことは間違いないだろう。
『幸いなことに、シュトゥラ留学前までの間に、オリヴィエの身に大きな事件が起きたという記録はありません。
この期間に彼女の周囲で起きた出来事として挙げられるのは、下の姉――つまり、第二王位継承者であった次女が、騎士の道を歩み始めたことです』
「第二王位継承者でありながら、騎士に?」
ヴィヴィオちゃんが首を傾げた。
「王位を継ぐ可能性がある立場なら、王族として国を治める道もあったはずだよね?」
「そうだな。もちろん、王族が騎士になること自体が不可能だったわけじゃないだろうが……」
俺はタクティカリバーの投影資料を見つめる。
「第二王位継承者ともなれば、本人の希望だけで決められることじゃない。国にとっても、相応に大きな意味があったはずだ」
『その通りです。
彼女がどのような経緯で騎士の道を選んだのか、詳しい事情は分かっていません。ただ、王位継承権を持つ身でありながら、自らの身を国に捧げる道を選んだことは、オリヴィエの価値観に影響を与えた可能性があります』
「下のお姉様は、オリヴィエをどう思っていたのでしょう?」
ヴィヴィオちゃんの問いに、タクティカリバーは少し間を置いた。
『残念ながら、姉妹の仲が改善したと判断できるようなエピソードは、資料の中には見当たりません。
次女は「騎士の中の騎士」と称されるほど模範的な騎士であり、他人に厳しく、自分にはそれ以上に厳しい人物だったようです』
オリヴィエ本人については、それなりに資料が残っている。
だが、その姉妹となると途端に乏しくなる。
マリーとシルヴィー。
わかっている名は愛称だけ。
本名くらいわかりそうなものなんだがな。
長女はその子どもが次の王位を継ぎ、王太后として政治の道へ。
次女は騎士となり戦場を駆け、周辺国の平定の為の力となった。
それぞれが、それぞれの道を歩んだわけだ。
では、その道を選ぶまでに何があったのか。
オリヴィエとの間に、どんな感情があったのか。
その答えは、残念ながら見つかっていない。
「……アインハルトの記憶にはありませんの?」
ヴィクターがアインハルトちゃんへと視線を向けた。
アインハルトちゃんは少し考え込むように目を伏せてから、口を開く。
「そうですね……オリヴィエの下の姉君についての記憶は……」
彼女は記憶を探すように、ゆっくりと続けた。
「一度、剣を突きつけられたことがあります」
「えっ?」
ヴィヴィオちゃんが目を丸くした。
「剣を突きつけられたって……クラウス殿下がですか?」
「はい。正確には、オリヴィエの扱われ方について問い詰められました」
アインハルトは、当時の光景を思い出すように話す。
「『オリヴィエは姫として、留学生として、きちんとした扱いを受けているのか。もし、ただの人質として雑に扱われているのなら、貴様を斬って連れて帰る』と……凄まじい剣幕でした」
「……なかなか過激なお姉様ですわね」
ヴィクターが目を瞬かせる。
「それは、イングヴァルト家がオリヴィエに何かしたわけではなく?」
「はい。少なくとも、私の記憶では、あちらが一方的に詰め寄ってきた形でした」
「……表には出さないが、心配はしていたようだな」
記録に残るのは、模範的な騎士としての姿。
他人にも自分にも厳しく、妥協を許さない人物像。
だが、妹が人質として粗末に扱われている可能性を知れば、相手を斬ってでも連れ帰ると宣言する。
同盟関係とはいえ、他国の王子を斬ろうとした、いや剣を突きつけただけでも国際問題だ。彼女も王族なら、勿論事の大きさを理解していたはず。
それでも尚、オリヴィエの扱いを確かめずにはいられずに、その行動に出た。
本当に斬るつもりがあったのか、相手を威圧するための言葉だったのかまでは分からなくとも、事の重大さを考えれば、オリヴィエの境遇を本気で気にかけていたことは伺える。
もちろん、だからといって姉妹の仲が良かったと断定することもできない。心配していたことと、互いに理解し合えていたことは別の話だ。
普段は厳しく接していたのかもしれない。
距離を置いていたのかもしれない。
あるいは、姉妹の間に、俺たちには分からない事情があったのかもしれない。
今となっては、そのどれもが可能性にすぎない。
それでも……。
妹を案じる気持ちまで、なかったことにはできないだろう。
「それと、もう一つあります」
アインハルトが、少し困ったように言った。
「その姉君とは、手合わせをしたこともあります。……結果は、
クラウスから受け継いでいる記憶では、その実力差は相当なものだったらしい。
『彼女は後に「鬼神」と呼ばれたほどの騎士です。戦場に出る様になってからは、当代最強と称されるほどの実力を持っていたと記録されています』
「当代最強……」
ヴィヴィオちゃんが小さく呟く。
「そんな人がお姉様だったんだ……」
「オリヴィエの姉妹というだけでなく、一人の騎士としても、相当な人物だったようですわね」
ヴィクターも感心したように頷いた。
インターミドル組は、その強さを想像しているのか、どこかワクワクしていた。
戦闘民族かよ。
そんな中で、俺は腕を組み、投影資料を眺めながら考える。
さて、これは追加・修正案件だがどうするか……
今回の話を資料に反映させるとして、参考資料に「アインハルトちゃんが受け継いだクラウスの記憶」と書くわけにもいかないしな。
そもそも、記憶を受け継いでいる子孫の証言なんて、第三者が検証できる公的な証拠にはならないだろう。
何より、公表すればアインハルトちゃんを利用しようとする者が現れて、彼女の身が危険になる可能性がある。
それだけはダメだ。
後でタクティカリバーと考えるとするか。
『話が逸れてしまい申し訳ありません。
オリヴィエはシュトゥラに留学し、ヴィルフリッドもオリヴィエの食客という立場でありましたので、後を追う様にシュトゥラへ向かいました。
そこで、クラウス王子……クラウス・G・S・イングヴァルトと出会います。
アインハルト嬢の話の通り、3人はすぐに仲を深め、その後4年間ほど平和な時を過ごした様です。
共に学び、共に鍛え、共に食事をとり、世界のこと、日々のことを語り合う。その様に過ごしていた様です』
「なんだか今のボクたちとあんまり変わらない青春時代って感じですね」
「若いってのはきっとそういうことなんだな」
「穏やかな時を過ごされていたんですね」
ミウラちゃんの感想に、ハリーちゃんも同意し、エルスちゃんも頷いた。
少年少女たち有ありようは、いつの時代、どんな身分でも、さして変わらないものなのかもしれない。
立場も、生まれも、背負っているものも違う。
それでも、友人と語り合い、一緒に鍛え、食事を囲んで笑う。どこにでもある風景だ。
それが、彼らにとっての日常だったのだろう。
彼らとて、最初から後世の誰かに語られるために生きていたわけじゃないと言う事だ。
『……ですが』
タクティカリバーが声を落とす。
その一言で、場の空気が変わった。
ここから先は、残念ながら穏やかな青春の続きではない。
終わりへと向かう、悲しい話だ。
『その間にも戦は続いていました。人々も大地も痩せ続け疲弊していました。
「禁忌兵器ってなんですか?」
リオちゃんの問いに、タクティカリバーと俺が交互に説明を重ねる。
『猛毒の弾丸』
「全てを腐らせる腐敗兵器」
『汚染物質を撒き散らす広範囲爆弾』
「全てを焼き尽くす焼土弾」
種類を挙げるたびに、みんなの表情が曇っていく。
『そういった、長い年月の間、その地を死に至らしめる効果を持った兵器です。
人だけでなく、その土地をも殺す。文字どおり、禁忌とされた兵器の総称です』
土地そのものを死なせる兵器。
戦いが終わったあとも、そこに生きる人々から故郷を奪い続ける。戦争に参加していない者たちにも、その土地で暮らす未来の世代にも、長い年月にわたって傷を残すもの。
敵を倒すために、敵が生きる場所まで殺す。
そこまでしなければならないほど、当時の国々は追い詰められていたのか。
だが、追い詰められていたからといって、何をしても許されるわけじゃない。
そうした兵器を持ち出すことを決めた人間がいて、それを実行した人間がいた。
戦争という言葉だけで、そうした選択の責任まで覆い隠すわけにはいかない。
もちろん、戦争がなければ生まれなかった兵器もあるだろう。国を守るため、仲間を守るため、追い詰められた末に手を伸ばした者もいたのかもしれない。
それでも、その結果として何が起きるのかを考えなかったことにはできない。
そんなものを使わなければならないほど、戦争は人間を追い詰める。
そして、そんなものを使うことを選べるほど、人間は残酷にもなれる。
その両方を、俺は忘れない。
忘れてしまえば、残るのは「昔はひどいことがあった」という、どこか他人事のような話だけになる。
そうなってしまえば……人はまた同じことを繰り返す。
兵器を作った者も、使った者も、使うと決めた者も、人間なのだから。
そして、その兵器を多くの国が使うと決めた背景が……
『聖王家は戦乱を終わらせるため、ゆりかごの起動を考え始めます。元々は抑止力としての威圧行為でしたが、敵対国はより強く反発し、禁忌兵器もより多く戦場に投入されていきました。
そしてついに聖王家はゆりかごの実践投入を決めます』
ゆりかご。
俺にとっては戦争そのもの。
聖王家が保有する、圧倒的な力の象徴。
戦乱を終わらせるための切り札。
敵対する国々にとっては自分たちを滅ぼしかねない脅威であったはずだ。
この時代に生きる俺でさえ、主砲の着弾跡を見ただけで恐怖を抱いたものだ。それを向けられる当時の者たちには、どれほど恐ろしかっただろうか。
抑止力として見せつけた力が、相手の恐怖と反発を呼び、さらなる兵器の投入を招く。
戦争を終わらせるための力が、戦争を激化させる一因になってしまった。
皮肉な話だ。
もっとも、ゆりかごさえなければ戦争が穏便に終わった、などという単純な話でもないだろうけど。
だからといって、ゆりかごを投入した判断の責任が消えるわけでもない。
戦争を終わらせるためだった。
多くの命を救うためだった。
その言葉は、決断の理由にはなる。
だが、決断の結果を無条件に正当化するものではない。
『ゆりかごに乗り、王となる者はなかなか現れませんでした。発令から半年以上が経過しても、名乗り出る者はいなかったのです。
理由は改めて言うこともないですが、玉座についたものはいずれ命を落とすからです。
誰もが、他の誰かにやって欲しいと考えていたのです。
そのため、シュトゥラに居たオリヴィエにも召集がかけられ、帰国しています。
オリヴィエはゆりかごの聖王としての条件に高い数値で適合しました。
そして……本人の希望もあり、聖王女、ゆりかごの王となったのです。王位継承権が戻ったのは言うまでもないでしょう』
まだ若いオリヴィエがその命を差し出すとなったとき、誰も代わりにとならなかったのか。
それともオリヴィエ自身が「命の使い道」として、それを拒んだのか。
そこまではわからない。
わからないが。
前者なら聖王連合中枢は全員クズ。
後者ならオリヴィエはバカ。
両方なら……登場人物全員無能だ。
違うと言うなら、納得する理由をテメェらが持ってこいや。
もちろん、もういない連中に文句を言ったところで、返事があるわけもない。
俺は胸の内で、どうしようもない苛立ちを吐き捨てた。
『その後、オリヴィエは1日だけシュトゥラへ戻る事を許されました。その際、ゆりかごの王になることを止めようとしたクラウスとぶつかっています。
しかし、クラウスの拳はオリヴィエを止められず、オリヴィエは国へ戻りました。
これが、2人の今生の別れとなりました』
ここはアインハルトちゃんの話にもあった通りだ。
後に「覇王」と呼ばれるほどの強さを手に入れたにもかかわらず、クラウスはその後悔を消すことはできなかった。
その後悔は、長い時を経た今も、アインハルトちゃんの中に残っている。
無念はわかる。
だからといって、アインハルトちゃんを苦しめるなと言ってやりたい。
アインハルトちゃんが、「うるせー黙れ! 私の人生返せ!」って、自分の中のクラウスをぶん殴れるなら、それで決着なんだけどな。
……まぁ、そうなるれるまで、俺が面倒見てやるか。
『クラウスのこの行為を厳しく咎める声もありましたが、聖王となったオリヴィエの嘆願により、シュトゥラに対して特に処罰をが行われる様な事はありませんでした。
そして、戴冠の式典は華やかに行われました。
乱世を終わらせる救済の戦船は、静かに空へと飛び立ったと言われています』
華やかな式典に、祝福する人々。
長い戦乱が終わることを願い、希望を託す者たち。
そんな光景だったのだろう。
その光景そのものに、嘘があったとは思わない。
戦争を終わらせてほしいと、ただ平和に暮らしたいと願う人々の気持ちまで、否定するつもりはない。
だが、その華やかな光景の裏側で、オリヴィエは自分の命を差し出す道を選んだ。
もう戻れない道を選んでしまったのだ。
救われたと感じていた人々がいたことは、間違いないのだろう。
だが、救済を受け取る者がいる一方で、その代償を背負う者もいた。
それは、忘れてはならない。
『あとは、彼らの結末です』
タクティカリバーの声は、先ほどまでと変わらない。
だが、投影された資料を見つめる俺の気分は、少しも軽くならなかった。
『ヴィルフリッドは、オリヴィエの決意を覆すような働きかけができないよう、軟禁されました。
オリヴィエを乗せたゆりかごは、敵対諸国を滅ぼした後、統一を見届けたかのように消えました。
そして、クラウスもベルカ平定間近に戦場で命を落としました。
これが、彼らの結末です』
そこで、投影された資料が静かに止まった。
誰も、すぐには口を開かなかった。
それぞれが選んだ道。
それぞれが背負った事情。
そして、取り返しのつかない結末。
四年間、共に過ごした時間があった。
それでも、三人は同じ場所に留まり続けることはできなかった。
時代が、国が、立場が、彼らを別々の道へと押し流していった。
いや、それだけではない。
それぞれに譲れないものがあって、考えは合わなくなり、最後はバラバラになってしまった。
それが、戦乱の時代を生きたオリヴィエたちの話だ。
『簡潔ですが、以上が我が主、ファザーが読み解いた、オリヴィエの一生と、クラウス、ヴィルフリッドとの関わりについての説明です。
——ご清聴ありがとうございました』
タクティカリバーが締め括った。
「最初に言ったが、俺が読み解いたこの内容が正しいとは限らない。各々が歴史を考える参考程度にしてくれや」
歴史は、今を生きている人間が、過去から何を学び、これから何を選ぶのかを考えるためにもある。
だから、ここにいる彼女たちが、これからの人生で何かを選択するときに、
『ああ、あの不良神父が、こんなことを言っていたな』
なんて思い出してくれればいい。
そして、誰かの答えをそのまま受け入れるんじゃなく、自分自身の答えを見つけてくれれば、今日この場で話をした意味もあったってものだ。
最後に選ぶのは、今そこにいる自分自身なんだから。
「さて……」
壁にかけられた時計を見ると、もうすこしで日を跨ごうとしている。
アインハルトちゃんの受け継いだ記憶の話から始まり、ネズミ退治、そして俺のオリヴィエの話と、気付けばかなりの時間が過ぎていた。
「歴史の授業はここまでだ。質問があるなら……明日、答え合わせが出来なかったら受け付けようか。俺の答えられる範囲内でならな」
忘れている人はいないだろうが、明日は無限書庫で「エレミアの手記」を捜索する予定だ。
もしそれが見つかり、そのエレミアがヴィルフリッドならば、俺の資料も、彼女たちの疑問も、答え合わせが出来るかもしれない。
……それが本物だったらの話だが。
仮に骨折り損で終わったら……しょうがねぇから俺が質問に答えてやろう。
今それぞれが考え込んでいる事、疑問に思った事についてな。
「今日はもう遅い、解散だ。続きは明日にしようぜ。寝不足で起きてこなかった奴は置いていくからな」
「「「はーい」」」
俺が締めると、みんなは口数少なく、はやてさんが用意してくれた部屋へ向かっていった。
それぞれ、思うところがあったんだろう。
いくらでも考えな、若者たちよ。
「俺たちも寝るか、タクティカリバー」
『某は十分寝たので、スリープモードはもう結構です』
「ちっ!」
それとなくスリープにしようとしたがダメだったか。
『舌打ちしない!』
うん……やっぱうるせーわ。
何人かが、そんな俺たちのやり取りを見て笑っていた。
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翌日。
勿論俺は遅刻しかけた。
ご報告
ルビも使える様になりました。
2つに分かれば良かった……